第百十七話「起源の神」
「まさかお前が桜乃を助けてくれるなんてな」
俺が合流した時には、すでに桜乃は力尽きて早紀の膝を枕にして横たわっていた。
「助けた? けっ……これが助かったように見えるか?」
桜乃の息は短く薄い。ほとんど死んでいるような状態だ。
「操り人形よりはマシさ」
早紀から聞いた話によると桜乃に寄生していたナノマシンウイルスは、ほとんど自動制御に近いような状態だったんだ。体のあちこちに無理が起きててもおかしくない。
ふいに桜乃が目を開けた。もう二度と見ることができない目を開いて「お兄様…………どこ?」と、かすれきった声でつぶやいた。
「ここだよ……ごめんな。一緒にいられなくて…………」
「私……お兄様に…………謝らなきゃいけないの…………どこ…………邪魔者はいなくなったのに、まだ…………真っ暗…………」
俺は早紀から桜乃を渡してもらい、しっかりと抱き寄せ、その素直な顔を見つめる。
「謝る必要なんてねーよ……お前が見たのはそう……ただの悪い夢だ。だから…………もういいんだ」
「私が……殺した…………。みんなの目が…………怖い…………怖いの……………………」
会話にならない…………だけど、構わず必死に桜乃に投げかける。こんなに震えてる妹を見るのは初めてだった。
「怖くなんてない……言ったろ? 桜乃を悪くいうやつがいたら、俺がぶっ飛ばしてやるって…………だから、もういいんだ…………」
桜乃の頭を何度も撫でる…………次第に俺も涙があふれてくる。
「お前は…………ずっと頑張ってたんだな…………自分の罪に恐れて、怖くて…………いろんなものを失って…………それでも戦わされて––––––」
次第に桜乃を抱きしめる力が強くなる。この感触が彼女に伝わらないとしても、せめて…………気持ちだけは伝えたい––––––。
「お兄様……そこにいるの?」
「っ!? 桜乃…………そうだ、俺はここにいるぞ」
桜乃の顔を見た。
わずかに微笑み…………そして焦点の合わない目を、必死に俺に向けてくる。
たとえ触覚がなくて抱きしめられてることに気づかなくても、たとえ俺の声が届かなくても、せめてこの気持ちだけは伝えたい。
「お兄様…………私ね…………夢を見たの…………お兄様はいつの間にか彼女さんを作ってて…………健司さんと金髪のお友達もつれて、みんなで遊んだの––––––とても、楽しかった」
それは…………矛盾世界でみんなで遊んだ時の記憶––––––。
––––––桜乃にはもう残ってないはずの記憶だった。
「もう……私の目には真っ暗な景色しかみえないけど…………いつか……あんな景色…………もう一度みたい……な…………」
「見れるさ……ああ、これから何度も見れるさっ!! たとえ、俺がいるべき世界に戻っても、絶対にお前を幸せにできる奴をここに連れてくる!! 約束だっ!!!」
すると––––––。
「……………………お兄様」
––––––目の焦点が合う。
––––––見つめあった。
まだ弱々しいけど…………まだ、声はかすれてるけど…………。
その瞳は一瞬だけ力を取り戻し…………そして、いい夢を見たように微笑んで…………ゆっくりと閉じられた。
「…………桜乃」
「安心しろ…………ちゃんと回復させてある。死ぬことはねーよ」
「すまない…………本当にありがとう」
俺が素直に感謝するとそいつは顔を背けて声を荒げた。
「ちっ…………テメーに感謝されてもうれしくねーんだよ!! テメーら二人に貸しを作っただけだからな」
「わかってるさ。いずれ必ず返す」
これで正真正銘三人だ。
「ここまできた以上、もう銀色の花を止める方法は簡単だ」
そう……ただ単にこの巨大な花をぶっ壊せばいい。
「––––––安心してください……もうこの花は壊れてますよ」
後ろから聞こえてきたその声に、俺は振り返る事もせず答える。
「––––––母さんと親父……あと健司の親父さんか」
「ええ……」
おそらく母さん達も、この混乱に乗じて基地に乗り込んだのだろう……次第に花の中から爆発音が聞こえてくる。
「はぁ……まぁ、わかってましたけどね。オレが時間を超え、この選択をした時点で結城風音が動く事くらい」
「だろうな……テメェが予測出来てなかったら、俺達に対してもう少し自衛隊員の抵抗があってもいいはずだ」
俺が現れ、無概を俺が倒した以上自衛隊の抵抗は無意味。だから……直々に決着をつけにきた。
「戦力は温存しておきたいからですねぇ……彼らには少し待機してもらってます……先輩を殺したあと、残るお仲間を殺すためにね」
燃え上がる花が背にして、その男を睨みつけた。
「それが……テメェの理想郷ってわけか……シルヴァンドル」
……男は以前と変わらず黒髪の高校生……つまり柏木零の姿だった。
俺のその言葉に、自嘲するように笑うと紅蓮に染まっていく鋼の花を見上げる。
「……最後にそう呼ばれたのも……何世紀前になることか……」
……確かに長い記憶だった……。地球創生から今に至るまで、その前の地球での記憶も……。
「なるほど……先輩もまた、真の神の領域に達したという事になるのかな?」
「そんなんじゃねぇさ。……心眼は言うなればソウルプラズムのスキャン機能。魂に刻まれた記憶を読み取ることはできるが、ストレージ領域の脳の記憶までは読み取れない。テメェやアーノルドがやってた事の劣化版さ」
簡単に言えば今考えている事を読み取ることはできても、記憶を読み取ることはできない。
ただ、魂って言うものはいろんなところに宿るもんだ。俺があの絵本からシルヴァンドルの記憶の一部を読み取ったのは、あの絵本にかすかに残ってたやつの魂を感じたからだ。
「ふっ……本当に厄介な敵になったもんだね。……結城先輩」
すると、俺の後ろから爆音と熱風が吹き荒れる。どうやら銀の花が内部から爆発しているようで、花びらの鉄板が轟音を打ち鳴らしながら一つ、また一つと落ちていく。
「テメェほどじゃねぇさ。どうせこの銀薔薇の機械もオトリなんだろ?」
「そりゃそうさ。ハナッからこんな目立つおもちゃで、どうこうしようなんて思ってない」
「じゃあどこなんだろなぁ……テメェのウイルスを仕込んだ兵器ってのは」
俺とシルヴァンドルは不敵に笑いだす。––––––どちらもすでにわかっている。こいつがどこにウイルスを仕込んでいるのかも、俺が答えがわかってて言ってることも––––––。
次第に笑いが大きくなっていく。お互いに腹が痛くなるほど笑い出し、次第にお互いの右腕が上に上にあがっていく––––––。
「「人工衛星の中––––––」」
俺達はほぼ同時にぶつかり合う。剣はオレンジ色の閃光を放ちながら電流が流れるような音と金属がこすれる音が鼓膜を刺激する。
「どうせそんなこったろうと思ったよっ!! 宇宙創成の神が、わざわざ地上でそんなやべぇもん作るわけねーもんなぁ!!」
「オレが地上から宇宙に移動できねーわけねーからな。オレの正体に気づいてるお前なら…………いや、結城拓海という男は、そのくらい気付くとわかってるさっ!!!」
シルヴァンドルの剣を捌きつつ、俺は左から切り上げる。回避されカウンターの横薙ぎを俺が刀で受け止める。
「ぐっ!?」
衝撃が全身に走る。重たくて吹っ飛ばされそうになりながらも、俺はその剣を耐える。
「せっかくだ……テメェみてーなニセモノの主人公には、ニセモノの花をくれてやるよっ!!」
「なっ!!? ぐぁっ!!!」
そのまま力任せに押し上げられる。やむを得ず、俺はその力を利用して上に飛ぶ。
「っ!? 何ぃ!?」
そこへ、鋼鉄の花びらが剥がれ落ちてくる。俺の背中に数トンはあろうかという花びらが––––––。
「ちぃ!!」
俺は振り向きざまにその鉄板を切り裂き、崩れ去ろうとしている銀の花の頂点に立つ。
花とは聞いていたが……これは……薔薇か。
「銀の薔薇…………なかなかいい趣向だろう?」
「ああ。吐き気がするほど悪趣味だよっ!!」
その男の横っ面を振り向きざまに切り伏せる。だが、それは届かず奴の刀に阻まれる。
「そういうな。これでも日本の製鉄会社のなせる芸術品だぞ?」
「違うな。これはタダのテメェの願望だ…………花言葉にかけた、テメェの女への贈り物なんだろっ!」
「っ!?」
今度は俺が、奴を押す。一瞬動揺を見せたが、奴は距離をとり眼光を取り戻す。
「…………白薔薇の花言葉……約束を守る…………そうテメェが誓った女が一人いる」
アーノルドはそれを知り、こいつに手を貸した……。
「その約束は…………この世から戦争を根絶する––––––。そのための誓いの花だ」
「––––––テメェ、どこまで知ってる?」
「全部は知らねぇさ。俺や親父が心眼で読み取れる情報は断片的だからな。…………それでも、心眼で覗いたテメェの記憶だけでも”アリス”を救うために、テメェが戦い続けたことくらいはわかったよ」
そう……俺が絵本越しに見たシルヴァンドルの記憶。その中に強く残ったある一人の少女の名前。アリス=ペルトル。
刃を交わした今なら、なおさら奴の気持ちが伝わってくる。だが、心眼でも読み取れない部分はある。
それが……アトゥムが残した記憶のピースの中にあった。記憶読取…………いや神の目との違いって事だろう。
心眼は相手の魂に刻まれた記憶や思いを断片的に読み取る––––––。だから長期記憶化されたものは読み取れない。今考えていることや、魂に刻まれた記憶のみが読み取れる。
対して記憶読取は狙った相手の記憶をすべて読み取る。ただし、相手が思い出せるところまで。忘れてたり、完全に封印された記憶は読み取れない。アーノルドは一時暴走していて嫌でも相手の記憶が見えてしまうことがあったみたいだが、それを制御させたのがゼクス=オリジンだった。
そして…………神の目。基本的には記憶読取と同質なものだが、その強化版ってとこだな。相手が思い出せない記憶も読み取れる。…………だから一時的に神の目に目覚めたアトゥムには、いろいろ見えていたんだろう。…………まぁそれでも、本人が偽証した記憶は読み取れないみたいだが。
「––––––でも、一つだけはっきりしていることがある。”アリスのための世界”…………お前が望んだ世界を、自分の手で作りアリスの魂を再転生させる。それがお前の目的だ。まぁ、肝心のアリスの魂はまだ見つかってないみたいだがな」
「––––––––––––」
シルヴァンドルは押し黙る。嘘ととぼけることはできない。心眼で読み取った以上これは事実だ。
「––––––この世界にはいくつかの次元にわかれている。次元を作った創造神を、起源神という」
「起源神…………じゃあ、アトゥムも…………」
「いや、RPGツクレールを再現した次元は、第六次元の宇宙の中にある。地球からはいかなる方法でも観測できない距離に存在する天体の中にティエアをはじめとする惑星は存在する…………元々は死者の領域としてソウルプラズムを管理するために作った惑星だったんだがな」
そうか…………死後の世界とつながっていると言われてる恐山は、何光年も離れたその惑星に移動するためのワープホールだったわけか。
「魂が分解される構造や普通の人間が移動できない理由は、ワープ時の超重力が原因だな」
夏樹先輩がワープホールを通り抜ける際に死んだ理由は、その重力のせいだったのか…………。
「そして…………オレはその死後の世界と定めた惑星で、何回も地球から戦争を消滅させる方法を探し続けていた…………」
「どうしてそこまで地球にこだわる…………平和な世界ってだけなら、異世界で達成できるだろう?」
「それじゃダメだった。戦争の起きない平和な世界なんて…………存在しなかった」
そして––––––神は過去を語りだす。宇宙創成からの長い…………とてつもなく長い歴史の真相を––––––。