第九十五話「アニメとかの海の家ってやたら客くるけど異世界はそんなに甘くない」
「いやはは……悪い。みんな……」
うーん。これはまた…………。
俺達は海の家の厨房に来てるのだが、そこには明らかに異常な量のたこ焼き、お好み焼き、焼きそば、焼き飯などなどの作り置きがあった。
「売れなかったのか?」
「いや。売れたんだよ……そりゃ満席になるし、人気も出てめっちゃ……だけどそれで調子に乗っちゃってな。途中早紀ちんにも食材追加してもらって……」
「私も気づくべきだったわ……あの注文、お昼過ぎてたもんね」
なるほど。経営初心者のフレイアはお昼過ぎても料理を作り続け、作り置きを大量に追加。だがお昼を食べ終わった人間が海の家にくるはずもなく、集客は激減。
大方、苦肉の策でディーやミスラに頼んで急遽ヨーヨーで大道芸をやってみたものの、当然だが全員昼を食べ終わった後。夜は夜でバーベキューやるか帰るかだから時間が過ぎた作り置きなんて買う人はいない。
それでこれだけ余ったわけか……ってもこんな量、今いるメンバー全員でも食べきれねーぞ。
「夜にはコジロウのおじいさんが仕事から帰るはずだから一人でふえるけど……」
早紀の言う通り、あのじいさんなら号泣しながらヒステリックな声で「会いたかったぞフォルやあああぁぁぁぁ!!!」と叫んで駆けつけるだろうから腹ペコでくるはず……。
えっと、今いるメンバーは……早紀達は当然一人とカウントするとして、俺、健司、フォル、テュール、ペル、フレイア、ディー、ミスラ……うちフォルは確か七歳のはずだから……下手すりゃ一人前も食べれないかもしれない。じいさんもあわせて十人。だが目の前の粉ものだらけの現場は少なく見積もっても三十人前はある。
俺や健司は肉体づくりで大量に食べることがあったから三人前くらいなら何とかなるが……それでもきつい。
「仕方ないわね……私の知り合いにあたってみるわ」
ディーがそういうと、どこかへ走っていった。
「うーん。私も知り合いがいればなぁ……レークスにだったらいるんだけど」
早紀が悩ましくそう答える。さすがに王都からここまでは厳しいなぁ……いや、まてよ。
「その知り合いって、確かあの例の家電屋さんだよな?」
「うん。そうだけど……」
「運がよかった。さっきそれっぽい人みたぞ」
「え!? そ、そうなの?」
俺は面識がないのだが、異世界にはそぐわない段ボールを抱えていた。もしかしたら今なら連絡取れるかも。
「じゃあ、フォルもじいじに連絡するー!!」
「で、できるのか!?」
「ねーわできるー!!」
ねーわ? ……念話のことか? あの、頭で思い浮かべるだけで会話ができるやつ。
「じゃあ、仕事仲間連れてこれるだけ連れてきてって伝えてくれ」
「わかったー!!」
「お前ら…………」
フレイアが涙ぐんでたので、俺は察して肩をたたく。
「気にすんな。お前はもう俺達の仲間だろ」
「だけどよ……アタシは早紀ちんを殺そうとした……それなのに……」
ん? ……もしかして、フレイアから助けてくれって言ったんじゃなくて、早紀から助けてあげてって言ってあげたのか。
「佳奈美。確かに私はあなたにとってはいろいろ複雑な関係だったのかもしれない。だけどね、病気のせいで友達が少なかった私に声をかけてくれたのは、どんな理由があるにせよ佳奈美なんだよ」
「……その理由が、いずれ早紀ちんを殺してでも、カインを奪うためだったとしてもか?」
「そうだよ。それでも、あなたが私の親友であることに変わりはないもの」
早紀は、間髪入れずに笑顔でそう答えた。迷いも、怒りも、戸惑いもなくフレイアを受け止める。
「早紀ちん……あ、アタシ…………」
「ほら! お客様が今から来るのに、泣いてる暇ないよ。接客業は私の方が専門なんだからね!!」
「ぐすっ……おうっ!」
涙を拭いたフレイアの顔を見て、改めて俺は友情というものの凄さを感じた。
そんな早紀が俺の彼女だと言う事が誇らしくなる。自慢したくなる。ま……自慢したら周りから、うざがられるだろうし……何より。
「早紀ちゃん……本当に大きくなって……うぅ」
……この親バカが、代わりに自慢してくれるんだからそれでいいか。
「本当に……大きくなった。……きっと君のおかげだね」
「んだよ、親バカ……急に改まって」
「いや……ありがとうを言いたくてね」
俺は、その頭をぐしゃぐしゃに撫でてやる。
「大丈夫。俺がやりたいことやってんだ……なんたって俺は、お前の世界の悪役だからな」
「そうだね……うん。そうだった」
「なんか調子狂うな……」
俺は、自分の頭を掻きながらフレイアの手伝いに向かう。
「君の前世……カインを悪役にしたこと。怒ってるかい?」
俺はその言葉に少し考えたが、静かに首を横に振る。
「悪役だろうが、主人公だろうがいっしょだ……必ず何かに苦しみ、何かに絶望する……だけど、それを乗り越えた先に答えがある……俺も……健司も……早紀も……みんな一緒だ」
「そうか…………そうだったね」
俺を見つめるその目は……どこか寂しそうで、どこか満足したような顔だった。
「ってか………すごいなこりゃ」
至る所から客を呼び寄せた結果、海の家の周りは、大宴会状態となった。
家の中も、ロフトも満員。それでも足りずに周りの砂浜に腰かけてみな飲み食いしていた。
早紀も久々に大量のビールを作り、忙しそうに……だけど、嬉しそうに働いていた。
早紀だけではなく、アトゥムも働いたおかげで足りなくなった料理もきっちり人数分用意され、その日は賑やかに過ぎ去っていった。
「ははーん。残念だったな早紀ちん。フレイア様は元々Dカップなんだよ!」
「で……っ!?」
「で……ディーは、胸はどのくらい?」
「うーん……これ言うとからかわれるからあまり言いたくないんだけど……Dカップよ」
「つーか残りの女神二人っ! 乳の大きさデカすぎだろ!! さすがにお前らはバケモンだっ!!」
「ふ、フシダラですわっ!! 私だって、す、好きでこんなに育ったわけじゃ……」
……なぜ、俺の入る温泉は音が漏れやすいのだろうか?
「「聞こえない聞こえない聞こえない聞こえない」」
「健司殿まで……なぜ耳をふさいどるんじゃ……」
「違う……俺達は違うんだ…………」
「僕は違う…………ホモじゃないんだ…………」
俺達のトラウマは深く、重かった…………。
「……なんだかよくわからんがとにかく落ち着け。誰もお前らをホモだとは思っとらん」
そういわれて、とりあえず耳から手を離した。
「…………頭ではわかってるんです。誰もそんなこと思ってないって」
あんなのただの冗談だってことは……確かに俺もわかってる。
「そもそも、なぜタクミ殿は女湯に聞き耳を立てるような真似をしたんじゃ。その……不健全じゃないのか?」
「やらされたんだよ。当時の先輩達に…………あれ?」
そういえば…………俺や健司がホモなんて言われてトラウマ受けた後……女子達が「自業自得でしょ」っていってたな。
「ああっ! そういうことだったのか!!」
「うぉ!! なんだ拓海突然」
「剣道女子部員達は俺達が聞き耳を立てることを知ってたんだ」
だから、あいつらあんなこと…………。
「な、なぜ聞き耳を立てたことがわかったんだ?」
「そ、それはわからないが……」
「……もしかしたら、あれがついてるのかもしれんのう」
「あれ?」
じいさんが指さす方向を見る。それは女湯の方角だ。そこには木の板壁がある。
「実はあそこには仕掛けがあってな。わざと壁を古くして音が鳴りやすいようにしとるんじゃ」
「つまり、俺達が聞き耳を立てようとすると音がするって事か」
でも、それって男側からも音が……あ、そうか。それでも聞くことや覗くことに意識を集中してしまうのか。
「それを女性側から見ると、面白いことが起きてのう。男側からは一切覗けないが、女側からは覗けるようになっとるんじゃ」
「え? ……ど、どうやって?」
じいさんが言うにはこういうことらしい。
実はあの板壁の向こうは、女湯の地面……つまり男湯は一階、女湯は二階といった感じで段差がつけられているらしい。男湯から覗こうとしても、そこはただの壁……ゆえに覗けない。
だが、女湯からは上から覗こうとしている不届きものを男湯から押されたことによりできた隙間で見下ろせる……そういう仕組みらしい。
ついでに、女湯から押しても、ぎりぎりお風呂のある場所は見れないようになっている。双方から押すことで覗けるようになっている。
「つまり、あの時も同じような仕掛けがあって、俺達が聞き耳を立てたことがバレてた……だからわざと大きな声で俺達がホモだって会話をして撃退したというわけか」
まったく同じ仕掛けかはわからないが、あの温泉は剣道部でよく使ってたらしいし、女子部員にとっては常識だったのかもしれないな。
「まったく…………やっぱり、健全第一だ」
「同感だ……だが…………」
あの妙にエグいホモネタ…………本当に即興で思いついたのかな?
…………そこから先は、考えると恐ろしすぎるから俺達は黙って、温泉につかることにした。
「健全第一……健全第一……」
「あああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
早紀の叫び声が聞こえたような気がしたが……俺達は何も聞かなかったことにした。




