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第百八話「母達の記憶」

「…………ここは」


 私達は、結城道場に来ていた。お母さんは周りの剣道道具や掛け軸を物珍しそうに眺めていて、私の心の中の二人もどこか落ち着かない様子だった。


「さて、どこから話しましょうか?」


「風音さん……でしたっけ? すみませんが、私もすぐにでも行かないといけない場所があります」


「自衛隊基地になんの対策もなしで行ったらいくらなんでも死にますわよ。ただでさえ、桜乃ちゃんに圧倒される程度なら尚更ね」


 その言葉に悔しさで唇を噛み締めた。


「でも時間がないんです!! このままでは佳奈美はっ!!」


「東条佳奈美……いや、フレイア=マルスはすでに洗脳されてます。彼女が拷問を受けた理由は、彼にとってはただの遊びです」


「なっ!?」


 怒りと…………くやしさに腕が振るえる。遊び? そんなことのために佳奈美は苦しんでたの……?


「あの男はそういう人間なんです……。だけど、あなた達は最後の希望でもあるんです」


「最後の……希望」


「……少し話を整理をしましょう。まずは、あなたたちはどこまで知っていますか? ……あなた達の知る前の世界線で何が起きたのかも……異世界で何があったのかもすべて」




 私達は、これまでの経緯と気づいたことをすべて話した。


 もちろんティエアの事も含めてだ。


「……本当に風音の言う通りなんだね」


 お母さんが目を丸くして驚いていた。


「じゃあ、お母さんも知らなかったのね」


「うん……いきなり私が創造神になったって言われても、全然想像が追い付かないよ」


 ……この世界線のお母さんならそうかもしれない。


 私が死なない世界線なら、お母さんは時を遡る必要性はない。


「でも、だったら風音さんはどうして私達のことを…………」


「…………私はもともと異能の力があったからってのもあるんだけど……それ以上に今の私は未来から遡った存在だからよ」


 …………そういえば、風音さんはそもそも時を遡る力があるんだった。


「失敗はしなかったんですか?」


「あなた達の言う前の世界線での私達は、無謀にも二人での時間遡行を行おうとしていた。しかもまだ未熟な腕で…………そんなことをすれば体がもたないのは当然です。ましてや解呪の儀を行わずにやるなんて…………成功しても呪いが残ります」


「解呪の儀…………ってことは、あの年齢逆行の呪いはそもそも対策できるものだったんですか?」


 風音さんは静かに頷いた。


「後から呪いを消すことはできませんが、身を清めてしっかりと手順を踏めば、そのような呪いは発生しません」


 そうか……おかしいと思ったんだ。どうして年齢逆行なんて現象が起きるのか。じゃないと時間遡行なんてたいして利益ないもんね


「…………じゃあ、この世界線の未来ではどうなってるの?」


「…………あなたたちの予想通りよ。確かに戦争はなくなった。だけど、すべての人類はコンピューター化した」


「コンピューター化?」




 風音さんの語った未来の結末はこうだ。


 絶対支配能力(プレイヤー)の能力をコンピューターにリンクさせた結果…………人々は感情をなくし、プログラムされた行動以外をとらなくなった。


 言葉はほとんど発声しない。プログラム通り、最低限必要な生産行動だけを指示通り行い、そのための体力づくりさえもプログラム通り。


 個体差による失敗……つまり能力、才能がないものは、自ら進んで処理場へと向かう…………。そこは、効率よく肥糧に変換するための生産工場。


 人間はシュレッダーのようなもので粉砕され…………焼かれ…………その人でできた肥糧で畑を耕す。


 そんな異常な状態でも、誰も感情を動かさない。感情を動かしたものはエラーとみなされ、処理される。


 なぜ、人々はそうまで簡単に洗脳されたのか? それは、ゼクスが発明したナノマシンウイルスによるものだ。


 そのウイルスは人間の脊髄に感染し、脳からの命令をすべて遮断し、神経細胞を直接操作する。


 すべては主人公という存在とプレイヤーという存在の解析、実験の結果生まれた技術。百四十億年以上の時間をかけても見つからなかった人を完全に操る技術を、神が手にしたことで起きたディストピアというわけだ。




「ちょ、ちょっとまって!! それはゲーム世界…………つまりRPGツクレールの次元でしか起きないことでしょ? 世界(ゲーム)の管理がないと操作なんてできないはず」


『…………それを可能にしてしまったのが、ゼクスが生み出したナノマシンウイルスなんでしょう』


 私は首筋が凍りつき、乾いた空気を飲み込んだ。


「…………多分そのゲームっていうのについては、あなたのほうが詳しいはずだからわからないけど…………これはあくまで物理現象。…………いや、あるいはそのナノマシンとコンピューターにつながってるネットワークこそ、ゲームによる管理を可能にしているのかもしれない」


「で、でも確か異世界での絶対支配能力(プレイヤー)は、感情は残ってたはず…………」


「ええ、最初はみんな驚いたり、発狂したり、泣いたりしてたわ…………だけど、それが無意味とわかった人達から順番に感情は壊れていった」


 …………お母さんから聞いた、私の状態と同じだ。


 私も……ゼクスに操作され、虐殺し…………心が壊れた。


 同じことが…………この世界の人全員に…………?


 許せない気持ちをギュッとこぶしで握りしめた。


「…………どうして、風音さんはそのウイルスの影響を受けなかったんですか?」


「おそらくは、前の世界線の影響ね。そこで私は神になった。のちにあなたのお母さん。夏帆の中に入ることになるけど、その神の力で体内に入る前に浄化できたらしい」


「だ、だったら、佳奈美はどうなるの? あの子も異世界では女神だった! あの子はなぜっ!!」


「いくらそんな力があったとしても、体内に直接注射されたら終わり…………特にその場合は空気中に散布されるナノマシンより高精度のものが打たれるから、もうあらがうことはできない…………」


 つまり……佳奈美はもう助けることができない…………?


 私は絶望して、力が抜けてへたり込んでしまう。


「…………私のほかにも何人もナノマシンウイルスに対抗できる人間はいたのよ…………でもそのすべては佳奈美さんと方法で洗脳されるか処分された…………」


「…………それが……この世界線の未来」


 世界の全員が洗脳された未来か……核戦争の後だけど、自由は保たれている世界。


 どちらも最悪だったけど……この世界線の人間が本当に生きているといえるのだろうか?


 ––––––やっぱり…………ゼクス=オリジンは間違っている。


 あの戦争は確かに間違っていたのかもしれない。でも……こんなのはもっとひどい。


「私は、そんな未来を変えるために過去へ戻った…………この時代ならまだ、早紀さん。あなたは異世界の記憶があるから」


 そうか……今の状態は矛盾(パラドックス・)世界(ワールド)の逆。変化した事象が戻ろうとしているわけだから、いずれスピカも無銘ちゃんも…………私の中からタクミの記憶も消える。


「…………未来の私はどうなってるの?」


「…………自殺したわ。名前も知らない愛する人に会えなくなった。思い出せなくなったことを悔やみ続け…………自ら死を選んだ」


 …………否定はできなかった。私ならタクミにもしかしたら会えるかもしれないという、わずかな希望にすがって死を選ぶだろう。


 だけどそんなことで出会えるわけはない…………タクミは死んでない。


 だってあの人は約束した。私を守ってくれるって…………。絶対約束を破る人じゃない。


 そうだ……せめて今、記憶を刻み込め…………。




 私は結城拓海の妻……結城早紀だ…………。




「…………私には、ノルンとしての記憶もある……そして、アトゥムに授かった作戦もある」


「えっ!?」


 その二人は異世界の神……この世界線では生まれない存在…………。


「あなたたちの言う神の世界にはまだ、ノルン…………そしてアトゥムのバックアップがある…………それとリンクしているの。今の時間までだけどね」


「……お母さんと…………ノルンさんの記憶」


「だけど、私もいずれこの記憶をなくすわ。神の世界のバックアップも存在が消えて消滅するから」


「ど、どうして風音さんだけがノルンの記憶を? その理屈ならお母さんも記憶を呼び起こしてもいいはずじゃ…………」


 その問いに、風音さんは困った顔で返した。


「それについてはわからないの。……おそらくは私がこの時代でも巫女だったことが影響していると思う」


 そういえば…………以前矛盾(パラドックス・)世界(ワールド)でもタクミの話によると風音さんはノルンの記憶を呼び起こしてた。でも、お母さんはアトゥムとしての記憶を呼び起こしてなかった。


「…………アトゥムはバックアップが体とリンクする寸前…………つまり記憶を失う直前に、二つの感覚に襲われたそうよ」


「二つの感覚?」


「…………それはゼクスの正体…………そのヒントとなるのが、きらきら星の歌詞」


「きらきら星の歌詞…………確か本来は恋する少女のお話だった」


「そう…………だけど、それは夏帆が昔読んだ絵本【月のお姫様】と深いかかわりがあった」


 その絵本は私も読んだことがあった.かなり古い絵本でお母さんのお気に入りだったはずだ。…………でも確かあの絵本の結末はバットエンドだったはずだ。


「夏帆はそのヒントを残すために、最後の意思をあの小さな体に残した…………」


 だから、お母さんはきらきら星を歌いだしたんだ…………そのヒントを私達に託すために。


「あの…………それで二つ目は?」


「二つ目は…………あなたに見惚れて思考が停止したそうよ」


「え…………?」


 意外な回答に私は唖然とする。


「おかげでバックアップと体とのリンクが切れたそうよ。だけど、同時に月のお姫様の話を思い出し…………彼の正体に気づいた。だからある意味この結末は、あなたたちのキスが呼び起こした奇跡といえるわ」


 お母さん…………まったくもう…………。


「でも、どうしてそれをノルンさん…………えっと、バックアップのノルンさんが知ってるんですか?」


「バックアップって言っても肉体の損傷した場合の回復も担うために、肉体の情報を残しておく必要がある。だから実体はあるの。だから話したわ。二人で、二人の子供たちについてずっとね」


 そうか……お母さんらしいな…………。多分、いっぱい自慢してたんだろうな…………私の事。恥ずかしいくらい。


「…………そして……自分のバックアップに残ったすべての力を、ある人物に託すことを決めた」


 ある人物…………?


「それが…………オレをここまで呼び出した理由っつーわけかクソヤロウ」


 …………その声は……私が憎む存在の一つだった。




「影沼が…………お母さんの後継者––––––」

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