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第九十七話「異世界ヒロインは覚悟を決めた」

 ヴェスト。猫獣人族の里があるクレンシエントから王都レークス、レジーナを抜けてようやくたどり着くほど遠い国。


 猫獣人の里が竹とケヤキ、イチョウなんかで囲まれていた森林地帯だったが、同じ獣人族が多いこのヴェストは割と開けている。ちょっとした木の街って感じで赤レンガの木製の家や、奥に結婚式のチャペルに似た白い教会も立っている。


「おお、あんちゃんがタクミくんやの!!」


「あ、はい。貴方がクルーガさんですか?」


「ああ、話はミスラに聞いとる。まぁオレらに任せてドーンと構えとき!!」


 豪快に肩を叩かれて、少し痛みを感じたがなぜだか悪い気はしなかった。


「……どうした? 早紀」


 赤い顔をうつ向けていた早紀の手を引く。


「いこーぜ」


「うん……」




 ––––––一ヵ月前––––––




「……楽しかったね」


「ああ」


 シーファトに遊びに行った後、俺達はその足でそのまま王都レークス、魔導学院のあるレジーナ、ミスラの故郷ヴェスト、魔都ディスペラで魔王サタンに会ってから久々にエストに帰ってきた。


「丸一週間ほとんど馬車に揺られっぱなし。ほとんどティエア一周の旅だったね」


「確かにな」


 苦笑しながら俺は写真立てを眺める。


 アトゥムが何枚もカメラに収めた中で、一番きれいにできた俺達のツーショット写真を寝室に飾り、飽きもせずにそれをずっと眺めている。


「ってか、アトゥムが一眼レフカメラ持ってきたときはさすがに笑った」


「あー……この異世界家電屋さんがあるからねー……なぜか」


 その時のアトゥムもまるで子供の用にはしゃいで「一眼レフなんて人生で初めて買ったよ!!」とあたりのものを撮りまくった。


「あんなアトゥム初めて見たぜ……」


 ダブルベットに横たわると、早紀が甘えた猫のように寄り添ってくる。


「……ねぇ、いつまでこうしていられるんだろうね」


「……確かに、現状打つ手がない……かといっていつまでも相手が待ってくれるとは思えない」


 このメンバーで自衛隊基地を襲撃するって最終手段は確かにあるが、それは最善策とは思えない。


 日本の自衛隊は世界各国から見ても強力な軍事力を持っている。だからに簡単にそこを襲撃すれば死人が何人出てもおかしくはない。


 それに……現実世界で生きてる人々にとっては俺達は死者だ。死者が生きているものを殺すほど愚かなことはない。


「だけど、ペルのプロテクトは完成し、すでに展開されている。もうこの世界に主人公を操る絶対支配能力(プレイヤー)の能力は発動できない」


 ……だが、確かに妙なんだ。このままだと、最後には神の侵入すら制限するプロテクトが完成する。いずれはそれを修正パッチとしてRPGツクレールのこの次元……ツクレール次元全域に展開することが可能となる


 つまり、あと数か月であの男は打つ手がなくなる。


 時間はないはずなんだ……だが、何かをしてくる様子がない。


「ほら。また悪い癖が出た」


「早紀……悪い。つい考え込んでしまった」


「……スピカも、今は相手の情報が足りない状態だから、考えても無駄。そんなことよりしっかり対策することが大切だって、言ってるよ」


 ……そうだ、今はまだそのときじゃない。


「……えへへ」


 早紀がデレデレとした顔でくっついてくる。


「なに笑ってんだよ」


「この前は人一人分離れてようやく一緒に眠れたのに、今はこんなにくっついてるね」


「まぁ慣れたからな……主に無銘のおかげで」


 無銘がいつもくっついて寝るため、この距離にも慣れ始めた。早紀もまた、悔しがってひっついてくるから最近はずっとこんな調子だ。


「無銘ちゃん、拓海とくっつくの好きだからね」


「……今も変われって頭の中で騒いてるんじゃないか?」


「あ、バレた」


 これじゃ、無銘に早紀との時間を占領されかねないな……。まったく……。


「……あ、そうか」


 突然気づいたような声を上げた俺に、早紀が頭にはてなマークを浮かべた。


「早紀とくっついて寝ててもトラウマ発生しないのは……会えない時間が長すぎて寂しくなったからだな」


 そういうと早紀は顔を真っ赤にして驚いた顔をして、そのままとろけるようにニヤついた。


「私も……そうなのかも……ドキドキしているけど、もっと一緒にいたい」


 ……な、なんかいい雰囲気?


 いい雰囲気……なんだけど……。


「……あの、このままヤッたら当然スピカや無銘は見てることになるんだよな?」


「スピカ曰く。『私達はヤッてる間は見ないふりするから安心しろ』って」


「いや、ふりかよっ!!」


 俺がツッコミを入れると、ケラケラと笑う。


「でも、どのみち今日は生理来てるからまた今度ね」


「は……はい…………」


 そこで、俺にも性欲ってあるんだなぁと再確認した。生理って言われてものすごく落ち込んでしまった。不健全すぎる…………女性にとって生理は仕方ないだろ。そう自分に言い聞かせると、また早紀がニヤついてきた。


「やっぱり拓海の健全主義ってやせ我慢してただけなんだ」


 ぎくりとして冷や汗をかくが、だが、早紀には本当のことを言っておきたかった。


「いっとくが、トラウマもあるのは本当だからな。だけど、トラウマ発動してないとき以外は……確かに我慢して無欲になろうとしてる」


「まったく……私達恋人だから少しくらいなら欲だしてもいいんだよ?」


「わかってる……わかってるんだが、それでも一度身に染みた教訓ってのは絶対に頭によぎるもんでな……」


「で、その教訓を思い出したら殴られた時の恐怖がよみがえってくると」


 俺はその言葉に首を横に振る。


「……妹とのことは話しただろ? 実はあの後、俺よりも桜乃のほうがダメージ受けてしまってな……ほとんどヤンデレのようになってしまった」


「や……ヤンデレって……?」


「俺のこと”お兄様”と呼んで、まるで俺の奴隷のようにふるまってきた」


「……思いつめちゃったのね」


 俺は頷きながら、あの時の桜乃のことを思い出す。


「俺が不健全だったからその結果、家族との絆もなくそうとしてたんだ……だから、そういうことに敏感になってしまってな」


「……なるほどね」


「もちろん、俺の考え方は頭が固い考え方だってことはわかってるんだ。……それでも、桜乃との関係を決定づけてしまいそうなほど恐ろしい出来事になってしまった」


 そう言うと、俺の気持ちがわかってくれたのか右手を両の手で握ってくれる。細い指が俺の右手に絡まり、くすぐったくも何とも言えない感覚が俺の気持ちを落ち着かせてくれた。


「あれ以来俺もいろいろあってな……とにかく性に無欲になるんだーー!! って、母さんの実家の神社で座禅を組んだもんだよ」


「あはは……で、その効果は?」


「無理に決まってるだろ? ……俺だって思春期の男なんだ。性欲がないわけがない」


 結局座禅を組んでも組まなくても性欲というものはあるもので、我慢の日々が続いた。


「だから、最後は気合で何とかした」


「うん……まぁわかった。私は……まぁいつでも覚悟はできてるからね」


 そういわれると……彼女への思いをどうにも抑えられなくなりそうで、いつものように根性でその夜は耐えようと誓った。


「……ねぇ、拓海……ディザイアへ行きたい」


「え…………」




 ディザイア…………元監獄島と呼ばれた場所は、今までの犠牲者をともらうための集合墓地となっている。


 生き残った囚人たちは、今は魔王サタンの管理する監獄に送られ更生している。


 …………そして、俺達の用事は目の前のこの墓地にある。


 ––––––––誇り高き黒騎士ナツキ=キリガヤ。


「……結局、私が目覚めたのって、ディザイアを離れた後だから、ちゃんとお見舞いしておきたかったの」


「そうか……」


 早紀は跪き、両手を合わせて祈りをささげた。


「……桐ケ谷先輩ってどんな人だったの?」


「豪快な人だったな……いっつも笑ってて、すっげぇ優しかった……」


 だから、なおさらあの時は恐怖した。


 あの日の先輩がにらんできた瞬間……くやしさをにじませ、負けを思い知ったはずなのに、今にも襲い掛かってきそうなあの目……。


 同時にあこがれたあの目……。


 単純な力ではない。もっと別の……そう、心の強さを見たような気がしたんだ。


「それにしても、どうして急にディザイアに行きたいって言ったんだ?」


 エストからだと、ディザイアまでは馬車で丸一週間かかる道のりでかなりの距離がある。


「……区切りをつけたかった……いや…………うん、そうじゃないか」


「え?」


「勇気が欲しかった……ここに来たら、きっとわけてもらえるかなって……そう思った」


 その横顔は儚げで……どこか遠くを見ていた。そして、立ち上がると俺をまっすぐに見つめた。ごくりと息をのんだあと、深呼吸をして何かを決意する。


 そんな彼女の様子がかわいらしくて顔が緩みそうになった。……だけど、真剣な話をするんだということは伝わってきたので俺もまっすぐ彼女を見つめる。




「……私と……結婚してください」

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