第百十四話「遡龍激突」
入間基地周辺は騒然としていた。マスコミに対応している自衛隊員。警察までもが出動してマスコミが侵入しないように抑えている。
当然野次馬もたくさんだ。明らかに一般人の人間もスマホで何枚も写真を取っていたり、なんとか侵入しようとしてみたりしている。
そりゃそうか。他の人からしてみれば謎のテロリスト軍団の襲撃、そして俺達のせいではないが自衛隊員数十名が重症あるいは死亡と言う大惨事だ。さらにミサイルランチャーまで持ち出してるし、騒がないはずがない。
さて、どうやってあの場所まで行くか……。
入間基地の真ん中に出来た馬鹿でかい花。……しかし、その姿は見当たらない。
……幻術で隠してるのか。
「どうする影沼?」
「知るかよ……またミサイルぶっぱなすか?」
「いいわけないだろ?! ただでさえまともに近づけないのに」
俺達は今、入間基地を眺める事ができるビルの上にいる。
「ったく……スピカ。いるか?」
早紀は人格を交代させて、青い瞳が少女があらわになる。
「なによ。突然……」
「俺達の姿を隠すことはできるか?」
「まぁ……出来ないこともないわ。ただ、持続時間は二十秒ってとこよ。あの人混みを抜けるのはまず不可能よ」
「いや、そんだけあれば十分だ」
「ひゃうううぅぅぅ!!!」
おびえて俺に抱き着いてくる我が嫁。
「ちょ…………ちょっと待ってぇ!!! 早すぎいいいぃぃぃ!!!」
「なんだ? 早紀こういうの苦手なのか?」
現在、近くのビルから基地にかけて風の加護を使って圧縮空気の橋を架け、高速で基地に向かっている。スケートのように足を滑らせて時速100kmほどのスピードで空をかける。
「無理無理無理無理!!! 手離したら絶対落ちるぅ!!!」
「落ちねぇよ。ちゃんと風の加護で空気圧を調節してんだから」
「でもぉ!!」
まぁ、空気で浮いているわけだから若干ふわふわした感じで全身が上下している。しがみついているだけの早紀にとっては怖いのかもしれないな。
「とにかく俺を信じろ! 大丈夫、落ちてもこの距離なら死にはしねーよ」
「いや死ぬってっ!! 車めっちゃ走ってる!! 安全上に問題があるよぉ!!! 危機管理しっかりしてぇ!!!!」
早紀……ジェットコースターとかの絶叫系マシン絶対苦手だな…………。
「…………はぁ、めんどくせぇ」
対する影沼はオレの後ろについてきている。おびえまくってる早紀と違って平然としている。……こいつは絶叫マシン得意だけど興味ないって感じだな。
「そう言うな。こうでもしねーと普通––––––」
俺は気配を探知して後ろに大きく飛んだ。その瞬間早紀の悲鳴と同時に俺のつま先の数センチ先、さっきまで俺の首があった空間を何かが切り裂いた。
「くっ! 無概かっ!!」
俺は、再び足元を風で覆い、地上から十メートルほど上空を浮遊する。
「早紀っ! 大丈夫かっ!?」
「きゅぅ~~…………」
…………とりあえず。ケガだけはしていないようだ。ちょっと大丈夫とはいいがたいけど。
「すまない。早紀を頼めるか?」
「ふん……」
悪態をつきながらも早紀の体を漆黒の腕で抱きかかえる。
「…………無概っつったか? 不意打ちとはいい度胸だなおい」
無概は俺と同じように足下に上昇気流を作り出して空中に浮いている。
「不意打ちはお互い様だろう……アンタも隠れて侵入してきたんだから」
「ふっ……まぁそうかもな」
俺は、改めて剣を構えて相手の黒鋼の刃をにらみつける。
「……無概は俺に任せろ。お前は基地に侵入してろ」
「いいのかよ……オレなんかに自分の嫁を託してよ」
「…………テメェを信じたわけじゃねぇ。テメェの中の親馬鹿を信じてんだよ」
「…………ちっ、減らず口を」
そう言うと、無言で拳を俺に突き出した。
そして、盃を交わすように拳を合わせて、俺達は別れた。
「…………ユウキタクミ」
「よぉ……また会ったな」
俺は刃を解き放ち、目の前の男に向ける。
その男もまた銀の鋼をギラつかせ、刃を重ねた。互いに足に風の加護をまとい、空中に浮いている。ある意味異様な光景かもしれない。
「……それは天翔丸じゃねぇな。ゼクスにでももらったか?」
黒を基調としてるのは同じだが鍔の形や刃の素材に違いを感じる。特にその刃は真っ黒に染まっている。
「黒狼牙…………貴様は天翔丸を使っているのか?」
「ああ……俺にとってはもう一人の、大切な人がくれた剣だ。そう簡単に手放せねぇよ」
ずっと愛用してきた刀だ。手入れもしっかりしてる。
そりゃここまで戦ってきて、刃こぼれが一切ないなんてことはない。だけど、その切れ味は未だ衰えず俺を魅了している。
「……天翔丸では俺には勝てん」
「寝言は寝てから言え…………寝かしつけてやっからよ」
––––––一瞬。
剣が混じりあった。オレンジの閃光が花火のような美しさを魅せて弾ける。
押されあってお互い距離が生まれたが刹那の隙を捉え、慣性を無視するように一気に距離を詰める。
上段からの斬撃は無概の剣で受け止められるが、それだけで済ませる気は毛頭ない。
「おおおおおおおおっ!!!!」
そのまま力任せに無概を押し込む。
「っぐぁ!!」
耐えきれず、無概は基地のコンクリートに叩きつけられる。俺はその後を追いかけて、急下降する。
そして、回転を加えてもう一度上段からの一閃を無概が受け止めると、彼の足がコンクリートがダイナマイトが爆発したかのように砕かれ、瓦礫と粉塵が舞い上がる。
「なんだこれは? ユウキタクミ…………ウォーミングアップのつもりか?」
「お前はこの程度でウォーミングアップなのか。まだ軽いストレッチのつもりだったんだがな」
俺の挑発に「ふん」とだけ声を漏らし、お互いに押し合って距離をとる。
「……貴様は、本気で神に勝つつもりなのか?」
「……そりゃ勝つさ…………。奴の作る世界は俺の望む世界じゃねーからな」
「さすが傲慢だな…………人間の分際で世界を望むとは」
俺は、それでも引かずに強気に言い返す。
「人は誰しも世界を望むもんだ。…………お前だって、お前の望む世界のために戦ってるんだろうが」
「何をわかった口を––––––」
「結城桜乃」
その名前を言葉にした瞬間。予想通り無概の顔がこわばった。
「あいつの精神が壊れたのは俺が死んだことが理由だ。だが、俺がそもそも存在しなければ彼女は殺した相手を失い、精神を取り戻す。兄弟の絆が彼女の精神を蝕むなら、それを断てばいい」
つまり……本来俺が存在しないこの世界線から矛盾が消えれば桜乃は罪から解放される。
わかるよ……俺だってあのつらそうな桜乃を見てきたんだ…………俺が同じ立場なら、そうしてただろうな。
「だがな。俺はそれでもゼクスの示す未来は正しいとは思わない。俺は桜乃も救い、そして早紀を悲しませない世界を望む。だから…………道を開けてくれないか?」
「傲慢だな…………それで本当に世界が救えると思ってるのか?」
俺はその意味を理解していた。
……俺の心眼はゼクスの過去と未来を見せてくれた。そのことは早紀にも影沼にも話している。
シルヴァンドルの理想は……彼のことを否定できないほど正しく、美しいものだった。
だけど……同時にわかったことがある。
––––––それは……あいつが望んだ世界じゃない。だから––––––。
「––––––俺は……世界は救わねーよ」
「なに…………?」
俺が目指す世界は、正しいばかりの世界ではない…………。
「勘違いすんなよ無概…………俺の存在は悪だ。そいつが望む世界なんて、平和で美しいだけの世界なわけねーだろ」
そうだ…………俺が望む世界は神の望む美しい世界じゃない。神が否定した醜くも自由の世界。
それは一見すると正しいわけではないのかもしれない。全員が正しいと理解してくれる…………なんてことはないとわかっている。それどころか俺達の悪行は…………誰にも理解されないかもしれない。
だけど……神が導くだけの美しい世界もまた、誰もが望む世界とは言えない。
それに……ゼクスのためにも、俺は負けるわけにはいかない。
「止めたきゃ止めて見せろ無概。テメェがゼクスと同じ世界を望むなら––––––俺が全力で阻止して見せる」
「……わかった。貴様は俺の手で殺してみせる」
俺の右切り上げに対して相手の逆袈裟がぶつかり、再び剣が火花を散らす––––––。
「なにっ」
その瞬間、異様な風が吹き荒れ、刃となって襲い掛かった。俺は危機を感じてバックステップをし直後、奴の剣の斬撃の方向とは真逆の方向から、風の刃が牙のように襲い掛かった。
「黒狼牙……狼牙噛嵐」
なるほど……あらかじめ風の刃を自分の斬撃と真逆の方向に発生させておき、挟み撃ちにする技。
まさに刃に食らいつく黒狼の牙。
まずい……この技と遡龍烈牙の組み合わせは強い。狼牙噛嵐の主な目的は武器破壊だ。剣をハサミのように切り刻むあの技の前では、どんな名刀でも耐えられない。
––––––回避不能の未来からくる遡龍の爪。防御させて武器を破壊する黒狼の牙。
そうくるならば…………攻略法は一つしかない。
奴の戦略を心眼で先回りし、未来と今の斬撃をすべて…………捌いてかわすっ!!