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プロローグ「君の望んだ最低の世界」

 手を伸ばした。


 その子の顔に見覚えはなかった。だけど夢中だった。


 雲をつかもうと手を伸ばすのと同じように、届きそうで届かないその背中はあまりにも遠く。


 ––––––––––暗闇もまた、突如訪れる。




 暗闇の中で、誰かが叫んでいる。


 ––––––––––知りもしない人の声。


 野次馬が何事かと騒ぎ出し、俺は未練がましく手を伸ばそうとするが、その腕はピクリとも動かない。


 動かすための筋肉はもう原型を留めず、血液を送るはずの心臓は動いていない。


 見えるはずもない目で、聞こえるはずもない耳で、感じるはずもない皮膚で……だが確実にたった一文字の言葉を感じる。







 死–––––––––––。







「ごめんなさぁい~~~~!!!」


 ……まず一つ、俺は別に謝られるようなことをされた覚えがない。


「ひぐっ! ……えうぅ……こんなの悲しすぎますぅ~」


 そしてもう一つ、目の前にいるやたら厳かな服を着てる泣きべその癖っ毛のすごい緑がかった金髪の美少女に見覚えがない。


「あの……非常に言いにくい事なのですがぁ……」


 付け加えて一つ、この真っ暗な場所はどこだ? 黒の世界に椅子が一つ。そこに俺が座っているのだが、不思議なことに座った覚えはない。


「あの……聞いてますか?」


「あ、ああ……聞いてる」


 聞いているが、どうにも頭がぼやけている。まるで夢の中にいるようだ。だけど、なぜか現実と認識できる。


 根拠は全くない。だけど頭のどこかで間違いないと思ってる。……わからない。ええっと、ここに来る直前は–––––––––––。


 そうだ、俺死んだんだ。えっと、何でだったっけなぁ–––––––––––。


「そうだ……あの子は助かったのか!?」


「わかりませんです……ですけど、思い出しましたか?」


 ––––––––––大体思い出した。


 トラックに轢かれそうになった子を助けようとして、意識がなくなったと思ったらここに座っていた。


 座ってた? どうして?


 あれ? なんか見たことあるぞこの展開。ゲームやアニメでよく見る–––––––––––。


 やばい……超興奮してきた! まさか……まさかこの展開は!!!


「そうです……ひぐっ、あなたは死んでしまったんですぅ」


()()()!!!」


「ひゃあ?!」


 ガシッと、意味深な癖っ毛金髪美少女の両手をつかむ。


「それで!! その続きは!?!??」


 自分の目が輝いているのがわかるくらい気持ちが高ぶっている。


「え……あの……そのぉ……あなたの善行と本来生きられるはずだった年月を鑑みて」


「うんうん!!!」


「あなたの望む世界に……転生を……」


 空を仰ぎ。


 暗闇を見上げて。


 両手を天にかざし。


「異世界転生キターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」


「ええええええぇぇぇぇ!?!?!?」


 人生十八年。待ちに待った瞬間が訪れたのだった。




「……落ち着きました?」


「……はい」


「全く……っと、申し遅れましたぁ。私は花の女神、ペルセポネ。よろしくお願いしますね」


 興奮しまくって叫びまくってた。流石に疲れて肩で息をし始めた頃、女神のなだめるような声でようやく落ち着いた。


「で、女神さん。さっそくだけど、俺の望む世界に転生をってのはどう言うこと?」


「言葉通りの意味ですよ? 望めば王様にもなれますし、村人にもなれます。元いた世界が好きならそういう世界に転生することもできますし……私はよく知らないのですが……えすえふ? 的な世界もあるそうですよ」


「勇者になりたい!!」


「……即答ですね」


 若干引かれたが構うもんか。続けて希望を出してやる。


「あ、世界は超ハードモードなRPG世界で! 剣道でめっちゃ鍛えたから大抵の世界なら活躍できるはずなんすよね!! あとヒロインは可愛い子がいいなぁ……魔法使いとか、猫型の獣人とかいたりして! あとは」


「ストップ! ストーップ!!! そんないくつも望まれても困りますよ」


 あわあわと両手を差し出して俺の理性というブレーキを促す。


「あ、すみません……なにぶん初めてなものでして」


「そ、そりゃ初めてでしょうね。……死んだのなんて」


 それもそうか。


「色々希望出されましたけど、あくまで近い世界に転生できるってだけですからね」


 癖の強いその髪をクルクルといじりながら、あらためて解説する。


 さっきまで興奮していたが、女神と言うだけに容姿は抜群だった。癖っ毛の髪とアクセントの葉っぱの髪留めもいいが、少女のような見た目なのに写真集の巨乳モデルでもなかなか見ない巨乳––––––––––っといかんいかん……健全第一。女性をそんな目で見るものではないぞ結城拓海。


「わっかりました!!」


 誤魔化すように大きな声で敬礼をしてみせる。


「まったく……そうですね……希望に近い世界だとティ––––が良さそうですね」


 あれ? 今女神さんの声にノイズが入ったみたいに聞こえなかったぞ?


「ちょっと、聞き取りづらかったけど……その世界の名前は?」


「……デウスですよ。デウス。魔王の支配された世界ですねぇ。勇者にはピッタリかと」


 ……さっき『ティ』って言ってたような気もしたが、聞き違いか? ……まぁ気のせいか。


「あ、あとこれを渡しておかないと」


 そう言って女神さんは少し厚めの本を渡してくる。


「これは?」


「ルールブックです。簡単な世界の説明や、禁止事項、概念の説明なんかが全部記載されてます。読んでおくと便利ですよ」


「ふーん」


 大きさはちょっとした小説くらいの大きさで青い本。金の文字で異世界の文字が書かれていて十字架のようなマークも表紙に描かれている。ペラペラと数枚めくると、中にイラストも書かれていて、たしかになかなかにわかりやすそうな本だ。


『ルールブック 2-1:本人の希望に一番近い世界と時代に転生される』


 よく見ると、これからいく世界の地図や、ちょっとした常識なんかも書かれている。


「なるほどねぇ……」


 これは助かる。ちょっとした攻略本だな。


「ギルドまでの道もわかりますし、結構重要なことも書かれてたりしますので、よく読んでおいてくださいね」


「了解!!」


「じゃあ、長話もなんですし、さっそく異世界に送っちゃいますね〜」


「ああ、頼んだ!!」


 微笑み「ご武運を」の言葉。俺は無言の笑みで答えた。


 どんな敵が相手でも俺は負けない……。


 魔法陣が俺の足元を包み込む。


 これから起きる冒険に胸を高鳴らせながら、俺はその先へと向かう。




 それにしても––––––––––––。


 さっきの女神さんとの会話の時に聞こえたノイズはなんだったのだろうか?




 澄んだ空気!!!


 見渡す限りの草原!!!


 そして、無駄に長い道のり!!!


 最っ高だっ!!! 異世界転生なんて夢みたいな話にいまだに興奮を隠せない。


 さらに見渡すと丸っこいコロコロなスライムや遠くに森も見えてくる。もしかしたらこの奥にダンジョンもあるかもしれない。ああ、それより村はどんなところだろうか?


 はやる気持ちをいったん胸の奥に留めて深呼吸。落ち着こう。うん。


「えっと~。まずは初期装備確認~っと」


 所持品は財布と、スマホ。……さすがに武器の類はないようだ。服は学ランのままか……あと、もう一つ。さっきもらったルールブック。


 それによるとこの異世界にはギルドがあり、そこでステータスを数値化できるようだ。仕事もその数値で割り振ることができ、農業、建築などの仕事も選べるようだ。そして……。


「1万ゴールドか」


 財布に入っていた紙幣には、そう書かれていた。


『ルールブック4-1:通貨は転生前に所持していた金額がそのまま転生先の通貨に換算される』


 ゴールドってのが具体的に何円なのかはわからないけど、少なくとも当面は金に困ることはなさそうだ。


「まずは近くの村に行かないとな……まぁ道なりに行けばわかるか!」


 まずは村に行く! ギルドに行く! 冒険者になる! これ異世界の鉄則!!




 ––––––そう、俺は勇者になる。


 ––––––––––––はずだった。




「なんだ……この光景は」


 村の入り口に着いた。村はまさにRPGのはじまりの村って感じで、憧れてた木造建築が少ないながらも並んでいる。


 もう少し先には噴水広場を中心とした石造りの建物もあるらしい。あの辺にギルドがあるのだろうか?


 まずは第一の目的を達成し、喜ぶところだ。モンスターとも遭遇したが想像以上に弱くて「死ぬ前に鍛えすぎちゃったかな~」とか思っていた。


 だが…なんだこれは?


「~~♪~♪~~~♪」


 麦畑の近くの家の庭で、おばあさんが箒で掃いている。……いや、それはまだいい。どう見てもおばあさんは力がなさそうだ。いや、そーでもなく!!


「おじいさんや~。今年はスラちゃんが多いみたいだのぉ~」


「そうじゃのぉ~」


 おばあさんが箒で掃いているのはスライムだった。


 あの、モンスターのスライムだ。


 確かに、スライムは雑魚モンスターの鉄板だ。コロコロとした水色で見た目も可愛らしいし、雑魚なのは間違いないだろう。だけど、普通の世界のスライムはおばあさんより強いんじゃないのか?


 い、いや、何かの間違いだろう。うん、きっとそうだ。きっと、うん、このおばあさんたちはこう見えて昔伝説の勇者たちだったんだ。そうに違いない。


「でぇ~い!! やっつけろぉ~!!」


 うん、子供が鎧をつけた骸骨(スケルトン)系モンスターを倒しているように見えるが、きっと何かの間違いだ。……武器も木の枝に見えるが……木の枝でもポキポキ折れる骨粗しょう症なスケルトンなんているわけがない。明らかに関節以外が曲がってるが……い、いや、きっとあれだ。あの子は選ばれし少年なんだ。将来有望だな。


「ままぁ~オーガちゃんね~いっぱいやっつけたよぉ~?」


「えらいわねぇ~。畑を荒らしちゃうからきちんとやっつけないとねぇ」


 ……いまオーガとか聞こえたが気のせいだ。少女が指さしている先にはデブい赤やら黄色のコミカルな鬼のようなものが山積みとなり、大きなピラミッドを形成しているようにも見えるが、あれはきっと節分で鬼の役をしているお父さんと親戚ご一行だ。いや~! いい大人だな~っ!!




 ––––––––いや、夢じゃなくね?


 ––––––––これ、ただモンスターがクソザコなだけじゃね?




 スマホから着メロが流れる。


 俺のスマホは現在、不測の事態が発生したときに女神さんと会話ができるように設定されている。いや、不測の事態なんか起きていない。きっとそうだ。


 おそるおそる、電話に出てみる。すると……。


『転生する先まちがえましたぁ~~~~~~』


 この世界が、クソゲーであることがわかってしまった……。



 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 




 その夜。俺はほとんど呆然自失状態で宿屋を借り、明日から何を生きがいにすればいいのか考えていた。


 だが……思いつくわけもなかった。


 平和な世界に勇者の存在価値なんてあるのか?


 そんな事を考えてたら目蓋が重くなり、睡魔が俺を支配するのにさほど時間はかからなかった……。




 ––––––––––––




 ––––––––––––––––––––––––




 ––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––




 ––––––––––––ああ、夢だ。


 異世界転生なんて、とんでもないことになったから多分夢を見てるんだ。







 ––––––––––––じゃないと……こんなの説明つかないだろ?







 壊滅した世界で、俺はただ一人荒野を見ていた。


 俺は、女神の転生の失敗で極端に平和な世界に転生してしまった筈だ。


 だけど……なんだこれは?


『これは、僕の記憶だ』


 …………お前は誰だ?


『滅びの日は近い……』






 炎に包まれたその世界には、人一人存在しない。


 ––––––(ぼく)はその世界を滅ぼした(きみ)に拳を振り上げた。


 だが、そんなものは無意味だとすぐに悟る。もうすでに幕を引いたその世界には神の入る余地すらない。硝煙を巻き上げ、死の悪臭だけがその世界を覆う。森も、石造りの村も街もすでに跡形すら残っていない。完全な荒野と化した。


 見下ろすと、人間だったものがいくつも燃え上がり助けることすらままならない。


 ––––––だれか助けてくれ。そう叫ぼうにもそれを聞いてくれる友も勇者も、すでにこの世に存在しない。二人とも僕の目の前で死んでいった。


 だから僕は、残された最後の手段をここで使おう。


 神は、その手に持った水晶玉のようなものを天にかざす。その玉はいくつもの波動を生み出し、激しく………しかし優しい光を放つ。







「創造の神の名をもって命ずる!! この世界を救う者よ!! 今再びよみがえれっ!!!」







「我が過ちを正すことができる真の勇者をここにっ!!!」







 その記憶は、俺のものではない。




 その記憶は、俺の––––––––––––––––––––––––。







 そう、世界が滅びた日より三年前。西暦にして2028年6月21日。


 時は遡り––––––––––––物語はここから始まる。

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