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第百十話「苦痛」

「損傷……甚大……」


 ……佳奈美を助ける方法を考えている間、ずっと回避し続けてくれている無銘ちゃんにはかなり負担をかけてしまった。


「……早紀。早く助ける方法考える」


『ごめんっ……もうちょっと待ってて』


 とは言っても本当に助ける方法なんてあるのだろうか?


 ナノマシンウイルスが感染しているのは脊髄だ。脳でどんな命令をしたって脊髄で止められている以上、感情も何も関係ない。完全な操り人形状態。


 また、脳の一部も操作することができるようだ。現に何度も舌を噛もうとした佳奈美は自殺することもかなわない様子で、何度も舌を噛む寸前で顎を止めている。


 ……だからと言って拘束するのもなしだ。さっきの自衛隊員さんみたいに体が壊れるほど抵抗されてしまう。……脊髄反射も発生してないみたいだ。


 それに、影沼の拘束に抵抗した結果、自衛隊員さんの肩の関節が外れた。普通身をよじるだけじゃ、あんなことにはならない。


 …………ということは、本来脳で制御している以上の筋肉収縮率……要するに本来人間が体が壊れないようにセーブしている以上の力を引き出すことができるというわけだ。


 と、言うことは……通常ありえない筋肉の動きも実行可能と考えていい。……そうなると常に佳奈美を人質にとられてるようなものだ……どうする?


「無銘にげろぉ!!!!」


「っ……」


 その言葉が発せられた時には遅かった。糸の結界が私達を囲むように編み込まれる。


 …………確か1(ファースト・)A(アサルト)糸の結界(ライン・ラビリンス)


『無銘ちゃん変わってっ!!!』


 スピカがすぐさま表に出ると、炎のバリアを全方位に展開する。半球状の炎は、佳奈美の糸のついてないヨーヨーをはじき返していく。


 ……1(ファースト・)A(アサルト)4(フォース・)A(アサルト)のコンビネーション。……佳奈美の必殺パターンが決まり、私達はなすすべもなく攻撃を受け続ける。


「頼む……スピカ、アタシを殺してくれ」


「いやよ。フレイアは私達の親友よ……だから助ける」


「どうしようもねーんだよ……もうわかんだろ……アタシの体はアタシの意思では動かねぇ」


 ……脳からの命令の前に脊髄から直接筋肉が操作されてしまう。


 脊髄は脳から各所に命令を飛ばすための神経の主動線だ。逆を言えば、そこさえ支配してしまえば脳が完璧にコントロールできなくても、人を操ることはできる。……ある意味では洗脳とは呼べないが、それよりたちが悪い。


 しかも、下手にそんなところのウイルスを破壊しようものなら、各神経系に甚大なダメージが残るかもしれない。……二度と立てないどころか、下手すれば心停止。結局死に至る。


「くそっ……なんで体が動かねぇんだよぉ!!」


 何度も自分の意思と反して私達に攻撃を仕掛ける。ヨーヨーが小刀に巻きつき、引き合う構図になり、ポタポタと目から溢れた雫が水たまりを作っていく。


「頼む……殺してくれ……」


「フレイア…………」


「アタシは……早紀ちんを殺すことに手を貸した……なんの躊躇もしなかった…………。病院のベットで寝ている病弱な早紀ちんを見て、アタシなんて思ったと思う? …………”こんな奴ちょろいわ“ってバカにしてた」


『佳奈美…………』


 ––––––佳奈美がそんなことを思ってたなんて、知らなかった。


「実際簡単だった––––––。だってそうだろ? ちょっと優しい顔すりゃ相手から仲良くしてくるんだからよ……まじチョロかったわ…………」


「…………フレイアは後悔してるの?」


 涙であふれたその顔を振り払った。それが脳をまだ完全に支配されていない佳奈美にできる唯一の行動だった。


「ったりめーだろうがっ!! どんどん早紀ちんを知るたびにアタシは嫌いになれなかったっ!! それでもなんとか突き放して、アタシの目的のために優しいお人よしをぶっ殺そうとしたんだっ!! 健司が助けてくれて……ようやく、本当の意味で親友になれると思ったら……またアタシは、早紀ちんを殺そうとしている…………」


 流れる涙を手で振り払うこともできない。首から上だけを必死に動かして、必死に気持ちを伝える。


「だから頼むよ…………これ以上、アタシがクソヤロウになる前に……殺してくれよぉーーーー!!!」


 ––––––私は……スピカに相づちだけして、人格を表に出した。


「––––––助けるよ」


「早紀ちん……なんで…………」


「自分のために私を利用していた? 私を殺そうとした? だから何なの?! そんなのどうだっていい!! 佳奈美は、私が一番苦しいときに、一番つらいときに一緒にいてくれた親友よっ!!……それだけは神だろうが何だろうが否定させないっ!!」


 ––––––そうだ……考えろ…………思考を停止するな。


「私もタクミに会うまで死なないっ!! 佳奈美も絶対に殺さない!! 二人とも生きて帰るんだ!!!」


 ––––––高望み? わがまま?


 ––––––上等じゃない。


 親友を殺す罪より、親友に殺される苦しみより、こんなわがままで身勝手な決意のほうが何十倍も強いんだっ!!







 ––––––そう、あの日佳奈美から教わったんだ。


 ––––––病院のベットの上で死を待つだけと絶望していた私に、笑顔を取り戻してくれた。


 ––––––ちょっとくらいわがままな願望を持つほうが人間らしいって思い出させてくれた大切な人。







 絶対に殺させない––––––絶対に殺さない––––––。







「…………早紀ちん」


 佳奈美が、ふっと笑うと––––––私を強いまなざしで見つめた。


「おい!! スピカっ!!」


『––––––え?』


「今からちーっとばかし無茶してやるっ!! ––––––早紀ちんを見殺しの殺人犯にしないように頑張るこったなっ!!」


 それから少しスピカは考え、みるみると顔を青ざめていく。


『ば……バカッ!! 何考えて––––––』


 すると、佳奈美の体は青白く光り––––––顔が苦しみでゆがんでいく。


「がっ…………うぐぅああああああああああ!!!!」


『早紀っ!! 急いで交代っ!!』


 スピカに変わると、空を飛んだ。上空に浮いている佳奈美の体を抱き寄せると、そのまま空中で静止しながら、スピカが叫ぶ。


「早紀っ!! 今なら人格が奥に引っ込んでても佳奈美に話しかけれるはずだから何でもいいわ!! とにかく彼女に話しかけ続けなさいっ!!」


『わ、わかったけど、何があったの!? 佳奈美は何をしようと––––––』


「このバカっ!! 脊髄の中でナノマシンウイルスを無理矢理浄化するつもりなのよ!! そんなことをすれば、全神経はズタズタに破壊され、治癒魔法すら不可能なほどのダメージを受けるっ!! というかこのままじゃほとんど即死よ!!!」


 ––––––なっ!?


「フレイアの私への言葉は要するに……破壊され続ける脊髄を回復魔法で修復し続けろって事…………そして回復するたびに、またナノマシンウイルスを浄化……無限に痛みを受け続ける……精神にも大きなダメージが残ってしまう」


『佳奈美のバカっ!! それじゃ佳奈美が死んじゃう!!!』


「へへっ……死なねぇよ。スピカは回復魔法も最高レベルだ……アタシの意識がぶっ壊れるのが先か……ナノマシンってやつが全滅するのが先か…………勝負してやらぁああああああ!!!」


 佳奈美が叫ぶたびに、私の耳にも背骨から神経が破壊されていく音が生々しく聞こえてくる。骨が激しく軋み、悲痛な悲鳴となって耳に聞こえる。


『……くっ』


 佳奈美は目を白黒させて、泡を吹いて気を失いかける。それでも辛うじて意識を保つ。そして…………それでもなお、ウイルスの浄化を行おうとしている。


『……スピカ、私の意識を佳奈美にリンクできるわよね』


 そうすれば何割かは佳奈美の痛みが和らぐ。都合よく半分とまではいかないけど、一人で痛みを受けるよりはマシなはず。


「はぁ!? で、できるけどアンタわかってるの!? そんなことすれば、フレイアの痛みもあなたに飛ぶのよっ!!」


『だからどうしたのっ!! 私達で…………私達四人を助けるんだ!!!』


 スピカはすこし悩んだが、静かに頷いた。


『無銘の意識もリンクして……少しでも二人の負担を減らす』


「無銘ちゃん……わかった。二人とも覚悟して」





 ––––––その瞬間。











 全身を真っ二つに引き裂かれたのかと思えるほどの激痛。







 実際は脊髄だけのはずなのに全身に痛みが伝わるように指先までズタズタに引きちぎられてるようで……。







 交通事故にあった時の痛み…………その比じゃない。生きてるのが不思議になってくるほどの苦痛が私を襲う。







『う…………あぐ…………』


 無銘ちゃんもまた、破滅的な痛みを受けてあえいでいる。


『か…………佳奈美…………がんばれ…………』


 ほとんど意識を失っている佳奈美は、もはや本能でウイルスに攻撃をしていく。






『あがあああぁぁぁ!!! ひぐぁああああああ!!!』





 連続した激痛に、私達は悲鳴を上げるしかなかった。






「二人ともごめん…………本当は私にもって言いたいところだけど」


『却下する…………スピカは回復魔法に…………集中』


『そうだよ…………ちゃんと四人で戦ってるんだ…………みんなで…………生きよう』


「くっ…………」







 その苦痛の儀式は体感では何時間にも及んだ。


 実際には数分の出来事だったそうだけど…………その間、影沼は必至で私達を守り、スピカは魔力を使い切るまで回復し…………私達は激痛に耐えた。







 そして……宙に浮く魔力すら尽きたころ…………ゆっくりと佳奈美と私達は地に降りた。


「……へっ…………すげぇな…………本当にアタシ…………生きてやがる」


「……ごめんなさい。もう魔力が尽きて、あなたの神経を完全に回復することはできなかった……」


 同じ痛みを受け続けた私にはわかる。もう、佳奈美は体を動かすことはできない。


 ほとんどの中枢神経は破壊され、かろうじて生物が生命活動するうえで必要な部分以外は完全にマヒ…………もう二度と彼女の四肢は動かない。


 こんなのひどい…………せっかく自由になったのに、結局体はもう動かないなんて…………。


「上等じゃねー…………か…………アタシ達…………ティエアに…………帰るんだろ…………そ…………それまでの辛抱…………」


 そして……佳奈美は完全に意識を失った。


『ありがとう……スピカ……あとは私に任せて』


 私は再び人格を表に出した……そうは言っても、私も激痛に耐え続けたせいで、まともに体が動かせない。魂に刻まれた破滅的な苦痛が……いまだに私を襲ってくる。


 それはもちろん、無銘ちゃんも同じだ…………。だけど……まだ戦いは終わっちゃいない。


「いやーーー!! なかなか笑わせてもらいましたっ!! さいっこうの喜劇でしたぁ!!!」


「ゼクスっ!!! …………アンタはぁ!!!」


 ––––––絶対に……絶対に許さないっ!!!


 私の親友が受けた苦痛……そして悲しみ……全部アンタに返してやる!!!




「––––––ああ、そうでした」




「––––––な…………にっ……」


 さっきまですべての攻撃に耐えていた影沼が……何が起きたのかもわからず倒れた。


「君たちの相手はあんな雑魚でも……ここにいるモブどもでもないんです…………」


 ––––––モブと呼ばれた自衛隊員達の…………すべての首が飛んだ。残された体から真っ赤な花火……あるいは血の噴水のように空の青を染めていく。


「君達の相手は……結城拓海の体を受け継ぎ、そのチート能力を得たオレの人形––––––」





「名付けてくれてありがとおぉ!!! 無概君のご登場でぇっす!!!」

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