第八十四話「神を欺く最期の賭け」
「なぜだ……なぜオレに攻撃をっ!!」
赤いボディのロボットは、神の横っ面を殴りつけた後に、光に包まれ次第に分散して消えていく。
「すでにスピカの意識はないはず……なぜオレに攻撃を」
「んなもん最初っからねーんだよ。バーカ」
「なっ!?」
俺の煽るようなセリフに目を見開く最古の神。
「……よく見ろよ……それとも、老眼鏡でも必要ってか?」
次第にその光が……偽証を解除していく。
その光の中から出てきたのは…………。
「うーん。デザインはなかなかだったけど、僕の世界には似合わないなぁ……」
「なっ」
その姿は……少年のようで、少女のような……いつも生意気な笑みをうかべる紫色の瞳。
長い髪を深くかぶったキャップに収めて……そいつはニヤリと笑った。
「アトゥム……ど、どういう事だっ!! いつ入れ替わったっ!!!」
「バカかテメェは……最初っからに決まってんだろうが」
「さ、最初から…………?」
厳密に言えば、アトゥムが連王アーノルドが最初の神、ゼクスであると気づいた後、スピカにそれを話して……そのあと入れ替わった。
だが、詳しいタイミングについては教えない。変に教えれば時間干渉される可能性もあるからな。
「テメェがスピカを確保した時……お前はアトゥムの姿をしたそいつの記憶を探り、その正体が“アトゥムと偽証したスピカ”と思っていたようだが……そもそも偽証したのは自分自身の記憶だったんだよ」
「つまり、僕は“自分はスピカで、アトゥムに偽証している”と思い込み、タクミくんは“アトゥムとスピカが入れ替わっている“という記憶を偽証したわけだ……タクミくんは見事、そのことに気づいた見たいだけどね」
相手は記憶を読み取る奴もいただけに、そうでもしなければ作戦がバレる可能性が高い。だから俺達は記憶を偽証した。
そして、運命の破壊者である俺が気づいたことにより、アトゥムが偽証した運命が破壊され、今姿を表したってわけだ。
偽証を含め、神の予定調和を捻じ曲げ……自分の思い通りの運命を掴む能力……それが運命の破壊者だ。
「じ……自分自身を騙したということかっ!? ……だったら、本物のスピカは……」
「もちろん無銘だ。彼女は自分の名前を破壊するために、黄泉比良坂を下ったのさ」
これで、スピカは名前を含むステータスが破壊される。当然これでもう、最初の神はスピカを操ることはできない……彼女はもう、スピカ=フランシェルではなく無銘なのだから……。
「で、でも名前の変更は意味がないはずじゃ……」
ディーが漏らした問いに俺は答える。
「この世界での変更なら……な」
「あっ!」
「黄泉比良坂はそもそも現実世界のものだ。だから無銘ちゃんは”現実世界のシステムで名前を失った“ということになり世界のシステムに関与しないと言うことさ」
そう……アトゥムの言う通りあの水鏡の門の先、黄泉比良坂と恐山は同じものをさす。恐山は黄泉の国へとつながるとかいうが、まさにそのとおりだったってわけだ。
「ちょっとまて……ってことはお前らは、オレが監視していることに気づいていたのか?」
「ああ。だからシーファトだったんだろ?」
「っ!?」
シーファトの襲撃は偶然じゃない……ディーがゼクスの監視の目だったからだ。
「僕達はそれに気づいていた……いや……気付かされた。と言った方がいいかもね」
「気付かされた……?」
「まだわからねーのかよ……お前が、誰に負けたのか」
そう……ゼクスに勝ったのは……俺でも、アトゥムでもない。
––––––––––多分、お母さんの作戦は失敗する。
––––––––––––最初の神は、多分お母さんが私を守ることを前提に作戦を立てている……私を犠牲にする作戦については予測の外のはず。
––––––––––––シーファトの襲撃の時も、影ノ手の時もディーが近くにいた……でも、ディーは多分裏切ってない。……洗脳もされていないなら答えは一つしかないわ。視界だけが奪われている……そう考える方が自然よ。
––––––––––––最初の神がプレイヤーなら……全ての推測が成り立つ。だったら、最終的に私はかならずこの世界に戻ってくるはず。……プレイヤーに立ち向かうラスボスとして…………。
––––––––––––その運命をつかめるとしたら……タクミしかいない。
––––––––––––信じてるからね。……タクミ。
「あ…………ああああああああああぁぁぁぁぁぁ!!!!」
そう……最初の神に勝てるのは……スピカを犠牲にしても勝つことを選ぶことができる人物……スピカ本人以外にいない。
俺も、アトゥムも……いや、この世界の誰だってスピカを犠牲にはできない。たとえ、それしかないとしても、それを選べない。
「テメェは自分の操り人形だと思ってた奴に、まんまと騙されてたんだよ…………」
目を見開いて、ギリリと歯を食いしばってワナワナと震えるゼクス……。
悔しさをいっぱいに体で表現していて……そのツラ見てると本当に笑えてくる。
「ああ、そうそう。スピカちゃんから君に伝言を預かってたんだ」
––––––––––––もし、私の予想通りの結末になったら……最初の神にこう言ってやって。「ねぇ、今どんな気持ち?」ってさ。
まったく……。スピカのやつ…………。全力で煽るなっての。
だが……今のゼクスの顔を見たら、もっと強気なこと言いそうだな。
確実に操れると思っていて、簡単に捕縛できて、絶対操作権のスキルで自由に操作できる……と思ってた奴に完全に騙されたわけだ。
”私のこといつでも操作できると思った? 私達なんてちょろいと思ってた? でも、あなたは私の手の平で踊ってただけ“
”……ねぇ今どんな気持ち?”
「ぐ……ぐぐっ…………」
悔しさがにじみ出ている……そりゃそうだ。ここまで見事に踊らされたんじゃな。
「ぐうぅ……ああーーーーっはははははっはははははははっ!!!」
ついに壊れたのか……大げさに笑い始める。
「そうだ……これだよこれっ!! オレが求めてたのはこれなんだよっ!!」
「なにっ……」
いや……こいつこの状況を楽しんでやがる。
「喜べっ!! お前達は今!! お前達の宇宙を作った創造神の退屈を初めて満たしたんだっ!! 誰もできなかったことをお前達は成し遂げたんだよおぉ!!」
イかれてる……。ここまで何人の人物が犠牲になったのかわかってるのか?
いや違う……わかってるんだ。何人の犠牲をはらんでも満たされなかった心。神を欺ける好敵手は今まで存在しなかった。
その神を……ここまで足蹴にする存在など今までいなかった。
「今まで何億年待ったと思う!? 百四十億年以上の時間の流れの中で一度もなかった快感だ……素晴らしいっ!! 二十万年前に完成した人類に気まぐれに英知を与えて……ようやくお前達はオレの首元に剣を突き立てるまでにいたったんだ!!」
「そんなことのために……お前は人の命をなんだと思ってやがるっ!」
「え? オレのおもちゃ以外の存在価値があんの!?」
目を爛々と輝かせて、はっきりと人間の価値をおもちゃと言いやがった。
「人の命は、そんなに安いものじゃないっ!!」
「安いに決まってんだろがぁ!! あのなぁ、テメェらオレがいなきゃ生まれてもねーんだっ!! オレが作ったもんオレの自由にして何が悪りぃんだよっ!!!」
「……たしかに、ゼクスがいなければ、俺達は生まれることはなかった。だが、自分の好きなようにしていい命など、この世にはチリひとつ存在しない。たとえ、自分が生み出したものでもなっ!!」
それだけは、はっきりと言える。こいつが生み出したもんだろうが、なんだろうが無駄にしていい命なんてない。
「……僕は君のお陰で創造神になった……だからこそ、君の気持ちは少しだけわかる……だけど、少なくとも僕は、僕の世界を僕のものと思ったことはない。僕はティエアという世界の起点に過ぎないのだから」
「どんなものにも始まりは必要だ。人類史にもお前という起源が必要だったことは認める。だが、その歴史を作ったのは人類であってお前ではない。お前がその人類を滅ぼすというのなら……お前の存在に価値はない」
俺は刀を抜いて、その切っ先を神に向ける。
「神だろうがなんだろうが……俺達に喧嘩売ったからには……覚悟できてんだろうな?」
切っ先を向けられた神はやがてため息を一つついて、ポケットに手を突っ込む。
「……まぁいいさ。ちょっと予定は狂ったけど……まだ手はあるんでね」
「っ!!」
「きゃっ!!!」
俺は、急に現れた漆黒に伸びる腕を切り飛ばし、ディーを守った。
「なんだこの腕っ!!」
健司に向かっていった二、三本の腕も切り飛ばされる……。その腕の正体を俺は知ってる。
「影ノ手……いや、だが奴は……」
俺が殺したはず……いや、違う。
「ゼクス……きさまぁ!!」
その影ノ手が伸びてきた先には……見知った顔がある。
だが……違う。
特徴はだいぶ奴に近い。だが完全な白髪にかなり大きなVRゴーグルを装着しており、機械の鎧を身につけている。
「お前達がこいつに勝った後……死の直後のこいつの頭の中のソウルプラズムをサルベージしてたんだよ」
「あの時……お前も近くにいたのか」
「ま、厳密にいやぁフレイアだがなぁ……」
そうか、フレイアならあの近くに忍び込んでいてもおかしくない。
「……本名、影沼銀次……2010年4月に絞首刑。罪状は連続婦女暴行および殺人……若い女性を物のように扱う冷酷な人物。そして……彼もまたRPGツクレールをよくプレイしていたそうだ。まぁ、お前らが遊ぶようなもんじゃなくて、いわゆる陵辱ものらしいがな」
インディーズゲーム……。そうか、確かに聞いたことがある。
俺はあんまりそういうゲームに興味がないため(というより妹に見つかると殺されそうだから)詳しくはないが、RPGツクレールのゲームにはそういうものもあるって……要するに、女を捕まえて襲う目的のゲーム……もしくはその逆。そう言うエロゲが存在するらしい。
「……影沼意外にも当然そういう世界を望むものがいる。そいつが作った世界は……まぁ女にとっちゃ地獄らしい」
そんな異世界を作ったら……女性に人権などあったもんじゃない……。だが、人類とは強欲なもので、一度そう言うゲスなことを思いついたら、実行する奴は少なからずいる。
「そうか……影沼はその世界の転生者というわけか」
「転生者? そんなレベルじゃねぇ……その世界の主人公だ」
ゲスなゲームの主人公様ってわけか……なるほど、性格がねじ曲がるわけだ。
「……さて、オレはなぜ影沼を選んだと思う?」
「なぜ……?」
言われてみれば確かに変だ。確かに影沼は強かったが、わざわざエロゲの世界なんて選ばなくてもいい。実際に性欲に貪欲だった奴は、桜乃にもそこを突かれてやられてる。
「……簡単さ……そう言う陵辱ものはターゲットが女戦士……つまり設定上相手が強いパターンが多い。だが、たいていそう言うゲームは目的が目的のため、難易度が低く設定してある……それを異世界で再現するとどうなると思う?」
そう言うことか……こっちの世界が特殊といっても、影沼にやられたディーはステータス的にも弱くはない。だったら、なぜ影沼はそこまで強くなった?
「……それを自然に再現するとなると、主人公の力を極端に強くする以外にない」
こっちの世界のように後から設定したのであればまだしも、一から主人公無双の低難易度の世界を作るとなると普通主人公のステータスを強く……もしくは強くなりやすい設定にするしかない。……そう言う運命ってわけか。
「……だが、それでもお前に殺された。意外な結果だったけど、影沼のソウルプラズムは回収できた……」
「……お前がスピカの脳を取り出したのと同じように、ソウルプラズムさえ残っていれば復活ができる……って事か」
「……当然オレの力で、あの時よりも強化させてもらっている……お前が倒した影沼と一緒と思うなよ」
そう言い残し、ゼクスは踵を返して去ろうとする。
「まてっ!! ゼクスっ!!」
俺は風の刃を放つと、ゼクスの頰を掠めた。
「お前は……必ずオレが殺すよ……結城先輩」
振り返ったその顔は、今までの零とは比べものにならないほどの狂気に満ちていた。……これが、ゼクス=オリジン……最古の神。
「逃すかよっ!! ぐっ!!!」
このまま逃すわけにはいかない。だが、俺の四肢は無数の漆黒の腕に掴まれた。
ものすごい腕力で引き寄せられるが、足を踏ん張り、必死に人差し指を神に突きつける。
「覚えてろっ!! ゼクス=オリジンっ!!! テメェだけは……テメェだけはゆるさねぇ!!! 必ずそのツラぶった切ってやるっ!! 覚悟しやがれっ!!!」
第十章「神を欺く最期の賭け」いかがだったでしょうか?
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さて、全てを計画したのは実はスピカでした。という今回のお話。ちょっと複雑な内容でしたので捕捉すると世界、つまりゲーム的にはプレイヤーIDと肉体が紐付けられる項目はあくまでその人物の名前なんですね。なのでゲーム内で名前の変更をしても全く意味がありません。なので黄泉比良坂を下る以外に早紀がスピカのIDを切り離す方法はなかったんです。
また、裏口(当時見つかってませんが)で移動した場合も実はアウトです。あれはあくまでゲーム内システムとして現実世界や別の世界に行く方法なのでただ行って名前変えればいいというわけでもないんですね。(ゲーム内システムだから裏口で移動すると現実世界でも魔法が使えるわけです)
死と隣り合わせの賭けをして、それがバレないようにアトゥムとタクミの記憶を偽証する。ただ、偽証がいずれ解けなければこの作戦は失敗です。その場合はアトゥムが自らティエアを破壊するだけなので……。
じゃあなぜタクミが運命の破壊者になれる事を気づいたか……その辺りは次章でご確認ください。
その次章ですが……来週あたりで公開予定です!ぜひ読んでくださいね。
ではでは




