第十話part2「クソゲーの悪役は狂気に生きる」~スピカ視点~
「あっけないですねぇ」
「タクミ……ごめんなさい……私が……」
その涙も私の声も、タクミには届いていなかった。
うつ伏せに倒れ、虚ろな瞳で石ころを見つめるだけだ。
「ですが、絶望しているようでは商品にならないんです。もっと壊れてもらわないと」
「やめて!! もうやめてぇ!!!」
泣きじゃくりながら、タクミに駆け寄ろうとするが、鎖につながれてまともに動けない。悲しく金属音を鳴らすだけだ。
「ふむ……ところで女神よ。君はなぜ行動しないのですか? この間でも私に攻撃することはできたはず」
「くっ……」
「もしや……君は干渉できないのですか?」
『ルールブック3-1:転生後、転生者が何をしようとも女神の意志で世界に直接干渉してはならない』
それは、絶対順守の神としての掟だそうだ。
女神堕ちした後も、このルールには従わなければならない。今までもタクミに助言したり、タクミの行動をサポートしていただけだ。
『ルールブック3-2:転生に失敗した場合。女神は転生者の行動を常時サポートしなければならない』
これにより許された範囲だ。
だが、今の状態はただタクミが記憶を思い出しただけで、それを邪魔することはサポートの範疇にはならない。
「存外不便なものですねぇ。神というのも……もしや、私の精神干渉も防げないのですか?」
「うぅ…………」
そのことすら見透かされていた。ペルちゃんは何もできず後ずさる。
「そうですか……使えない女神ですねぇ」
唯一の頼みはタクミにあげたネックレス。精神干渉を和らげる効果のある、その紅魔の輝石だ。
「ああ、その魔石ならすでに解析済みです。今の私にはまったく効果のないアクセサリーですよ」
「そ……そんな…………」
万策尽き、ペルちゃんは膝を折る。
「さぁて、タクミ君をどう壊してあげましょうか……ああ、こういうのはどうでしょう?」
にやりと笑い、とても嬉しそうに新しいおもちゃの遊び方を考え付いた。
「タクミ君には夢の中でスピカさんを殺してもらいましょう……自我が壊れるまで何度でも」
「やめてえぇーーーーーーーー!!!!!!!」
私の叫びもむなしく、狂気の遊戯が始まる––––––––––。
––––––––––私はその光景を見ていられなかった。
自分をあの時守ってくれた人が壊れ、苦しみ、心が破壊されている姿を見ているしかない。
顔を背けても、その人の苦しみが消えるわけではない。発狂するその人の顔をちらりと見つめる。
私は言葉にならない悲鳴を上げた。
––––––––––笑っていた。頭を血みどろにしながら壊れたおもちゃのようにただ笑顔を浮かべていた。
そんな表情に嫌悪するが、そうしてしまったのはたぶん……私のせいなんだ。
「防壁治癒!!!!」
防壁治癒。球体の魔力防壁を作り、防壁内の人物を回復することができる防御兼回復の魔法。
「おやおや!! 君は世界に干渉できないんじゃなかったですかぁ!?」
「うるさいですっ!! 私は…私はタクミさんがこれ以上壊れるのは見たくないんです!!!」
ルールブックの契約を無視してペルちゃんはタクミを守る。ついに自分の意志で世界に干渉してしまう。薄緑の光がペルちゃんとタクミの周りを包み込み、バチバチと何かがはじけ飛ぶ。
「それにたぶん…これは契約違反にはならない。タクミさんの精神崩壊を防ぐのはタクミさんのサポートの範疇……だと思う。いや、そういうことにします!!」
と無理やりな自己正当化するペルちゃんの後ろを見る。
「タクミ……? いやぁーーーーー!!! タクミーーーーー!!!!!」
叫びが暗い森の中で木霊するも、虚しく響くだけでタクミには届かない。
「ふむぅ…まっ! これだけやれば後は自滅するでしょう! さて、次はあなたの番です。スピカさん」
「ひっ!?」
対象が自分に移り、ギョロリとした目玉で睨まれると金縛りにあったように恐怖で全身が震え動けなくなる。
ついさっき、タクミが叫び狂い、自我が壊れていく姿を目撃した。
発狂し急に謝りだしたかと思うと、私を見て恐怖しまた叫ぶ。壊れるように笑いだしたかと思えば、急に地面に頭を何度も打ち付けて顔が真っ赤になるくらい血を流す。
––––––––––次は私の番?
嫌だ……いやだいやだいやだ!!!!!!
その恐怖の言葉すら、うまく声にならない。
「君はそうですね……タクミ君の夢の中のあなたの死にざまをそのまま体験していただきましょう!」
どうやって死んだか? そんなこと私にはわからない。ただ、何かしらの魔法が発動したと思った瞬間にタクミが発狂していただけだった。だが、この男が考え付く死に方などまともなものではないのは明らかだ。
「怖がることないですよぉ? 中には気持ちいいものもあるかもしれませんよぉ?」
「いやあぁーーーーーーーーーーーーー!!!!」




