第九十四話「異世界大道芸は割と近代的」
フレイアの海の家に文句を言いつつも、大道芸に興味があり見にきてみた。
お客さんは俺、早紀、フォル、テュール、ペル、そしてたまたま復興の慰労をしていた海竜族の皆様。ただ、ディーのように耳だけヒレのような感じではなく、全身鱗だらけの二足歩行の巨大トカゲ的な感じだ。
どうやら獣人族にはそもそもピュアブラッドとハーフという二種類が存在するらしい。
ハーフは大まかなところは人間と同じで一部のポイントだけ獣の姿をした者。つまりフォル、じぃさん、ディーはハーフって事で、ここにいる二足歩行のトカゲさん達はピュアブラッドという事だ。
ただハーフと言っても混血ではなく、元々そういう種族らしいのでその事からじぃさんはその呼び名は嫌ってる。
……なお、こんなややこしい事になった主な原因はやはりアトゥムだ。まだ創造神として若かった時代にピュアブラッドのみを作っていたのだが、途中から猫娘的な半獣人的な見た目も作れるとわかり調子乗って作りまくった。結果、こんな事態になってしまったのだ。
とまぁ、余談はこれまでにしよう。まだ始まらないのかと、ステージを見上げる。
「ってか、佳奈美の大道芸ってあれでしょ? この世界の人わかるのかなー?」
俺もさすがにわからない。少なくとも、海竜族は絶対ヨーヨーなんて見たことないだろうしな。そんな感じで早紀と話してると、フレイアのショーが始まった。
「はーい! ここに取り出しましたのはヨーヨーと言う異世界に伝わる伝統的なオモチャです」
すると赤と黒の現実世界でなら誰もが見たことがある形のヨーヨーを取り出した。だが、その場にいるほとんどの人間が初めて見るそれにハテナマークを浮かべる。
「このオモチャ紐がついていて、こうやって振るとー?」
すると、ヨーヨーを下に投げる。伸びきったストリングスの先で空転する姿をみて、「小さな碇みたいだな」とか「くるくる回ってるぞ?」とか各々初見の感想を述べる。
「そう、ここで空転してちょいと引っ張ると戻ってくるわけですよ」
クンッと一センチにも満たない微妙な指の引き上げでヨーヨーを手の平に戻す。
「これを組み合わせるとこういった」
手に持った二つのヨーヨーを前方に投げ、手元に帰る前に前へと飛ばすループの二刀流。ダブルループが鮮やかに決まる。
「二刀流な技も出来るしこんな風にっ!」
その軌道が、どんどん複雑になる。腕がクロスしたり戻ったり、糸が絡んだと思ったら離れたり……そんな不思議な技の数々に次第に歓声が湧いてくる。
最後はバク転しながらヨーヨーを回す得意のアクロバットでキメる。すでに魅了された観客たちは立ち上がり活性をあげる。
「おいおいー早まっちゃいけないよー? まだショーは始まったばかりだ。なのでここに魔法の力を加えるため、ちょっとした協力者を呼びたいと思います。おいで」
そして壇上に上がってきたのは……。
「なっ!?」
その白い双翼を背負った少女は、壇上から俺を見つけて元気よく手をふる。
「ミスラ……あの子なぜ」
思わず漏らした声の方へ向くと早紀がスピカに変わってた。……そうか、ミスラはセナの友達だったからスピカも面識があるんだ。
俺は思わず声をかけたくなるが、ミスラに人差し指で静かにとジェスチャーされて大人しく座る。
「さぁ! ミスラ! 闇と幻想の世界へみなさんを案内してあげて!!」
「ほなっ! 結界!! 魅惑の闇!!」
すると、あたりが完全な闇になった。もう隣のスピカの顔すらわからない。
すると、糸に吊るされたヨーヨーが光り出し、小さな花火のように幻想的な空間を生み出す。
一瞬、闇の中でフレイアが笑ったように見えた。すると、俺達の周りをなにかが高速で通り過ぎる音がする。
「さぁ!! ここで陽気な我が奇術師達を紹介しましょう!! 我が二人の友達、フローレス、ワン!! ツー!!!」
俺達の後ろから光る物体が二つ、流星のように流れる。それはフレイアのいる中心点に集まったと思うと無軌道に飛び回る。
どうやら、後ろから糸を外した二つのヨーヨーが光を放ちながら現れたらしい。フローレスと呼ばれた二つのヨーヨーはまるでダンスをするようにあちらこちらと駆け回る。
「おぉ……」
ヨーヨーを知る俺ですら思わずため息がでた。
光るヨーヨーのショー自体は存在する。それは魔法のようで確かに美しかった。
だが……これはレベルがまるで違う。
実際に魔法と組み合わせるとこんなにも違うもんか……そう思うしかない。
万華鏡のように綺麗で幻想的な空間に光が一つから三つ、四つと増え、最終的には五つの光が星などの図形から、無軌道だけど統率力のある空間を生み出し、最後に花火のように上空に打ち出され、光のカケラとなって散っていく。
光のシャワーは次第に闇を夕陽に変わり始めたビーチへと戻していく。お辞儀をして堂々と立つその少女には割れんばかりの喝采が浴びせられた。
「いやー売れた売れた!!」
「って、ヨーヨー販売目的かい!!」
「あ? それ以外になにがあるってんだ? ってかお前の彼女も買ってんぞ?」
その言葉で早紀の姿を探すと、すでにヨーヨーに夢中になってた……。
「……俺も買わせていただきます」
「へいまいどー」
俺は流石にきゃっきゃと遊ぶ彼女の姿を見て、一緒に遊びたくなった。
ほかのメンバーもみんな買ってた。初心者用のスピンスターと呼ばれる機種を買ってみたが、軽く振ってみた感じ、昔遊んだヨーヨーとは段違いで遊びやすい。
テュールは回るヨーヨーを見て何か感心してるし、フォルは……なにっ!?
「見て見てー! ストリングスプレー! スパーダーベービーだよ!!」
お、俺のストリングスプレイスパイダーベイビーをすでに会得している!? 子供の吸収力恐るべし……それにひきかえ。
「グエッ」
……不器用なパソコンの女神様はさっきからヨーヨーを全て頭にぶつけてる。ボクシングの練習でもしてるのか? 伝説的ボクサーのマシンガンブローでも食らったのかと言いたくなるほど顔がボコボコだ。
早紀は……やっぱり基本のスリープもできないみたいだ。でも楽しそうだ。
「それにしてもミスラ、驚いたぞ。いきなり現れて……怪我はもういいのか?」
「おかげさまやで。今日はシーファトの復興って事でウンディーネ様に呼ばれとったんよ。そしたらフレイア様に手伝って欲しいって言われてな。ウンディーネ様と演出を手伝ったって事なんよ」
すると、後ろで後片付けをしているディーが手を振ってきた。
「最後の火花が綺麗に散る演出な、ウンディーネ様の考案なんよ。花火見たいやけど、実は水なんよあれ」
ああ、なるほど。霧を作ってヨーヨーに仕掛けられたLEDライトの光を反射させて花火のようになったのか。
「実はアタシの戦闘用の技は一部使ってるが、ほとんどアタシは魔術を使ってないアタシの実力なんだぜぃ!」
「そ、そうなのか?」
「ああ、1A糸の迷宮と、4A狂気の曲芸師以外はだいたいヨーヨーの技だ。まぁフローレス……途中で使ったオフストリングスヨーヨーは改造でLEDライトを付けてるがな」
それから少し彼女の持ってる技について教えてもらった。
俺達がやってた頃のヨーヨーは第四次ブームと言われている。つまり日本では四回ブームがあったらしい。
そのうち第三次ブームの時のヨーヨーの進化はめざましく、現在の技……つまりはトリックの全ての根幹となっている。
現在、ヨーヨーの技の種類は大きく分けて五つ存在する。
1A・ワンハンドストリングスプレイ。全ての技の基本であり、頂点とも言える。五つある中で会得しやすいトリックが多いが、その分競技となると技のスピードは最速と言える。
2A・ツーハンドルーピングプレイ。俺が最終的に出来た最高難易度の技、ダブルループが基本トリックとなる敷居が高い競技。かなり派手でダイナミックなトリックが多い。彼女がやってるバク転などの体術も使ったトリックは第三次ブーム終了後に現れたある日本人によって成し遂げられたもので、彼のプレイがなければフレイアがヨーヨーを戦闘にも使えるとは考えもしなかったそうだ。
3A・ツーハンドストリングスプレイ。ヨーヨーを両手に持つという所は同じだが、さらに複雑に糸を絡ませていく。あやとりのように複雑かつ独特の動きが魅力的。絡んで解けそうにないところから魔法のように綺麗に外れていく姿は見ていてかなり面白い。
4A・オフストリングスプレイ。ヨーヨーから糸を外してプレイするかなりアクロバットなプレイ。ストリングスから解放されたヨーヨーが縦横無尽に飛び回るが、きちんと手に戻ってくる不思議なトリック。中国ゴマに近い印象でヨーヨーもかなり大きいサイズのものが使用される。彼女が使っていたフローレスも77mmと、一般的な約59mmと比べてかなり大きい。
5A・カウンターウェイト。4Aがヨーヨーから糸を外すプレイなら、こっちは指から糸を外し、指の代わりに重りをつけてプレイする。通常ならありえない軌道で飛び周り、ウエイトを利用したトリッキーな技が特徴。
そして、彼女の技。アサルトシリーズもそれになぞらえて展開される。
1A2A4Aつまり……健司達にも見せてない3A5Aがあるという事だ。
「なるほどな……」
そこまで聞くと魔法も利用すれば、かなり色々な事が出来そうだ。戦術の幅も広そうだし、彼女がヨーヨーを武器に選んだ事も納得できる。
「ヨーヨー自体は所詮はおもちゃさ。それを戦闘に利用するには二つに魔法が絶対条件となる」
「……まず、回転力を失わないようにすることか?」
それを聞くと、感心したように口笛を吹いた。
「そう、それが大切だ。ヨーヨーは回るから手元に戻ってくるし、安定もする。ちなみに二つ目は?」
「ヨーヨー自体は軽い。鉄製のものを使ったとしてもそれより重いモーニングスターやハンマーとかよりは圧倒的に威力が落ちる。つまりは相手に打撃を与える時だけ重量を操作できれば……。そこじゃないか?」
「なかなかやるねぇ……だが、そこさえ解決しちまえば戦闘として優秀な部分しか残らない」
確かに面白い。今言った弱点も魔法なんて概念を持たせてしまえば解決方法なんていくらでもありそうだ。……ただ、フレイア並みに使うことは難しいだろう。
そこまで解決法を出しても、ヨーヨー自体のセンスばかりはどうしようもない。それに……。
「……今俺にそのことを話したって事は、フレイア並みに使いこなすのにはまだ秘密があるんだろ?」
「別にねーよ……ってとりあえず言っとくわ」
……なるほどな、戦に可能性を見出す才能……戦の女神、フレイアか。
今なら、アトゥムが彼女を戦の神にした理由もわかるな。
「おーっし! 今から特別にヨーヨーレッスンしてやるっ!! 教えてほしいやつはこっちきな」
彼女の根のやさしさ……そして、うちに秘めた戦術の奇才。
まさに、この世界の戦の神にふさわしかったというわけか。
「ふぅ……すっかり遅くなったな」
気が付いたらあたりは完全に真っ暗になり、月明かりがあたりを照らしていた。
「……本当に遅かったよ」
半泣きになってる健司を見て、俺は首を傾げた。
「ごめんなさい……」
さらに、健司に謝ってる早紀……ああ、そうか。早紀達に埋められてたんだっけか。
「……私が助けたのよ」
と、ディーがあきれ顔で首を振っていた。
「スピカ……じゃない早紀が埋めた後、夜になるまで誰も助けに来てくれず、ずっと顔だけが出ている状態で……私がフレイア様のイベントの片づけをしてたらうめき声が聞こえてきて、幽霊でも出たんじゃないかって本当にびっくりしたわ」
「……逆に見てみたくなったぞ。健司、また埋まらないか?」
「いやだっ!! お前が埋まれ拓海っ!!!」
「それこそごめん被るわ! ってかなんで俺が埋まるんだよ。俺はちゃんと健全でしたっ!!」
不健全なこいつが悪いんだろうが……ったく。
「で、そろそろ飯だろ? 去年のように今年もバーベキューか?」
「それが……」
早紀が、何か言いづらそうに話す。
「お願い。佳奈美を助けてあげてっ!」




