第六話「クソゲー女神は役立たずの夢を見る」
翌朝、俺の宿部屋で、ペルと作戦会議を開く。
「精神干渉ねぇ……」
ペルが調べてきてくれた情報で、アーノルドの力の正体がわかってきた。小さな朝食用のテーブルの上に地図を広げ、俺はベットに、ペルは備え付けの椅子に座っていた。
「はい。この人は相手の精神に干渉して、強制的に夢を見せることができるようです」
「心理世界ってやつか?」
「……よく知ってましたね。まさにそれです」
知ってたというより、体感したんだよなぁ……まさか、神様と同じことができるやつがいるとは思ってなかったけど。
「人の死は、タクミさんのような転生というケースを除けば普通はたった一度です。ですが、その恐怖は夢でなら何度も体感できてしまう」
「つまりは何度も死の体感をさせて精神を崩壊させるのか…………」
「ええ。そうして精神を破壊してから、別の精神を植え付ける。二つ目の精神を植え付けてることになる洗脳より確かに確実ですが……私はこんなの許せません!」
俺も、思っていた以上にえげつないやり方に吐き気がしだした。ペルもそれは同じようで、肩が震えていた。
「それに……ただの死の体感だけならまだ何とかなるのですが。その人間の一番深いところ……つまり記憶をも読み取り利用するようです」
「? どういうことだ?」
「記憶読取と言って、相手の記憶を読み取る魔術です。こうすればその人のトラウマや、トラウマにつながる事象などがわかる。その人の大切な人、その人にとっての苦しい思い出、家族、恋人、そういったキーワードを使って精神を破壊していくってことですね」
敵の手口がわかっていくごとに、沸々と怒りがこみあげてくる。
「この前送られた軍の兵士も精神面で強い兵士だったそうですが……それでも耐えられず、今は彼の奴隷になってしまっています」
「わかった……もういい」
これ以上聞かされたら、気がどうにかなりそうだった。奴隷商人ってだけでもめちゃくちゃ腹が立っていたのに、それ以上に憤怒がこみあげてくる。俺は耐え切れず、話題を変えることにした。
「それにしても、よく調べたな」
「えへへぇ~、私は本来は花の女神ですからね。草や木と会話することができるんですよ」
そういえば、花の女神って言ってたな。そうか、こんな力もあるんだな。そう考えると、ますますもってペルセポネは有能なんじゃないかと思う。
「問題は、それに対しての対策……だな」
「そうなんですよねぇ……」
正直俺の力は今のところ物理のみ。精神干渉のような魔力に耐性のあるものはない。
「一番の方法は、精神干渉の効果を和らげるマジックアイテムを使う事でしょうね」
「そんなのあるのか! だったらそれ一択じゃないか」
「でも、どこにあるかなんてわかりませんよ……草や木達も知らないそうです」
「そっかぁ……ん?待てよ……」
なければ……作ればいいんじゃないか?
「ム・リ!!!」
ですよねー。
稀代の料理人、スピカでもさすがにそれは無理らしい。虫からサンマを作れるくらいだから、そんなこともできるんじゃないかな~と思ったが…………。
「言ったでしょ。私の力は自分の記憶にあるものを作れるんだって。そんな聞いたこともないようなアイテム私が作れると思う?」
思いつきでスピカに相談してみたものの、一蹴されてしまう。
「……スピカさん。もし、この場にそのアイテムがあって、それを複製するって事ならできそうですか?」
ペルの提案にスピカは首をひねりながらも答えた。
「え? ……どーだろ? 私もやったことないけど……できるかもしれないわね」
「タクミさん。だったら可能性はあります!」
ペルの予想通りだった。
そのマジックアイテムを持っている軍の人間が一人だけいて、アーノルド討伐のために協力してくれることになった。
特に、複製できるなら軍備強化としても役立つし、一石二鳥だ。
こうして、連合軍がスピカにアイテムを貸して、スピカが複製、全員がアイテムを装備した状態で、アーノルド討伐に向かう。と言う作戦が決行されたのだ。
まぁ、これだけの功績を収めておきながら、ペルは「私は何もしてないですよ~」なんて言っちゃうんだろうな。どこが無能だ、この女神さんはよ。
「うぅ~……づがれだ~~~~~」
全員分のマジックアイテムを作り終えて、スピカは酒場の長椅子にぶっ倒れていた。いつもふわっとして綺麗で長い栗色のストレートヘアが汗で無駄に濡れてぐちゃぐちゃだ。
「おつかれさん。ちゃんと報酬は払うからさ。アーノルド討伐の成功報酬から」
「それでも割にあわないくらいよ……あ、濡れタオルきもちいぃ~」
俺が横になっているスピカの額に濡れタオルを置いてあげると、ほわ~っという効果音でも出てきそうなくらいスピカの顔が緩む。
「それにしても、なんで奴隷なんて……こんなに平和な世界なのに」
俺の疑問に、スピカが答える。
「私、前の世界でもお父さんの居酒屋を手伝ってたの」
「そういえば、前にそんなこと言ってたな」
「うん。でもね、お客さんの中に何人も目に光が入ってないっていうか……活力がない人が大勢いたの。お父さんは、その人たちを奴隷って言ってたわ」
「奴隷って……まぁ、社畜とかいうけどさ。奴隷とは違うだろ」
「うん。私も同じことを言った。そしたらお父さんはこう答えたの。奴隷も金を払って人を買っている。経営者も人を金で雇ってる。言い方が違うだけでやってることは同じだ。経営者が労働者の事を思わなければなおさらな……って」
その言葉に納得してしまう俺がいた。そう考えると、確かにあの平和な世界にも奴隷はいるという事になってしまう。
「だから俺達経営者は、労働者の事をお客さんと同じくらいに大切にしなくちゃいけない。彼らは決して奴隷じゃない。生きる意味も価値も彼らにはあるんだ……そんな父さんの居酒屋だったから、アルバイトの人もみんな生き生きしていた」
「いい職場だったんだな……お前の家の居酒屋って」
「そうだよ。だからこのエストギルドの酒場も好きなの。お父さんと同じ匂いがするから……」
そんなことを誇らしく言う彼女のエメラルドの瞳が、俺にとってはまぶしく感じた––––––––––––。
前の世界では、毎日竹刀を持っていたためか、異世界の剣はどうにもしっくりこない。
弘法筆を選ばずと言うが、それでもこの微妙な違いが命取りになることもあるだろう。だから、武器屋さんにて試しに振らせてもらう事にしたのだが……。
「でりゃあ!!!」
空を切る剣の感触を感じる。さっきのよりマシだが……。
「これも違うなぁ」
武器屋さんに剣を返す。……なかなか俺の手になじむ剣がないな。日本刀と同じ片刃の剣も使ってみたが、やっぱりどうも違う。
スピカにも刀が作れないかとお願いしてみたが、実物に触れたことがなければ作れないそうだ。いくら日本とは言え刀を持つ機会なんて普通はない。俺ですら居合刀は何度も持ったが、真剣を握ったのは数えるくらいの回数しかない。
「その、アンタの国の刀だったか? さっき聞いた特徴……どっかで聞いたことがあると思ったら獣人族の古代の剣に似ているな」
武器屋さんの情報に、俺は食いついた。
「そうなのか?」
「ああ。見てみるか?」
俺は逸る気持ちで、何度も頷く。
「待ってな……確か……あれ? ………ああ、あったこれだ」
店主のおじさんが取り出したのは一枚の絵だった。端々がちぎれており、補修した後がいくつも残っていた。
「これは?」
その絵は日本の戦国絵巻のようだった。描かれたものこそ、中世ヨーロッパの騎士甲冑のようなものばかりだが、雰囲気はどこか日本を思わせる。
そして、何よりこれが異世界の絵と思わせる訳は獣人族と人間の争う姿を描写していることだろう。さすがにこれは元の世界では見られない。そして獣人族の中でも異色の装備をしている集団がいる。
日本の武将などが身に着ける甲冑や兜。いや微妙にデザインが日本のそれとは違うのだが、とてもよく似ている。あと猫耳かわいい……ってそれは今どうでもいいか。
そして、その猫獣人が持っている武器は、まさに刀だった。
と、言うわけで。
「猫をモフりに……もとい、刀をもらいに行ってくる」
「タクミさん……本音が出ましたね?」
ペルの青色の瞳が、ジト目で見つめてくる。(モフりたいけど)あくまで目的は刀を作ってもらうか、今あるものを売ってもらうのが目的だ。ちなみにマイナーすぎて武器屋さんでは置いてないらしい。なので、直接猫獣人に売ってもらうつもりだ。
思い立ったが吉日。俺はさっさと準備を済ませた。先日来た貿易商の馬車が猫獣人の里に向かうとのことだったので、その荷台に乗せてもらうことになった。
「それにしても、前金としてもらった2万ゴールドで足りるんでしょうか?」
「まぁ……足りないだろうな~」
刀代はもちろんだが、宿泊費、食事代なども入れたら絶対に無理だ。
ペルは、何も食べなくても生きることはできるらしいが、さすがにそれはかわいそうだし……なんてことを考えていたら、あっという間に軍資金は尽きてしまう。
だが、今から行く猫獣人の里にもギルドがある。ギルドでの登録は連合国内すべてで有効らしいので向こうでも働きながら、刀を手に入れて……急いで戻って……本当に忙しくなってきた。
アーノルド討伐隊の出撃までまだ日はあるが、それまでに刀を手にできるのだろうか?
いくつもの不安が頭をよぎる。本当なら、もっと能天気に「間に合うさ」って言ってればいいんだろうけど……。
「なーに暗い顔してのよ」
「スピカ……いや、ちょっとな」
弱気なところを見せてはいけない。俺は頬を両手でたたき、気合いを入れる。
「……手、出して」
「? ああ」
言われるがまま俺は右手を差し出す。その手をスピカがとり、俺に何かを握らせる。
「ペンダント?」
「そ、例のマジックアイテム」
な、なんだ……そういえば、まだ俺は受け取ってなかったな。俺はドキドキしていた心をため息と一緒に落ち着かせる。
「タクミのは友達バージョンで特別性よ。……形だけだけどね」
よく見ると、赤い宝石を羽が包むようなデザインで、装飾もなかなかに凝っている。
「サンキュ、スピカ。大事にするよ」
「今度こそ……」
思いつめたように言葉を紡ぎだすが、やっぱりやめたと首を振り笑顔のスピカに戻る。
「ううん。何でもない……頑張ってね」
「あ、ああ」
馬車に乗ろうとスピカに背を向けるが、なぜか足が動かない。
いやな予感がする。
「ほら、さっさといく!」
そんな俺の背を押してくる。
「わ、わかってるって! 押すなよ」
俺は押し込まれる形で馬車に乗り込んだ。
「タクミ……頑張ってね…………」
見送るスピカの顔は、どこか寂しげで祈るように儚かった。