第百二話「 世 の崩 」
それから一週間は実に平和だった。
すぐにでもゼクスの襲撃があるかもと思いきや、一切そんな事はなく「カフェ アトゥム」も無事開店。初日から満席の大繁盛。
俺も早紀から料理を学びながらも、ウエイター、レジを基本業務として経営。一応これでも店長ということになっている。なお経営学については、エストの酒場のマスターからめちゃくちゃ叩き込まれた。名物のビールや居酒屋メニューを事実上奪われたこともあり、血の涙を流しながらマスターは教えてくれた。
早紀は、基本的に料理長。創造を使った現実世界の料理はやはり評判がいい。健司達もよく食べにくる。
ペルも作業がはかどり、なんと三日でゼクスのアクセス禁止を完成。さらにゼクスがアクセスしようとした瞬間、次元の狭間に閉じ込める檻も仕掛けた。
これで奴はこのRPGツクレールの次元にある全てのゲームに対して干渉できなくなった。
…………できることは全てやった。
あとは……俺のこの嫌な予感の正体を突き止めるだけだ。
「やっほー」
扉が開くと、ディーに健司。テュールがいた。お店も今は誰もいない。ちょうど遅い昼食でもとろうとしていたところだったが、またあとで食べるかとカウンター席に案内した。。
「バーを? 俺が?」
ディーはカウンターで俺の淹れたコーヒーを飲みながら、バー経営の提案をしてきた。健司とテュールもその話を聞き入っている。
「そう。今は早紀の事実上の単独営業でしょ? だから、うちの腕利きのバーテンダーをこっちに派遣させて、タクミくんのバーテンダーとしての実力をつけさせる。つまり、カフェ&バー アトゥムを作る計画。どう? やってみない?」
ディーの持ち出した話は素晴らしい提案だった。断る理由なんて一切思い浮かばない。
「やるよ!! やるやる!!! あ、もちろんそっちが良ければだけど」
「こっちは構わないわよ。以前、私達の街を救ってくれたんだしね。実は、そのバーテンダーもあなたに娘を助けてもらったそうでね。そのお礼も兼ねてるんのよ」
これで、本当の意味で早紀とこの店を守れる。本当に最高の提案だ。
「……いいのか? 拓海」
「え、何が?」
「何がって……お前以前、新王国騎士団長の話来てたんだろ? これからはレベルの上限解放で犯罪者やモンスターも活発になる。国民投票次第だが、場合によってはお前の憧れだった勇者になれるんだぞ」
その健司の言葉にディーも、健司と一緒に来ていたテュールも唖然としていた。つまり俺は、その法外な名声と栄誉を放棄しようとしているのだ。
……金も名誉も、確実に騎士団長のほうが手に入るだろう。ある意味では、早紀をもっと幸せにしてあげられるかもしれない。
だが……俺はすでにその話を断ることに決め、早紀も同意してくれた。
「……以前の俺なら、絶対断らなかっただろうな……でも俺は、もう勇者なんて名誉はいらないんだ」
「拓海……」
「俺は勇者じゃなくていい。……俺は悪役で、ここのバーテンダーとして早紀と静かに暮らす。……そんな些細な幸せがどんなに尊くてかけがえのないものかってのを知っちまった。……俺には……それを手放すことはもうできない」
「……本当にいいんですの? 新王国は現魔王が平和主義なだけに支持率も高く、報酬も法外なものとなる。このカフェの売り上げの一年分は一ヶ月で手に入れられますわ。無理して共働きなんてしなくていい……そうじゃありませんの?」
俺はそれでも首を横に振る。
「金は目的じゃない。手段だ」
「手段?」
「そう……人の幸せを掴むための手段に過ぎない。人はみんな、そこを履き違えて争い、醜く堕ちていく」
だけど……そうではない事を俺は知った。
「……いくら手段があっても目的のために使わなきゃ意味がない。俺は早紀と、幸せに暮らしたい。それが目的だ。……早紀が俺と共にいる事。こうやってカフェを経営する事。そのために必要な金さえあれば、大金なんてなくても、人は十分幸せになれる」
「……金を持ってるだけじゃダメ……か」
「もちろん、金を持てばいろんなことができる。いろんな幸せの形を掴むことができる。でも、そのために目的を犠牲にする事はナンセンスだ。……人は幸せになるために働くんだからな」
俺が新王国の騎士団長になったら早紀と離れないといけなくなる。
俺も、早紀もそれは望まない。理由なんてそれだけで十分だ。
……だから、騎士団長には別の奴を推薦しておいた。
無論あいつ……デュランダルがそれを受け入れた事によって、自身の幸せが犠牲になるなら受け入れるべきではないと思う。だけど、あいつは受け入れた。
あいつなら……きっとその金と栄誉と名声を、間違えた方向には使わないだろう。
これが、俺の望む異世界の形だ。
「変わったな……拓海」
「ああ……いずれテメェがジジイになってこの世界に転生した時は、最高のカクテルで俺達の未来を語り明かそう」
……まぁ、そうはならない可能性が高いんだがな。年老いたソウルプラズムは消滅する可能性が高いから。だけど、健司もその夢語りにノッてくれる。
「……僕がタクミのカクテルを? 本当にうまいんだろうな」
「テメェッ! 上等だ! ゼッテーうまい酒作れるようになってやるからな! それまでに一杯で酔い潰れないように現実世界で酒飲めるようにしとけよ!!」
そんな他愛もない話をしていると、健司が突然「現実世界に帰る」と言ってきた。
「そんなに急いで帰るのか?」
「ああ、今回はその挨拶に来たんだ」
どうやらディーと健司はお互い別々の用事があってきたって事みたいだな。
「……拓海。わかってると思うが、ゼクスの動きは奇妙だ。だけど、この世界にはもう手出しができなくなった。……つまりここからは、現実世界の僕達の問題だと、僕は考えた」
……確かに、ここが最後の要だ。
今の状態で現実世界でゼクスを追い詰める。これでゼクスに関しては最後のトドメとなる。しかも……健司はすでに主人公だ。ゼクスを殺すことがこいつにはできる。
「……昔話したことがあるが、僕は警察官を目指してる。今入ってる大学も、そのための地盤を固めるために入学したに過ぎない」
確かに、昔ずっと言ってたもんな……。父さんみたいな警察官になりたいって。
「僕が警察になって、ゼクスを追い詰める。……それがいま、最善の策だと思う」
「ああ……そうだろうな」
だが……同時にそんな悠長な時間なんてないとも感じる。
ダメだ……せめてずっと感じてるこの違和感の正体さえつかめれば……。
「あーあ。みーんな、次の道を選んだわけね……私はどうしようかなぁ……」
「あら? あなたこそ新王国の魔道師。魔道学院教員となんでもできるはずですわ?」
嘆いて後ろで頭を抱えるディーは、テュールの提案を笑って答えた。
「道がありすぎるってのも困ったものでね。……ある意味贅沢な悩みね」
すると、ディーがなにげなく鼻歌を歌い出した。きらきら星だ。
「なんでディーがきらきら星歌ってんだ?」
「ん? いや、夏帆さんが赤ちゃんに戻る前に歌ってくれてね。歌詞は覚えきれなかったんだけど、いいメロディだなーって記憶してたの」
ああ、そういえば夏帆さん、少しだけ小学生の頃に記憶が戻ったって言ってたな。その歌声を聞いて奥から早紀が、皿を拭きながら現れた。
「いい曲ね。ディー。なんていう曲なの?」
––––––一瞬凍りついたように、ひどい悪寒が襲った。
「え? きらきら星って……あなたのお母さんが赤ちゃんになる直前に歌って……あれ? 現実世界の歌じゃないの?」
「うーん……僕も聞いたことがないな……ティエアの曲じゃないんですか?」
「いえ……ワタクシも聞いたことがありませんわ」
俺は、固まった自分の思考が戻るのを感じるとすぐさま反論した。
「い……いやいや。きらきら星なんて幼稚園で歌うだろう。大抵の日本人なら歌ったことあるぞ」
早紀も、健司も首を振る。
「嘘だろ? よく思い出せよ。ほら、たしかフランス民謡の曲で、超有名な曲じゃないか」
「フランス!? 何言ってるんだ。第一次世界大戦で壊滅しているじゃないか」
「はぁ!? なんだよそれ」
フランスが壊滅されてる!? しかも第一次世界大戦だって!? そんなの聞いたことが––––––な––––––。
いや––––––俺は確かにその歴史を学んだ記憶がある。
「タクミ大丈夫? 私も歴史は得意な方じゃないけど、フランスがあったところは、今は原爆で人が住めるところじゃない。みんなそう学んでるはずよ」
「何言ってるんだ!? 日本が唯一の原爆被害国だろ!?」
「もーっ! タクミしっかりしてよ!! 日本は原爆の被害にあったけど、それ以上に核戦争最大の被害国じゃない!!」
核戦争の被害国だって!?!?
「……本当に大丈夫か拓海……僕達の年齢ならみんなその核戦争に巻き込まれているじゃないか。第三次世界大戦の悲劇を忘れたなんてどうかしてるぞ」
だ……第三次世界大戦!?!?
「どうかしてるのは健司だろ!? なんだよ第三次世界大戦って……」
いや……まて。なんだこの記憶……母さんと逃げてる…………。な、なんなんだ……この記憶はっ!?
「まったく……今の紛争壊滅のきっかけとなった第三次世界大戦は、日本の犠牲の上に立ってると言っても過言じゃない。忘れたじゃすまされないわよ」
「ワタクシも、第三次世界大戦のことは調べましたわ。……そのせいで、九州や北海道は壊滅……本州も含めてほとんどの地域が焼け野原になったとか」
うそだろ……なんだよその歴史。
だが……俺の中にある確かな記憶。
九州のばあちゃん家に遊びに行った後、核避難警報で俺は本州の俺の家に帰った。その後本当に核ミサイルが……。
青森の恐山の爺さんの家に行った時も、帰り間際に慰霊碑にお参りした記憶がある……確か九州のばあちゃんが同じ核で死んでそれで……。
なんだこの記憶……絶対そんなことはなかったと断言できるほどにおかしなことなのに、同時に事実だと言う記録だけが、記憶として頭に残ってるような……。
まさか……混沌の因果律の時と同じ……いや、この世界は俺が生まれる以前から…………。
矛盾の世界––––––。
––––––だったら……もし、奴の目的が……現実世界の破壊ではなかったとしたら?
「––––––今までの事件は、ただの実証実験に過ぎない……最初から、俺達が何をしようが関係がなかったんだ」
「––––––え?」
––––––じゃあ、なぜ神様はそんな実験をしたのでしょーか?
奴の声が俺の耳元で囁いたような気がして––––––俺は思わず怒号をあげた。
「みんな!! 今すぐ自衛隊基地に襲撃をかけるんだ!!!」
「なっ、何言ってんだ拓海!! そんな事するだけの戦力はないだろう!!!」
「時間がないんだっ!!! 奴はおそらく状況を楽しんでる!! 今の状況は俺を踊らせるためのただの芝居だ!!!」
「タクミ落ち着いて!!!」
「落ち着いていられるか!!! ディーの時と同じだ!! 俺達の情報はすべて––––––」
「はーい。タイムアーップ!!」
「うんうん。惜しかったなぁー。まぁ確かに無理もないかー。テメェは……完全に見落としてたもんなぁ……視点を奪われるもう一つのその可能性に」
「そう……そもそもこの異世界自体がすべて実験場……オレのためのモルモット達に過ぎなかったっつーわけだ……あ? 聞こえてっかーーー? もしもーーし!!」
「まぁいっかぁーーー。どーせテメェーはもう死ぬんだ……過去改変によってなぁ……」
「あ? ……ああ勘違いすんなよ……テメェが死ぬのはティエアじゃねぇ……現実世界の死因変更だ」
「はははっ!! テメェは相変わらずおめでてぇーなぁーーー!! ……そう、オレは確かにありえない死因の操作はできない……現実世界ではすべての人類が可能性を持っているため死因操作なんぞ簡単に出来るわけじゃねぇ……だがなぁ……テメェ忘れてねーか? テメェは……たった一度だけ別の……致命的な死因の可能性が存在してんだよ」
––––––ワタシハ……コロシタ……オニイサマヲ––––––。
「だからよ……テメェが今から行く世界線の……テメェの死因を認識させてやるよ。……耳の穴かっぽじってよーく聞きな––––––」
「脳死……妹によるソウルプラズムの直接的な破壊による死がぁ!!! 今から訪れるテメェの本当の死因なんだよぉ!!!!」
「テメェは これで まいだ のう かい されて かいにゅ できねぇ」
「オニ サマ サヨ ラ」
––––––へ?
ここは……どこ……。
私……一体…………。
タクミ––––––––。
では第十二章これにてバットエンドです。
実は第六十八話に第三次世界大戦の伏線があるんですね。
……断言します。タヌキは一度人類は億単位の犠牲が出なきゃ戦争は無くなりません。いや、それでもなくならないかもしれない。決して第二次世界大戦程度の犠牲では戦争はなくならないと考えてます。
紛争なんて簡単になくなるわけない。あの時のタクミ君もやたら原爆等に反応してましたがそういう事です。彼もまた核の被害者だったんですね。
さて、第十三章はタクミ君死亡してます。しかも脳死。さて、じゃあ誰が物語を進めるのでしょうか?
お楽しみに。
ぜひブクマ、評価、感想、レビューをください!お待ちしております!!




