第百六話「崩壊する異世界」
「…………」
ようやく目が覚めた。
「っ!?」
私は手も足も完全に拘束されていて、完全に身動きが取れなくなっていた。多分船の機械室だろうか? 妙に揺れてるし、何か鉄の配管のようなものに鎖でつながれている。
ただ、この船が動いている様子はない。港だろうか?
「这个女人是一个产品。小心对待」
多分中国語だ。なんて言ってるかわからないけど…………。
「胸部很小,但脸很好」
「我会让你了解你的立场」
だけど…………私が、絶体絶命って事くらいはわかる。
…………だめだ…………風邪かな? 頭がぼーっとして、何も考えられない…………。
「ファイアレイっ!!!!」
炎の光線が降り注ぎ、私を拘束していた手錠を焼き切り、あたりの男達を追い払っていく。
「しっかりしなさいっ!!! 言葉がわからなくても身の危険くらいわかるでしょうがっ!!!」
スピカが怒ってたけど、絶望しすぎて心に響いてこない。
『でも…………』
「タクミはきっと生きてるっ!! フレイアも実験って言ってた以上は殺しはしないっ!!! まだ二人とも助けられる!!! アンタが…………一番二人を愛している貴方が真っ先にあきらめてどうするのよっ!!!」
『……佳奈美……タクミ……うぅ…………』
「アンタが立たないなら私は行く…………アンタを引きずり回してでもタクミを助ける!!! フレイアも助けるっ!!!」
『スピカに私の気持ちなんてわかんないよっ!!!』
「しっかりしなさい!! 早紀っ!!!」
私は泣き叫んだ。心の中で必死に泣き叫びながら自分の絶望を吐いた。
『私はっ!! 私は弱虫だっ!!! …………結婚して浮かれて、ずっと幸せになれると思った愛する人をなすすべもなく失って、佳奈美も目の前にいたはずなのにさらわれて…………本当に馬鹿だっ』
「早紀…………」
『影沼の言う通りだ……スピカや、無銘ちゃんは戦ってたのに、私は何もできなかった。スピカは前を向いて、冷静に判断して……無銘ちゃんは果敢に立ち向かっていた…………おびえていたのは私だけだ』
本当に腹が立つ。
こんな女、どこにでも売られて死んでしまえばいいんだ。
「…………私だって怖いわよ」
『え…………?』
次第にあたりが騒がしくなる。さっき逃げた奴らが仲間を連れて私達を襲いに来ているのだろう。
「ものすごく怖くて、さっきも内心震えていた。……仕方ないでしょ? 女の子ならああいう場面。怖くない人なんていない」
スピカの右腕に炎の渦が、左手に雷の竜が纏い、形を成していく。
「だけど、私は信じてる。ただただ、フレイアとタクミを信じてる」
そして、4~5人がマシンガンを構えて、私に向けている。だが、それが発射される前にスピカの両手の剣が、すべて破壊していく。
炎と雷の魔法で作られた炎雷ノ双刀。スピカ唯一の接近戦用魔法。スサノオとの愛の形。
「行動の理由なんて…………それだけで十分よっ!!!」
そして、炎と雷が、残りのマフィアを掃討していく。焼け焦げたにおいの中、スピカが振り返る。
「違う? 早紀はもう、フレイア……いや、佳奈美やタクミの事信じられない?」
––––––俺は君のそばに永遠にいる。決して離れない……。
––––––そして君がピンチの時は絶対に守る……。
そうだ––––––君を信じる理由なんて…………この二言だけで十分だ。
『ごめんスピカ……私もちゃんと戦うっ!!』
「よしっ!! じゃあこの場は任せたっ!!!」
そういうと、スピカの人格は奥へ引っ込んだ。
「へ? い、いや!! そうはいっても私だって魔法使えないし、まだ武器も何もないわ…………よおおぉぉ!!??」
ものすごい数のマフィアがここへやってきた。またマシンガンを構えて今にも打ちそうだ。
『大丈夫!! 私の力でティエアと同じ感覚で魔法が使えるはず!! 信じてっ!!!』
「えっ!? そ……それじゃ創造!!!」
私は奴らの使ってるマシンガンを創造してみた。マシンガンは十丁ほど現れ、空中で静止している。
「本当だ…………じゃあっ! 斉射!!!」
すると、空中のマシンガンがすべて火を噴き、奴らの足元を打ち抜いていく。
その隙をついて、私は廊下に出て、船の外に出ようとした。
『っ!! 早紀っ!!!』
「え?! うそっ!!!」
窓越しに外を見ると、船はゆっくり岸を離れようとしている。
このままじゃ……私中国に行っちゃう!?
まずいまずいっ!! なんか考えて…………ええい!!! これでっ!!!
「創造っ!!」
私は、とにかく窓を破壊しようと爆弾を創造し…………あ。
『……なにこれ?』
「…………ダイナマイト?」
しかも、導火線に火がついて……。
…………………………。
「いやああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!!!!」
「…………早紀。無茶しすぎ」
『す、すみません…………』
結局、一番運動センスの高い無銘ちゃんがとっさに交代してくれて爆発を逃れた。
ただ……こんな風に爆風より早く動けるなら、最初から無銘ちゃんに任せて逃げればよかったのでは?
……あまり深く考えないようにしよう。
「……早紀。今の敵、ゼクスと関係あると思う?」
『……ないでしょうね。わざわざ私を中国マフィアに売り渡すメリットなんてないだろうし』
大体そんな小事のために過去改変したわけもない。それに、彼の立場ならお金のためでもないだろうし。
偶然、私が雨に打たれて気絶していたら中国マフィアに目をつけられたのだろう。
『でも……これからどうする? スピカ。無銘ちゃん』
『まずは、フレイアが捕らえられている場所を突き止めないとね』
「……でも、フレイアの居場所不明……どうやって調べる?」
途方に暮れていたら携帯がなった。
「うげっ!?」
ものすごい件数着信が来ていた。私は慌てて電話を受信する。
『早紀ちゃんっ!!! 早紀ちゃんなの!!??』
「お、お母さん……」
お母さんは血相を変えた様子だった。そりゃ昨日連絡もせずに帰らなかったんだから仕方ない。ただでさえ一度倒れて病院に運ばれたのだから仕方ない。
『一体どうしたの!? ちゃんと説明しなさい!!』
「うん……実はね……」
ともかく警察を呼んで中国マフィア達は捕まえてもらった。
爆弾とか魔法の事はうやむやにしたが……まぁ仮にマフィア達が何か言っても誰も信じないだろう。
ついでに桜乃ちゃんによって佳奈美が拉致された事も言ってみたが……。
「結城桜乃……確か行方不明の子がそんな名前だったか?」
「行方不明……?」
「ああ、5年ほど前だったかな? 痛ましい事故があって、そのショックで精神治療をしていたんだが、ある日忽然と姿を消したんだ。……それ以来見つかっていない」
……もし彼女がゼクスの手に落ちてるのであれば……そこが原因だ。ゼクスは精神操作のプロだ。
やっぱり、今回の桜乃ちゃんは敵だって思った方が良さそうね。
「行方不明といえば、ニュースで見ましたけれども警視総監の息子さんも行方不明なんですよね? 大丈夫なんですかねぇ」
お母さんの問いに警察の人が言いづらそうに深く帽子をかぶって顔を隠す。
「正直予断を許さない状況です。神宮警視総監も随分心配なされて……」
神宮警視総監…………?
私はハッとしてスマホの連絡帳を見る。
すると……。
「あった……神宮健司……」
私はすぐにその番号に電話をかけた。
「お願い……出て……」
––––––すると。
『っ……君は……結城早紀か?』
「健司君!! 今どこにいるの!?」
『ティエア……君の家だ』
やっぱり……健司君はティエアにいたんだ!!
「だったら、タクミはそこにいるの!? ねぇ!!」
『……いない……いても、生きているかどうかすら怪しいさ……』
どうにも健司君の様子がおかしい。どこかきつそうだ。
「ど……どういう事?」
『すでにティエアは……崩壊に向かっている。君が生き残った事によってな』
……ど、どういうこと…………ゼクスは、私を殺そうとしているわけではないということ?
「つ……つまり私が死ぬ未来を死なないように修正したため、ティエアという存在自体がなくなろうとしているってこと?」
『それだけじゃない……その世界にも、たぶん拓海は存在しないんだろ?』
「……死んだことになってるわ」
『ただ死んだわけじゃない……脳死……つまりソウルプラズムを過去で破壊することで、結城拓海という存在を現在から抹消したんだっ』
の……脳死?
『…………ぐッ……す、すまん。僕もあまり余裕がない』
「だ、大丈夫!? もしかしてケガしてるんじゃ……」
『……ケガか…………はは、それで済めばいいんだがな』
私はいろいろ知りたい気持ちを抑えて、まずは何をすべきかを考える。
「……私は、この過去改変を止めるしかないんだね」
『……わからない』
「わからないって……ど、どうして!?」
『事はそう単純じゃない……そ……そもそもこれは過去改変じゃないのかもしれない…………』
わけがわからなかった。私の知る過去が大きく変わった…………それのどこが過去改変ではないの?
「あ、そうか! ……こっちの世界線が元々の世界線だったってことは……矛盾が元に戻ってるんだ」
『そうだ……最後のタクミの言葉…………おそらく、運命の破壊者によって、ゼクスが改変した過去の、その前の記憶を無意識に取り戻していたんだろう…………』
つまり、タクミはあの時、私が今いる世界線の記憶を持っていた。だから”第三次世界大戦なんてない”なんてこと言ってたんだ。
『僕にははっきりと記憶がある……過去改変に失敗し、世界が元に戻る瞬間を…………今の状況はまさにそれだ』
そうだ……健司君には過去改変した後、私達によって失敗した記憶がある。だから、私達よりもこの状況については詳しいはず。
「だけどそれじゃ、過去が元に戻ろうとしているなら、タクミはなぜ死ぬの? もともとタクミのほうが…………」
––––––いや…………違う。
「––––––そもそもなんでタクミがいるの? タクミはそもそもティエアがなければ存在しなかったはず」
タクミはティエアの悪役。カインの生まれ変わりだ。だったら彼もティエアが消えつつある今、健司君と一緒にいなきゃおかしい。
だったら……なぜこっちで死んでる事になってるの?
『……だが僕にもタクミが死ぬ理由がわからない。…………僕が現実世界に戻れない理由はおそらく、僕がそもそもティエアの住人だからだろう。だが拓海は現在、現実世界との因果関係が存在しない。同時に……ティエアとも因果関係が存在しないことになっている』
「––––––その事実が、タクミを取り戻すキーワードになるかもしれない」
健司君が、ふっと笑ったような気がした。
『……頼んだぞ…………拓海によろしくな』
その言葉を残して、通話は切れた。
「あ…………あれはっ!!」
––––––視界の端に見えたその人に私の鼓動は大きく脈打った。
「––––––タクミ!?」




