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第十一章エピローグ「俺の彼女は忙しい」

「ちょっと無銘ちゃん! 勝手に変わらないでよ!!」


「拒否する……無銘もタクミとくっつきたい」


「うーん。カイン……じゃないタクミくん。彼氏なんだからもう少しくっつきなさいよ」


「だぁーかぁーらぁーー!! スピカさんも変わらないでっ! ってか二人っきりにさせろーーー」


 ……まぁこうなるわな。




 早紀は確かに目覚め、そして同時に賢者スピカも目覚めた。……しかしそれは同時にスピカが三重人格になることも意味していた。


 本来仮の魂だったはずの無銘も、長く俺達と接触した影響で人格を形成し、一つの魂として成長してしまった。


 なので彼女達スピカーズを呼ぶときは、それぞれを早紀、無銘、スピカと呼称してメインの人格は早紀ということにしようと決まったはずなのだが……。


 前述の通り、各人格一切聞く耳を持ちそうにない。無銘は元々本能で生きてるようなものなので仕方ない部分もあるが、スピカは完全に遊んでるだろ……。




 なので食事の時も……


「だーーー私の海老天ーーー!!!」


「……おいしかった。ご馳走さま」


「無銘ちゃん、私の分も残しておいてよ」


「やだ」





 ちょっと気晴らしで釣りをする時するときも。


「ハズれた……失敗」


「だから私がやってあげるって……もーーー!!」


「釣りねぇ……私もやってみようかしら?」





 買い物のときも……


「これ、機動力すごい……おススメ」


「う……ビキニアーマー」


「早紀……気持ちはわかるわ。……巨乳許すまじっ!!」




 ……とにかく人格がコロコロ変わってうるさいのだった……。





 そんなに何度も人格が変わるおかげで見分け方がわかってきた。


 目の色がそれぞれの人格に合わせて変色するのだ。


 無銘は鮮やかな赤、スピカは透き通った青、そして早紀は綺麗な緑色になる。


 なので……目の前でドーナツをハムスターのようにかじってるのは無銘という事になる。


「しっかし……これどうなるのかねぇ?」


 だいたい彼女が三重人格になりましたなんて話聞いた事がない。


 俺は基本的に早紀の恋人なのだが……他の人格はどうなるのだろうか?


 特にスピカ。彼女はそもそもスサノオ……健司の方が好きなはずだ。……彼女は今の状態で満足という事になるのだろうか?


 すると、バタンと急に無銘が倒れた。


「だ、大丈夫か!?」


 ついこの間まで危険な状態だったことが頭をよぎり、慌てて抱き起す。


「ドーナツぅ……全部食べちゃったぁ」


 目の色が潤んだ緑になった。どういうことか察して俺は内心ホッとする。


「早紀……お前も大変だな」


「そうなのよ……特に食事となると無銘ちゃんが出てきちゃって……私、最近何も食べてない……」


「……俺の分、いるか?」


 可哀想になってきて食べようと皿に盛っていたドーナツを差し出すが、早紀は右手をかざしてそれを止める。


「ダメっ……それを食べると体重がっ……」


「そ……そうか……」


 仕方ないと俺が皿を下げると、その皿を素早く取り上げる早紀。


「早紀……いらないなら無銘食べる」


 ……早紀が心の中で絶叫しているのが聞こえてきそうだ。


「……はぁ、仕方ないわね」


 いきなり皿から手を離したかと思うと、また目の色が変わっていた。


「今度はスピカか……お前も大変だな」


「まぁね……無銘ちゃんは赤ちゃんのようなものだから」


「赤ちゃん?」


 スピカが、俺の疑問符に「ああ、そうか」と言葉を漏らして、赤ちゃんと言った意味を解説する。


「魂の成熟とは人間の経験……主に新しいことへの興奮により発生するものなの。これは脳の仕組みで中脳の……」


 と、海馬だのドーパミンだの難しい話が数分続き、俺はその半分も理解できなかった。


「……というわけで、ソウルプラズムと脳の成長はリンクしていて、記憶とかが共有されてても新しい物への興味には影響しない。つまり、無銘ちゃんになるときは大まかな記憶以外は赤ちゃんのようになるというわけ。わかった?」


「なるほど、わからん」


 スピカが大きなため息をつくと、さらに説明を続けた。


「つまりはソウルプラズムは脳のホルモン分泌を促す器官でもあり、本来はすでに興味を失ったものでも新しいものと感覚的に捉えて––––––要するに! 私達は完全に別人格!! 一部の記憶だけ共有してる!! 以上!!! んもー!! 私でも半分もわかんない脳の話を拓海がわかるわけないでしょ!?」


 ……ああ、台詞の途中で早紀に変わったのか。ただ、早紀の説明で理解はできた。


「……スピカが拓海にごめんって言っといてって。テンション上がってつい長々と話しちゃったって」


「あ……ああ。……スピカってずっとあんな感じなのか?」


 どっと疲れた様子で早紀が答える。


「ええ。あの子スサノオに家庭教師みたいなことしてたでしょ? だから教える事が楽しいみたいで……私も何度授業受けさせられたか……」


「はは……そうか」


「……だけど、そのおかげでここまで来れた」


 ……スピカが早紀の体に現れたのは混沌の(カオス・)因果律(コーザリティ)……矛盾の(パラドックス・)世界(ワールド)から帰還してきた後だ。


 あの時……俺達二人は事実上現実世界に一度戻った事になる。


 その時、意識不明でさまよってたスピカの魂が早紀の脳へ戻った。


 そして、俺と早紀が一緒に時詠の勾玉を破壊した事により魂を保持したままティエアに戻ってきた。


 ティエアに戻ってから数日後には……実は二重人格生活が始まっていたらしい。


 何度か早紀が俺に積極的に迫ってきた事があったが、あれはディーに背中を押されただけではなく、スピカの人格も発破をかけてたそうで……「S◯Xまで行かなかったらタクミくんの童貞もらっちゃうから」とまで言われてたらしい……不健全極まりない。


 だが、そのスピカはいろんな事に気付いてくれた。


 賢者とまで呼ばれた頭脳は伊達ではなく、脳の仕組みの証明はもちろん、この世界の仕組み……つまりは運命(ストーリー)世界(ゲーム)の存在に気づいた。


 そして……俺が運命の(ストーリー・)破壊者(ブレイカー)に覚醒する可能性も、俺が起こしたいくつかの出来事でわかってたらしい。


 俺はそもそも悪役だから、シーファト救済やエルフの里の襲撃を撃退できるのはおかしいそうだ。……つまり運命的には失敗するはずだった。


 そして何より早紀と恋人になった事……運命が存在するこの世界では恋人となる存在もまた決められてる事がわかった。


 その相手は……聞くまでもなくスサノオ……つまり健司だ。要するに早紀と健司はそもそも赤い糸で結ばれた存在だったというわけだ。


 だが……早紀本人の想い。そして俺の心が、それを許さなかった。俺が早紀にめちゃくちゃな告白をして、それに早紀が微笑んだあの瞬間から……運命の(ストーリー・)破壊者(ブレイカー)としての覚醒が始まってたんだ。


「––––––え? う、うん。わかった」


 急に早紀が心の中の誰かと話している様子で受け答えした。


「拓海。スピカが健司くんと拓海。二人と話をしたいって」




 そういうわけで、俺は健司を呼んで三人で集合食堂に集まった。


「ありがとう……タクミくん」


 スピカはペコリと頭を下げ、スサノオの方を見た


「……スピカ……なんだな」


 健司の目は赤く変色していた。……今はスサノオとして話すべきだと言うことか。


「久しぶりねスサノオ……そしてごめんなさい。追いつけなかった」


「っ……バカがっ!! テメェ足遅かっただろうがっ!!」


「そうだったね……」


 ……本当ならヒロインと主人公としてこの世界を守るはずだった存在。


 だけど一人の神によって引き裂かれ、異世界と現実世界で生きる事になった。


「……そして……ごめんなさいタクミくん。きっとあなたと早紀が今回離れ離れになった理由……それはおそらく私のせいだわ」


「そんな事……スピカの作戦がなければ今頃は……」


 その言葉にスピカは、そういうことではないと首を横に振る。


矛盾の(パラドックス・)世界(ワールド)で……あのままだと、あなたは早紀と別れる事になっていた」


「え……ま、まぁそうかもだが……」


「そして……無銘ちゃんが現在世界で真っ先に出会ったのは……健司だった」


 何を言ってるのかよくわからず、その事実をただうなづいていくしかなかった。そんな様子の俺に割って入るように健司はスピカに聞き返した。


「つまり……お前はこう言いたいわけか? スピカの魂が早紀の脳に入った事により、本来消えかかってた赤い糸が強まり、引き合ってしまった」


「なっ……」


 俺は驚き目を見開くが、スピカは観念したように静かにうなづく。


「……どんな想いも歪めばそれは呪いとなる……私が、自分の死を完全に認められず、スサノオ……あなたへの想いを断ち切れなかったから……ううん。それだけじゃない」


 スピカからきらめく二筋の雫が落ちる。


「私自身諦めきれなかった……私は心のどこかで、スサノオに会いたい……会って、今度こそお付き合いして、キスをして、幸せになって、増えるシワの数すら愛おしくなって……そういう関係に戻りたいと……そう思っていた」


「スピカ……」


「でも……その赤い糸は私の呪い。諦めたはずの……私の…………」


 涙を拭くが、それでも溢れ出てくる。……そんな彼女の心が今どれほど傷ついているのかと思うと苦しくなる。


 これは……きっと俺に残されたカインの心か。


「だから……終わりにしなくちゃ。これ以上……早紀の想いを……裏切れない」


「ああ……オレも……お前の事を……愛していた……だからこそ、ここで別れよう」


 二人は抱きしめあった。……その抱擁は一生消えない愛情と……同時に永遠の別れを示したあまりにも切ない二人の魂の別れ。


 そんな中、俺は必死にどうにかできないのかと模索した。


「カイン……いや、タクミくん。気にする必要はないわ……あなたは知ってるでしょう?」


「スピカ……お前まさかあいつの事……」


「魂は完全に修復してたわけじゃないけど、それでも気付いた……今のスサノオの中にあるもう一つの赤い糸」


 ……そうか。無銘の目を通してでも気づいてたんだな……あいつの想いと、無意識に引かれる健司の心に……。


 俺は……健司も……それを愛する者のことも……大切にしたい。


 だけど……そんなのスピカが悲しすぎる…………。


 スサノオを愛し、追いかけて死んだその魂は……結局誰とも結ばれず……。


「……もう……気に病まないで。カイン……あなたは、もうあの時の本当の願いを手に入れたのよ」


「え……」


「スサノオの代わりに……ちゃんと私のことも守ってよね」


 ……昔の俺なら、彼女が俺を想う事を不純に思い、断ってたかもしれない。


 だけど……諦めじゃない、もう一つの恋に生きる少女を……今の俺は不純だとは思えない。


 だったら俺にできる事は決まってる。みんなを幸せにする事だ。


 それは悪役とか主人公とかは関係ない。人間としての使命なんだ。


 俺はその告白に強くうなづき、少しずつ体を離していく二人の想いを忘れぬように目に焼き付けた。





 ––––––二人は、自分達に繋がった赤い糸を一緒に切った。


 それは結婚式で行われるテープカットのように清らかで……皆の本当の門出を祝うように煌めいていた……。





 気がついたら、健司の目は青く戻り潤んでいた。


 そして……さっきより号泣しているのは……スピカではなく早紀だった。


「ありがとう」と「ごめんなさい」を何度も何度も繰り返し……俺はたまらず彼女を抱きしめた。


 俺は……これからこの腕の中にある三人……いや、フォルも含めて四人を全力で守らないといけないんだ。


 新たに結ばれる運命の赤い糸を感じながら……俺は心の中で決心した。





「なぁ、拓海……僕は途中で話がわからなくなったんだが……僕の中にあるもう一つの赤い糸って?」


「はぁ……なるほど。お前やっぱ主人公だわ」


「……どういう意味だよ」


「鈍感すぎっつー事だよ!!」




 ……健司は必ず現実世界に戻すから……頑張ってこの鈍感野郎とくっついた赤い糸を、決して離すなよ……桜乃。

さて第十一章はいかがだったでしょうか?シリアス続きだったいせちがも一旦の休息を挟んでギャグ、日常系へと一旦戻ります。最終章はかなりのシリアスになりそうですし、とりあえずここで一旦休憩挟ませてくださいw


ではでは、もしこのいせちががお気に召しましたら評価、感想もしよければレビューをいただけると幸いです。


では( ^ω^ )

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