第百二十二話「ぬくもり」
––––––俺は……死ぬのか?
ようやく、ここまで来たのに…………。
「大丈夫ニャ! みんながついてるニャ!!」
「信じて。タクミは……ううん。私達は一人でも二人でもない…………」
「俺は––––––死ねないっ!!」
––––––守ることは、命をかけることではない。
早紀を守るとは、彼女の幸せを守ること。それは彼女が生きていればいいと言うだけではないはずだ。俺が死ねば彼女は幸せになるのか? 違うだろっ! 最後の最後まで、俺と彼女の二人を守る。それが本当に必要な事だろ……。
未来からくる百斬……さらにそれを捌く間、俺の周りを真空にする。
真空にすれば、熱伝導は起きない。……その代わり真空空間に長時間入っていれば窒息する。窒息しないように息を止めれば肺にある空気が膨張し自殺行為になる。
だが、この刹那の時間に……全てを賭けるっ!!!
力のかぎり叫ぶが、真空ゆえ音はどこにも届かない––––––。
それでも俺は百斬全てを見極めるため、己を鼓舞し続けた。
タイミングは光速より早く、神経伝達より早い。
シールドなど無意味だ。相手の斬撃が光速を超えてくる以上、どんな硬質な物質も切り裂いてしまう。
神経感覚に頼るな……見極めろっ!!
百斬全て……真空空間の中でっ!!!
「……っはぁ!!! はぁ……ぐっ……」
…………流石に身体を真空空間内に短時間とはいえ居続けるのは無茶だったか……どこか内臓を損傷したようだ。血を吐き出し膝をつく。
俺の天翔丸も……もうボロボロだ。半分くらいの長さに縮まり、残った刃も欠けていない部分を見つける方が難しい––––––。
「こんなことありえない…………なぁんて驚くと思ったかぁ!? 次行くぞオラァ!!!」
––––––く……そっ…………。
––––––さすがに……もう手がない。
––––俺の––––負けか––––––。
「楽しそうなとこ悪りぃんだけどよ……テメェの敵は一人じゃねーんだよ」
「ぎっ……ざまぁ…………!!」
影沼っ……!?
いつのまにか竜巻の頂点にきて、雲の上まで浮かび上がっていた花びらの上に立つ俺達には……長く伸びた影が出来ていた。
神の後ろにできた影を通して、影沼が神の心臓を握りつぶしてるかのように手を体内に突っ込ませていた。
「認識しやがれ木偶の坊の神……テメェはもう……時を超えられない。オレがそれを証明してやるよ」
––––––偽証!! 体内に寄生して神に嘘のルールを押し付けやがったっ!!
「ああ……ああああああああああぁぁぁぁ!!!!」
突如、黒い霧のようなものが体の穴という穴から噴出するように出てくる。あれは……もしかして、体を再生していたものの正体か?
「ククッ……テメェは時間遡行の能力を利用して自己再生してたんだろ? …………これでもう再生は出来ねぇなぁ」
神は叫び出し、時を超える力を失っていくことに絶望する。
「貴様ぁ!!!」
神は怒り狂い、影沼の首を掴んだ。––––––それでも堂々と、むしろこの結果を待ち望んでいたようにニヤニヤ笑っていた。
首を掴んだその手から光が炸裂する。金色の波動が、まずは影沼の首を飛ばし、脳の制御を失った肢体を飲み込んでチリも残さず破壊していく––––––。
––––––け、やっぱ割にあわねぇなぁ…………。オレ、かっこ悪りぃ……な。
––––––ごめんね……辛い思いをさせてしまって。
––––––いいさ。どーせオレは死んでたんだからよ。…………ああ、そうだなぁ……どうせこんな役に生まれるなら、アイツみてーな悪役に……なってみてーな…………。
「ああぁ!!! アリスっ!!!!」
一瞬、影沼の姿が金髪の少女に変わる。
その少女は笑顔で手を振りながら……手足……目……腹と少しずつ消滅させていく。
波動を放った神の手が、彼女のその体を求めるように伸びる。
だが……それは届かず、代わりに彼女からの言葉が俺達に届く。
––––––ようやくお別れだね……ジル––––––。
「––––––あああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!」
影沼……。アトゥム…………。
俺は、またアイツらに助けられた……。
––––––影沼のことを許せないと思ってた。
でも奴もまた、自分の望んだ世界じゃないところで生きて壊れていったんだ。だったら、俺とどこも違わないじゃないか。
––––––許すよ。むしろ尊敬すら感じるよ。
……いつか再び生まれなおす時は……きっと––––––。
「貴様ぁ!!! 貴様貴様貴様貴様貴様ああああぁぁぁ!!!」
半ば逆恨みに近い形で俺に怨念をぶつけてくる。
「もう終わりだ……お前望んだ世界は、ここにはないんだ。お前が望んだ異世界は……とっくの昔に壊れちまってるんだっ!!」
「うるさいっ!! 貴様とて、世界を望んだ愚か者だろうがぁ!!!」
俺に憤怒の剣が重くのしかかる。残った刃でそれを受け止めるが、重すぎて銀の大地を思いっきりめり込ませた––––––。
「ぐっ!!!」
「––––––貴様とて、同じだろうがあああぁぁぁ!!!」
「……そうさ。俺もお前と同じだ。だから、俺がお前を止めなくちゃいけないんだっ!! お前の苦しみを知る俺だからっ!!!」
すると、俺の言葉に反応して天翔丸が光りだす。
タクミは一人じゃないニャ!! ちゃんとフォルの思いも、いつも一緒にいるニャ!!! だから絶対負けないニャ!!!!
「天翔丸…………」
––––––天翔丸は、以前と変わらない刀に戻った。
天を翔け……死してもなお、転生する俺の守り神。転生の刃––––––。
なるほど。俺の遡龍烈牙も、鯉の滝登り––––––天を目指して逆流を遡行し、進化をする者。そこから名前を付けた。
逆流をものともしない、得体のしれぬ強さ––––––俺の焦がれた、この世に数多いる勇者達の持つ最強の力––––––。
それを手に入れるための…………決して折れない鋼の刃––––––。
へっ……アイツもまた、俺の大切な人って事か…………。
「おおおおおおおおぉぉぉぉ!!!」
咆哮––––––。同時に神の剣が押しのけられていく。
「負けられねぇ…………っ!! テメェにだけは負けられねぇ!!!」
暴走し、狂戦士となっていく神の禍々しい思いが力となっていく。なおも重くなる剣にもひるまず、その力を押し返す。
「俺もお前も同じだ……ただ一人を愛して周りの迷惑もかえりみず、戦うしかなかった狂った偽善者だっ!!!」
ついに神の剣を跳ね返した。よろける神に銀の刃を突きつける。
「決着をつけるぞ……。どっちの偽善が正しいか…………己の魂でっ!!!」
「ほざけえええぇぇぇ!!! 貴様如きが偽善を語るなああああぁぁぁ!!!!」
「ぐぁっ!?」
奴の上段からの一撃を受け止めると、ビルでも受け止めてるのかと錯覚するほどの重量を感じる。十トンは下らないその一撃は、一瞬俺の意識を奪いかけた。
「死ねえええええぇぇぇぇ!!!! 結城拓海いいいいイイィィィ!!!!」
なんとか捌き切ったと思ったら。瞬時に右から薙ぎ払う。それも受け止めるが、さっきと寸分も変わらない衝撃––––––肋骨が衝撃だけで二、三本折れた音が生々しく俺の鼓膜を刺激した。
––––––力を逃して捌こうかとも思ったがやめた。
俺は鉄の花びらは凹みひっくり返りそうなくらい強く……強く前に踏み出す。
「おおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」
––––––ついには、神の鉄槌を押し返した。
「ユウキイイィィィタクミイイイイイィィィィーーーーーー!!!!」
「シルヴァンドルっ!!!!」
俺は距離をとって、刀を鞘に収める。
シルヴァンドルも剣を大きく上に掲げる。
そして––––––––。
俺の鋼は…………神の胴を引き裂いた––––––。
「……シルヴァンドル…………」
消えゆく神に同情しそうになる。
「許さない……貴様は一生呪われた運命を辿るがいい……」
「それでも構わないさ……」
––––––お前が俺と同じ立場でもきっと……多分こう言うんだろな?
「くそっ……くそぉ……なぜオレの望みは叶わない!? なぜ……貴様の望みは叶うんだっ……なぜ………………」
「……お前が人間を信じなかったからだ」
……第五次元の神はきっと、人間を信じたんだ。
だから、戦争が起きても止めなかった。
何千年先になるかもわからない途方も無い時間を、彼は信じた。
それが……シルヴァンドルと盤古……そして俺との違いなのだろう。
「く……そ––––––」
それでも神は最後まで恨みの言葉を続けながら、死を迎えた…………。
「…………はは。やっぱこんな場所じゃ眠れねぇな」
だが、体がもう動かない。……指一本すら動かない。鋼鉄の花びらの上で、体を大の字にして身を預ける。
神の魔力が消え、次第に竜巻の上昇気流がなくなる……。
太陽の熱を浴びて、蒸し暑くなってきたその鉄の花は、俺に対する神の怒りなのだろうか?
––––––このままこの花びらが落下すれば、確実に俺は死ぬだろう。
でも––––––。
「頑張ったよなぁ……俺」
頑張る事に憧れた––––––。
勇者のように諦めない鉄の意志が欲しかった––––––。
最期に……それは手に入った。
––––––俺にしては十分すぎる。
––––––次第に落下していく感覚が生まれる。
––––––不安を煽る浮遊感は、不快感とは別の感覚を俺に与えてくれる。
––––––散り切った鉄の花の茎が見える。
––––––ああ……これが最期の……花びらだったんだ。
––––––そんなことを消えゆく意識の中で感じながら…………俺は––––––。
腕の温もりを感じた––––––。
「大丈夫だよ––––––。私もあなたを守る……これから何度だって君を守るから……」
––––––死んだ魂は、天使が迎えにくるって誰かが言ってたっけ?
俺は……白い翼を広げた彼女の腕に抱かれながら…………死んだ後のあの世界で……俺達の家に帰れるなら、それも悪くないって……そう思ったんだ––––––。