第百一話「俺達の家へ」
「……ここに戻るのも久しぶりだな」
ティエア最東端、始まりの村。エスト…………。あの日、俺が転生してきた最初の村であり、早紀と再会した場所。
「うん……だけど、いつもの宿屋に帰っちゃだめだよ」
俺の腕に抱きつきながら、早紀は嬉しそうにそう話す。
「わかってるって。夏帆さん……いや、お義母さんが用意してくれた家に帰ろう……俺達の家へ…………」
「うふふ……そうだよ。私達の家だよ」
甘えたように腕をぎゅーっと抱きしめる早紀……ああもう、うちの嫁可愛すぎるだろチクショー!!
「あの~…………ラブラブのところ悪いんですが、一応私の家でもあるんですよね~…………」
後ろからペルが控えめに手を上げながら答える。その腕の中には赤ちゃんとなった夏帆さんがいた。
「わかってるって。ペルも一緒に帰ろう」
「はーい!」
さぁ……帰るか…………。
「…………」
その家を見た瞬間、言葉を失った……。家というより、おしゃれなログハウス風のカフェ。
もともと、早紀と一緒にカフェ&バーを開きたいという願いから夏帆さんが作ってくれたお店だった。それだけにかなり気合の入った外観だ。
俺は、テラス席の手すりに触れる。木製の手すりは手触りがよく、コーティングもちょうどいいくらいに光を反射している。
太陽に照らされたパラソルが空中できれいな花を描いているようで、思わずため息が出た。
おそらくお店の看板が来るであろう正面入り口には、当然だが今は何も飾られていない。
その正面入り口から店に入る。
…………カウンターには小さな観葉植物。内装には十五席ほどのテーブルがある。ティエアの酒場には劣るもののかなり豪華だ。
…………ってかカウンターがコンピューター式だし……ってかマニュアル?!
……メニュー追加の場合……価格設定……JANコードシール作成と登録機能……パソコンとの連携……ってちょっと待てっ!! どんだけ機能あんだ!?
「タクミっ!! 見てっ!! コンビニとかで見るジュース出すガラスケースとかホットスナックおいておく奴とかいろいろあるよ!! ってかほとんどコンビニだよ!!!」
そ……そうか、スピカはコンビニとかの商品も創造できるんだから、こうしておけばいろんな商品を置くことができるのか……ってかありなのかそれっ!!
あ……マニュアルの最後に…………。ヤマムラ電機レジシステム参照、わからなかったらヤマムラ電機異世界店に相談してね…………。器用にイラストも加えて、写真も利用している。なのに……最後のコメントに「あまり異世界感、崩しすぎないでね!!」ってお前が言うな!! 娘愛で自己矛盾に陥ってやがる…………。
「ぷ…………はははははははっ」
もうここまでくると笑うしかない。娘愛が強すぎてプレゼントする家作りが本気すぎる。どこまで娘のために尽くすつもりだ? 俺達はさんざん笑いつくしてから、他の部屋も探検することにした。
––––––ここは厨房さっ!! パンも作れるオーブンからシステムキッチン、食器洗い乾燥機も当然完備っ!! メンテナンスのしやすさもばっちりさ!!
う、うん……娘愛がすごい…………。
––––––ここはリビングっ!! 暖炉は当然だよねー! あ、安心していいよ! メンテナンスロボットがきちんと掃除してくれるからお手入れも簡単さ。 エアコンや床暖房も当然完備!!
う……うん。そ、そうだな…………娘愛が…………。
––––––ここは夫婦の寝室!! なんと、ここだけは完全防音。これから孫を作るんだし、ちゃーんとその辺のことはわかってるからさ。魂の封印石も二つ用意したよ。これで行為の最中に人格が変わることはない。封印石内も退屈しないように色々快適にできてるしね。あと、ベットも最高級の––––––。
「ってやかましいわあぁーーーー!!!」
残すにしてもいい加減にしろよっ!! さっきから感動してた早紀もさすがに引いてるじゃねーか!! ってか寝室を完全防音とかいい加減にしとけよっ!! ようするにヤレっつーことかよ!! 余計なお世話だっ!! んなことしなくても、ちゃんとやってやらぁ!! こ、これはちゃんと健全だからな!? ってか夫婦だからな!?!?
––––––ここは、タクミくんのトレーニングルーム。ちょっとしたスポーツジムレベルの施設がそろってるよ!!
––––––ここは、剣道場。将来は孫に剣道を教えるのもいいんじゃないかな? 立派な剣士を育てられるし、最高じゃない!? 無銘ちゃんの短剣術もここで鍛えられるよ!!
––––––ここは、弓道場!! 早紀ちゃんこの世界に来て弓を使うから練習に使えないかなーって。すっごくいいと思わないかい?
––––––ここは、書斎。僕が作ったすべての魔導書が並べてあるから、スピカちゃんも満足できるんじゃないかな? これからの戦いにも必要だと思うよ。
––––––ここは僕の部屋さっ!! 将来の孫の部屋として使ってくれても構わないように子供部屋としてはかなり豪華な作りにしているよ。当然子供の成長に合わせて家具の配置も変えやすく、机の大きさも調整可能。あと、カメラも搭載しているから泣き出したらすぐにわかるようになってるし、いろんなおもちゃもおもちゃ屋さんレベルでそろえてるから飽きがこないし、それからミルクが欲しいときは自動であげてくれるし。自動であやしてくれるメイドロボも当然完備!! あとあとそれから––––––。
って、自分の部屋豪華すぎんだろ!! 何がメイドロボも当然完備だっ!! 俺達も普通に家族なんだからミルクくらい普通にあげれるわっ!!
しかも「オムツの替え方マニュアル」に「ミルクの作り方マニュアル」…………こりゃあ本当に子供を育てられるか考えてると急に不安になっておばあちゃん心が暴走したな…………。
「もーーー!! メイドロボ電源オフっ!! いくら何でも、私だってちゃんとお母さんできるよっ!!!」
さすがにここまでくると、早紀も怒るわな…………。もはやここまでくると、もはや介護のレベルだしな。
––––––ここは、ペルちゃんの事務所さ。各種セキュリティもバッチリ。ソウルプラズムチェックでペルちゃんと早紀ちゃん。そしてタクミくん以外は開けられない。緊急時には隠し扉にもなる。ちゃんと休めるように寝室もここにしたよ。だから徹夜なんてせずにちゃんと寝ること!! あと、こっそり持ち込もうとしていたゲンキデルンAtoZとカップ麺は没収しておいたからねっ!!
「ええーーーー!!! そ……そんなぁ…………」
「当たり前だっ!! この一人ブラック企業!!!」
一人なのにブラック企業作り出すこいつも大概にしてほしいものだ。にしても、このペルの事務所はやっぱりすごい。最新ハイスペックパソコンはもちろん、各種参考書や魔道書も完備している。モニターも五台設置してある。
「……あ、ここ女神の間に通じてるんですね……これならここから世界の解析も修正も出来るかも」
パソコンを弄りながらペルがつぶやく。
「世界の解析って女神の間でしかできないのか?」
「んと……そう言うわけでもないんですが、効率がいいのはやっぱり女神の間ですね。あそこはゲームで例えるところのサーバールーム。遠隔操作も出来ないわけじゃないですが、効率性が段違いです」
なるほど……言われてみればそうか。俺が転生した時も女神の間だったわけだし、その場にいるかどうかじゃ効率が違うだろう。
「この部屋からだと女神の間にいるのと同じ効果があります。これならだいぶ捗りますよ! もしかしたら一週間以内にはゼクスさんのアクセス禁止も可能かと」
「なにっ! そ、それは本当か!!」
「はい、本当です」
俺は安心と同時に一つの疑念が生まれた。
––––––都合がよく話が進みすぎている。
本当にこの状況をゼクスは知らないのか?
……そんな感じで家を回ってたらいつのまにか日が暮れていた。俺はテラス席の手すりにもたれかかって一人考え込んでいた。
「タクミ。明日からのカフェの経営についてきちんと話して……タクミ?」
「あ……ああ、そうだな」
考え込みすぎて、気持ちがどこかに行ってたようだ。ダメだな。俺はこれからこの店も経営しなくちゃいけないんだ……。もっと気を引き締めないと。
「……明日にしよっか? なんだか私もいろいろ見てたら疲れたし」
……いかん。できたばかりの嫁に何心配させてんだ俺。そう思って軽口でごまかす。
「そうだな。過保護すぎて逆に疲れた」
そういい返すと、早紀はクスクスと笑いながら俺の隣の手すりにもたれかかる。
…………栗色の髪が夜風にそよぐと、今まで嗅いだことのないにおいがする。
「シャンプーでも変えたか?」
「えっ!? ああー……そういえば、さっきシャワー浴びたときに置いてたやつ使ったんだっけ。よく気付いたね」
「早紀いっつもミントの香りのシャンプー使ってたからな。柑橘系だったからすぐわかったよ」
えへへと笑う顔がくすぐったくて、俺はまた夕暮れのほうを向いた。
「……健司君は今日はエストの宿屋?」
「一応、テュールと行動を共にすることになってるからな。まぁあいつは強いから何があっても大丈夫だろう」
今のところ、テュールはペルのサポートと法の管理が当面の目的となる。だから、ペルのいるエストで暮らすことになったのだ。健司は健司で、しばらくこっちにいるからテュールについてくる形になってる。
「……このお店オープンしたら絶対呼ぼうね」
「ああ。出店の届け出はもう出したし、あとはこっちの準備だけだな」
……健司はいずれ帰らなければならない。そもそもあいつはまだ生きてる。転生者のいる場所にいてはいけないんだ。
だが……俺が死んだらどうなる?
結婚式の後に頭をよぎった嫌な予感……さっき感じた悪寒。
その全ては、覆しようもない絶望の予兆。もし……奴がアトゥムが消えたこのタイミングを待っているとしたら……。
「っ……その顔いやっ!!!」
「早紀……」
俺の悪い予感が早紀にも感じ取れたのか、強い言葉で拒絶する。
「そんな……どこか遠くにいっちゃうような顔しないでよ……何かあるなら相談して……私そんなに頼りないの?」
「そんなことは––––––」
そのとき……俺の中で電流が走ったように思考がめぐらされた。
「いや、まて……」
まだ手はある……早紀さえいれば––––––。俺が生きるか死ぬかは––––––すべて早紀にかけるしかない。
「聞いてくれ……早紀」
「なに……んっ」
俺は彼女の口にキスをした。それは一種の儀式だった。
彼女を信じる俺の誓いと……彼女に俺を信じてもらうための儀式だ。
「……ぷはぅ」
口を離すと、俺はうっとりとしている彼女の目を見て言葉を告げた。
「いいか。よく聞いてくれ。……俺は君のそばに永遠にいる。決して離れない……そして君がピンチの時は絶対に守る……」
「うん……うん……っ」
「一人だと感じていても決して惑わされるな。ただ……ただ俺を信じてほしい」
「……本当に?」
不安そうに見上げる彼女が愛おしくて、俺は思わず顔が緩んだ。
「ああ……創造神に誓う」
「––––––って、私達のお母さんだけどね」
ようやく冗談を言えるくらいの元気を取り戻した早紀から手を離す。
「えー……そろそろいいですかね?」
「どわぁ!!」
「なあぁ!!」
夫婦二人で驚きずっこけた。
「じゃあ、おやすみなさいお二人ともー。……防音だからって、あんまりハッスルしちゃダメですよ〜」
「ぶっ!! そんなことするかぁ!!」
就寝前に思わずそんなことを言った俺をぶん殴りたい。
「えへへー」
毛布の中で俺を抱き枕にしてくる早紀。一応今日は結婚初夜となるわけだし……さすがに何もしないのも……あれだと思い、二人共々心の準備をしてきた。当然だが無銘、スピカは封印石に移動してくれた。……親指を立てながら。
つまり……これは決して不健全な行為ではない。あくまで同意の上でのことであり、やらない事こそその、早紀に対して失礼に当たるわけで、いや、だがやると言っても理性は保ってる訳で決して獣のように襲ったりって訳ではなく、あくまで健全に……健全を……健全して––––––。
「大好きだよ。タクミ」
––––––その瞬間、俺の中の健全リミッターは崩壊した。
…………。
夫婦共々、寝室を出る。
…………。
夫婦共々、シャワーを順番に浴びる。
…………。
夫婦共々、朝食を準備する。
…………。
夫婦共々、朝食を食べる。
「おっはよーございまーーっす!! いやー久々にぐっすり寝るといいですねーーー!! 昨日はお盛んでしたかーーーー!? ……って…………早紀さぁーーーーん!!?? タクミさぁーーーーん!!!!」
夫婦共々、魂が抜けてる。
「「不健全コワイ……不健全コワイ…………」」
夫婦共々、健全第一を誓い合った。




