剣の意志不通
「あれ……?救世主さん、どうやら空洞を掘り当ててしまったようですね」
「ああ、ジョーシさんはちょっと下がってて」
ジョーシさんから剣を受け取り前へ出る。空洞の中は真っ暗のようだ、またどこかの通路につながってしまったのだろうか?だとしたらジョーシさんを行かせると体のセンサーが反応してあれな事になってしまうかもしれない。俺は一人、慎重に暗闇の中へ足を踏み入れていく。
「……何も、無いな」
「珍しいですね、今まで直ぐに何かが現れたんですが」
ランプを高く掲げるが地面と天井を除き何も目に入らない、それほどまでに暗く広い空洞。ここは一体何なのだろう、通路にも見えないがただの空洞とも考えにくい。この場所の事は気になったが、何もないならさっさと引き返すに限るのだろう。
実は、俺は少し安心していた。穴掘りで楽しそうなジョーシさんを止められず、無駄に真っ直ぐ穴を掘り進めてしまった。俺たちが向かっているのは真下のはずなのに、既にかなり脱線しているはずだ。
そういう意味では助かったのかもしれない、ここから改めて方向を修正して目的地へ向かうべきなのだろう。その目的地がどこなのか、俺たちはまだ知りもしないのだが……。
俺は振り返るとジョーシさんに声を掛けた。
「ここは何もないようだから、もう出ようか」
「……あの、救世主さん?」
何やらジョーシさんの様子がおかしい、既に俺を追って空洞の中へ足を踏み入れてしまっている。そのせいで体のセンサーが反応してしまったのだろうか?だが、その目はうつろでいつものジョーシさんの表情ではない。さまよう様に周囲を見回している。
「ジョーシさん?どうしたの、大丈夫?」
「どこですか?救世主さん。冗談はやめて下さい、出て来て下さいよ」
この子は何を言っているのだろう、俺は目の前に居るというのに。冗談を言っているのはどっちなのか……?
良く分からないが、俺はこの遊びに付き合ってやろうと思った。こんなに堂々と無視されると逆に燃えてしまうじゃないか。
俺は満面の笑みを浮かべるとジョーシさんに向かって必殺のダブルピースを突きつける、自分でも恥ずかしくなるぐらいのやつだ。至近距離でこんな事をされれば、さすがにクールなジョーシさんでもリアクションせざるを得ないだろう。
可愛くない、とか何やってるんですか?とか、いくつもの嬉しくない反応がまぶたの裏に浮かぶ……。やるんじゃなかった、という後悔が早くも頭をもたげたが、ジョーシさんの反応は俺を別の意味で冷やす事になった。
「救世主さん!救世主さん!?」
「えぇ、ジョーシさん……?」
悲痛な叫びを上げるジョーシさん。これはどうやら遊びではないようだ、俺の会心のダブルピースがまるで効果を発揮していない。笑顔がひきつると共に、俺の中にあったらしい良く分からないプライドがポッキリと音を立てて砕けた。
目の前でジョーシさんが俺を探して取り乱している、何をすればいいのか分からない。その頬を引っぱたいてやろうか、それとも尻でも触ってやろうかと、心の折れた俺は暗い欲望を燃え上がらせる。
その時、俺は目の端に何かを捕らえた。何の気なしにその何かに顔を向ける、と、そこには尻に剣が突き刺さったオッサンが倒れていた。
「……えっ、ええ!?」
俺は思わず声を上げる、そして自分の手を確認する。間違いなくそこに剣はあった。じゃあ、あそこに刺さっているのは何だ?
オッサンは頭をこちらに向けて倒れていた。俺が困惑しているとその頭はグルグルと動き始め、俺の視線に触れるとその頭と視線は俺にピッタリと固定された。見開かれた目、その顔は向きが逆で、嫌な懐かしさに心が凍り付く。
そのままオッサンはブリッジするかのように腰を浮かせると、頭を引きずりながらこちらに向かってジリジリと動き出した。これはいつかの、山を出る時にオッサンが俺を追ってきた体勢。
恐怖に震える俺をよそに、オッサンの体が火を吹く。なんで!?燃えて無くなってくれるならそれはそれで良かったが、当然そういう訳にも行かないようだ。オッサンは燃えながらジリジリと俺との距離を詰める。
危険を察知した俺は思わず逃げ腰になる、しかしここに居るのは俺だけではなかった。
「救世主さん!急に一人にしないで下さい、……やめて下さいよ」
一体何がどうなっているというのか。ジョーシさんの目を覗き込む、少なくともその眼鏡に俺の姿は映っているのだが、本人は俺の姿をとらえてはいないようだ。
もう何を言っても無駄なのだろう、奴は俺との距離を詰めつつある。ここは無理にでも逃げるべきだ。
「ジョーシさん……?逃げるよ!」
俺は剣のツバにランプを引っ掛けると、空いた片手でジョーシさんの手を取る。その手の感触には反応したらしいジョーシ、だがその戸惑いをよそに俺は強引に走り出した。
出だしは好調、とは行かなかった。急に手を引かれたジョーシさんは、体のバランスを崩して転がるように前へ倒れ込んだ。俺はその無防備さに呆れてしまう、緊張感の欠片もないじゃないか。
どうして逃げる事すら出来ないのか、俺は焦れながらもジョーシさんの体を立て直そうと苦心する。が、その手が弾かれる。
「やだ!何ですか……?何がボクを引っ張っているんですか、やめて下さい!」
「ジョーシさん……」
俺は思わず言葉を失う、どうしてこの子には俺が見えないのだろう、声が聞こえないのだろう。どうしてこの子は俺がしようとする事が理解できないのだろう。迫る恐怖の中で焦りと絶望感がのしかかる。この子は本当にジョーシさんなのか……?今まで共に苦難を乗り越えてきた、あの冷静でへっぽこなジョーシさんなのか?
「救世主さん!どこですか、姿を見せて下さいよ!?」
「ジョーシさ……」
何かが崩れ去っていた。意志の疎通も出来ず、足並みも揃わない。それだけの事で何かが大きく失われていた、俺は何をしているのだろう……?
ジリジリと奴は迫って来ている。そうだ、逃げなくちゃ。じゃあ、この子はどうしよう。この、俺が見えなくて言葉も通じないこの子は。連れて行こうとしても来てくれない、お荷物でしかないこの子は……、どうしよう。
「救世主さん!救世主さん……?」
俺を呼ぶ虚ろな目のジョーシさん、その背後で奴の目がギラギラと光っている。思わず俺は声を荒げて叫んでいた。
「いいから来い!ぶつくさ言うな!」
俺は再度ジョーシさんの腕をつかむと、無理に立ち上がらせる様にしてそのまま走り出していた。それでも俺の手を振り払おうとしていたジョーシさんは、戸惑いながらも徐々に諦めたように歩調を合わせだす。
いいぞ、これで良かったんだ。やれば出来るじゃないか。
「もうやだ!何が起こってるんですか!?救世主さん、救世主さん!!」
そう叫びたかったのは俺の方だった。何度も足がもつれて倒れそうになるジョーシさん、それを引いた手で支えながら何とか奴との距離を取る。奴は俺から着かず離れず、一定の距離を取って追って来る。その姿が大きく歪むと、今度は燃え上がる化け物になり、そうかと思うと次は真っ黒な闇となりキバを生やす……。
それは身の毛がよだつような光景だった。次々と俺の恐怖心を刺激するように奴は姿を変えていく、これは一体何なのだ。そして俺は一体どこへ向かって逃げているのだ……?
ジョーシさんが再び足をもつれさせる、片手で体重を支えながら俺は内心舌打ちをする。既にお荷物にしか感じなくなったこの子を俺が持て余していると、ジョーシさんは頭を振り払うように声を上げて叫んだ。
「一人にしないで下さい!救世主さん、助けて下さいよ!!」
その言葉の意味が理解できずに、俺は呆れるような気持ちでジョーシさんを見つめていた。
俺は今それをしている、君の目の前で助けようと必死になっている。なぜこの子にはそれが分からないんだ……?絶望感で目の前が真っ暗に感じる。
それでも俺は手を引いた、この子を助けようとしていた。考えるな、今はそれだけで十分だ。生憎、力だけは俺の方が強い。そんな乱暴な意志でこの子を支配し、そして強引に従わせようとしていた。何かがおかしい、何かが間違っている。それが分かりながらも他に手段がない。
手段が無い……?それは本当か?俺は大きく息を吸い込み深呼吸をする。そして恐怖心を飲み込むと、忘れていたように神の剣を握り締める。あった、まだあった。試していない事が。なら、試してみるか。
剣のツバからランプを外し地面に置く、俺たちの影が長く巨大に広がる。それは心の中にある不安を表しているようだ。だがそれらを吹き飛ばすように、俺は叫んでいた。
「神の剣!」
俺は無心にそう叫ぶと、苛立ちや恐怖をぶつけるように神の剣を闇の化け物目掛けて投げつけた。剣はいつものように真っ直ぐに飛んで行くと、見事に闇を両断し、大きく旋回して俺の手元へ戻った。
やった……、何だ出来るじゃないか。いつものクセで逃げ出してしまったが、今の俺にはこの剣がある。どうやら奴は見掛け倒しだったようだ、深呼吸をすると全身の血が体に戻ったような気がした。さて、後は……。
「一人にしないで、お願いです……!」
そこには一人の悲痛な女の子の姿があった。その目にはやはり俺の姿は映っていないようだが、いつの間にかその手は俺の腕を握り締めていた。何かは分からなくても何かにすがり付かざるを得ない、そんなか弱い姿。いつものジョーシさんとは違っている。いや、これがこの子の本質なのかもしれない。どこまでも孤独を恐れる女の子。
そんな子をお荷物に感じていた事が、既に罪悪感となって俺に押し寄せていた。ごめんよ、ジョーシさん……。今すぐにでも何とかしてやりたいとは思うのだが、はてさて一体どうしたものか。
やはりビンタか尻を触るか、胸を揉むかワキをくすぐるか、それともそれとも……。
今にも泣き出しそうな女の子を前に、いつしか俺はどうやって目を覚まさせるかではなく、どの部位に触れるかという事しか考えていなかった。俺の目がいつにも増して真剣になり、そのボディーラインをなめて行く。そして女体の背後でうごめく何かをとらえる。
そこには両断したと思っていた化け物が、黒い炎を発して立ち上がる姿があった──。




