第八話「クソゲー師匠はせっかくだから赤の刀を選ぶ」
「ここなら問題ないじゃろ」
少し里から離れた場所。そこに竹林があった。この竹林はこのじいさんの修行場らしい。よく見ると、何本か刀で切り倒された竹がある。
「ほれ、貸してやる」
何かを投げられた。それを受け止め確かめると……刀だった。
試しにちょっと抜いてみる。
「真剣だな……」
居合もやってたが、真剣を対人戦で持つのは初めてだ。……模造刀や居合刀とは違う。切るために作られた刀。
昨日武器屋で剣をブンブン振り回して「これも違うなぁ」とか言っていた時は、対して意識してなかったが……真剣を持つと言う事をようやく実感し始める。
じいさんは間違いなく強い。が、俺もじいさんももし誤って切ってしまったら? いや、なにを弱気になってるんだ! 寸止めくらいできるだろ、結城拓海!!
「抜け。少年」
「ああ………ん?」
じいさんも刀を抜いたのだが、異様な構えだった。二刀流。いや、違う。右手に持っているものは鞘だ。
左手は刀、右手に紅色の鞘。あまり見ない刀法だ。じいさんが左利きならあり得ないこともないかもしれないが、じいさんの刀法はそれとは違うと思う。
鮮やかな赤の鞘を俺の方へ向け、左の刀は後方にやや下に構えている。
「どうした……かかってこんのか?」
俺は冷や汗をかきながらも、刀を抜いた。鞘を捨て正攻法で正眼に構える。
「いくぜ……じいさん!!!」
俺は、刀を振り上げ、じいさんに突っ込む。
じいさんが面を鞘で防御する……だが、この時代の戦士はフェイントって言葉を知らないようだな!! そう思っていたが、軌道修正して胴を狙った刀はじいさんの鞘で防がれた。
「なっ!?」
あの体制から防ぎ切った? なんつー速さだよ!!
「ぐっ!?」
そう思った時には俺の鳩尾に鞘の先端を打ち込まれた。たまらず俺はのけぞりながら、数歩下がる。直後、寒気を感じる。
「っ!?」
俺がとっさにバックステップを取ると、俺のいた空間をじいさんが切り飛ばしていた。
「あ、あぶねぇ………」
鞘をまるで棒術かトンファーのように軽やかに使いこなしてやがる。そうか……鞘は致命傷を与えるものじゃない、いわばジャブだ。本命はあくまで左の刀。右の鞘の連撃や捌きで相手を翻弄し。左の刀で致命傷を与える。
一撃必倒の技にはならないが、確かに相手にダメージを与えるっていうんなら合理的な技かもしれない。ならば、その鞘から破壊する。
「ふっ!」
わざとらしく大きく振りかぶって見せる。ふっと呆れた顔をしたが俺の大振りは別にフェイクじゃない。
「はぁっ!!!」
大きく振りかぶった剣を、そのまま振り下ろす! 耳を突き刺すような甲高い金属音が鳴りひびき、ぶつかりあった衝撃波が、草や竹林を大きく揺らす。
クッソ、なんで切れないこの鞘!! いや、切れるはずもない、この爺さんうますぎる…俺の力をいなして捌ききった!
さらに追撃する。が、俺の連撃をすべて捌いていく。
このじいさん……強い!!
連撃を捌きながらも俺の奥底を見るような瞳に俺はゾクッとした。
くそ!! なんだ、こいつの眼は! なぜ…こいつの眼から、あいつと同じものを感じられるんだ!!
俺は、なぜかじいさんの眼から、あの時感じた恐怖を感じていた……。
「いてて……」
結局負けた。人生で初めて負けたというのに、どうにも敗北感がない。今回は試合や戦いではなく、どちらかと言うと修行をつけてもらっているといった感覚になってしまっていた。
少し休んでいると、辺りはもう暗くなっていた。じいさんがつけてくれた焚火を囲んでその辺から持ってきた岩に座る。
「ほっほっほっ。まぁよくやったほうじゃ」
「いや……まだまだだった」
この世界に来て、周りが弱すぎるからなんとなく自分がこの世界ではチート級に最強だと思っていた。だが、やっぱりまだまだだった。
俺は、やっぱり弱いまだだった。
「お主、そこまで何に怯えとる」
俺が怯えるもの……。
「負けたことがないからだ……じいさんに会うまでは一回も」
「ほう……」
「負けたからこそ育つ力もあることを知った。だけど、俺はそれを手に入れる機会を得ることができなかった」
「……お主はその力に怯えとるわけか」
焚火の音が静寂に静かに鳴り響く。その静寂を裂くように怒号のように不満を吐いた。
「あんまストレートに言うなよ…あーもう!! そうだよ!!! 完膚なきまでにたたきつぶして、それでも挑みかかられるとかわかんねーし!! あいつどんなメンタルだよ!!! くそっ! 俺にはわかんねーですよ!! 悪いか!!」
「……そうか、なるほどなぁ」
「……じいさん、なぜかそいつと同じ顔に見えた。アンタでも誰かに負けたことあるのか?」
「わしも、ある一人の男にはついぞ勝てなかった……その男は、お前に似とったのぉ」
俺とじいさんは、互いに顔を見合わせて何故だかおかしくなって笑いだす。
「はははっ!!! それなら、じいさんは俺が絶対ぶっ倒してやる」
その男に似ているか! ならその敗北の屈辱をいずれ思い出させてやる!!
クソザコばっかりの世界にまた、俺の目標ができたようで嬉しくなった。
「おう! やってみろ小僧!! ほっほっほっほっ!」
お互いに不気味なほど高らかに笑った。
猫獣人の里。
この里はどこか、日本の京都のような雰囲気をかもちだしていた。
俺が死んでから一ヶ月弱。京都は修学旅行や合宿で行ったことがあるためか、古巣でもないのにどこか懐かしさを感じる。
さて、急がないといけないのは間違いない。しかし、じいさんに倒されてどうにも体の節々が痛い。そこで、猫獣人の里は温泉が有名らしいので、そこで体を癒すことにした。
のだが……。
「あ、リンゴ飴ですよリンゴ飴!!」
「りんごあめフォルもスキー!!!」
この二人ノリノリである。いつの間にか浴衣まで着て、観光と言うよりはお祭り気分だ。
観光客も多いそうで、露店も多い。つい刀代まで使いそうだったので、こうやって店を回るのは遠慮しようとしていたのだが……。
『アーノルド討伐はわしら猫獣人にとっても非常に助かることじゃ、今回は無償で刀をくれてやる』
と、貧乏冒険者にとってはありがたい言葉をうけ、金に余裕ができた。しかも新しく一振り作ってくれるってんだから、本当にありがたい話である。
というわけで、ペルも気兼ねなく金を使い、フォルと自分のリンゴ飴を買う。
って……あれ? 俺のは?
「あまあま~」
フォルがリンゴ飴をチロチロとなめている。その様子は白猫の水飲みみたいな感じで非常に愛らしい。
ペルもリンゴ飴をおいしそうになめている。完全に俺の分は忘れ去られている……。つーかその金の元手は俺なんだが……まぁこれだけ楽しそうならもういいか。
……ペルがペロペロとなめている。
「うわぁさみぃ」
「? むしろ暑いと思うんですが?」
「い、いや。なんでもないぞ」
なぜか思いついたオヤジギャグのくだらなさに寒気が走る。そうこうしていると、フォルが何かを見つけ走り出した。それをペルが追いかける。
見つけたのは蝶々だったようで、二人して感嘆の声を上げてまじまじと見つめている。
「タクミ殿。ありがとうな」
「え? ああ、フォルの飴ですか? そんなお礼を言うほどのことじゃ」
「いや、フォルを助けてくれたことじゃ」
ああ、そういえば助けたんだったよな。あの時は、フォルに気付いてなかったから自覚なかったな。
「……気になるんじゃろ? あの子の両親の事」
「え? ま、まぁ気にならないわけじゃないですけど………」
プライベートの事なので踏み込まなかっただけなんだが……。
「あの子の両親はわしが切ったんじゃ。あの子が生まれて間もなくな」
「え?」
あまりに衝撃的な告白に、俺は歩みを止め立ち尽くした。
––––––––なんて言った? 切った? ……つまりじいさんの息子か娘を切ったという事か?
「あの子はエルフの娘とわしの息子の子供でな。わしはずっと二人の結婚に反対しておったんじゃ。エルフと獣人は比較的仲がいいが、その間に生まれる子供は亜人……友好的になったとはいえ、いまだ亜人への理解を持っている人々は少なくてな」
亜人……つまり、異種族同士のつがいから生まれる子供の事。
住んでる種族が多いエストでは、さほど珍しくないが……他国では差別の対象にすらなるらしい。
「それでも……わしに土下座までしてきてな。それでも反対したら、あのバカ息子が……本気でわしに挑みかかってきよった。お前さんの何十倍も弱くてな……本当に情けなくて仕方なかった……でも決してあきらめんかったよ」
語る声がわずかに震える。わずかにかすれた声でさらに続ける。
「それでわしは、あいつとの絆を断った。猫獣人族の里では、まだ亜人を受け入れてもらえないと思い、せめてまだ理解のあるエルフの森で静かに暮らしてほしい……という甘い考えじゃった。だが、二人はアーノルドの手に堕ちてしまった」
「アーノルドだって!?」
俺は目を見開いて驚愕する。それを一瞥すると、遠くの月を眺めてながらそっと目を閉じる。
「わしが甘かった。洗脳された二人との闘いは過酷を極めた。じゃからわしは切るしかなかった。せめて殺して、苦しみから解放させるしかなかったんじゃ」
「じいさん……」
それは、どんな思いだったのだろうか?
想像することすらままならない。痛ましいじいさんの記憶。自分の息子を切るという、あまりにも残酷な仕打ちに、沸々と心の奥で何かが泡を立て熱を放ち始める。
「そんな二人もな。無意識のうちに守っとったものがあったんじゃ。二人が死に絶えながらも必死で指をさした方向へ足を運ぶと、小さな赤子がおった」
「それが……フォル」
じいさんが頷く。
「わしが、愚かだったんじゃ。亜人が受け入れられないからと言い訳しとったのは……結局わしじゃ」
「そんなこと……」
「ないとは言い切れんじゃろ。わしらが亜人への理解を求めていけばいいだけの話じゃった……現にどうじゃ。あの子の生き生きとした姿は」
俺は、フォルのほうを見る。
まるで姉妹か親子のように、ペルと仲良くリンゴ飴を食べながら舞い上がる虹色の蝶を眺めている。
「できたじゃないか。亜人への理解を求める事が。あの子は猫獣人の里でも、生き生きと暮らせてるじゃないか。わしは、罪滅ぼしとしてあの子を育てることで、あの日わしが間違ったことを証明したんじゃよ」
苦しそうにそう語る。じいさんに「そんなことない」と言いたいが、そう言うには俺の経験は足りな過ぎた。
「本当はアーノルドをわしの手で殺したい。じゃが、わしにはあの子を守るという役目がある。お主には悪いが……」
「わかってる。じいさんの仇は俺がとる」
じいさんの気持ちは、俺が引き継ぐ……。
そう俺は決心した。
「ありがとう。タクミ殿」




