第百五話「消え去る影」
「なんだよこれ…………こんなのどーやったらいいっつーんだよ!?」
スピカのファイアレイを打ち消すどころか返してきた……しかも威力はスピカの放ったものとは段違いだった。
『……早紀。創造で短剣を作って』
『って言われても……どうやって?』
スピカは息を飲みながら、恐れるように答えた。
『……私が世界の代わりに制御してあげる。……うまくいくかどうかはわからないけど何もしなかったらジリ貧よ』
言いたいことはまだあったが、どちらにしてもそれにかけるしかないと思った。
私は人格を交代し、表に出る。
「…………」
できないと思うな…………私を誰だと思ってる?
––––––私は、創造神の娘…………結城早紀だ。
「創造っ!!!」
そう宣言し、私の手の平に魔法の粒が集まり始める。
『しっかりイメージしてっ!! 私にもその形の細かい装飾すらわかるほどに鮮明に描き出して!!!』
そうだ……イメージをしっかりしろ…………。短剣なら無銘ちゃんが一番よく使える。
だったら…………無銘ちゃんに一番ふさわしい剣を用意する…………。
柄と鞘は黒…………漆塗りの鮮やかな黒。曼殊沙華の描かれた赤く繊細な装飾の美しさ…………。抜き出した刀身のきらめき…………。
『コード変換完了っ!! いけるっ!!!』
「はあああぁぁぁ!!!」
叫び、その輝きは二本の小刀へと生まれ変わる。
「彼岸双刀……無銘ちゃんっ!!!」
無銘ちゃんが心の中で強く頷くと、人格を表に出してその刀を手に取り、鞘から解放し突進する。その剣が桜乃ちゃんの刀にぶつかる。
「任務了解……桜乃を戦闘不能に追い込む」
「っ!!」
桜乃ちゃんが刀で押しのけ、後方へ吹っ飛ばされる無銘ちゃんの体を、ファイアレイが再び襲い掛かる。
「無駄っ…………」
しかし無銘ちゃんは、佳奈美が作った 糸の迷宮を足場にして、そのすべてを次々によけていく。
そして、トランポリンのように大きく反動をつけて、上空から桜乃ちゃんに襲い掛かる。
その攻撃を読み切って桜乃ちゃんは剣をはじく。そして、はじかれた勢いのまま無銘ちゃんは糸の上に飛び乗り走り抜ける。
「こっちも忘れんなよっ!!」
今度は真反対から佳奈美の狂気の曲芸師が襲い掛かる。二人の連携が鮮やかに決まり、桜乃ちゃんを追い詰めているかに見えた。
「……邪魔をするな」
「「っ!!」」
一瞬感じた殺意は、二人が攻撃の手を緩めるだけの十分な威力があった。
無銘ちゃんも佳奈美も攻撃を中断して各々地面に戻る。
「……フレイア。一時撤退を提案する…………」
「ああ…………まぁ、撤退させてくれるかどうかはわかんねーけどな」
明らかに、この桜乃ちゃんの力は異常すぎる。二人がかりでも勝てる気がしない……。
「逃がさない……神ノ巍剣。黒煙」
一瞬、桜乃ちゃんの剣が鈍く光ったと思うと、そこからどす黒いスモッグのようなものが噴出した。それは一瞬にして私達を包みこみ、辺りを闇に染めた。
「な…………んだこれっ!?」
「き……緊急事態…………魔力の運用不可っ!!!」
視界は完全に閉ざされる。もはや佳奈美が今どこにいるかも全くわからない。
「な、がぁ!? ど、どこからっあぐっ!!」
「佳奈美っ!!」
桜乃ちゃんには、この暗闇の中が見えているっていうの……?
「や、やめっ……ああああああぁぁぁぁ!!!」
最後に聞こえた佳奈美の声は、断末魔だった…………。
「佳奈美ぃーーーーー!!!」
私は思わず人格を交代して、佳奈美の声がしたほうへ走ろうとした…………。
「おっとわりぃな…………テメェが終わったら意味ねーんだよ」
「ちょ、ちょっと!! 離して!!!」
私はつかまれた腕を必死に振り払おうとするが、ものすごい力で引っ張られる。
すでに、結城道場からは何キロも離れている。早く佳奈美を助けないといけないのに、この男は離そうとしない。
「ちょっと!!! 離しなさいよ!!!」
「やだね…………テメェはこれから…………っあぐ!!」
無銘ちゃんの小刀の鞘でそいつの手の甲を思いっきり叩く。
「ってーなこのアマァ!!!」
「痛いのはこっちよ!!! なんで…………なんでアンタがここにいるのよ!!! 影沼銀次っ!!」
そう……私を桜乃ちゃんの結界から連れ出したのはあの、影ノ手だった。
「何で俺の名を……ああ、そっかそっか。テメェあのガキからオレの事聞いてたんだな…………」
あのガキ……もしかしてお母さんの事?
「……まぁ、安心しろ。オレはこの世界線じゃレイプ犯でもなけりゃ死刑囚でもねーよ」
「……どういうこと?」
「オレが犯罪に手を染めた理由がなくなったからだ。そもそもオレが絶望した理由は、オレの母が戦争からの避難中に強姦殺人の被害にあったからだからな」
…………第三次世界大戦時、いくつかの町は秩序を失いスラム化したという。
おそらくその時に…………彼のお母さんは被害にあったのだろう。
「つまり、オレがこの世界線で犯罪に手を染める理由はもうねぇ。わかったか?」
「騙されないわよ…………この世界線のアンタはそうかもしれないけど、アンタは私達と戦ったほうの影沼の記憶を持ってるんでしょ?」
そういうと、ニヤリと下卑た笑みを浮かべた。
「へぇ…………じゃあ、ユウキタクミへの復讐のためにテメェを犯しても文句言わねぇってか!?」
「そんなことしてみなさい…………絶対アンタを地獄送りにしてやるっ…………」
私は無銘ちゃんの短刀の柄に手をかけて、影沼を全力でにらみつける。
「…………テメェ、まさかタクミとやったのかぁ?」
「んなっ!?」
突然の言葉に、私は言葉を失い顔を赤くする。
「ひゃははは!! わっかりやすっ!!! 処女奪われる恐怖ってより怒りっぽい感情を感じたからもしかしたらって思ったら…………くっくっくっ。じゃあ、あれか? ネトラレっつーやつ? NTR?」
私は、怒りに身を任せて小刀を振るう。
「っとあ!!」
だが、私の攻撃は避けられて、影沼の胸元の服の一部しかきれなかった。
「ってめぇ!!」
「もう一度言ってみろ…………今度は絶対に殺してやるっ!!」
「いきがんじゃねーよ…………テメェは今役立たずだろうが」
「なにをっ!!」
私は、小刀を影沼に向けて構える。
「戦闘においては魔法のスピカ。高速近接の無銘……テメェは……一体なんだ? 星井早紀」
「そ……それは…………」
押し黙ってしまった隙をつかれて奴は私の胸倉をつかまれた。
「力もねーくせに人を助けようなんて都合よすぎんだよ……だがテメェが死ぬといろいろ計画が狂うんだよクソヤロー…………」
そういい放つと、影沼は私の体を投げるように後ろに突き飛ばした。いきおいでのどが潰れ、私は咳き込んで座り込んだ。
「……ど……どういうことよ」
「あ?」
「アンタの計画っていったい何よ…………アンタの目的はなんなの?」
「さぁ? 勝手に想像しやがれ…………」
すると、彼は一足で飛び上がり、三階建てほどの小さなビルの上にのぼった。
「東条佳奈美はあきらめろ…………今頃、ゼクスのヤローの実験道具になってるだろうぜ」
「じ……実験道具?」
「ああ……テメェに対して忠義に近い友情を抱いたあいつなら、ちょうどいい洗脳の実験材料になるだろうからなぁ…………」
そ、そんな…………。
「佳奈美は今どこ!!!」
「オレが知るか」
そのまま、影沼はどこともなく消え去った…………。
…………結城道場に戻ったけど、もう佳奈美も桜乃ちゃんもいなかった。
いつの間にか降り出した雨に打たれながら、私は駅前の公園のベンチに座りこんだ。
もういっそ泥のように眠りたいほどの疲れを感じながら…………。私の目はこれまで我慢していた悲しみを溢れ出していく。
ここには…………佳奈美も…………タクミもいない。
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
雨が私の泣き叫ぶ声すらも奪い去り…………そのまま私は意識を失った。




