表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/143

第八十八話「救われた心」〜ウンディーネ視点〜

「……セナ」


 私はセナに語りかける。


「……お前と話す口など持ち合わせてはいない」


 そんな私の言葉をセナがキッと睨みつけて突き放す。


「新たな神となって……本物のスピカを蘇らせる……本当にそんなの信じてるの?」


「話す口はないと言ったっ!!!」


 セナの放つ閃光が、私の目を突き刺そうとする。


「くっ!?」


 その閃光を水の防壁で弾き飛ばし、水の刃で彼女の肩口を狙う。


「そんなものが通用するかぁ!!!」


 その刃を回避し、突進してくる。


 そして、私もまた、セナに向かって剣を構え、水の足場で水泳のターンのように回転して空中で進行方向を反転させ、突進技を放つ……ふりをして、すれ違いざまに彼女の耳元で「あまいわよ」と囁いた。


「ぐぅっ!!」


 セナの左肩……私のすれ違った方とは反対側を突き刺した。


 ……さっきセナに突進した時、設置系の水魔法、遅延型アクアボーガンを用意しておいたのだ。


「なにを…………」


「……ガキの頃と変わらないの? ……あんた」


「調子に……乗るなぁ!!!」


 再び、セナの閃光が私に向かう……いや。


「……左」


 私は、左に感じた転移魔法の気配を察知して、転移の出口を切り裂く。


「なっ!?」


 入り口しかなくなったセナの技は、そのまま異次元に飲み込まれ、消え去る。


「……あんたは転移魔法に頼りすぎなのよ……だから読まれる」


 戦闘経験がまるでなってない。ただ訓練しただけではっきりいって弱い。


「な……なんで……こんな…………こんなはずじゃ…………」


「昔教えたはずよ……戦闘の基本を抑えないと、どんなに強い魔法も無意味だって」


 この子は、そもそも戦闘向きじゃない……素直すぎる性格と、得意な魔法が幻惑系という相性の悪さ。誰かのサポートとして戦うならまだしも、単独で戦ったらどうしてもその弱さが際立ってしまう。


 さっきだって、転移魔法で私の左側に攻撃を瞬間移動させるコンビネーション魔法。普通に考えれば強い技だけど、視線が完全に私の左側を見ていた。あれじゃある程度の手練れなら誰も通用しない。


 タクミはもちろんだけど……多分デュランダルでも見極められる。


「あなたは私には敵わない……わかってたはずよ」


「うるさいっ!! お前が……お前がいなければ姉様はっ!!」


「聞きなさいっ!! ゼクス=オリジンは……最初っからあなたを創造神にするつもりなんてない」


「な……なにをっ」


 私は、それでも戦おうと構える彼女に真実を伝える。


「……確かにあの子のソウルプラズムには、賢者スピカの魂もある」


 タクミが聞いた時、無銘が三つの魂があると言った以上……それは間違いない。


 つまり、あの子の体内には……賢者スピカ、無銘、そしてもう一人いるということ。


「……まず、この世界に転生したのは、賢者スピカじゃないわ」


「……どういう事よ」


「冷静になって考えてみなさい……それだけは絶対にありえないの。あの子が賢者スピカの生まれ変わりだったとしても、あの子の魂は賢者スピカでありえない」





 そう……ありえないのだ。


 なぜなら、星井早紀がアトゥム様の最初の過去改変以前にも存在していたとすると……彼女が生まれた時点でのソウルプラズムは計二つ。星井早紀が賢者スピカの生まれ変わりであることを踏まえると……つまりは彼女の脳内には最初からソウルプラズムが二つあったという事。


 タクミの場合はカインのソウルプラズムが生まれ変わって結城拓海となっている。だから、最初から魂は一つだけだ。健司くんの場合はそもそも死に戻りのシステムによって生まれた存在のため、輪廻転生ですらない。


 だったら、一つの大きな謎がある。


 ……なぜ現在のスピカ……つまり早紀の中に賢者スピカがいるのか?


 だってそうだろう。ソウルプラズムの相殺はソウルプラズムが二つあることによって発生する。だから、その時点でソウルプラズムは二つあってはならないのだ。


 ……考えられる可能性は一つしかない。


 彼女の中にいる賢者スピカは、すでに肉体を一度離れていて、星井早紀が一生を終えるまでの間を早紀だけで生きてきたことになる。




「……そ、それじゃあ生まれ変わりとは言わないじゃないっ!!」


「いいえ。彼女は間違いなく賢者スピカの生まれ変わりよ。……いや、正しくは“生まれ変わりになるはずだった肉体”と言った方がいいわね」


「生まれ変わりになるはずだった肉体……?」


「考えてもみなさい……ソウルプラズムの基礎理論で説明がつくはずよ」


 そう……ソウルプラズムの基礎理論は三つ。


 1;ソウルプラズムは年齢に合わせて摩耗。故に若い魂でなければ、空気中で消滅する。


 2;二つ以上のソウルプラズムが同時に解放される場合、衝突現象が発生する。その場合、年齢に関係なく対消滅する。


 3;ソウルプラズムは他人に移植することはできない。もしくは異世界転生する場合、元の肉体と同等の肉体を用意する必要性がある。


 なお、輪廻転生の場合は子宮内で同等の肉体が形成される。……この理論で、スピカがどうしてこうなってしまったのかは説明がつく。




 まず、最初のアトゥム様は早紀の死に嘆いて時間跳躍するが失敗……だが、偶然にも世界を作り得る力を手に入れた。


 心の隙間を埋めるために、星井早紀の幸せを作れる世界として、ティエアストーリーズをモデルとした世界を作り、……そして“星井早紀をモデル“として賢者スピカを生み出した。ここが、今回の謎を解決する最大のポイントだ。


 つまり、最初の時点では星井早紀と賢者スピカは別人……だが、問題が一つある。


 賢者スピカは主人公の死に戻りのルールにより、死と同時に過去に戻った。……しかし、アトゥム様……つまり星井夏帆は、元々賢者スピカを自分の娘の代わりとして作ったため、魂が惹かれあってしまった。


 その結果、賢者スピカが生まれ変わったのは、星井夏帆の子宮の中だ。


 そうやって、星井早紀として賢者スピカは生まれるはずだった……が。


 ここで大きな問題がある。元々の星井早紀はどこにいるのか? スピカと魂が共鳴したとはいえ、彼女もまた本来存在していたひとりだ。故に、通常の輪廻転生と違い彼女のソウルプラズムもまた、その赤子の中にある。……つまり、ソウルプラズムがひとりの赤子に二つあることになる。


 ここで、大きな問題がある。……果たして脳を作りたての赤子に、ソウルプラズムが二つも入るスペースがあるのだろうか?


 ……答えはノーだ。大人なら、ソウルプラズムの入る余地はかなりの余裕があるため、三つくらいなら同時に存在してても問題ない。……だが、脳を形成している段階では、そんな余裕はない。一つすらギリギリの状態で、もう一つの魂を受け入れる余地などない。


 だったら次の問題はこれだ。今まで星井早紀……そして、転生者スピカとして暮らしていたのは、賢者スピカなのか? それとも元々存在していた星井早紀なのか?


 ……これも答えが出ている。元々存在していた星井早紀だ。でなければ、生まれたてのソウルプラズムが入りきれずに体外に排出されて、今まで無事なわけがない。年齢によってソウルプラズムは摩耗するが、流石に子宮内にいる状態で解放されれば、即時消滅する。


 つまり……肉体は賢者スピカの生まれ変わりだが、魂は別人……というわけだ。


 そして、弾き出された賢者スピカの魂は……現世をさまようことになる。


 そして、賢者スピカの持っていたステータスや運命(ストーリー)は早紀に引き継がれた……。




「じゃあ、今あの子の中に姉様がいるのはなぜっ!?」


「それは……はっきりとはわからない。だけど、これでわかったことがあるわ」


 そうだ……。タクミが明かした、最初の神を騙すほどのスピカ……早紀の作戦。


 その作戦は、星井早紀だけでは組み上げることはできない。少なくともこっちの世界の詳しい知識が必要。


「……早紀に最初の神を騙す作戦を与えたのは……賢者スピカよ」


「ね、姉様が……?」


「そして、賢者スピカがそうやって肉体を行き来しているってことは……星井早紀を捕まえたとしても」


 そこでようやく気づき、セナはハッとする。


「……ね……姉様は復活できない?」


 彼女が……肉体を出たり入ったりできるということは、たとえ肉体を捕まえても逃げられる……つまり最初っからできないことだったということ。


「そ……んなっ……そんなはずないっ!!! そ、そうだ! 出てきた姉様の魂を保護すればいい!! そうすれば……」


「わからないの? そもそもあなたの姉は最初の神に反抗して星井早紀に協力している。そんなあなたの作戦に同意するわけがないのよ」


 ワナワナと震えながら、握った拳をより強く握りしめていた。


「……もしあなたの話が全て本当だったとしても、少なくとももう、最初の神はスピカを復活させなければならない、あなたの創造神化は絶対に起こさせないわ。……絶対にね」


「ああぁぁああああああぁぁぁぁ!!!!」


 錯乱したセナは、再び牙を剥く。再び四つの閃光が私に向かって––––––––––。


「なっ!?」


 散弾っ!?


 ギリギリ水の盾(アクアシールド)が間に合い、私を閃光の矢から守る。


「っ!?」


 シールドが破壊されると同時に、剣が私の首筋を切り落とさんと向かってきてた。


 なんとかその剣を弾き、後方に飛んで体制を整える。


「もう誰も信じない……だからっ!! お前だけはこの手で殺すっ!!! 姉様を殺したお前だけはコロスッ!!!」


 お……おかしいっ!! セナにここまでの力はなかったはず。それはこの前のテニスの時にも確認した……。


「ぐっ!!」


 徐々に押されながらも、思考を止めない。


「死ねぇ!! この魔女がぁ!!!」


 魔力には最大許容量と出力許容量がある。簡単に言うと、体内に内包できる魔力の最大値と、体内から大概に排出できる最大値だ。


 その点はテニスだろうがなんだろうが、私なら推し量れる。……だが、今のこの子は明らかにこの前の許容量を崩壊させている。


 ––––––––オーバーブースト。


 それしかない。……自分の本来の実力以上の力を無理やりひきだす禁術。体に大きな負担がかかり、最悪死に至る自爆技。


「この馬鹿っ!!!」


 こうなった以上、狙うは一点。


 心臓の近くに存在するマナ貯蓄器官……そこから私の細剣で小さな穴を開けて少しずつマナを消費させ、暴走を止めるしかない。


 だけど少しでも狙いが狂い、心臓やその近くの動脈を切れば……この子は死ぬ。


「ああああああぁぁぁぁ!!!!」


 なおも向かってくるセナ。




 ––––––––何をためらってる。


 もう、私の前で誰も死なせない……もう私は、仲間の命を奪わない。……あの時と同じことは繰り返さないっ!!!!





「私はあああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」






 ––––––––今回は成功した……はずだ。


 ……そう、スサノオの時も同じだったのだ。


 同じように狙おうとしたけど……狙いがすこしズレてしまい、心臓を貫いてしまった。……それが彼の死因だ。


「……オーバーブースト」


 ……スサノオはその技を使用することができた。


 タクミから教えてもらった通りだとすると……元々のゲームの世界の主人公としての必殺技のようなものだったらしい。


 つまりは……この世界(ゲーム)でも使うことができるのは、スサノオだけというわけだ。


 ……運命が確定している世界……故にオーバーブーストはスサノオにしか使えない。


 それに……そうだとすると、あの時操られていたスサノオを私が刺し殺してしまったのは、私のミスだけのせいではなかったのかもしれない。


 操ってたゼクスが直撃の直前に狙いをずらして、心臓に当てたのかもしれない。


 ……だけど同時に、私がミスをして、心臓を貫いたのかもしれない。


 どちらが正解だったのか……。


「………………」


 鼓動が強くなってくる。


 緊張して、冷や汗をダラダラとかく。


 ––––––––––本当に成功したのか?


 ––––––––––もしかしたら、また心臓を貫いているのではないか?


「いいや……そんなはずはない」


 心臓は、少しの穴が開くだけで風船のように破裂する。もし心臓に当たってたら、外見だけで十分にわかる。


 だが…………動脈に当たってたら?


 いや……いや違うっ!! 動脈に刺さってたらもっと血が出る……。


 出血はすぐに止めた……治療もしたし、傷も塞がってる。出血量もこの程度なら死ぬことはまずない。暴走したマナの貯蓄器官も時を経て元に戻る。


 なのに––––––––––。


 心臓を氷でできた手で鷲掴みにされているような感覚。


 自分の”大丈夫“というあらゆる証拠を無視して、不安が一気に広がっていく。


 ––––––––また、私は殺したの?


 ––––––––私の……大切な人を。


 ––––––––親友の妹を……またこの手で。


「っ!!!」


 落ち着け……そう心の中で何度も叫ぶ……だけど、心臓を鷲掴みにしている氷の手は強制的に私の心臓を強く、早く、不安定に動かしていく。


 息ができなくなってくる。


 私はまた、セナの心臓の鼓動を確かめた。


 鼓動を感じる……だけど弱い。


 ––––––––このまま止まってしまいそうな…………。


 れ……冷静になれっ!! そもそも動脈を傷つけていなくても、心臓を刺さなくても、心臓に近い部分を傷つけたんだ。そもそも脈動が浅くなることは不自然ではない。


 ほ……ほかに何をすればいい?


 私は…………何ができる?




 また…………何も出来ずに死を肌で体感することになるの?


 私の愛した人を殺し……親友の自殺行為を見守ることしか出来ず……今度はその妹を…………。






 また、殺すの…………?







「おねがい…………おねがいよ…………」


 私は、強く……セナの手を握った。


 もう、私の希望は彼女の体温だけだ。


 だから、まるでか細い糸を握るかのように強く握りしめる。


「もう…………もう私の前で誰も死なないでよ…………もう、私を置いていかないで」


 助けて…………。


 私はおかしなことを思った。


 助けようとしてるのは私のはずなのに……私は彼女に助けを求めてる。


「……お願い」


 その時…………。


「うっ…………」


 うめき声、私はハッとして、その顔を見た。


「……なぜ……殺さなかった……わた––––––」




 私はいつのまにか子供のように泣きわめき、セナを抱きしめていた。




 彼女の言葉が……彼女の声が……聞こえる。




 彼女の心臓の鼓動を感じる。







 私の人生の中で……こんなに幸福で……救われたことはなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ