第百七話「真の目的」
「タクミ!! タクミっまって!!!」
私は彼を背中を追いかける。
だけど、顔が似ていただけで髪はオレンジ色ではなく、真っ白だった。
目も赤く染まっていていた。元のタクミとは似ても似つかない……だけど、顔立ちは本当によく似ていた。
……私はこの現象を知っている。無銘ちゃんと同じ状況だ。
今でこそ無銘ちゃんは私と髪の毛の色は共有しているが、健司君が出会った時は髪が白かった。
「…………」
彼が振り返ると、鋭いまなざしで私を軽蔑するように見つめていた。
「……貴様は、星井早紀か」
「っ!? ……や、やっぱりタクミなの?」
「タクミ…………そうか、それがあいつの名か」
あいつという言葉に意味がわからなかったが、少なくとも私に対しての強い敵意は感じた。
「…………お前は……タクミに会いたいのか?」
その問いの意味はよくわからなかったが、私は強く頷いた。
「会いたい……今も、本当は発狂しそうなくらい苦しくて、彼がいないことがすごくつらい…………」
「…………貴様と奴の出会いには、数十億もの命の価値があるとでもいうのか?」
「え…………」
「貴様の母が創造神となった原因は核戦争による貴様の白血病だ。タクミがいる世界というのは、要するにその世界に戻りたいということだ」
私は、その言葉に息を詰まらせた。確かに、タクミの前世……つまりカインが生まれるには母さんが創造神になる他ない。
「…………そ、それは」
「それとも……今ここで死ぬか? そうすれば、創造神アトゥムが生まれるかもしれんぞ」
だけど、それに意味はないと思う。
そもそも、ティエアを作るきっかけは最初の神ゼクスの力もあったからだ。
あの男の狙いが何であれ、ティエアが消滅しかけているのに何もしないところを見ると私やお母さんが死んだからと言ってあの男は協力しないと思う。
「あなたは…………いったい何者なの?」
「さぁな…………貴様ならとっくに気付いているんじゃないか?」
「…………」
………正直彼については、ある程度想像できている。白い髪………赤い目………そしてタクミと同じ顔………。おそらく彼は、無銘ちゃんと同じ、タクミの疑似人格だ。
ティエアに転生した際、肉体生成のために一時的に仮の魂を生成し、埋め込んでおく。それに伴って生まれる知性なき魂。
だけど、だったらなぜ………? 彼には無銘ちゃん以上の知性を感じる。
「……あなたの名前を教えて」
「……俺に名などない」
「だったら……あなたは無概。あなたは、タクミでも名無しでもない…………無概よ」
本来存在しない存在…………だけど、自分という概念を否定する者。
「……好きにしろ」
踵を返して雑踏に紛れる彼の後ろ姿をじっと眺め、私はタクミは生きていると確信していた。
「それにしても、また手詰まりね…………」
本当にどうしたものか…………。とにかく、もう一度状況を整理しなきゃ。
『まず、ゼクスの目的をもう一度考え直すべきね』
「最初はゼクスは現実世界という遊び場がなくなったから異世界を作り出した…………もともとその前提が間違えていたのかも」
そうだ……。私を死なせないだけなら、そもそも白血病で死ぬはずだった私が治る可能性を操ればいい。もともとの世界がこっちの世界線であるのなら、私が生き残る可能性も存在していたはずだ。
つまり、ゼクスには私を核戦争のある世界線でも死なせない方法だってあったはずだ。
だったら………彼の目的はなんだ?
『…………本当に人類を滅ぼすことが目的?』
「え?」
無銘ちゃんがの言葉に、私は首を傾げた。
『………そもそもその前提が間違ってる。彼が本気で人類の殲滅を考えてるならもう少し方法があったはず』
「それはそうかもだけど、それ以外にどんな理由が––––––」
待てよ……無銘ちゃんの言葉をもっと単純に考えると––––––。
「––––––そもそも、あの神は戦争を止めようとしていた? ––––––そう考えると」
一見、真逆の可能性に見える。
だけど……そう考えてみると、バラバラだったすべてのパーツが収まっていくのを感じる。
なぜ、ゼクスは前の世界線で核戦争を起こした?
––––––いまだ止まない戦争の歴史を止めるために、各戦力を肥大化させ、その反省をもって終結させたかった。
なぜ、ゼクスは今になって核戦争のないこの時代に戻した?
––––––肥大化では完全に戦争を止められなかったから。私達の時代では止まってたけど、もし何年も経った後に紛争が起きていたのであれば……。
なぜ、ゼクスは異世界を作った?
––––––戦争を止めるためのシミュレーションをするため。
なぜ、ゼクスはお母さんの願った異世界に深くかかわった?
––––––主人公のシステムに目を付けた……。もしそれが、そもそもの理由だったとしたら––––––。
「––––––自衛隊基地に急ぐしかない」
『––––––え?』
「タクミは言った––––––。自衛隊基地を今すぐに襲撃しなくてはいけないって……つまり、ゼクスが今いるのは自衛隊基地だ」
『まってっ! 無謀よ!!』
「それでも行くしかない……ゼクスはすでに、全人類を操りディストピアとする方法を確立させているのよ」
『なっ––––––』
そうだ……タクミは気づいたんだ…………一見すると核戦争を起こした派手さでごまかされそうだが、あの核戦争の結果は一時的だったのだろうが、紛争の根絶につながった。それと、タクミの見た紛争が根絶されない、この世界線での記憶…………それで気づいたんだろう。ゼクスのそもそもの目的は、戦争の終焉だって。
つまり、すべての異世界はそのための実験場。
––––––そして、その実験場はすでに必要なくなった。
「––––––主人公と可能性を持つ現実世界の人類との違い…………私もそこは疑問だった。だけど本来その二つに違いはなかったんだ」
主人公という言葉に惑わされがちだが、主人公はあくまで可能性をもつ存在。この世界の人類はすべて可能性を持っている。
そして……ゼクスの絶対支配能力の能力は感情による可能性を無視して人を操ることができる。それを駆使すれば、全人類の戦争を起こす可能性を消すことができる。
「ゼクスはコンピュータ管理で人の可能性をすべて操る計画を立てた…………そして主人公と自身の能力をプログラム化させることに成功した」
だけど、そんなことをすれば世界に自由はなくなる。それは…………本当に正しいと言えるのだろうか?
「…………そして、コンピューターによって人類のすべてを管理する方法が確立されたのなら、それが存在する場所は一つしかない」
『自衛隊基地…………』
そうだ…………あらゆる軍の中でも防御力に特化している組織。圧倒的な力を持ちつつも戦争に利用しない。自衛隊基地は…………最強の機密防衛組織となる。
つまり、最初っから自衛隊内部はすでに彼の手の中…………自衛隊の隊員すべてはすでに洗脳されている可能性がある。
ただ、まだわからない。そもそも私の考えは率直に考えればあまりにもばかげている。
彼が不老不死の神だとしても、神は人類が思っている以上に無力であることは証明されている。自衛隊はそんなたった一人の人物の思い通りになるほどやわではない。
だけど、ゼクスがもし絶対支配能力の能力を向上させて、一度に複数人を操ることができる存在になっていたのだとしたら…………できないとまでは言い切れない。
『でも、だったらどこの基地なの? そもそも自衛隊基地っていっぱいあるんでしょ?』
そう、次の問題はそこだ。……だけど、予測はつく。
……矛盾が今も元に戻っていってるこの世界なら、核戦争で消滅した自衛隊基地は使えない。核戦争の存在する世界線でも存在していた基地である可能性が高い。あの当時稼働していた自衛隊基地は本州に限られている。
『そもそも、前の世界線でゼクスが逃げた自衛隊基地はどこ?』
無銘ちゃんの問いに私は答えた
「そこは真っ先に調べたわ。所沢第二基地。でも、そんな基地は存在しなかった。その代わり存在していたのが所沢通信基地。でも、そこは所沢第二基地とは全く別の場所だった」
それに、その場所は前の世界線では廃墟となっていたはずだ。
地図アプリで見ただけだから詳細まではわからないが、第二基地だった場所は今ではショッピングモールや住宅街が並んでいる。少なくとも全人類をコントロールするような施設を立てれるところではない。
だったら…………所沢第二基地はそもそも彼の目的地ではなかった。そこから別の人物に姿を変えて別の自衛隊基地に移った可能性が高い。
私は、地図アプリを開き、さまざまな場所を検索する。
どこだ……どこにいる。
前の世界線でも存在していた自衛隊基地……ダメだそれだけじゃ場所を絞れないっ!!
『…………入間基地』
「え?」
『…………全人類を操作しようとしているのであれば、その中継基地を作るための輸送手段が必要…………第二基地から近く、面積も必要…………ならここしかない』
私は、スピカのその言葉にハッとして、地図アプリでその場所を検索する。その場所の衛星画像を表示した状態でスピカに頼んだ。
「…………スピカ! 千里眼みたいなの使える!?」
『ええ! 交代して!!』
私は、スピカに交代する。スピカの魔力がその場所を感知して、私の深層意識の中にまで映像が映し出される。
『なっ––––––』
「なんなのこれっ––––––」
ここより遠くの景色に映し出された場所……。
––––––そこには…………大きな花があった。
金属でできた、いびつな花が…………。
そして…………決定的な存在を感知する。
その花の中心に佳奈美の気配のようなものを感じる。
「…………フレイア…………」
その施設の内部を見ることをスピカはためらっているように見える。かく言う私も、見るのが怖い。
でも…………見なきゃダメなような気がした。せめて彼女が無事かどうかを確かめたい。
私達は意を決してその花の中を見た。
『ア……ウぁ……さ…………キ゚イイイイィィ!? アアアアアァァァァ…………………』
…………私たちは佳奈美の変わり果てた姿を見た瞬間、怒りに満たされてしまった。
機械に拘束されて、拷問でまともな感覚を奪われて焦点が定まらない彼女の姿を––––––私達は冷静に見ていることなんてできなかった。
「絶対に…………絶対に許さない…………ゼクス=オリジンっ!!!!」
『佳奈美…………絶対に助けるっ!!』
そんな私達が走り出すのを、誰かの手が止めた。
「落ち着きなさい…………彼女を救いたいなら、ただ戦うだけじゃダメよ」
『母さん…………』
そして……その後ろにもう一人いた。
「はじめまして。…………かしら。早紀さん。結城拓海の母……そして、女神ノルン。…………結城風音です」




