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第百十五話「遡龍と黒狼」

 …………戦いにおいて心理を読む相手に負けるのは二流である。


 一流の剣士は思考を読んだ時点ですでに遅い。そこから判断、筋肉を動かそうとする刹那の間に勝負はついている。


 心眼は相手の性格がわかるという意味で作戦を立てやすいが、一流の剣士からはその程度の情報しか得られない。


 そう…………一流の剣士を倒す方法は未来予知にすら到達しうる戦いの知識と経験。そしてわずかの予備動作も見逃さない目と相手の攻撃をものともせず押し返す力が必要だ。




 ––––––俺と同じ体を持つ奴には…………俺の本気を出すにふさわしい。




 互いに消え、剣が交える。その攻撃を捌き、奴の刃を避ける。俺の右薙ぎ払いは空を切り、避けた奴の切り上げも俺のバク転で回避される。さらに奴の横一閃を伏せて避ける。そのまま体をひねり上げながら一閃を加える。それは防がれ、バックステップで再び距離が生まれる。しかし、奴の体制が整う前に俺が追いすがる、平突きの一撃が奴の肩の服を斬り刻むが、当たらない。反転して俺の突きへの返し技。それを鞘で防御し、そのまま右薙ぎ払いに切り替えるが奴もまた鞘で防御する。お互いの刀をお互いの鞘で防御し、硬直した。




 次の瞬間…………過去改変が完了し、過去に送られた剣戟が音となって反響する。




 数十の鋼鉄の音が半径数メートルほどを支配し、火花の雨が降り注ぐ。お互いの仕掛けたすべての遡龍烈牙(そうりゅうれつが)が同じ技で相殺され、お互いに未来予知で回避し、音は戦いの重厚なBGMとなる。


 それでも俺達の戦いは止まらず、バックステップでお互いに距離をとり、その空間に未来から現れたお互いの剣が重なりあう。


 俺は一歩、前に出る。その後ろの髪を少し、奴の遡龍が切り刻んだ。


 奴も前に出る。少し体制を低くすると俺の遡龍の一撃が空を切った。


「ユウキタクミィ!!!!」


「無概っ!!!!」


 俺達の剣が交わると同時に、未来の剣戟が今へと反映され、さらに幾重もの金属音となって炸裂する。気をつけないといけないのは、未来からの攻撃だけじゃない。速度に緩急をつけた今の攻撃もまた恐ろしいものだ。


 何度も剣が交わり、炸裂するオレンジの閃光と銀の光沢が戦いを彩っていく。


 俺達はその美しさに魅了されながらも、そこに勝利の赤い鮮血を彩るため刀を振り合う。


 それは今も、未来にも続く剣閃の嵐。お互いの愛する者のために戦うという鋼鉄の意志のぶつかり合い。


「「うおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」」


 奴の突きを俺の鞘で包み込む、双竜・蛇翔撃(じゃしょうげき)。しかし、奴の突きの後から噛みつくような上下からの風の刃が襲い掛かるのを感じ取り、すぐに手を離した。黒狼の刃は、まるで黒狼の精霊が食いちぎるように鞘を破壊し、その黒鋼の淡い光をあらわにする。 


 …………空気の流れを読んでなかったら、俺の左手は今頃存在してなかった。あの風の黒狼に食いちぎられてただろう。


 そのまま俺達は大きく一歩下がり、息を整える。未来からの剣戟の音も止み…………ようやく周りが静かになる。


「……はぁ……はぁ…………」


 奴の息も荒い。お互いに未来と現在の思考を読みながら防御、回避をしていく心理戦。磨かれた技の連続。


 俺達は元は同じ……だけど違う環境の戦いで生まれた力。


 その実力は十分互角といっていいものだった。


「やるな……まさかああいう形で俺の蛇翔撃を破るとは」


「ふん……たまたま技の相性がよかっただけだ」


 …………実際には突きさした後に風の加護で作られた狼で追撃する技。…………奴は、一人で戦ってるわけではない。そういうことか。


「黒狼の魂が宿る刀。黒狼牙(こくろうが)…………か」


「心眼か…………悪趣味な技だ」




 無概がゼクスに認められ、この世界線を守るための勇者として修行していたとき、黒い毛皮の野生の狼と出会ったらしい。


 その狼は人を襲い、近くの農村の住民も困り果てていたそうだ。


 近くで修行していた無概は偶然にもその狼と接触。襲われたそうだ。


 だが、お互いに名前もない二人は次第に打ち解けあい、一緒に修行をしていたそうだ。


 そんなある日、運悪く無概は警察に見つかってしまう。


 銃刀法違反で捕まりそうになる無概は仕方なく剣をとるが、そんな彼を守ろうと黒狼は警官に噛みついていく。


 そして、黒狼は警官の銃弾を食らう。そんな黒狼を守ろうと無概も戦ったが、決着がつく頃には黒狼は力尽きていたそうだ。




「ゼクス様の隠ぺいによって事件は公にはされなかったが…………あいつは俺のために命をはってくれた。お前らにはわからないだろうが、俺は黒狼のためにも敗北は許されないんだ」


「いやわかるよ…………俺達は同じ存在から生まれたんだからな」


 俺も同じ立場なら、その行為が正しくとも正しくなくとも……黒狼のために負けられない。


 ただ一度の敗北も、許さなくなるだろう。


 わかるよ……俺だって同じなんだから。


 早紀のために…………ただ一度の負けも許されない。


 早紀だけじゃない。無銘にスピカ。この天翔丸をくれたフォル。俺を鍛えてくれた親父やじいさん。俺も祖父という意味での爺さんも入るか。そしてペル…………健司…………テュール…………デュランダル…………影沼…………ディー…………アトゥム…………俺の母、風音ことノルン…………そして…………桜乃。


 無概の事がわからないわけない……俺だって妹のことが大切で大好きなんだ…………。


 そんな妹があんな状態になって……気が狂いそうだよな。つらいよな…………。わかるよ。


 そんなつらい思いをして…………言葉なんて通じるわけがないよな。


 だから、お前にも見せてやる。




 心眼の共鳴……心理世界…………。




「これは……神の領域?」


 確かに、俺がティエアに転生した時と同じような一面黒の世界だ。……だが、これは神の領域ではない。


「違うな。神の領域はゼクスやアトゥムなどの次元の起源の神、起源神となったものが作り出した心理世界。ここより広大で、すべてを支配する管理世界。…………こんなものはただの真似事だ」


 そうだ……これは神でもない俺が使った時点でニセモノだ。


 だけど、これと同じことをしている人間を俺は知っている。


 アーノルド=シュレッケン…………彼の使ってた技は、心眼を強化し、奥底に眠る記憶を読み取る記憶(メモリー・)読取(リーディング)。そして、心理世界で読み取った記憶をありのままに開放させることで苦痛を与える夢魔(ライアー・)共鳴(ナイトメア)


 だが、本来はこうやって自分の世界に誘い込む結界系の技だ。




 …………黒の世界は俺の望む異世界へと塗りつぶされていく。




 そこは草原…………そうだ、俺がティエアに初めてやってきたあの場所。


 あそこが本当の意味での俺の始まりだった…………。


「ここが俺の守りたい世界だ…………」


「…………お互い引けないというわけか」


 当然だ。引けるわけがない。


「だが、わかってるのか? もう俺達の決着は、こんな世界(こざいく)ではつかない」


「わかってるさ。この世界はただ、お前にも俺の世界を知ってほしかった…………それだけの事さ」


 ––––––お互い遡龍(そうりゅう)の力がある以上……その技がお互いの技で捌かれるならば…………もうこれしかない。


 時を遡る限界……。


 遡龍烈牙(そうりゅうれつが)の時を遡れる時間は、剣速によって変わる。


 お互いの敵を殺すためには、自分の限界を超えないといけない……そういうことだ。


「結城道場。師範代…………そして遡龍(そうりゅう)の使い手…………結城拓海」


 俺は最強の敵に敬意を表し、名乗り出る。奴もまた、同じく名乗る。


「結城道場。元師範代…………黒狼(こくろう)と共にある者…………無概」





「真・遡龍烈牙(そうりゅうれつが)


遡龍狼牙(そうりゅうろうが)




 再び、時間の流れが俺達を支配する。


 互いに今の自分の全力で、力を解き放つ。



 地をかける黒狼(こくろう)に合わせて、無概の遡龍(そうりゅう)が時空を飛ぶ。




 俺の遡龍(そうりゅう)もそのあとを追っている。





 しかし俺の遡龍(そうりゅう)は時空の狭間で黒狼(こくろう)に噛みつかれた。俺の剣速は弱まり、本来戻れる時間は短くなる。






 そして…………無概の遡龍(そうりゅう)は、俺の心臓を食い破っ––––––。












 ––––––ちっ…………俺の負けか。











 そうだな…………俺の勝ちだ––––––。









 遡る時間が長いほど、結果への集束が遅くなる。






 つまり……俺が先に死んだ時点で…………無概の負けだ。





 結果を捻じ曲げ…………俺はたたずむ。




 無概の胸は大きく割かれて草むらに横たわっている。



 まるで、自分の死体を見下ろしてるようでいい気分はしない。


「まさか……黒狼を使ってもなお、俺より先の過去へ行くとはな…………」


「ふっ…………よく考えついたもんだ。あれは俺対策ってわけか」


「当然だ…………俺は、やはり一人いれば十分だ」


 そうだな……やっぱり自分が二人いるってのはドッペルゲンガーを見ているようで、どうにも心が落ち着かない。


「…………俺の心を知ったうえで…………お前は俺に勝ったんだ…………だ…………だから約束しろ––––––」


「ああ……言わずともわかるさ…………桜乃も、俺が守る…………絶対に」


 そして…………もう一人の俺はゆっくりと目を閉じて、大きく息を吸った。





 ––––––ああ……なるほど…………この場所は、なかなかに心地い……い……………………。

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