第五話サブストーリー ~アトゥム視点~
僕の目線の先にはその男の姿があった。
「今日もいい商売道具が入荷しましたねぇ……」
月明かりすらまともに入ってこない深淵の森。そこにぽっかりと空いた直径十メートルほどの空間の中心に男はいた。
周りには五、六の兵士が男を囲んでいる。だが、そのすべて目に光は宿っていない。
かろうじて剣を持っていた手も次第に力が抜け、一つ。また一つと鈍い音を立てて落ちていく。
「男性の体はいいですよぉ~特に引き締まった筋肉を持った若い男なんて最高です」
気持ちの悪い言葉を嬉々として語る男の言う、最高と言うのは決して美しいとかそういうたぐいのものではない。
彼に興味があるのはただ一点。使えるかどうかである。
「さぁて皆さん。皆さんは王に忠誠を誓った兵士だったはず。どうしてこうも簡単に裏切ったのです? 」
「––––––––––––」
その問いに誰も答えるものはいない。無視をされて感に触るかと思いきや、その男は歓喜に打ち震える。
「そうです!! 君たちは答えてはならない!!! 答えとはすなわち感情です。君たちに感情はもう必要ないのです!!!」
「––––––––––––あぅ」
「……今声を漏らしたもの」
声を漏らした兵士の目は、焦点が合っていない。よだれを無様に垂れ流し、首をかすかにふるわせるだけだ。
「あなた今……恐怖を感じていますね?」
首を振ろうとする。が、そのかすかな動きが男の逆鱗に触れた。
「あなた、恐怖を感じてますね! 私の問いに答えようとすることが何よりの証拠ぉ!! ああ……なんと嘆かわしい……それでは商品にならないではないですかぁ……あなたは私に飢え死にしろとおっしゃるのですか!? 私はこんなにも一生懸命に働いているというのに、いまだにこの体たらくとは情けないです!! 嘆かわしい!!!!」
兵士の頬を殴りつける。まるで赤ん坊が気に入らないおもちゃを投げつけるように、純粋に、ただ純粋にその兵士の顔に傷をつけていく。
そのせいで、正気が戻ってきてしまった。
「い––––––や––––––だ––––––」
正気に戻ることは、その兵士にとっては恐怖だった。
「あなた……再教育が必要ですねぇ」
再教育。
それがどういう意味なのか分かってしまった。
「あああぁぁぁぁ––––––––––––!!!!!!」
その恐怖でせっかく壊れてくれていた心が呼び覚まされる。恐怖を自覚する、苦しみを認識する、自我の崩壊を体感する、壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れるコワレル!!!!
そうして、彼も立派な奴隷になったのでした。
……さて、どうするかな?
ここは重要なポイントだ……。滅びに向かう起点となる事件…………。ここでしくじれば全ては水の泡だ。
だが、僕がここに干渉することは許されない……ここへの干渉はペナルティがでかい。
「……ペナルティ……か」
このシステム事態もよくわからない。
この世界が電脳世界とかそう言うものではないことは間違いない……だが、たまに聞こえる無機質な音声。
おそらくは、僕がこの世界の創造神ゆえに聞こえてくるのだろうが……そもそもそんなものなかったはずだ。
「ノルン……君はどう思う?」
返事の帰ってくるはずのない名前を虚空に飛ばす。
音は行き場をさまようだけで、風がそれをどこかへ流し去る。
「この世界の謎……システム音声……そして……」
ナイトを生かしたことで、この世界がどう動くか……まだ僕にはわからない。
だが、一つだけ言えるのは……。
まだ世界は滅びに向かっている……それだけは確かだ。
「……また君か」
「そんなに毛嫌いしないでいただきたいものですねぇ」
その鬱陶しい影に向けて、睨みを効かせる。
……だが、それは無意味だ。僕も、彼もそもそもここにはいないのだから…………。
「君は、この世界にはいないはずの人間だ……出しゃばらないでくれよ」
「いやぁ!! これは手厳しい……だけど、創造神ともあろうお方が、そんな怖い顔をしない方がいい……雑魚に見えますよ?」
黒い影はなぜか三日月のような赤い笑みで、ニヤリと笑っているような気がした。
何を知ったような口を……怒りの言葉を歯を食いしばって止める。
「……君も、僕の世界にはいらない存在だ…………出しゃばらないでくれ」
「いらない……ですか…………だったら言わせてもらうがよぉ……もともとはテメェの望んだ世界だろうが」
「うるさいっ!!」
その影を怒りのままに振り払う。……その無意味さを僕は知っていたはずだった。
「はい、ざんねーん! 今のオレは影だ……ここにはいねぇんだよ」
豹変し、狂気を含んだその男は、ケラケラと笑い愉快な声を上げる。
「くっ……」
拳をきつく握り、爪がめり込んで痛みを感じる。
「……君はどこまで知ってるんだ」
「それはこっちのセリフだ……テメェ……どこまで、未来の事知ってやがる」
僕は、心臓が破裂するんじゃないかと思うくらいの驚きを感じた。
「君は……何者なんだ?」
「知ってるじゃないですか……君達が封印した男ですよ」
影は、そのまま闇に紛れて消えていく…………。
もしかしたら……ヤツについて僕の知らないことが、まだあるのかもしれない……。




