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剣の変なスイッチ

「に、逃げるぞ!」

「い、痛い!……痛いです」


 再び表れた化け物を前に、ランプを拾い上げジョーシさんの手を強く引く。だが急に腕を引かれたジョーシさんは再び倒れこんでしまう、早く立ち上がらせないと……。

 その腕を引こうとするが、今度は俺の手に力が入らない。うつむいているジョーシさんの顔を覗き込むと、その顔は青ざめているようだ。それが不安のせいなのか腕の痛みのせいなのか分からないが、散々乱暴に扱ってきたのだ、さすがにそろそろ限界だろう。

 俺の中にこの子に対する同情心が沸いて来ていた。これ以上、無理に引きずり回す事は出来ない。だが、逃げないとあの黒く燃える化け物にどんな目に合わされてしまうのだろう……。

 これ以上この子を傷つける事も、ひどい目に合わせる事もしたくはない。なら、どうしろというのか。


「救世主さん……、助けて下さい……」

「……やってるよ」


 再び絶望的な気分が押し寄せる、俺は何をすればいい……?

 いつものように指示してくれよジョーシさん。へっぽこな作戦を考え出して失敗させてくれ、試行錯誤させてくれよ。どうしてそんなに(おび)え切ってしまっているのか……。


「救世主さん助けて……」

「分かってる、分かって……ん?」


 助けて、その言葉に俺の何かが反応する。以前にも似たような事を言われた気がする、だがこの子に助けを求められた事なんてあったっけ?

 救世主さん助けて!そんなジョーシさんの余り切実でない助けを求める声、それが頭の中で響いていた。それがいつだったか、その時俺は何をしたのか──。

 気付くと体が動いていた。神の剣を再び黒い炎に投げつける、そしてランプをジョーシさんの手にねじ込むと、空いた両手でジョーシさんを抱え上げてその手を俺の首の後ろへ回した。


「行くよ、ジョーシさん」

「えっ、えっ?」


 それは俗に言うお姫様抱っこというやつだ、剣が戻ってくるのも待たずに俺はさっさと走り出す。

 急な展開に俺の腕の中でうろたえるジョーシさん、その目は相も変わらず宙を舞っている。まだ俺が見えていないようだ。なら、今この子の目には自分が浮いているように見えているのだろうか?それはそれで楽しそうだ。

 俺の口元がゆるんでいた、いくらか心に余裕が生まれていたようだ。それが両手に抱えた女の子の温もりのせいか、前より増したその子の重さのせいなのかは分からないが。

 これなら何とか逃げおおせるかもしれない。背後を見る余裕はないが、あの化け物は再び剣で両断されたはずだ。また少しの間は動けないだろう。


「ひぃっ!?」


 だが次の瞬間、背中に冷たいものが走りゾクリとする。硬質で冷めた感触が背筋を上から撫でていく、この感触は知っている……。山の中の暗闇で俺の体を甘噛みしていた闇の化け物の牙、そいつは俺の背中に入り込むと適度な深さで動きを止めた。

 背中の牙はそれ以上動きはしなかった、そしてどこか慣れた感触だ……。つまり、これは……神の剣だ。どうやら俺の両手が塞がっているから定位置に納まったらしい、ビックリさせないでくれよ……。


「ぷっ、ククク……」

「へ?」


 手元から妙な声が聞こえて来る、思わず両手を離しそうになったが何とかこらえる。俺の腕の中でケタケタと笑い声を上げたのはジョーシさんだった、今までの悲壮感はどこへ行ったのか。更には俺に抱えられた足(膝から先)をパタパタと動かし出した。バランスが悪くなるので勘弁して下さい……。

 一体どうしたというのだろう、揺らされすぎて変なスイッチが入ってしまったのか……?入ってしまったのだろう。その目は変わらず宙を泳いでいたが、表情は笑顔と言っていい程度に目じりが下がっていた、そしてキラキラと光って見えた。


「走れー!」


 いつかと同じ掛け声が掛かる。それは最初に潜った墓地の地下、そこで体のセンサーが反応してやばい状態になったジョーシさんを、俺が抱えて外へ連れ出した時と同じものだ。

 ようやくジョーシさんが俺と同じものを見てくれた。いや、見えてはいないのだろうが、何かが通じた気がして俺の心が晴れ渡る。

 ジョーシさんが俺の首に回した手を強く握った、この子にも分かったのかもしれない。目が見えていなくても俺の存在が伝わったのかもしれない。


「救世主さん……?」

「はい、なんですかー!?」


 どうせ聞こえていないと適当な返事をする。やはり聞こえていないのだろう、ジョーシさんの虚ろな目は俺の顔辺りを向いてはいるが、焦点が合っていない。しかし久し振りに笑顔を見た気がする、しかも中々に顔が近い。どさくさ紛れにキスでもしてしまおうか、手が触れたって事にでもして。

 俺の不埒(ふらち)な妄想に気付いたのか、背中の剣がチクチクと肌を刺す。分かってますよ、冗談ですよ。軽く魔が差しただけです。

 まぁ少なくとも今はそんな事を考えている暇はないのだ。背後から化け物が迫っている。ちょっとその存在を忘れていたが。


 俺は走る、このどこまで続くのか分からない暗闇の中を、ジョーシさんを抱えて。ほんとにどこに向かっているのか、出口はあるのか、入り口は?

 周囲を見回すが天井と地面以外は何も見えて来ない、それに生憎ランプは俺の首の後ろにあり視界もよろしくない。首だけ横に向けて背後をうかがうが、そこには何も居ないように思われた。

 いや、油断はするな。俺はこの展開を知っている、油断したら直ぐにやられる。そんなドッキリ展開を。

 警戒してしばらくそのまま首を横に向けていると、やはりというか何というか、ギラギラ光るものが目に入る。ホッとするような残念なような気持ちで、俺は速度を緩めず走り続ける。


「……く、くすぐったいよ!」


 何かモゾモゾするので顔を正面に向けると、ジョーシさんが俺の首を撫でていた。目は虚ろなままのようだが、どうやらその手で何か感じ取っているらしい。ジョーシさんの手は俺の首を一回りすると今度は胸や肩を撫で、そして俺の顔に触れてきフゴゴゴ。鼻の穴に指を突っ込んで来る。

 ひっひっふー……、危ない、呼吸できないじゃないか!何を考えているんだこの子は。俺の荒い吐息と鼻息を手に受けたジョーシさんは、自分の手の平を見つめながら、それでもなぜか幸せそうに見えた。

 無理やり抱っこしてしまったのだが、案外これが正解だったのかもしれない。だが俺の腕や体力は決してこれで良いとは言い切れず、少しずつ近づいてくる限界と既に戦いを始めていたのだった。


「ジャンケン、ポン。ひだりー!」


 ジョーシさんが一人ジャンケンを始めてしまった。墓地の地下と完全に同じパターンだ、どうやら繰り返しているらしい。しかし知ってますかジョーシさん、ここに曲がり角などない事を。ただのだだっ広い空洞だ。仕方がないので少し左に寄ってみる、追いつかれはしないだろうかとドギマギしながら。

 背後を気にして走っていると、左側に壁が見える。壁……?確かに壁だ、この空洞が広いとはいえ限界はある。そもそも俺は穴を掘っていてここに辿り着いたのだし、何も驚く事はないはずだ。掘っていたのはジョーシさんだったが。

 なら、戻れるだろうか?デタラメに走って来たせいか方向は既に分からない、それでも壁を伝っていけば俺たちが入ってきた穴にいつかぶつかるのではないだろうか。


「ジャンケン、みぎー!」

「左に行くぞー!」


 俺はジョーシさんの支持に反して壁沿いに走り出す。直角以上の角度で曲がったが、化け物の姿は視界の隅で捕らえただけだった。捕まるかと思ったが何とかなった……。正直、かなりの賭けだったのだ。

 だが俺たちは勝った、賭けに勝ったのだ!やったぜジョーシさん!右に行く指示を無視して正解だった、へっぽこ軍師万歳!

 俄然(がぜん)勢いがついた俺は走りに走る。腕の感覚が徐々になくなって来たが、持ち上げること数十回。前回の失敗に気付いていたらしいジョーシさんは、俺の首に回した手に力を入れて、体重を首に回してくれたようだ。それで手の負担は大分マシにはなったが、それより自分で走って下さい……。


「ひっ……ひっ。ひぃ……ひぃ……」


 腕が痛い、首も痛い。どこまで続くのかこの壁は、さっき逃げて来た分を戻っているだけなのだが、帰りは荷物の重さのせいか倍以上の距離に感じる。横に壁があるだけの真っ暗な空間、そんな見た目に変化がないのも辛い。

 腕の中のお荷物さんは、どうやらもう一人ジャンケンに飽きたらしく、俺の首を責め立てながらたまに俺の顔辺りに手を伸ばして微笑んでいた。なんていうか、その……。これ、誰?

 そこにはもう無表情でテキパキ話すへっぽこ軍師のジョーシさんの姿はなかった。一体この子に何が起こっているのか。そして実はこちらの方が問題なのだが、俺の背後を追って来る化け物。こいつの姿が泣きべそをかいたオヤジに変わっていたのだ。最初の恐怖はどこへ行った、しっかりしろ。……いや、しっかりするな。

 走る速度も大分落ちて、それでもオヤジが追いつく気配はなく。緊張感のプッツリと切れた逃亡劇がそれでもまだ続いていた。そして俺はついに見つける、思わず二度見して見つける。穴だ……!


「穴だー!」

「……っとと」


 思わず声を上げて少しばかり飛び上がる。腕の中のジョーシさんは俺の今までと違う動きに少し動揺したようだが、しかし出口は見えた。背後の化け物がどこまで追って来るのかは分からないが、それでもここから出れば何か変化があるのかもしれない。

 僅かな希望と結構な感動を胸に俺は穴に向かって直進する。が、俺の目に映ったのは穴の方から射す光だった。この光は……?

 今更止まる事も出来ず、俺はもと来た穴の中へと飛び込んだ──。

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