第九十話「弱さの罪」
「許さない……お前の存在をっ!!」
「ぐっ」
黒騎士の攻撃をかろうじてさばきながら、必死に記憶を探る。だが彼の猛攻が激しすぎて思考が乱される。
どうにか剣を弾き、その隙を突く。
「なっ!?」
俺の突きを時計回りに回転しながら避け、回転の勢いをつけて攻撃を叩き込まれる。
「ちぃ!!」
なんとか体をひねり、俺の体と剣との間に俺の鞘を差し込み防御するが……。
「ぐぁっ!!!」
無理な姿勢で防御したため、勢いを完全に殺しきれず、右腕を防御した鞘で打ち付ける。
そのまま吹っ飛ばされそうになるが、受け身を取りすぐに起き上がる。
「なっ!?」
すでに奴は目の前にいて、剣を振り上げ突撃していた。
まるで獣のような攻撃だ。だが……大切なところではきっちり型を抑えてやがる。
このまま押されっぱなしになるものかと、俺は剣を納めて懐に飛び込む。
「双竜––––––––」
じいさんから受け継いだもう一つの切り札っ!!
「舞翔桜斬っ!!!」
剣を抜くフリをしつつ鞘の一撃で顎先を叩く。
「ぐっ!?」
そのまま上空に打ち上げられた無防備な体をさらに回転を利用した抜刀術で胴を裂く。……なんとか防御が間に合ったようだが……技はここからだ。
「なにっ!?」
「おおおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」
そのまま連続で回転を加え、どんどん上空へ打ち上げていく。風に乗り、舞い上がる無数の桜のように幾重もの連撃は数十メートルまで続いた。
「はあああああああああぁぁぁ!!!!!」
最後の鞘の一撃と同時に納刀し奴の上空へと飛ぶ。残りの回転力と体のひねりで縦一閃に叩き斬る。
「ぐはっ!!」
直下爆弾のように地面に叩きつけてやったが……。
「くっ!?」
まだ上空にいる俺にむかって剣を投げつけやがったっ!? なんとか体をひねって避けたが、土煙の中にいるその男は、降りてくる無防備な俺を狙う。
「んなろぉ!!!」
落下の勢いで面を狙う。
「っ!!!」
俺の刀はその黒騎士の両の手で静止した。白刃どりだ。
「それがっ……どうしたあああぁぁ!!!」
「むっ……」
さらに腕の力を込める。全体体重と遠心力……そして俺自身の力が全て刀に込められる。
「ちぃ!!」
流石に支えきれなくなって、手を離し大きくバックステップをする。刹那遅れて俺の剣が奴のいた空間と大地を切り裂く。
「…………」
約十メートルの避けた大地の先に奴がいた。
「っ!?」
大したインターバルもなしにさらに駆け寄られる。なんつー体力してんだっ!?
「があああああぁぁぁぁ!!!」
咆哮とともに放たれる無拍子の連撃。
鞘との連携でなんとか防いでいくが……これじゃさっきと一緒だ。
もう一度舞翔桜斬でいくか? ……いや、こいつはもうすでに見切ってる。同じ技が通じる相手ではない。
かといって、返し技もここまでの連撃じゃ差し込む余裕がない。
……奥義を使うか?
いや、あの技は最後の切り札だ。
あまり多用するとゼクスに対策を立てられかねない。
勘違いするな……俺の敵はあくまでゼクス。奴を倒さなければ俺も……早紀も終わりなんだぞっ!!
「お前にこれ以上構っている暇はないんだっ!!!」
俺は上段からの攻撃を捌き、そのまま肩口を狙う。だが、その攻撃も奴の剣で防がれる。だが、俺は構わず胴、籠手、喉元と次々に剣撃を放つ。
「…………こいつ」
……試してみる価値はありそうだ……。俺は今度はわざと足元を狙う。
「ちぃ!!!」
回避されたが、バランスを崩した。今度はこっちの番だっ!!
さらに連撃を叩き込む、力では負けてるかもしれねーが、スピードならこっちの方が上だ。連撃でさらにバランスを崩したところを奴の死角に回り込む。
「……ぬんっ!!!」
「なにっ!?」
死角に入った背後の剣撃を……バク転で避けただとっ!?
さらに、俺の背後に回る。俺と同じく背中を狙う。
「はあぁ!!!」
俺はその一撃を半転とともに放った剣で弾きかえす。
そして、俺は体制を建て直すために一度距離を離す。
「……いまのは」
先読みしてきた……。俺の剣を知ってるから?
いや、今のは……心眼だ。俺の親父が教えた相手の心を読む剣……。
そう考えている間にも奴は再び突進してきた。
「んのやろぉ!!」
なんとか刀での防御が間に合う。火花を散らしながら次第に力任せに押されながらも、俺はある疑問をぶつける。
「……あんた、転生者だな? ……多分俺の知ってる奴なんだろ?」
……太刀筋に剣道の名残がある。狂戦士のように向かってくるが、その剣は思ったより素直で洗練されている。
だが…………。
––––––––こんな悲しい剣は初めてだ。
こいつの剣からひしひしと伝わってくる悲しみの感情。絶望と憎しみが混じり合うどす黒い感情だけが支配している。
「あああぁぁぁあぁぁぁぁあぁぁ!!!!」
奴が咆哮し、さらに剣の重みが増した。
「ちぃっ!!」
力点をズラして捌いた。その勢いを生かして、奴の肩口を狙う。
「なっ!?」
攻撃は……当たった。
だが、鎧にめり込んだ剣は血を吸うも骨で止まる。そもそも当てるつもりはなかった。こいつの力量なら防げると思ってた。
俺の刃を掴み、手の平から鮮血が噴き出すのもお構い無しに自分の剣を俺の腹に突き立てる。
「ぐはっ!?」
流石に避けきれなかった。なんとか急所は外したが、俺の腹には深々と直剣が突き立てられている。
なんとか俺はバックステップで奴の剣を腹から抜き取った。
その寸前で横薙ぎで俺の心臓を狙ってきた。その剣についた俺の鮮血が、顔に降りかかる。すこし遅れたら、やられていた……。俺は膝をついて腹の傷を抑えた。
「くっそぉ……」
……ペルの用意してくれた傷薬は二つだけ。健司とディーに持たせていた。
だから、ここにはない。
「…………結城拓海……なぜ本気を出さない」
初めてまともに黒騎士が語りかけてくる。
「……俺の中の闇を認めた時に……俺は何も考えられず健司を殺そうとした」
痛むのはお構いなしに傷をぎゅっと抑え、少しでも血が出るのを抑える。
「だけど……その時の記憶がぼんやりとだが、蘇ってきた……恐ろしいくらいにどうしようもなく……ムカつく男の記憶だ」
立ち上がり、鮮血がボタリボタリと溢れ出てくる。
「だから……俺はもう、理不尽に人の命は奪いたくない……たとえ命を狙われようともっ!! 俺はもう俺のために人は殺さないっ!!!」
「……自分の命を守るためだけに、殺すことはないと?」
「ああ……」
チェスのナイトのようなメットの中で、奴が笑った気がした。
「……貴様からそんな言葉を聞くことになるとはな」
突きの構え……だが、あの直剣は俺の鞘よりは太い。蛇翔撃はそのままでは使えない……か。だったら蛇翔撃のバリエーションで––––––––––。
「……え?」
……この状況……どこかで…………。
俺は、作戦を変更し……正眼にかまえた。
まさか……いや、あいつはまだ死んでないはずだ。
健司のように裏口を通ってきたってことか? ……いや、だったらこんな形で戦う理由なんてない。それに俺の予想では現実世界の生者は裏口を通れない。
だが……もしかしたら、これでこいつの正体がわかるかもしれない。
刹那、奴の突きが喉元を狙う。俺は伏せて回避し胴を狙い左から振りかぶる。
だが、その俺の攻撃を読んでいた黒騎士はそのまま背後に飛び、今度は面を狙ってくる。その剣を正面から防ぎツバ迫合いとなる。
……ここは俺が負けて押される……。俺はその力を利用し、剣を受け流し背後を取る。
「…………」
だが、攻撃はしない……有効打突にはならないからだ。
再び距離を取り、俺は正眼の構えを変えずに足さばきで右による……あの時のとおりに……場外によらないように……場所を確保して…………。
再び剣が混じり合う。
「…………どうしてこうなっちまうんだよ」
そして、俺はその剣をあの時と同じように押し返して––––––––––。
「なんでこんなところにいるんだ!!! 夏樹先輩っ!!!」
その面を、俺の剣で二つに割ると……その半分から見知った顔が現れた。
強面の短い黒髪に黒の目。いかにも剣道家な見た目……。
桐ヶ谷夏樹2022年度、全日本剣道大会、中高の部……準優勝。
中三だった俺が、当時高三だった彼を倒し……俺を悔しさで睨む姿に恐れと憧れを見た男……。
「……あの大会以来。夏樹先輩は道場に来なくなった。……当時の俺はどうしてなのかわからなかった」
「だろうな……お前にはオレの屈辱はわからないだろう」
「わからないさ……俺にとって先輩はっ!!」
「貴様と問答する気は無い!!!」
半分になったメットを放り捨てると、一瞬で間合いに詰めてきた。
「っ!!」
本当に先輩か!? デタラメな早さだっ!!!
なんとか連撃を捌いていき、今度はこっちから距離を詰める。
だが、俺の袈裟斬りは防がれ、再びツバ競合いになる。
「貴様に敗れたあと俺は血の滲むような努力をしたっ!! 貴様を再び倒すために毎日血反吐を吐いたよ」
ものすごいパワーだ……あの時以上……いや、これまで戦った誰より力がある。
「全て貴様と戦うためだったっ!! ……なのにお前はあの後全日本の舞台に立たなかったっ!!」
「そ……それは…………」
それは……俺が自分を見つめなおすために辞退していた。自分の弱い部分を認め、戦う意思を持ったのならば……再びと思ってた。
だが……そうなる前に俺は死んだ。
「貴様が出なくなって三年の月日が過ぎ……俺はついに貴様の道場に向かった。だが、すでに貴様は死んでいた」
「先輩……なぜ、そこまでして俺を…………」
「貴様を倒さねば……前に進めないからだっ!!」
……ああ、そうか…………。
これは、俺の罪だ。
全日本の舞台に俺が立たなくなったのは、自分を見つめ直すためとカッコつけて……恐怖から逃げ出したからだ。だからこれは、俺の弱さへの罪だ。
「ある日、オレは願った。叶うならば、もう一度貴様と戦いたいと……そう思った時、神と名乗る少年が現れた」
「少年? ……ゼクスかっ!!」
「少年の導くままにオレは歩き……裏口と呼ばれる光に飲み込まれた」
裏口だとっ!?
「ま、待ってくれ!! 夏樹先輩。アンタは生きてるのか!?」
「……いいや、死んださ。……裏口はオレの細胞の半数を破壊し、残ったのは布切れのような皮とバラバラに砕かれた骨とどこの臓器かもわからない肉片だけになった」
じ……人体実験っ!? ゼクス……あいつは夏樹先輩の純粋な気持ちを利用して裏口に生身の人間が通れるか実験したんだっ!!
「オレの中には……そうなるに至った貴様への恨みと憎しみだけが残るようになった……」
「それはゼクスという男の策略だっ!!」
「知ってるさ……だが、奴のお陰でオレは貴様を殺せる」
……ダメだ。復讐心に囚われている。
本当の夏樹先輩なら……多分命を奪うような戦いではなく、あくまで剣道として俺を倒したいという……そういう人だった。
だけど……ゼクスによって、その想いは消えている。そういう運命だったという事にされてる。
なんとか……なんとか先輩を助ける方法はないのか?
「うぐっ!?」
ダメだ!! 考えてる時間がない!!
俺はなんとか後ろに逃げ、ツバ競合いを解除する。危うくまた腹を切られそうになったが、まさに紙一重のところで回避した。
「……先輩?」
今度は獣のように襲ってこない。頭を抱えて苦しんでいる。
「結城拓海ぃ……!!!」
「……この禍々しい力……俺は知ってる」
そうだ、俺を取り込んだ闇……呪いだ。
その呪いが……完全に先輩を飲み込み、脳を書き換えている。
一度取り込まれそうになった俺ならわかる。ああやって取り込まれたら……それはもう桐ヶ谷夏樹と言う人間ではなくなる。
それは魂を塗り替えるとかそう言う次元の問題ではない。
魂を原型がとどまらないほどに破壊し、完全に別物にするようなもの。……記憶の一部は持ってるかもしれないが、この男はもう夏樹先輩じゃない。
「先輩……」
俺は潤む目を隠すようにそっと瞼を閉じた。
「……わかりました」
そして……健司と戦った時のように刀を収める。
もう……覚悟を決める時だ。
迷いは許されない。迷った分だけ先輩は苦しむ。
だから––––––。
「せめて……俺の奥義で、アンタに引導を渡してやる!!」
俺の奥義……“遡龍烈牙”でっ!!!




