第百九話「戦いの火蓋」
「……」
「テメェ……なに睨んでやがんだ」
「別に……アンタが変な事しないか警戒してるだけ」
私だけではない。私の中のもう二人も車を運転をしている影沼に敵意に等しい眼差しを向けている。
『最大警戒……エンゲージに備えて攻撃準備』
『アイツの攻撃は遠距離攻撃。早紀は攻撃が来たら創造でまずは防いで。少しでもルートをへんな方向へ変えたら殺すわ』
こんな調子で彼の指先一つの動きにも警戒する。
「ノルンのヤローが言ってたろうが……オレはいま、影沼であり、アトゥムだ。あのクソ創造神の記憶と意識を持っている以上、テメェを襲うことはねーよ」
そんな言葉で信じられるわけがなかった。
「……この世界がアンタの母親が生きてる世界なら、世界を戻しかねない私の企みなんて絶対阻止する」
「安心しろ。テメェが世界を戻そうなんて事考えてねー事くらい知ってる」
私はそれでも警戒を解かない。今にでも後ろから影ノ手が伸びてくるんじゃないかと思えてくる。
「テメェは第三次世界大戦も、全人類の洗脳による管理も望んじゃいねぇ。テメェが目指してんのはティエアを維持しつつゼクスを倒し、この世界線を保つことだろーが」
「…………ならいい」
いくらお母さんの記憶を持っているからといっても、影沼は影沼だ。今までさんざん私達を襲い、殺そうとした男だ。ディーを傷つけ、桜乃ちゃんを犯そうとしたこともあった。現実世界でもこいつは連続強姦殺人事件の犯罪者なのだ。
男性でも嫌悪する相手だろうが、女性ならこいつに警戒するなというほうが無理だ。
「……ったく。小学五年までおねしょしてたくせになんでこんなに生意気に育ったんだか」
そのクソヤロウの首のあった場所を、私の小刀の一撃が空を切る。だが、ギリギリの体勢で回避する。
「バーカ、見え見えなんだよ。せっかくだ。幼稚園の頃の運動会の話でも話ながら……どわっ!? ば、バカっ!! 運転中だぞ!!!」
次は外さないとばかりに小刀の連撃を浴びせる。影ノ手も使ってそれを全部防がれてしまった。
本当に最悪っ……!! こんな最低な奴に私の秘密を知られるなんてっ…………。
「はぁ……はぁ……。もうすぐ入間基地よね?」
私は息を整え、彼に尋ねた。
「ああ……感謝しろよ? オレが車出さなきゃ大変だったぜ?」
「それにしても……どうするつもりなの? いくら何でもそのままど真ん中からってわけにもいかないでしょ?」
「そりゃもちろん…………」
……何か高度な作戦を期待していた私が馬鹿だった。
「はい! どーーん!!!」
「じゃないわよ!! な、なに考えてんのアンタ!!??」
入り口に到着して早々、ミサイルランチャーをぶっ放し正面から自衛隊に喧嘩を売った。
「バーカ。オレ達の動きなんぞ、あいつらがマークしてないとでも思うか?」
「え?」
「あいつらはオレ達の動きはずっとモニタリングしている。衛星情報からな。下手にコソコソしてる方が、かえって怪しい」
そうか……ゼクスにとって私は前の世界の記憶を持つ存在。殺したらお母さんが下手に過去に干渉する可能性があるから私は殺されないだけで、注意すべき存在ではあるのか。
「さーて、行くぜ……悪役の嫁」
「う……うん」
黒い鉄製の門を蹴破ると、自衛隊員が数十名こちらに銃口を向けていた。
「貴様らは何者だ!!」
「オレ? オレ達ねぇ…………キヒヒ…………テロリストでぇーっす!!」
すると、自衛隊員の背後の影が伸び、彼らを羽交い締めにした。
「な、なんだこれはっ!?」
「動けな……ぅぐああああぁぁぁ!!」
他人の影を操った!? 以前は自分の影しか操れなかったのに……。
お母さん達と融合したことによって力が強化されてるっ!?
そうしてると、隊員さんの腕が捻り潰されるんじゃないかと思えるくらいに捻じ曲がっていく。私は小刀を影沼の首筋にあてがい、目で止めるように促す。
「何のつもりだコラ」
「……彼らには関係ない話よ」
その言葉に呆れるようにため息をつかれた。
「テメェ勘違いすんなよ……俺達がケンカ売ろうとしてんのは最初の神だ。奴は今、自衛隊の全てを掌握している。……つまりコイツらは敵なんだよ」
「そ、それは……」
「ケンカ売る気ねーんならすっこんでろ……俺はコイツらの親玉ぶん殴ってぶち殺さねーと気がすまねーんだよ……」
その言葉の正しさに押されそうになったが、私は睨み返してみせた。
「それでも、少しでも傷つけないようにしないと……わかってるでしょ? あくまで彼らには関係のない話……悪いのはたった一人よ」
「あのなぁ!!!」
その時だった。
「な、なんだっあああああぁぁ!!!」
「ぐぎゃああああぁぁぁぁ!!!」
何事かと私達は拘束されている自衛隊員の姿を見た。
「……うっ……そだろオイオイ!!」
「ひっ……」
腕がちぎれんばかりに身を捩り、骨が折れる音が何重もの絶望の音楽を奏でた。
影沼はすぐに拘束を解いたが、もはやまともに立てるものはその場にいなかった。
か……影沼の拘束を利用して自らの体を破壊した……。
痛みなど関係なく筋肉が動いているようだった。完全に体の制御が効いていなかった。
「ふぅ……ダメですよ。拘束なんてしたら……戦いなのに殺しあわないなんて、……矛盾してます」
奥から細身の男が現れた。眼鏡をかけていて、長い前髪を右側に流している。
「けっ……なるほどなぁ……今度はそっちの姿になったっつーわけかゼクス=オリジン」
「えっ」
その姿は話に聞いていたゼクスではなかった。
「ゼクス? はて、誰の事でしょうか?」
「とぼけんじゃねーよ……テメェは、ティエア側の人間だろーが」
ティエア側の人間……まさかコイツはゼクスなの?!
『……カムイ……カムイ=クルシマ!?』
スピカが思い出したかのように声を上げる。
「知ってるの?」
『ええ……科学者として有名で、ティエアに存在するすべての科学技術を作ったとされる男よ』
……ティエアにはそもそも科学技術は発展してなかった。だから奴の目的を達成させるためにはティエア側の科学技術を向上させる必要性があった。そういうことか。
「まぁ、君たちが知ってるカムイは私が操ってた人形ですけどね…………アーノルドと同じく私に心酔させ、手となり足となる存在」
「そうか……ティエアにまだ、あなたとつながったスパイがいたって事ね」
うかつだった……ディーの事もあるから、もっと警戒すべきだった。
ディーの目を奪うことができなくなった後も、相手の動きを見れるように対策をとっていたんだ。
「……ペルちゃんのセキュリティもマークしている人物のロック以外は間に合ってなかった。…………最優先事項はあくまでゼクスの侵入阻止だったから」
そして……カムイを通じて私達の情報はゼクスに筒抜けだったってわけか……。
「全人類を洗脳するプロセスは大方完成しました。あとはナノマシンの量産化だけです」
「ふざけんな…………アンタなんかにどうしてみんなの自由が奪われなきゃいけないのよ!!」
私が声を荒げると豹変したようにゼクスは怒り狂った。
「テメェーらが望んだ事だろーがよぉ!!! テメェらはいつもどんな時代でもこう叫ぶ。戦争なんてひどい。いやだ。死にたくない。戦いたくない…………そんな言葉を戦いながら当たり前のように叫ぶ。戦いたくねーんなら剣を取らなければいいのにそれは選ばず、ただただ無能に犠牲を産み続ける…………そんな矛盾をずっと滑稽に抱え続けてきた…………オレはそんな光景を気が狂うほど見続け…………次こそ戦争が終わると思って信じ…………テメェらは裏切り続けた」
……これが、神の抱えてた闇…………。
いつかは戦争は終わると人間を信じたが故の苦しみ……矛盾への怒り…………。
「……だから、戦争が起きない平和な異世界に怒りを感じて…………滅ぼした」
「ああ……あんなの似非だ……思い出してみろ星井早紀。テメェらが犠牲になった第三次世界大戦を」
……思い出すまでもなく、あの炎は私の記憶の中で一生消えない。
「テメェらの記憶にある世界線での世界大戦の戦争被害は、こっちの世界線よりはるかに大きい。本来なら戦争への後悔は犠牲が多い方が深いわな。……だがな兵器の技術を横流ししただけで、簡単に第三次世界大戦は起きた。一切反省もせず簡単になぁ」
「あんたのせいで……あの戦争が起きたっていうの?」
「オレに責任なすりつけんなよバァーカ!! 全部テメェらが選択した事だろうがよぉ!!! 人類が望み!! 願い!!! 思いを叫んだ結果がこの狂った世界だ!!! 正義を謡い!! 正義を信じ!! 正義に自惚れた哀れな末路がこの世界だ!!!」
私は、ギュッと唇をかみしめた。
「……何なら、今すぐにでも第三次世界大戦を再現しようか? 日本を恨んでる国なんていくらでもある……ほんの少しでもそう言う心がありゃ可能性を動かす事はできる。ちーっとばかし技術ときっかけを与えてやりゃ、簡単に戦争は始まる…………」
私は、唇をぎゅっと噛み締めた。
「ククク…………ヒャーーハハハハハハァ!!! よかったなぁ星井早紀!!! テメェが望むタクミくんがいる世界が戻ってくるぜ!! 今度は戦争の後に洗脳してオレのお人形になるわけだがなぁ!!!」
「そんなことはさせない…………絶対に、あなたを止めてみせる」
「止めるぅ!? おいおい冗談ぬかしてんじゃねーよぉ!!! テメェらじゃ役不足なんだよぉ!!!」
『っ!! 早紀!!!』
その瞬間、いきなり人格交代した無銘ちゃんが向かってくるヨーヨーをはじき返そうとした。だが、もう一つが頬にあたり、私の体は大きく左後方に吹っ飛ばされた。
「うぐっ!!」
そのまま外壁にめりこみ、血を吐く。
「早紀ちんっ!! あぁ……なんだよこれ…………やめてくれぇ!!!」
『佳奈美っ!!』
心の中で叫ぶ私の声は届かず、佳奈美は再び攻撃を再開する。
「ふ……フレイア……攻撃継続…………回避を優先する」
無銘ちゃんが、なんとか佳奈美の攻撃を避ける。私を攻撃しているにも関わらず、それが嫌だと泣き叫ぶ彼女の姿を見て、私は唐突に思い出した。
––––––お母さんが否定してくれた世界線の私の悪逆。
私は……今の佳奈美と同じように泣きながら…………世界を壊していったんだ。
『無銘ちゃん…………お願い。佳奈美を助けて』
「…………依頼は実行不可のため拒否する」
『無銘ちゃんっ!!』
だけど、無銘ちゃんは今まで見せたことがないくらいにやわらかい、優しい顔をした。
「したがって代案……無銘達でフレイア……佳奈美を助ける。これならできる」
無銘ちゃんが……感情がなかったはずの彼女が、初めて見せたやさしさ…………。
そうだ……何を無銘ちゃんに甘えている?
私達が助けないで……誰が助けるっていうの?
「ちっ……オレの相手はこっちってわけかよ」
影沼のほうには、自衛隊員が何人も現れた。これじゃ手伝いなんて頼めない。
「影沼一人……無銘も手伝う?」
「馬鹿にすんなタコ……この程度一人で十分だっつの」
「……影沼への警戒解除……今は信用する。でも、なるべく殺さないでほしいと依頼する」
「へっ……そいつは約束できねぇな…………一人くらい死んでも恨むなよ」
それを聞いて、無銘ちゃんはにこりと笑った。
「…………恨まない。創造神と融合してその程度かと失望するだけ」
「ちっ、口の減らねぇガキだ…………上等だコラァ!!!」
飛び交う弾丸の雨とともに、私達の戦いは文字通り火蓋を切ったのだった。




