第十一話「クソゲー」
俺は……どうなったんだ?
ああ、そうだ。俺朝練に行こうとしてたんだ。……そういえば、健司と試合する約束だったっけ?あいつ、何度も負けてるくせによくやるよな。
あれ? あのトラックなんだ?
いや、いやいや待て待て!! 赤信号だぞ!!!
あの子危ない!!!
「アブナ––––––––––」
直後––––––––––。
意識が吹っ飛んだ––––––––––。
間に合わないと悟った俺はその子を抱きしめ。せめて致命傷を防ごうとした。
だが、あまりの衝撃に、その子を手放してしまう。
バラバラになっていく自分の体。
その子は絶望の顔のまま。縁石に後頭部を強打した。
–––––––––– 一回目、君は私を守れなかった。
俺は、刀を持っていた。
………そうだ、フォルに作ってもらった刀だ。
あれ? 俺の体動かない。
ま、待て!!! 俺は何をしている!!! 誰かを守るためにこの刀を使うって––––––––––!
スピカ!! 逃げろ!!!
スピ––––––––––
–––––––––– 二回目、君は私の首を落とした。
なんだこれは。
俺はどうなったんだ?
体が狂気に満ちていく。
どす黒い殺意が俺の心にこみあげてくる。
俺は魔物になってしまったのか?
ああ、あの肉……ウマ ソ ウ ダ
–––––––––– 三回目、君は私を食べた
気持ちいい!!
最高の体だよ!! どーせ、俺の体は、俺の言う通りには動かないんだ!!!
そうだよ。だったらこの世界で何してもいいじゃねぇか。
どうせここは夢なんだ。ほら、よくあるだろ? 夢の中で自分の好きな子をめちゃくちゃにするんだ。
女一人犯したところでどうって事ねぇよ。どうせ夢さ。
むしろ気持ちよくさせてやってんだ。今までの俺よりはるかにマシさ!!!
なぁ、正直になれよ…気持ちいいんだろ? このクソアマが!!!
あれ? 俺の体……自由に動く…………。
俺の意志で……犯したのか…………?
–––––––––– 四回目、君は私をコワシタ。
どっからどこまでが…俺の心なんだ?
–––––––––– 五回目、君は私をバラバラにした。
–––––––––– 六回目、君は––––––––––
–––––––––– 七回目
––––––––––––––––––––守れなかった。
聞こえてくる本物の絶叫がその証拠。
苦痛に顔が歪んでる。何かに怯えのたうち回っている。次第に目の焦点が定まらなくなり、目から、口から、全身から無様に体液を垂れ流す。
そんな様子を、どこか達観した様子で眺めている俺がいた。
––––––––胸糞わりぃな。
でも……仕方ねぇだろ?
俺は結局、誰一人守っちゃいなかったんだ。
あの夢の中。あれこそ俺の本性なんだろうさ。
……途中から、俺は何もかもどーでもよくなった。
もしかしたら、スピカが何度も死ぬのが面白くなっていたかもしれない。
だって、目の前で彼女の死を見ても、もう何も感じなくなっていた。
––––––––––俺はヒーローなんかじゃない。勇者なんて持ってのほかだ。
柄じゃねーよ。他の奴が好きにやってくれ。
だって、そうだろ?
目の前で何度も死の体験をしている女の子がいるのに––––––––––俺は今、助けようと手を伸ばしてすらいない。
俺には––––––––––無理だ。
––––––––––あきらめちゃうの?
仕方ないだろ? 俺はアニメやゲームの主人公じゃない。せいぜいかませ犬なんかがお似合いさ。
––––––––––あらら、残念。君の物語はこの程度のものだったのかい?つまんないの。
うるせぇよ…。
––––––––––立ち上がって––––––––––
うるせぇって言って––––––––––
「立ち上がってください!!! タクミさん!!!!」
声が、聞こえた。
聞こえないはずの耳から、鼓膜から、神経から、細胞から音を感知する。
「あきらめないで!! 今、タクミさんの目の前には、あなたが一番欲しがってた力があるんです!!!」
––––––––––欲しがってた力なんて、手に入るわけがない。
「手を伸ばせば届く場所にあるんです!!! 折れない心が……あなたの憧れていた力が!!!」
––––––––––俺の心なんて、簡単に折れてしまう。
「どんな絶望にも立ち向かえる心……目の前にそれがあるのに、あなたは手を伸ばさないんですか!!!」
––––––––––無理だよ……俺にはそんな心、手にできない。
だってそうだろ?
ずっと俺、負けたことなかったんだ。
今まで生きていて絶望なんて味わったこともない。
そんな俺が、こんなバカみたいにでかい絶望になんか立ち向かえるわけないだろ? ––––––––––苦痛に耐えたこともないのにさ。
何が勇者になりたいだ。いままで才能ばっかりに溺れて、何を苦労するわけでもなく才能だけで勝ち続けてきた。そんな俺がこんな敗北に勝てるわけがない。
「それは違います!!!」
俺の体全身に電流が走る。
「私も、本当の意味で才能に溺れた人たちを見てきました。才能に酔いしれて努力することを忘れて、怠けていた人達を何人も」
真っ暗な視線の先を見据える。次第にあたりが明るくなり目の前の草も木も俺を守ってる彼女の後ろ姿も靄が消え明確になっていく。
「でも、タクミさんは違う!! 確かに才能はあるのかもしれない……他の人より数段早く力をつけてしまったのかもしれない……だけど本当に才能に溺れた人は、今泣いたりなんかしないよ!!!」
俺は、目をこすった。いつの間にか泣いていたらしい。
「悔しくて、辛くて、守りたくて……そんな気持ちがないと……今タクミさんは泣いてませんよ」
俺は…一体––––––––––。
「もうあなたも持っているんです!!! 絶望にあらがう術を………強い心を!!!」
一体––––––––––。
「前世で守れなかったからってなんですか!! そんなことより、今守れないほうが、タクミさんらしくないです!!!!」
一体何をしている––––––––––!
なぜこうなった!! なぜ……この程度の事で俺は立ち止まっている!!
俺は、この世界を……俺の欲していた力を適当に頑張ってれば手に入るものだとなめていたというのか?
俺はこの世界では最強で、誰にも負けないと、どこかでそう思っていたというのか? だから、辛くなくても適当にやってれば、いずれは力が手に入るとでも思ったのか? そんなのどこが勇者だ!! 痛々しい!!!
ただの臆病者じゃないか! 傷つくことを恐れて、こんなところで前に進めず、臆して立ち止まるくらいなら死ね! ! それがイヤなら剣をとれ!! 何もしないくらいならせめてあの子の盾になれ!! 負けるとわかっていても、そのくらいの根性は見せろ!!!
––––––––––それが……俺が欲しかった力じゃねぇのかよ!
「ペル……スピカを助けるぞ」
「っ~~~~!! わっかりました!!!」
その言葉を聞いて。
ペルは待ってましたとばかりに蔓の魔法を使う。
「っ!?」
無数の蔓がスピカを絡めてアーノルドを引きはがし、そのままペルの防壁治癒の結界内に入れるとゆっくりと座らせる。俺がスピカを助ける意思を見せたことにより、そのサポートとして魔法が使えるようになったのだ。
「スピカ!!!」
スピカはすでに消耗しきっていた。無理もない、何度も何度も死を体験をしたのだから。––––––––––俺のせいで、また彼女は苦しんだ。
「すまなかった……今から全力で君を守らせてほしい」
「タ……クミ…………」
その目には光が灯ってない。ボロボロになった心で、それでもタクミの姿を見つめる。
「あの事故で、俺は君を手放してしまった……。そして、こいつの精神干渉があったとはいえ、君を何度も殺してしまった……。だからもう、君を死なせたりしない。俺がこの世界で君を守る勇者になって見せるから」
俺はその誓いを果たすために眼前の敵を見据えた。
「おやおや、死にぞこないが、いったいなんの御用ですか?」
ニヤけるそいつに向かい、薄い透明な緑の防壁の外へ出る。一歩、また一歩と近づく俺とは対象的にアーノルドは後ずさる。
「テメェだけは……絶対にゆるさねぇ」
刀を抜き、白銀の刃を男の鼻先に向ける。
「来いよクソ雑魚。俺の心が折れるのが先か––––––––––テメェの死が先かのクソゲーだ」
アーノルドの表情が変わる。ああ、知ってるぜ。その顔。––––––––––怖いだろ? なんで立ち上がれるのかわかんねぇだろ?
意味わかんねぇよな。お前も、たぶん今まで敗北なんぞ味わったことねぇんだろ?
だったら––––––––––教えてやる。
「テメェに本物の絶望ってやつを教えてやる」




