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剣の性能差

「その、トイレの間で試してみたんです、穴を掘って埋めるのを……。軽い穴ならボクでも掘れたので、使えるのではないかと」

「ああ、だからジョーシさんも急いでたんだ」

「……まぁ、はい」


 俺は穴を掘っていた、ジョーシさんの剣、いや(すき)でだ。

 使い心地は悪くは無かったが俺のクワほどの破壊力はなく、速度は遅いが無いよりは全然マシという微妙な評価にならざるを得なかった。あえて口にはしないが。

 しかしさすがはジョーシさん、トイレの間に駆け込んだのにはそんな理由があったとは。うん?でもそれって別に穴が掘れればいいだけで、わざわざ用を足す必要性はなかったのでは……?と、まぁこれも口にはしない。


 再び作業が始まった。救世主、兼雑用係による穴掘りだ。

 鋤を壁に突き刺すと僅かな破壊音と共に小さな穴が出来る、クワを使った時の五分の一といったところだろうか。つまりは俺の運動量が五倍になるという事で、しばらくまともな運動をしていなかった俺にとってはいいリハビリだ。四つん這いで走る以外の運動は久し振りで、全く嬉しくて仕方がない。

 ふぅ、と額の汗を拭うと背後からジョーシさんの声がした。


「あの、救世主さん。代わりましょうか?」

「いいよいいよ、これが俺の仕事だから」


 この言葉は強がりでも何でもなかった、これが俺の仕事なのだ。存在意義のほぼ全てなのだ、それを奪われてはいけない。つまりはこれが、男の仕事。

 どうやらジョーシさんも少し罪悪感を感じているらしい、もっと上手く行くと思っていたのだろう。だが剣による性能差、というか性質の違いについてはジョーシさんにも理解できていないらしい。一体何が違っているというのか……?

 俺は平気である事を示す為に、わざと速度を上げて壁に鋤を突き刺す。ほらほら、こんなに簡単。どんどん穴が広がって行きます、驚きですね!今なら穴が二倍の速度で掘れます、はやーい!

 なんて風には上手く行くはずもなく……。


「……ひぃ……ひぃ」

「救世主さん……、代わります」

「いや、ひぃ……、その、ひぃ……。お願いしますひぃ……」


 鋤をジョーシさんに手渡す、既に俺の腕はプルプルと震えていた。

 クワとは大分使い勝手が違っていたし、そもそもこれは足を使って地面を掘り返す道具なのだ。ただ、それをすると真下に掘ってしまうので、仕方なく壁に突き刺すという不安定な作業になってしまい。それを繰り返す両手には凄まじい負荷がかかってしまう。

 これは、例え運動不足でなかったとしてもかなり腕に(こた)える作業だ。もっと上手い使い方は無いものか……、期待した訳ではなかったが、ついジョーシさんの動きに答えを求める。

 だが、その動きは俺以上のものだった。……悪い意味で。

 ジョーシさんは鋤を両手で持っていたが、その先端が定まらないようだ。どっちに向かって掘っているのかすら分からない。きっと頭では理解しているのだろうが、力が足りないせいだろう、見当違いな方向にばかり穴が出来ていく。ついでに手を滑らせて鋤を落とす。


「……ちっ」


 ジョーシさんの舌打ちが聞こえる、それは自分に対する苛立ちなのだろう。ハラハラして見ていた俺はそこでようやく気が付く。

 ダメだ、というか無理だこの子には。この子も一応はお嬢様、という事なのだろう。全く流行らない教団の娘という立場ではあるが、野良作業には手を染めて来なかったらしい。


「ありがとうジョーシさん。少し、休もうか?」

「……はい」


 うつむいたジョーシさんが静かに答える、その顔から自分に対する幻滅のようなものを感じる。残念だが仕方がない、経験と力は直ぐに手に入るものではないのだ。慰めの言葉を口にしたかったが、何一つ言葉が思い浮かばなかった。

 もっと早く止めるべきだった。それはジョーシさんが怪我をしそうで危ないから、というのもあるが。そのメチャメチャな仕事の後片付けを考えると頭が痛くなった、というのも事実だ。

 やはりこれからは俺の剣を連れて来よう、どれだけ嫌がろうが関係ない。無理やりにでもキョウシちゃんから引き離して持って来るべきなのだろう。


「ふぅ……」

「……」


 壁面に背中を預ける、少し遅れて俺の横に意気消沈したジョーシさんが腰掛ける。どうやら相当堪えたらしい、自尊心がミシミシと音を立ててへこんで行くようだ。

 思えばこの子の作戦や計画は良く失敗する、誰が言ったかへっぽこ軍師さん。ごめんなさい、言ったのは俺です。

 いや、それでも上手く行っている方なのだと思う。そんなに全てが計画通りに行く訳がないのだ、この子は良くやっている。


「いててて……」

「……すいません」

「え、いや、今のはそうじゃなくてさ……」

「今の”は”、ですか……」


 どうやら何を言ってもダメらしい。全て悪く取られてしまう、自分の責任にされてしまう。真面目なのは悪い事ではないが、これでは俺まで気分が(ふさ)いでしまう。

 俺が痛みを感じたのは背中にある物のせいだった、キョウシちゃんの剣がそこにあるのだ。街中で背中に隠していたせいか、律儀にもこの剣はその場所を自分の定位置だと思ったらしい。そんな勘違いを背中から引っこ抜く。

 真っ直ぐに伸びた剣がランプからの光を反射して輝いている。見事な剣だ、俺の剣やジョーシさんのとは違った凄みがある。これこそ神の剣の名に相応しいと思われたが、今は敵を斬る剣より道具としてのクワが必要だった。

 なぜか隣のジョーシさんがこの剣を見て身を引いた気がする。やはりこれは血塗られた剣……、その不憫な姿が脳裏をよぎる。


「こいつも穴が掘れたらなぁ……」

「……すいません」

「いや、ジョーシさんのせいじゃないからね……?」


 俺はどうにもならないこの状況に小さくため息をつく。この剣も変形できればいいのにな……、そんな事を考えたが、そんな融通の効く剣ではないだろう。

 そろそろと震えてきた腕を下ろすと、俺は腹立ち紛れに剣を地面に突き刺した。するとドン!という巨大な音と共に尻の下が軽くなり、一瞬の浮遊感の後で座ったままなのに尻餅をつく。ランプが何かにぶつかった音を響かせて、そのまま静かに転がる。


「……」

「……」


 無言のままで目を見合す俺とジョーシさん。一体何があったのか……?二人して怪訝(けげん)な顔を周囲に向ける。さっきまでの掘っていた壁が見えない、天井が妙に高く感じる。どうやら俺たちはくぼみの中に居るようだ。という事は、落ちたと感じたのもどうやら錯覚ではなかったらしい。

 俺は手にしている剣を今度は目の前の土に突き刺してみる、するとドン!という巨大な音と共に視界が広がった。


「……凄い、凄いですよ、救世主さん」

「うん……、俺の剣より凄い」


 目が覚めたような感覚と共に俺たちはくぼみから這い出す。そしてキョウシちゃんの剣を両手で持ち、そのままジョーシさんが作ったデコボコの壁に思い切り突き刺す。ドン!と、まるでそこには何も無かったように綺麗な穴が出来上がった。

 これは……、気持ちいい。ジョーシさんの剣でちまちました作業をしていたせいか、爽快感で頭が禿げそうだ。いや、禿げないが。

 調子に乗った俺は出来上がったばかりの穴に入り込み再び壁に剣を突き刺す、気持ちいい。禿げないが、突き刺す!気持ちいい、突き刺す!禿げてもいい。

 俺の脳が爽快感でツルツルになっていると、珍しく控え目な感じでジョーシさんが口を開いた。


「あの……、ボクもやらせて貰っていいですか?」

「ああ……、やっちゃってやっちゃって」


 俺は剣のツバを持ち、柄をジョーシさんに差し出す。すると剣を受け取ろうとしたジョーシさんの手がピタリと止まる、その目が柄を見たまま凍りついている。

 やはりこの剣は握れないのだろう、俺とオッサンの尻によって血塗られた剣。女の子にとっては余りにもハードルが高い、俺もつくづく良く握っているなと思うほどだ。決してこの剣が悪い訳ではない、しかしその境遇が余りに残念だった。男二人の肛門を咥えた剣……、その辺の呪いよりよっぽどタチが悪く感じる。

 俺は剣に同情しながらもジョーシさんの前からその剣を引く、すると凍っていると思っていたジョーシさんが口を開く。


「大丈夫です、貸して下さい」


 俺は半ば引いた手を止める、するとジョーシさんは身を乗り出して剣の柄を握り、俺から剣を奪い取った。あっけに取られる俺の前を、剣はそのままランプの光を受けて輝きながら通過する。そしてぎこちない構えのジョーシさんに両手で握り締められた。

 ジョーシさんの心の中でどういう変化があったのだろう、自尊心が壊れすぎてヤケにでもなったのだろうか。詳しくは分からないが、ジョーシさんに握られた穢れた剣であるキョウシちゃんの剣。それはとても真っ直ぐに伸びて晴れやかだった。そしてその両手でしっかり握られた柄を見ると、なぜか俺の肛門がうずうずするのだった……。なんだこの感じ。


「行きますね……!」

「あっ、……おう!」


 ジョーシさんが真っ直ぐに剣を壁に突き刺す、するとドン!という音と共に壁に大きな穴が開く。自分がやった訳ではないが、この爽快感。これはクセになる、クワとは違ったこの快感。しかも掘れる量はクワ以上だ。

 再び足を前に進め、壁に向かって剣を突き刺す。ドン!今度は止まる様子もなく、壁に向かって、ドン!

 さっきまでのウジウジした調子を吹き飛ばすように、ジョーシさんは先へ先へと穴を進めていく。その口元は珍しく上にあがって、ちゃんとした笑顔を形作っていた。


「これ、気持ちいいです!救世主さん」

「そうだろそうだろ!」


 俺たちは笑顔を交わすと、再び先へ先へと穴を掘り進めていった。方向も気に掛けず、楽しむ為だけにひたすら剣を突き刺していった──。

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