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剣の半信半疑

 キョウシちゃんが剣を振り上げたまま、ゆっくりとこっちへ近づいて来る。その姿は良くある光景に見え、それでいて妙な違和感を振りまいていた。


「……ん?どういう事?」

「分かりません、分かりませんが……。逃げましょう!」

「ちょわー!!」


 ジョーシさんの掛け声で俺たちが走り出したのと、キョウシちゃんが奇声を発して俺たちに襲い掛かったのはほぼ同時だった。俺の真後ろで刃物が空を切る、その音に心が冷え切る。それが恐らくキョウシちゃんのものだと気付くと、俺は脱兎(だっと)の如く駆け出していた。


「ねぇジョーシさん、どういうことー!?」

「今言いました!ボクにだって分かりませんよ。でも逃げないと危ないのは確かです!」


 二人横に並んで全力で走る、狭い通路だが明るいランプのお陰で先の方まで見通せている。ジョーシさんは目ざとくランプを拾ってくれていたようだ。

 しかし……、と考えてしまう。俺たちは逃げ切れるのだろうか?ジョーシさんはともかく、俺の足ではとてもじゃないがキョウシちゃんを振り切れない。今にも追いつかれるのでは、という恐怖と戦いながら足を()り出す。

 それを知ってかジョーシさんは背後の様子をチラチラとうかがっていた。恐らく俺に速度を合わせてくれているのだろう、この姉妹はどっちが足が速いのか……?フとそんな疑問が浮かんだが、その答えが出るのは少なくとも俺が捕まった後の事だろう。

 俺は最悪の事態、そして起こりえるだろう事態を想定すると、ジョーシさんに向かって叫んでいた。


「ジョーシさん、先に逃げてくれ!俺が少しでも時間を稼ぐ」

「……」

「頼む!このままじゃ二人ともやられちまう!」

「……その必要は無いようです。少なくとも、まだ」


 まだ?そう口にしたジョーシさんは、さっきより頻繁に背後をうかがっていた。その余裕があると判断したのだろう。俺も首を横に向けて何とか背後に目を向ける、そこには俺が想像していた鬼神の様なキョウシちゃんの姿はなかった。

 俺は少し速度を落として呼吸を整える、俺を残して前に出たジョーシさんが再び俺の横につける。聞いても意味はないと分かってはいても、俺はその問いを口にせざるを得なかった。


「追ってきて、いない……?」

「分かりません」

「どうして、キョウシちゃんが……」

「……少し考えを整理する必要がありますね。その前に、剣を貸してもらってもいいですか?」


 俺は背中の剣を引き抜くと、ジョーシさんにその柄を向けた。ジョーシさんが剣に手を伸ばす、その一瞬、俺の頭は良からぬ考えを口にする。

 この子まで敵になったらどうなるのだろう、そんな相手に俺の唯一の武器であるこの剣を渡しても大丈夫だろうか?キョウシちゃんに襲われた事で俺は必要以上にナーバスになっていた。

 ジョーシさんが剣の柄に手をかける、それでも手を離さない俺に眉を上げる。


「どうかしましたか?」

「……いや」


 目の前にはいつものジョーシさんが居た、無表情で冷静な。それはもうさっきまでのジョーシさんではない。俺は自分に言い聞かす、大丈夫だ、信用しろ。そしてジョーシさんの目を見つめると、さっさと剣から手を引いた。

 剣を受け取るとジョーシさんは足を止める。慌てて俺も急停止するが、どうしたというのか……?そのまま一切の動きを止めて目を閉じている。

 俺はその姿に再度、絶望感を感じていた。またおかしくなってしまうのだろうか、再びどこかを見たまま言葉も通じなくなってしまうだろうか。思わず俺は口を開く。


「ジョーシさん……!?」

「しっ……。静かにして下さい」


 どうやら聞き耳を立てているらしい、その眼鏡が静かに光を反射している。

 それだけの事だが、俺はひどく安心していた。返事が返って来た、それだけの事がとてもありがたかったのだ。もう大丈夫、ジョーシさんを信用しても大丈夫。俺は再び自分にそう言い聞かす、……体は妙な汗をかいてはいたが。


「少しここに居て下さい、ボクは穴を掘ります」

「……はい?」


 やっぱりダメだ、ジョーシさんを信用しちゃダメだ。前言撤回、やり直しー。

 俺がここに残ってどうなる、しかも剣も持たない丸腰で。さっきのようにキョウシちゃんが襲って来たらどうしろというのだ。確かにさっき時間稼ぎはすると言ったが、無駄死にはしたくない。無駄死にするにしろ、せめてカッコいい死に際を作って貰いたいものだ。なんならその後、俺を伝説の人物として語り継いで貰っても一向に構わない。盛りに盛った話で救世主伝説を作り上げて貰っても、俺は一向に構わない!

 ジョーシさんは穴を掘ると言っただろうか。どこに向かって掘るというのだ、今の状況でどこを目指すというのだ。新たな空洞で新たな化け物が現れたら、何を一体どうするというのだ。

 やはりジョーシさんを信用してはいけない。俺は剣を取り返すべきだろうか、無理やりにでも。俺の目が剣とジョーシさんの間を往復する。すると()れた様子でジョーシさんが口を開いた。


「今は迷っている時間はありません。お願いです、ボクを信用して下さい」

「う、うん……?」


 俺はジョーシさんの真剣な目に打たれて、思わずうなずいてしまう。しかし、その首は俺の内心の抵抗力によってかなりの斜めに向かって下りた。つまりは首をかしげた様になったらしい。


「……は、はい。ありがとうございます……?」

「う、うん……」


 それに合わせてジョーシさんも曖昧な感謝を口にした、何が良くて何が悪かったのか良く分からないという口ぶりだ。

 見事にぎこちないやり取りだった。それなりに修羅場をくぐり抜けてきたパートナーと、こんなにもしどろもどろのやり取りを交わすとは思わなかった。

 だって信用できないんだもの!死ねって言いたいならハッキリ言ってよ、嫌ほど反抗してみせるから!

 そんな俺をよそに、ジョーシさんはその懐から短刀を取り出すと俺に手渡した。どうやら丸腰にはしないでいてくれるようだ、いや……もしかしたら自決用?そしてランプを腕に掛けると壁に向かって剣を向けた、その角度は意外にも少し上を向いている。

 どういう事だろう、このままどこか分からないゴールを目指す訳ではないらしい。じゃあ、どこへ……?そんな疑問を口にしようした時、ジョーシさんが先に口を開いた。


「もしボクが声を掛けるより先に、姉さんがここにやって来たら……。逃げて下さい、一目散に。ボクの事は気に掛けなくていいです」

「え……」


 それだけ言うとジョーシさんはさっさと壁に剣を突き刺した、ドン!という大きな音と共に壁に大きな穴が穿(うが)たれる。

 どうやら死ねという訳ではないようだ、だがどうしよう……。ジョーシさんは逃げていいと言った。だが、こんな音を立てながら突き進んでいればキョウシちゃんにも場所がバレてしまうだろう。脚力はともかく、姉妹の剣の腕前は比べるまでもないのだ。

 俺はどうすればいいのか……?逃げて下さいとは言われたが、だからといって、じゃあ逃げますね!という訳にもいかないだろう。それで仮に生き延びたとしても、絶対後悔する、俺は一生後悔する。

 待て待て、落ち着け。話を飛躍させるな。いつから二人が斬り合う事になったのか、キョウシちゃんがジョーシさんを一瞬で真っ二つにする事になったのか……。違うだろう。

 短刀が俺の手の中で静かに光を発している。そうだ、冷静になれ。確かにさっき、キョウシちゃんは俺に向かって剣を振り下ろした、見てはいないがそれは間違いない。だが、それはなぜだ?何一つ理由が分からない。もしかしたら街中で石像を壊した時のように、何かを斬ろうとして俺の背後に剣を振り下ろしただけかもしれない。

 じゃあ、狙ったのは……背中の剣?あり得ない事もない。元は自分の剣だったが、色んな血やアレが付いた呪われた剣だから斬ろうとした。でもなぜ今頃……?と、その問いに対して俺は答えを持てなかった。

 ならこのローブ姿が気に入らない、これはどうだろう。今までずっと我慢していたのかもしれない、それを脱げと言いたかったのかも。そんな物を着ているより、俺の全裸が見たい、と……!ありえない事もないが、そういう事なら二人きりの時にして貰いたいものだ。俺のように性衝動で動いていると、つまらない誤解を生む事になる。……よし、これでも無いな。


 穴を掘る音が離れて行く。いつの間にか座り込んでいた俺は、まだ痛みの走る腕や首を揉みほぐしながら考えていた。なぜキョウシちゃんが襲いかかってきたのか、その問いに対する解答は一向に得られなかったが、積み重なっていく時間が一番もっともな結論に思われた。 

 キョウシちゃんは追って来ていない、やはり何か誤解があったのだ。今頃はあの空洞の付近で、明りもなくすすり泣いているのだろう……。それはそれで不憫(ふびん)だ。

 俺は手元の短刀を見ると、そんなキョウシちゃんに差し出したい欲求に駆られた。こんな光でも無いよりはいいだろう、きっと炎のランプが欲しいと言うに決まってはいるが。


「しくしく……」


 その声にハッとする、女の泣き声がした。……もしかしてキョウシちゃん?

 俺は声がした方へ剣を向ける、道の先が青白い光で照らされる。その姿は見えて来ないが、間違いなくキョウシちゃんだろう。少しずつ近づいて来る足音と、すすり泣きの声。

 何と言って謝ろう、最初に考えたのはその事だった。暗いのが嫌いだと分かっているのに、明りもない場所に一人残していってしまった。一度斬りかかられたぐらいで、だ。まぁその一度で下手すりゃ死ねるけど。


「しくしく……」


 声は近づいて来る、その物悲しい泣き声に心が痛んだ。いや、首の痛みと勘違いしただけかもしれない。しかし俺は謝りたかった、そして隙あらば抱きしめたかった。キョウシちゃんもお姫様だっこして、その柔らかさや匂いを満喫したかった。

 そんな俺の煩悩を断ち切るように、人影が現れる。そして俺は絶句する、そこに立っていたのはボロボロのローブ着た髪の長い女だった。

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