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第百十八話「第五次元 十八世紀 フランス」〜シルヴァンドル視点〜

 最初っから興味などなかった。


 あいつに待っている最低の運命。そんな世界を作った創造主なんかに期待などしていない。


「そなたはこれより、世界創生の神として生きる事となる。そなたの望むように世界を作る事が出来る。そなたはどんな世界を望む?」


 だけど、もしオレが作る異世界が望む世界なのだとしたら……。


「オレの望む––––世界は––––––」







 * * * * 第五次元 十八世紀初頭 フランス * * * * 







「ねぇ、そこどいてくれない?」


 雀ように小さく可愛らしい声なのに、口調は鷲のように獰猛だ。目を少し開けてみると、日差しがまぶしくて反射的に目を閉じる。


 草むらの少し湿った感触がどうにも心地よく、オレは再び深い眠りに––––––。


「ぐほぉ!!!」


 腹に何かが突き刺さった。……いや目の前の金髪娘が杭を撃つが如く、持っている杖を思いっきりめり込ませたのだ。


「邪魔なのよ! どいてくれない!?」


 もう少し眠りたかったが、仕方なく退散する。


 すると金髪少女は持っていた杖とカゴを足元に置いて、オレの寝ていた草むらをかき分ける。


「……何見てるのよ」


「お前……魔女か?」


 彼女が持ってる杖は明らかにそういう類のものだった。大木の枝のような杖に宝石がいくつか埋め込まれてる。


 大きな黒の三角帽子で魔女とわかるが、服装はほとんどその辺の村娘と変わらない。牛皮のコルセットと、シャツ。少し短めのスカートから延びるなまめかしい太ももが向かう先は膝を隠すほどの黒いソックスと牛側のブーツ。


 あとはブロンドの長い髪と紫水晶のようなきれいな瞳。貧相な胸を除けば、かなり裕福な家柄なのだろう。


「安心なさい。魔女といっても、きちんと国の承認はもらってるわ」


「いや、承認もらってなきゃそんなバカでかい帽子かぶらないだろ」


 ––––––魔女狩り後、魔法は絶滅したかに見えた。


 だけど事実は違う。国家で保護して利用されている魔法使い。通称、国家魔術師が存在してる。


 魔法使い達は認定証をもらい、国の為に魔法を駆使する。同時に裏切った場合は即処刑されるという契約も結ばれてるわけだが……。


「……で、何探してるんだ?」


「薬草探しよ。……ほら、邪魔だからどいてよ」


 なぜこの娘はここまで傲慢なのか? というかなぜオレはここまで怒られなければならないのか? 文句の一つでもつぶやきたくなる自分の口を食いしばって渋々立ち上がる。


「ん……?」


 オレは、彼女が置いたワラのカゴの近くにある本に気がついた。本の上に手頃の石を置いてページがめくれないようにしていた。そこに書かれている薬草はオレもよく知っていた。


 軍人学校で、緊急時のケガの治療に使えるって言われて、よく学校のみんなで探したっけ? オレは当時を思い出しながらあたりを見渡す。


「あった」


 数メートル先にその薬草があり、オレは一つむしる。


「これだろ?」


「へっ?」


 その薬草を目にしながらキョトンとしている。


「あと、どのくらいいるんだ?」


「な、なんで君が手伝うのよ……」


「んー……? 暇だからかな?」


 オレは、そう言うと暇つぶしを続けた。次々と広い集めるオレに対して魔女は全然見つけきれない。


「お前、もしかして探し方知らないのか?」


「ママが教えてくれないんだもん。探し方は自分で勉強して覚えなさいって……」


 ……まぁこの薬草図鑑にも、きちんと効率のいい探し方書いてたはずなんだがな。ようするに勉強嫌いってわけか。


「この薬草は他の雑草より深い緑でツヤもない。だから、意外と広く見渡せば見つかるんだ。……例えば……ほら、あそこ見てみろ」


「え!? どこどこ!?!?」


「ほらあそこの暗い色の草。多分お前の探してる奴だ」


「本当に? 見てくる!!」


 魔女はまるでお菓子を見つけた子供のように駆け出し、薬草を拾うと目を輝かせる。


「あったーー!!」


 ––––––っ!


「ん? どうしたのよ」


「なっ、なんでもねぇよ……ほら、もっといるんだろう? 探すぞ」


「あ、ありがとう……」


 そうやって無邪気な笑みを浮かべるのが、どうしようもなく愛おしすぎて……顔を隠すようにオレは草を探すのに集中した。


 薬草は順調に集まり、次第に種類が増えていく。そんな中、オレは軍学校の思い出に浸る。


 馬の乗り方から、レイピア、ソード、そして銃剣等の武器の使い方から組み立て方まで…………とにかく使えるものは何でも学んだ。


 オレは結局いい成績ではなかったから、士官候補にすらなれず一般兵止まり。それどころか、たいして仕事もない辺境の地の護衛を任されている。


 確かに地理的に他国が真っ先に通る場所だから、戦争真っただ中のこの国政では、ここの守備も大切なのだろうが普通に見ればただの左遷先だ。


 当然お偉い様の革命の恩恵などない。まぁ、おかげで飯にありつけてるのだから、ありがたい話ではあるのだが…………。


「やったーー!! ()初めてママのノルマ達成したよーー!!」


「ん?」


 その声が聞えた先で、魔女は持っていた白百合を落として、まるで恥ずかしがるように顔を真っ赤にし口を両の手で覆っている。


「いけない…………わ、()ったら…………」


 まるで、男のような口調だった。だけど、それに相反して落ちた白百合の花びらが風に乗せて舞い上がる。その光景が不思議と幻想的な女性の魅力を引き立たせている。


「お前…………まさか男か!?」


「ちっ!? 違うよ!! …………いや……うん。でもおかしいよね。あんなしゃべり方さ」


 どうやら彼女は女らしい。自分がたった今見とれてただけに、ある意味いけない恋でもしてしまったのかと苦悩することはないようだ。


「ぼ……私ね、昔男の子みたいな子だったんだ。やんちゃして、髪も短くして男の子を喧嘩で負かしていた…………その調子でずっと生きてたからさ。どうにも女の子みたいな話し方なれなくて…………変だよね?」


「お…………オレは別に気にしないけど?」


 それは、彼女についた最初の嘘だった。兵士の男が女らしさ、男らしさを気にしないほうがおかしい。


 だけど……それ以上にオレは、彼女の特別になりたかった。だから…………オレはとっさに嘘をついた。


「––––––ありがとう。君は優しいね」


 そう、涙ぐんでつぶやく彼女の頬を撫でたくなるが、どうにも急いているようで自分が嫌になり、苦笑いだけを彼女に返す。


「そうだ。名前教えてよ。私、もっと君とお話したい!」


「あ……ああ。オレはシルヴァンドル=ジラールだ」


 名前を教えると、彼女はうーんとうなってから何度もオレの名前を繰り返しつぶやく。


「シルヴァンドル……じゃあ長いから、ジルでいい?」


「いきなりあだ名かよ…………まぁいいけど。そういう君は?」


「うん。私はアリス=ペルトル。よろしくね! ジル!!」




 * * * * 二年後 * * * * 




「うええぇへあぁーーーー…………ジルよぉ…………オラぁお前がうらやましい!!」


「はは…………そっすか」


 ––––––うん。めんどくせぇ。


 先輩はオレの事なんてガン無視して話を進めてくる。……ってかこの人にジルなんて呼ばれる筋合いないんだが…………。


「この町に配属されてそうそう彼女作るとかよぉ…………オラにも彼女くれぇ!! ヒック!!」


「はいはい…………」


 まったく……こんな酒癖悪いのに彼女できるのかねぇ…………。そう思いながらビールを煽る。


「テメェもそんなやっすい酒飲まないでワインの味くらい覚えろや」


「最近はたまに飲みますよ。アリスとですが」


「かーーーっ!! 自慢か!!!」


 ……アリスは結構酒を好んで飲む。


 特にりんご酒やペリー酒などの果実系。ワインにも目がない。


 オレも嫌いではないのだが……やっぱりビールのほうが飲みなれてて好きだ。


「だがよぉ。お前本当にいいのか?」


「何がですか?」


「なにって……国の承認があるとはいえ相手は魔女だろ? お前も知ってるだろうが、魔女の存在をいいと思っていない人間も多い。アリスを彼女にしてたのならわかるだろ? 彼女がこの町でなんて言われてる––––––」


 オレは苛立ちを解消するために、思いっきり樽ジョッキをテーブルに叩きつけた。


「わ、わるかったよ……だが、本気なら覚悟しとけって言いたかっただけだよ」


「––––––関係ねぇよ」




 ––––––悪魔の子。


 彼女はずっとそう呼ばれてきた。彼女の母もまた、魔女と言うだけでひどい偏見を受けてきた。


 アリスもお母さんも、国のために必死で頑張ってる。なのに、二人はずっと––––––報われることはなかった。


 ……もう数百年も前の魔女狩りの影響は、今の世代にも続いている。


「…………で、そろそろ出来たか?」


 オレは飾られているビーカーやフラスコを眺めながら見習い魔女に呆れにも近い言葉を投げかける。


「ぐぬぬ……も、もうちょい…………」


 プルプル震えながら、試験管の中の紫色の液体を一滴フラスコの中へと入れる。


「…………ゴクリ」


 試験管をそーっと手放し、フラスコの中身をゆっくり振ってかき混ぜる。


 そのフラスコの中身が紫色から赤…………次第に薄い青になっていき、ライムグリーンに変わる。


「––––––できた…………」


 オレは彼女の言葉に安堵して、止めていた息をそっと吐きだす。


「それが使い魔のクスリか」


「うん! 早速試してみよ!!」





「やったーーー!! 成功だよ!!!」


 アリスは、まるでペットをあやすように野犬だったその子を撫でまわす。見た目はちょっとガタイのいい蒼銀の毛皮の狼ってところだが、これで使い魔になったということらしい。


「この子は……そうだなぁ…………シリウス!! うん!! シリウスにしよう」


「シリウス? 確か星の名前だったか…………」


「うんっ! ほら、瞳がきらきらしているでしょ? だからシリウスがいい。僕の初めての使い魔……うん! 絶対シリウスがいい!! …………あっ!!」


 ようやく自分がまた、男の子口調になってしまってることに気づいたようだ。だけど、オレはそんな彼女の頭をなでながら微笑む。


「その言葉遣いも好きだよ……アリス」


「でも…………変だよね?」


「変なものか。オレが保証するさ」


 彼女の前にひざまずき、形を確かめるように頭や頬をなでた。


「……約束するよ。オレは…………君を守る勇者になる」


 こんな辺境の地のただの一般兵。


 だけど、彼女を守れるなら……こんなに光栄な事はない…………。






 ––––––そんな風に考えてた自分が、どれだけ甘かったのか……彼女との結婚式を控えた二ヶ月後に知るのだった。





「––––––う……あぐっ…………」


 痛い––––––。


 全身の血が、俺の右腕と左足があった部分からどんどん抜けていく。


 敵国の襲撃にあったこの町は……すでに火の海となっている。


 どうせこの怪我では生きることはもうできない。


 オレは地面を残った手足で這いずり回り、彼女と今住んでいる家に向かった。


 こじんまりとした小さな家だったが……暖かい家だった。


 その家の扉が見えるところまで……ようやく来れた。


「…………ん?」


 音が聞こえた…………。


 誰かが戦ってる音––––––。


 やめろ––––––。


「キャン」と短く犬の断末魔が聞こえて扉が砕けると…………家の中から何かが飛び出してきた。


 飛び出したそれは……彼女が可愛がってた使い魔(シリウス)だった。


 ただし……その腹からは臓物が撒き散らされていた。


「ああぁ……あああああああぁぁぁぁ!!!」


 オレは残された力をすべて使って叫び、必死に最愛の人に逃げろと願った。


 せめて生き延びてくれと祈った。


 だが––––––––。






 爆炎とともに数人の兵士が飛ばされてきた…………。


 怒りの炎とともに彼女が一歩一歩家を出てくる。


 よかった––––––生きてる。




 彼女がオレに気づいた……その一瞬の隙を突かれるまでは––––––。





 宙を舞う彼女の首を眺めながら…………。








 オレは、己の全てを呪いながらこと切れた…………。

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