番外編「クソゲー創造神は世界を偽証する」〜アトゥム視点〜
「こんなことがあってたまるか……っ!!」
炎に包まれたその世界には、人一人存在しない。
神はその世界を滅ぼした神に拳を振り上げた。
だが、そんなものは無意味だとすぐに悟る。もうすでに幕を引いたその世界には神の入る余地すらない。硝煙を巻き上げ、死の悪臭だけがその世界を覆う。森も、石造りの村も街もすでに跡形すら残っていない完全な荒野と化した。
だから、残された最後の手段をここで使おう。
神は、その手に持った水晶玉のようなものを天にかざす。その玉はいくつもの波動を生み出し、激しく……しかし優しい光を放つ。
「創造の神の名をもって命ずる!! この世界を救う者よ!! 今再びよみがえれっ!!!」
「我が過ちを正すことができる真の勇者をここにっ!!!」
世界が滅びた日より三年前。西暦にして2028年6月21日。
物語はここから始まる。
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ようこそ、あなたの世界へ。
さて、少し僕の話をしようか?
僕は一応この世界では創造神と呼ばれている存在なのさ。何を隠そう。この世界をデザインしたのは僕だからね。
魔法が繁栄し、みんなが争いなく平和に暮らせる世界。
戦争なんてもうずっと起きてない。多分君たちの住んでる地球より、もっと平和なんじゃないかなぁ?
まぁ、ちょっとした争いや、いざこざはあるけど平和そのもの。そんな–––––––––––
–––––––––––最低の世界さ。
さて、僕がいるのは神域と呼ばれる次元。僕の選んだ女神達や僕が普段いる場所だよ。
そして、神域の中にある神託の城。窓も一切ないこの城は、石灰石と大理石で作られた真っ白な空間。僕が今いる場所は廊下ってところかな。点々と設置されている白の扉から、転生者を送り出す暗闇の世界を含め様々な世界とつながっている。天井も高く、三十m以上もある。
ここであらゆる世界の様子を見て、あらゆる世界から転生者を送り出しているってわけさ。……ああ、ちょうど一人、暗闇の世界から一人転生者を送り出したようだよ。
「あ、アトゥム様〜。お疲れ様です」
「やあペルちゃん。新人なのに転生者の送り出しなんて大変だね」
「あはは! あの人ったらいきなり『勇者になるから超ハードモードの世界で!』なんてはりきっちゃってましたよ〜」
「そう……その転生者の情報を見せてくれるかな?」
「あ、はい! これが資料です!」
ペルちゃんから書類を受け取る。僕も魔法は使えるけどやっぱり紙ってのは優秀だよ。きちんと保存しておけば気軽に見られる。データで作った文なんて電気がなけりゃ見れないしね。それに–––––––––––。
「あれ? これ間違ってない?」
ペルちゃんに間違ってる箇所を指差す。
「え? いえ、合ってますよ? 転生先はティエア。私の故郷なんですから間違えるはずないですよ〜。もー!」
「……本当に?」
「え、はいもちろんで……あれ?」
–––––––––––それに、紙は偽証しやすい。
「あ––––––––え……はい、間違えてます。あああ!! 間違えてますぅーーー!!!」
少しの間視点が定まらず宙を仰ぐ目が、ひと呼吸を置いたのちにはっきりとして来て次第に顔色がみるみるうちに青くなっていく。
「ふふふっ! 困った子だなぁ。急いでタクミくんに連絡してきた方がいいんじゃないかな?」
「わかりましたぁ!! ああ、どうしましょう!! 私ったらついうっかり!!!」
……そう、ペルちゃんは間違えるはずがないんだ。君の故郷の危機を救うはずの勇者の転生なんだから。だから僕の能力で書類を偽証した。君をあの世界に再転生させるためにね。
あの世界は……君が傷ついた世界は君の助けを求めてるんだ。全く皮肉なもんだね。
––––––ごめんね。ペルちゃん。
さて、僕も準備をしよう。
あと何回、僕が君に手を貸せれるかわからないけど、少なくともこれで君の死は回避出来るはずだよ。
君が本物ならね。
僕の能力は創造と偽証、心理世界、それ以外にもあるけど、主な物はこの三つ。
創造は無から有を生み出す能力。転生もこの仕組みで体を与えて転生させている。
二つ目はさっき使った偽証。真実を嘘に捻じ曲げる能力。
心理世界は僕が神として作った能力。僕の心の中に別の人物を呼び寄せて会話する事が出来る。
三つともなかなか便利な能力さ。でも神には絶対に守らなければならないルールがある。
ルールブック。転生者に手渡される、このルールブックの縛りは神にも適用される。
神は直接的に世界に干渉する事は出来ない。干渉すれば、ペナルティが発生し、神としての力が失われていく。
あくまで助言するレベルならなんとかなる。だけど、世界の住人の行動を、僕自ら害したりは出来ない。当然殺す事もね。
ルールブックを偽証しても、周りの神への認識が変わるだけで実際に世界に干渉する事は出来なかった。もし干渉してしまうとペナルティってわけさ。
……神の名が聞いて呆れるだろ?
さて、僕も準備が整った。世界を観測しに……おや?
「あれ?」
ここはどこだろう? 僕の世界じゃない。
別の誰かの心の中の世界だ。真っ白な空間なのは僕の世界と全く同じ景色だけど、この世界はどこか違うと認識できる。
「君は誰?」
僕はその心の主に問いかける。
「っ———!!」
眩い光の中の中心にシルエットが浮かび上がる。
(タクミ君–––––––––––? いや違う)
「ああ、そうか」
ようやく君に会えたよ。
さてと、少し様子を見てみるとしよう。
ここはエストと言う国の村にあるギルド。まさに、はじまりの村と言う感じの小さなギルドだ。
ティエア最東端に位置し街道もひとつだけ。森を抜けなければ次の街に行けないと言う、いっそテンプレにしたいくらいありきたりなRPGの初期位置だ。
そんなエストギルドの中身も平凡でクエスト等の受付所。掲示板、酒場と実にわかりやすい。
–––––––––––そういえばエストギルドを覗きに来たのは一年ぶりだったね。
あの子が酒場のウエイトレス兼料理人になったと聞いて、様子を見に来たんだっけ?
さーて、彼女はどうしてるかな?
「へいっ! チューハイいっちょお待ちぃ!!」
「………へ?」
チューハイ? チューハイってあのチューハイだよね!? 居酒屋とかにある焼酎ってか蒸留酒だったかな? それとジュース混ぜて作るあれだよね?
いやいやいやいや!!! 君ねぇ、僕の世界観ぶち壊さないでくれるかなぁ!!??
「この麦酒も美味すぎるぜ!!」
「いや、この村ではビールって呼ぶらしいぜ」
おいおいおいおい!! ビールだと中世っぽくないなーって思ってエール読みにしたのに……誰だビール持ち込んだのは!? しかも………。
僕の目の前には「エサフィ・ハイパードライ冷えてます!」と言う、どっかで聞いた事のある銘柄のビールの広告がデカデカと柱に貼られていた。
「ぼ、僕の異世界がぁ………」
なぜこうなった? 最近エストに来てなかったとはいえ、たった一年でこれだけ変わるもんか?
「……確かに最近料理ネタの異世界物流行ってるけどさ! しかもなんか居酒屋ネタも聞いたことあるよ!? パクリスレスレだよ!? 僕の世界はそーいうんじゃないの! もっとこう王道と言うかさぁ!」
大体パクリネタは批判の的なんだよ? そりゃ偶然なんだろうから仕方ないけどさ! このままじゃ–––––––––––。
–––––––––––そっか、そうだったね。
さて、さっきからポスターに向けて不満をたっぷりとぶつけるが、誰も僕に気づかない。
姿を消している……と言うより干渉出来ないから自動的に消えてしまうのだ。
姿をあらわす方法もある。先程語った僕の二つの能力だけは世界に干渉できるのだ……もちろん神としての力はペナルティで、どんどんなくなっていくけどね。
なので、やろうと思えば僕の体を創造して転生するって事も出来る。
今後必要になるかもしれないけど、とりあえず今はわざわざそこまでする必要はないかな?
「……っと、いたいた。タクミくん……とペルちゃん?」
二人が酒場のテーブルにつく。が、ペルちゃんは魂が抜けたような目で半笑いになっていた。
「大丈夫か? ペル?」
「はぁーい。なんですかぁー。50歳年下のおばあちゃんに諭されたペルちゃんに一体なんのご様子でぇーすかぁー?」
「あらら……」
肩を叩くタクミくんと、ついにはヤケ酒を飲み始めたペルちゃん。
あの子は努力家なんだけど、どうも不器用と言うかなんというか……。
……さて、どうなるかな?
「……ねぇ、タクミはペルちゃんの事、怒ってないの?」
「いいや。弱いのは俺さ」
「ペルは頑張ってる。弱音は吐くけど、逃げてない」
「年齢なんて関係ないよ。女神様だって、泣きたいときはあるもんだよ」
「この人だけは死なせない!! 私の初めての担当した……ううん! 違う!! 私の事見ててくれたから!!」
「負けない……私絶対に負けないもん!!! この人が勇者になるのを見届けるんだっ!! 私だって女神なんだもんっ!!!」
「期待しているよタクミ君。君の物語はじつに面白そうだ……フフッ」
おや? ……宿屋から誰が出てきた。
僕はその影を追いかけてみる。
「畜生!! なんで生きてやがるんだあいつ!!!」
ああ、そうか。君が彼を殺そうとしたんだね。
「やあ!」
僕はその男の前に姿を現す。僕がここにいると偽証することによって、彼には僕が見えるようになる。
「うぉ!? なんだキサマ!!!」
「なんだとは失礼だなぁ。これでも僕神様だよ?」
「神? バカを言うなキサマのようなガキが神な訳がないだろう!!」
まぁこの姿じゃ誰も信じてくれないか。僕は苦笑し帽子を深くかぶる。
「まぁいいさ。それより君は誰に雇われたのかな?」
「言うワケがないだろうが!! とにかくそこどけクソガキ!!!」
「へぇ……やっぱりアーノルド君が絡んでいたんだね?」
ビクッっと体が震えた。……ああ、心を読んだのか!? とか反応わかりやすいなぁ君。
「だけど君はそれだけしか知らないようだね。まぁいいさ。もう用はないよ……消えてくれ」
「何をなめてやがる!! ……へっ? ごっ? びがっ!?」
「–––––––––––偽証」
–––––––––––君はこの世界にいなかった。人の世界に土足で踏み荒らし、汚物をまき散らす害虫だ。
君は–––––––––––心臓を動かすことをができない。そういうものなのだと認識しろ。
その証明は、神である僕がしてあげるよ。
「彼の物語には君の居場所はないんだ……。汚らわしい手で僕の世界を汚さないでくれるかなぁ?」
「ぐふっ……っ」
のどが焼けて、僕は鮮血をまき散らす。
「やはり神とはいえ、ここまでの干渉を行えば体の負担も多いですかぁ?」
さっきから森の奥でこの様子を見ていた影が、どこか嬉しそうに問う。
「うるさいよ……君の知ったことじゃないだろ?」
「あひゃひゃひゃ! 創造神が聞いてあきれますねぇ。まぁ、あなたのおかげでこの世界に利用価値がでたのですがぁ」
「そうだね。……まさに僕の罪だ」
手のひらを見つめる。その手に絡みついた深紅の液体をうざったく振り払う。
「だが君のような下衆に、この世界を踏み荒らされるのは気に入らないんだよ。アーノルド君」
尖らせた瞳でそいつを見据える。だが、あまり効果はないだろう。––––––なぜなら君はここにはいないのだから。
「さて、私はそろそろ行きますよ」
「……彼は強いよ」
「君の世界の中では……ね」
彼は手を振りながら森の奥に去っていった。
その銀髪を、僕はその目に焼き付けた……。




