第十二話「クソゲーの勇者」
「絶望……ククッ……今絶望と言いましたか?」
アーノルドは笑いをこらえ、頭を右手で支えてる。
「あの程度の絶望を知っただけの分際で……いい気になるなぁ!!!」
吠える男の迫力も、もはや遠吠えの類にしか聞こえない。
「あの程度の絶望? テメェこそいい気になってんじゃねぇよ」
「はぁ!?」
こいつの絶望は……俺への精神干渉のタネは、記憶読取で得た他人の絶望だ。
どういう事情があるのかはわからないが、こいつはそういった他人の絶望を多く手に入れている。
だがそんなものは–––––––––––
「お前は本当の絶望を知らない。俺と同じハリボテの最強さ」
「っ!! –––––––––––いいでしょう。君こそ!! 本当の絶望を知るがいい!!! 私の受けた最大級の絶望を与えてあげるのです!!!!」
–––––––––––俺の心に再び奴の絶望が襲い掛かる。
「なんだ? もう終わりか?」
俺は、あざけ笑った。
「……何をした? 君は今っ!! どれだけの苦痛を受けたと思っているのですか!?」
「ああ、めちゃくちゃ痛ぇし苦しかった。拷問ってのも、きっついもんだな」
本音だ。いまだに指が切断されたような痛みの錯覚が残ってるし、マジトラウマ級の苦痛だった。それでも、俺の顔は変わらない。
「くっぅ!!!」
もう一度、精神干渉された。が、何度やっても同じだ。
やせ我慢とも違う。自分でもわからないくらい不思議な感覚だ。実際精神干渉されていた世界ではめっちゃ泣き叫んでたし発狂してた気がするが、全然精神的につらいとは思えない。
「バカな……バカなバカなバカなぁ!!!!」
「お前が、教えてくれたんだ……お前の能力の真の攻略法」
「なにぃ!?」
コイツの真の能力は他人の記憶を植え付ける能力だ。こいつの言葉に惑わされたが、今まで記憶の世界で俺が殺してきたのは厳密にいえばスピカではない。他人の記憶にあった別の人物だ。
記憶読取で得た記憶を改ざんし。スピカと同じ姿形をしたものに変更したうえで記憶を送り付ける。創造神の使っていた心理世界とは全くの別物だ。
さんざん精神干渉されたおかげで、それに気付くことができた。どっからどこまでが自分の意志かわからなくなる感覚。創造神の心理世界とかファンタジー丸出しの世界だが、少なくともあれは相手の意志を操る魔法とは違った。
ならば、こいつの魔法はすべて他人の不幸を植え付けているだけだ。ならば答えは簡単だ。
アニメやドラマの話だと思えばいいだけだ。俺はさんざんそういう話を見てきたし感情移入もしてきた。だがその程度の事で俺は壊れたりしない。
当たり前だろ–––––––––––どうせ他人の絶望だ。
「お前は、他人の絶望を自分の絶望と信じ、それ以上のものはないと勘違いした。だが、そんなもの虚像に過ぎない。アニメと現実の境目もわかんねぇガキと同類さ」
「キサマァ!!!」
もう、これ以上こいつと俺に言葉はいらない。
俺は刀を鞘に納め構える。
––––––––––居合道には打ち合いの勝負はない。
だから、今まで本当の力を出し切れずにいた。
感謝するぜ–––––––––––最弱の絶望
お前は、本当の絶望を抱いて死んでゆけ–––––––––––。
刹那。声が聞こえた気がした–––––––––––。
–––––––––––死ねない死ねない死ねない死ねない!!! 私はまだ使命がある!!! キサマのような何も知らないガキがそれを摘み取るなどあり得ない!!! 私の力は神の力だ!!! 神の力と私の能力によってすべてのものに絶望を与え、この世界を作り直さなければならないのだ!!! お前が死ねお前が死ねお前が死ねおま
–––––––––––ああ、そうか。
––––––––––––––––––––––私には……借り物の力しかなかったのか。
–––––––––––––––––––––––––––––––––これが、本当のぜつぼ–––––––––––。
血払いをし、刀を鞘に納める。
それと同時に体の全身から力が抜けた。
–––––––––––ああ、親父から怒られちまう。
そうだった–––––––––––俺『残心』よく忘れちまうんだよな。
『残心』–––––––––––武術では、勝利しても気をゆるめちゃいけない。心を常に落ち着かせなきゃいけないって–––––––––––よく怒られたっけ?
––––––––––––––––––––––まだまだだなぁ–––––––––––なぁ、親父。
「Show Down」
「ちくしょおおおぉぉぉーーーーーー!!!」
嘘だろ!? これで何連敗したよ!!! もうアーノルド討伐の報奨金ほとんどねぇぞ!?
「はぁ………いい加減あきらめたら?」
「うるせぇ………何か、必勝法があるはずだ!!!」
相手がイカサマを使ってることは確かなんだ。つまり油断をしている隙をつけばあるいは………
などとブツブツいいつつ、次こそはとカードをめくる。
「うげっ!!! マジかよ………」
完全なノーペア、豚、役なし!!!
俺はポーカーフェイスも忘れ「ウガーッ!!」と声を上げる。そんな俺を見たファレーナさんの呆れ顔に気付かずに、それでもなお俺は勝利を信じる。
–––––––––––あれから、一ヶ月の時が過ぎた。
何も変わらず、いつも通り……なんてことにはならなかった。
スピカはまだ、自室から出ることができる精神状態にない。見舞いに来た俺の前では笑って見せたこともあったが、明らかに無理をしていた。
今はペルもスピカと一緒の部屋に住むことになって現在心のリハビリ中だ。幸い心を落ち着かせるハーブとかにもペルは詳しく、そのほかの洗脳兵達に比べればスピカはマシな状態だった。
なので、俺も何かできないかと探していた。アーノルド討伐の報奨金のほとんどは生活費に充てないといけないし、今使える金も多いわけではない。
ならばいっそ、ポーカーで一気に倍にできれば………なんて甘い事を考え付いてしまった。
ファレーナさんは、ある程度事情も知っていろいろ仕事を探してくれたが……この平和な世界。ちっとも依頼は来ない。
「よっし、手札全部捨てて勝負だ!! こーなったら意地でも勝ってやる!!」
ファレーナさんは、俺の捨てたカードを見て顔色を変えた。気付いたのだ、自分のやってしまったミスに。
––––––俺は結局気付いてなかったのだが、ファレーナさんがおこなっていたのはフォールスシャッフルだ。
これは、カードをシャッフルしているように見せて、実は順番を変えていないというイカサマ。カードの順番を覚えておくことで、相手に有利な手を渡すこともなく、勝ち負けをコントロールするのだ。
だが、油断してミスったりすると、逆に相手に有利な手札を渡してしまうこともある。–––––––––––特に遊び半分で、とんでもない手札を用意しているときは細心の注意を払わなければならない。
俺は、カードの一枚目を引いた。
「ちょ、ちょっとま–––––––––––」
「スピカー。入っていいか?」
「あ、どうぞ」
俺はスピカの部屋の扉を開く。俺の宿部屋と同じくらいの広さ、同じ木造りの部屋だったが、どこか女の子らしさを感じる。正直に言うと、何度この部屋に入っても緊張してしまう。
だが部屋の奥のベットで体を起こした状態で、手を振ってるスピカを見て緊張の糸が解れていく。
「もう体のほうは平気なのか?」
「うん……まだ外に出ようとすると発作が起きちゃうけど。大丈夫」
やっぱり、まだ外に出れないか……。
「ペルは?」
「今日は買い物に行ってるよ」
「大丈夫なのか? ……その」
「んもう……。いくら何でも一人になったからって辛くならないよー」
と笑って見せるが、それが強がりってことくらい、赤くなった目とやせ細った姿を見りゃわかる。一応、俺のスマホを渡しているから、いつでもペルと電話できるだろうが……。
「それに、女の子じゃなきゃ頼めない買い物もあるもん。タクミと違って、私にもいろいろあるんだからね」
食事とかなら俺が買いに行ってるのに………ああ、そういう事か。
「なるほど、下着とか買いにいってるのか–––––––––––冗談です。はい」
冷や汗を掻きながら真っ青な顔で答えると、スピカも護身用の短剣を納めてくれた。
「まったく、デリカシーないよね~。もぅ………」
それから俺達は最近の事を話した。
連合軍の人から礼状をもらった事。ペルの料理が想像以上にまずかった事。今日ロイヤルストレートフラッシュを出した事。
そんな、他愛もない事をずっと……。
すると、スピカの瞳から涙がこぼれた。
「ど、どうした?」
「……ごめんね……私、タクミに迷惑かけてるよね………ギルドのみんなにも……酒場のみんなにも」
「そんな事ないよ」
「ううん……迷惑だよ。だって、私こんなにみんなに大切にしてもらってるのに、まだ何も返せてないもん。タクミにも……辛い思いさせちゃったし」
「スピカ……」
辛くなかった……とはさすがに言えなかった。
スピカが、あの事故で俺が守れなかった女の子だった事。スピカを傷つけた事。そして、スピカがこんな風になってしまった事。
–––––––––––俺にとっては、どれもとてもつらい出来事だ。
「ごめんね……私、生きる事……できなかった」
絞り出すように謝罪するスピカが……俺には見てられなかった。
「生きてるじゃん」
「え?」
だから、俺はこう言うしかなかった。
「確かに、あの時俺達は同時に死んでしまったのかもしれないけどさ。俺は今この世界に生きてる。お前もこの世界で生きてる。俺は守ることができなかった。だけど、これから何度も君を守るチャンスがある。未熟で頼りない勇者かもしんないけどさ。これからどんなものからも、君を守れるように頑張る」
「だったらっ!! ……だったら私は君に何をすればいいの……? 私、何度も君の所に行こうって……扉を開けようとしたんだよ……だけどできなかった!! それすらもっ!! ……それすらも苦しくなって……死にそうになって……意識を失ったこともあった。できないの……君にお礼を言いに行く事だって、まともにできなくなったこの体で、君に何を返せばいいの!?」
自暴自棄になって、大粒の雫をこぼしていくスピカの手を握る。
「そんなの一つだけだよ」
そう、俺の憧れた勇者が求める事はたった一つだ。
「笑ってありがとうって。その言葉を返してくれるだけでいいのさ」
金も権利も名誉も幸せになるための方法の一つに過ぎない。
「男の求める物なんて結局のところそれくらいしかないのさ。誰かに笑って「ありがとう」って言ってほしい。それを求めるために働いたり戦ったり泣いたり後悔したりする」
方法を目的にしても、それはいずれ虚しくなるだけだ。
「だから、笑ってくれ。スピカ。君の笑顔を、ギルドの人たちも、俺も待ってるんだからさ」
–––––––––––君が生きてる。
––––––––––––––––––––––君が笑ってる。
–––––––––––––––––––––––––––––––––君がそばにいてくれる。
それだけで、俺も、みんなも……救われるんだ。
「–––––––––––と」
「え?」
かすれた声で、もう一度スピカがその言葉を紡ぎだす。
「タクミ……私を守ってくれてありがとう」
ああ、本当に男って単純な生き物だな。
たった一言の言葉と涙交じりの笑顔。
それだけで、あれだけ苦しんだことが全部すっ飛んでいく。
この笑顔を返してもらうためだったらあとは何にもいらない。どんなに苦しくてもかまわない。
俺は、後で渡すことになるプレゼントをそっと胸に忍ばせてスピカをを抱き寄せた。
しばらく、俺達はお互いの心臓の音を聞いていた。
その音は心が安らぐクラシックのように、静かに、だが確実に響いていた–––––––––––。




