第百十二話「遡龍のその先へ」
願った世界なんて簡単に手に入るものではない。
神ですら願った未来に到達することなんて不可能に等しい。
人間だからこそ持つ強欲な願いは、時に可能性になり、時に呪いとなった。
––––––もっと国を裕福にしたいがために戦争が起きた。
––––––愛する者のため戦った。
––––––隣国に腹が立ったから攻撃した。
––––––あるいは理不尽な要求を求められ、自由を求めて人を殺した。
この三つの願いはすべて同じ人間の戦争の理由だ。見る視点を変えただけに過ぎない。
要するに戦争の理由に正しいも間違いもない。視点を変えれば正しくもなり、過ちにもなる。
仮に正義が戦争などというものにあるとすれば、それは勝者だ。
戦争の勝者は唯一正義を決めることができる。それがどんな理不尽なことであっても正義へと変わってしまう。
ならば、人類の持っている正義などかりそめに過ぎない。
だけど、神はそれでも世界を望んだ。
愛する者のためだけの世界を……。
争いのない世界を……。
だから……俺達も世界を望む。
俺達の望んだ世界は––––––。
「結城拓海…………」
俺は眼前の敵を見据えて刃を向けた。俺と同じ顔、髪と目の色を除けば完全に同一人物の敵を。
……早紀と融合していたおかげで現在の状況はよくわかっている。とにかく、今はフレイアと影沼を助けないと…………。
……早紀の視点で見てて気づいたが、奴は鞘走りの加速をしなくても遡龍烈牙を使っていやがった。まるでそれが通常の攻撃みたいに……。
つまり、無概は…………本気の俺と同レベルの力を持ってると思っていい。やろうと思えば遡龍烈牙を何十連撃も打てるだろう。
ったく、通常攻撃レベルで遡龍烈牙を打つのは、一応切り札だったんだがな…………。
さらに、今の俺はかなり強引な方法で現世にいる。早紀の体が時間遡行を何度も経験したため矛盾を受けづらいことを見て、俺の魂を定着させたに過ぎない。
だがこの体は正真正銘、早紀の最初で最後の転生魔法で得た体だ。…………絶対に無駄にするわけにはいかない。
「……無概。なぜゼクスに加担する?」
無概が、俺と違って運命の破壊者に覚醒していないのはわかる。理由はわからないが……。ただ無概にゼクスが殺せないのは間違いない。
だが……無概がゼクスと共に戦う理由がわからない。
「簡単な事だ……俺は貴様の望む世界を望まない」
「それは……ゼクスの望む支配された世界を望むということか?」
刹那、肩口を狙った袈裟斬りに俺の刃を割り込ませる。赤い火花を散らしながらギリギリと刃が悲鳴を上げる。
「そうだ……俺はゼクス様が作る戦争のない世界を望む」
「その代わりに、人の意思は死に絶えてもいいと言うのか!?」
「それによって数十億人の人類が救われるなら安いものだ!!」
互いの技を捌きながら即座に次の技に移る。俺は右脚を落とそうと低く構えて刀を振るう。だが、その攻撃は地面に突き立てた奴の刃に阻まれ、俺の横っ面に奴の左つま先がめり込む。
「ぐっ!!」
転がりながらも受け身をとって、すぐに地面を蹴りつけて奴の懐に入る。
「まだわからないのか?! 貴様の……俺の生きた世界では戦争は終わらなかった!! 数十億の人間を犠牲にしても、人類は戦争をやめなかった!!!」
俺の左からの切り上げを避けてカウンターで左のコメカミを斬り付ける刃が飛ぶ。再び防御が間に合うが、一撃一撃が閃光と同等のスピードだ。一瞬の油断が生死を分ける。
遡龍烈牙の間合いは半径3メートルほどだ。つまり、その距離で奴の攻撃が発動すれば、空振りしても過去の俺に当たる。
つまり、お互い安易な回避は絶対に出来ない。防御し、技の発動を無効化し続けて技を捌くほかない。
「……テメェが言う通りなんだろうさ。この時代の歴史でも、人類はその犠牲者の多さに戦争の愚かさをもっと知るべきだと俺も思う」
……宇宙の創造神が、人の意思を保ちながら戦争を防ぐ手段を諦めた気持ちもわかる。……ゼクスにとっては諦めるしかなかったのだろう。
「だがっ!! 人間の自由を奪ってもそれは生きているとは言わない!!ゼクスの目指している世界は、ゼクス自身が否定した異世界と同じじゃないのか!?」
「違う!! ゼクス様の世界は不足の事態があっても力は失わない。害虫を駆除する力は持ち合わせている」
再び、剣が火花を散らしていく。お互い回避できないから必然剣が何度もぶつかり合い、つば競合いが何度も起きる。
「……その世界は、本当に戦争が起きないと思うか? 結局は過去の圧政と同じじゃないか!!」
「人間が神と同列に考えるとは、愚かにもほどがある!!!」
「あっ!?」
まずい、体制が崩されたっ!! 普通なら紙一重で回避も選択肢にあるが、こいつの場合回避はできない。
「くっ!!」
俺は鞘を突き出して、斬らせて奴の剣のスピードを落とした。
「うぐっ!?」
確かにスピードを落とせたが、そのかわり腹が鞘と一緒に斬られた。俺はそのまま二撃目を予想して大きく跳躍し、遡龍烈牙の範囲外にでる。
「タクミっ!!」
俺を心配してくれる早紀の悲痛な声が俺の耳に届いた。彼女の側には、影沼とフレイアがいる。
……どっちにしろ怪我人を二人も抱えたまま戦うのは無理がある…………。
––––––その時、短く破裂音が聞こえた。振り返ると銃口から硝煙を、口から灰色の煙をあげてその人は立っていた。
「さて……君には色々話を聞かなければいけないようだな……結城拓海くん」
「健司の……親父さん!?」
確か警視総監の……神宮京也さん。
……京也さんのおかげで助かった。彼の助力でこの病院までたどり着けた。
俺はフレイアの病室を後にする。早紀はしばらくフレイアの様子を見るようでまだ病室にいるそうだ。
まずは病室のすぐ近くの喫煙所にいるその人に話を聞かなければならない。ある程度の話は彼の車の中でしたが、どうにもこの人は魔法や異世界を素直に受け入れすぎている。
「安心したまえ。ここは本来は重犯罪者用の医療施設……逆を言えば自衛隊でもここには簡単に手を出せない」
タバコから煙を出しながらベンチに座っている。ただそれだけの姿なのに、何人もの凶悪犯を捕まえてきた風貌を思わせる。
「……それよりさっきのはなんですか? ……どうしてあなたが魔法を使ってたんですか」
あの基地から逃げる際中に、京也さんは自衛隊員のライフルを防ぐために防御魔法を使っていた。異世界で魔法を何度も見てきた俺ですら、見事と思えるほどの防御性能だった。
「別に驚くことではない。君の生きたゲームの異世界は、あくまであらゆる魔法を簡略化させた世界に過ぎない。ならば君たちだけが魔法を使えるというほうがおかしな話だ」
「魔法を簡略化……」
そういえば、早紀の使ってた創造は実際にやると相当難しいらしい。…………それと同じように他の魔法も実際にやろうとすると難しいというわけか。
それが、現実世界に入ると魔法が使えなくなる根本的な理由。裏口は転生者を現実世界に送り込んむとともに裏口を通じて世界の魔法処理を可能とする。
元々フレイアは裏口を通じてこの世界に来たから、その影響をまだ受けていたんだ。
前回……つまり健司が起こした矛盾世界でペルが魔法を使えなかったのは、同じ女神でも女神落ちのルールで現実世界に来てしまったからだろう。
「私はもとより魔法が使える……現実世界にも魔法関連の犯罪は存在する。ならば警察の上に立つものも魔法が使えなければ話にならんだろう?」
「……そういうものなんですか?」
「まぁ、魔法関連の事件には報道規制がかかるから、君たち一般人は知らないだろうがね」
言われてみれば、母さんの実家も恐山のイタコをルーツとする巫女の一家だ。そんなのがいるなら、魔法や異能の力を悪用する集団や組織がいてもおかしくはないだろう。
「……そして、あなた達警察は秘密裏にゼクスを追っていた」
「未来では、その努力も無駄になることが確定しているらしいがね……君の母さん、結城風音によれば…………」
「と、言うことは母さんとあなたはつながってた…………」
神宮さんは静かに頷きながら目を閉じた。
「……彼女とは警察学校時代に出会った。巫女が使う呪術も魔法の一種だからな。彼女から日本式魔術の基礎を学んだよ」
「俺の親父とはその時に?」
「ああ……元々剣道は警察に必要な体力づくりに学んでいたんだがね…………彼ほどすごい剣道家はそうはいない。…………なんせ、剣撃の起こす物理現象で、魔法と同じ現象を起こすことができるんだからな。君と同じように」
「…………どういうことですか?」
そして、静かに目を開けてその真実を告げた。
「君の使ってた時空を捻じ曲げる剣撃……遡龍烈牙。…………あれは君のお父さんが君くらいの頃に使っていた技だ」
「なっ––––––!!」
いま……なんて言った? 親父は……遡龍烈牙を使えていた?
「そして……君の言う遡龍烈牙にはまだ先がある…………少なくとも、結城幸村が最強だった時代と今の君だったら、確実に君のほうが弱い」
俺より……全盛期の親父のほうが強い…………。ここまでの力を手に入れた今でも?
俺は身震いした…………だってそうだろ?
––––––つまり……俺はもっと強くなれる。
「ふっ…………やはり親子だ。君の父親も、ただ純粋に力を求めた。その夢の続きが、君の魂を呼び寄せたのだろうな」
「夢の続き…………」
「……結城幸村氏も年には叶わなかったというわけだ。彼の手に入れたさらにその先の力も、存在していることがわかっていた。時間すら捻じ曲げるその力のさらに先……その力を手に入れれば、あるいはあの男を止められるかもしれん」
吸いきったタバコを灰皿に押し付けながら、彼は立ち上がった。
「あの男……?」
「……ゼクスは結城幸村が勝てなかった男だ。……少なくとも遡龍烈牙が使える程度ではあの男には勝てないぞ」
……ゼクスには形の概念がない…………しかも、遡龍烈牙以上の技が使える。
「…………とはいえ、悠長に修行なんてしている時間などない。ナノマシンウイルスは、すでに増殖を始めている。ゼクスを止めるためには明日までに叩かなければならない…………」
「だったら、問題ねぇよ…………俺の本来の体を持った男がいるんだ。ちょうどいい練習相手だろ?」
「ふ…………まったく本当に、君は元はゲームの中の存在だったというのにあの男とよく似ている…………」
「きっと、俺達は本当に親子なんだろうさ。どんな生まれ方をしても、どんな育ち方をしても…………その絆に矛盾なんてない。だから世界線が変わっても、死で分かたれても絆は残り続ける…………永遠にな」
そうだ…………それは俺と早紀…………それにペルを始めティエアの人間達もそうだ。絆には矛盾なんて存在しない。
それを教えてくれたのはペルと早紀だ。
一人は女神として、一人の故郷を愛するものとして、自分にできることを精一杯こなして戦ってる。
何度絶望しても、何度つらい思いをしても、自信を持てず、自分自身を暗闇に落としていた彼女は今、あの消えかかっている異世界で懸命に戦っている。
もう一人は、愛する者のために。自身を犠牲にしても守ると誓い、魂すらボロボロになっても俺なんかのために戦ってくれた。
俺が死んでることになってる世界でも、決してあきらめず…………俺を信じてくれた。
彼女がいなければ俺は本当に死んでいた…………。だから…………。
絶対に俺達は死ねない…………。
あの家に帰るんだ…………必ず。




