剣の真昼の処刑人
「ふ~ん、ふふふ~ん♪」
上機嫌で鼻歌を歌うキョウシちゃんを先頭に、俺たちは街の中を歩いていた。どうやらキョウシちゃんは大理石で出来た自分の像にご満悦のようだ。
しかし、次期教祖の像があのポーズで本当に良かったのだろうか?随分楽しそうな教団だと思われそうだが、その辺りにまで頭が回っているのだろうか?完全にキョウシちゃんの好みだ、そんなものをずっと街の中に置いておくつもりなのだろうか……?
何かうんざりした気分で歩いていると、堪えるような表情のジョーシさんが目に入る。これだけの為に連れ出されたのかと思うと嫌になるが、先の事を考えるとキョウシちゃんに上機嫌で居て貰うのは悪くないのかもしれない。
そんなワガママな次期教祖を眺めていると、鼻歌に混じって何やら呟きが漏れて来た。
「あ、そうだ。もういらないよね」
キョウシちゃんはそう言うと、鼻歌の続きを奏でながら自らの腕に巻きついていた俺の剣を手に取る。その剣は何事も無かったかのように真っ直ぐに伸びる。
そしてキョウシちゃんは先に見える像と、まだいくらか集まっている観衆に向かってスキップしながら剣を振り回して近づいて行く。
「あの、キョウシちゃん!?」
「ふふふ~ん、ふ~ん♪」
キョウシちゃんは何を考えているのだろう、機嫌が良くなりすぎて人が斬りたくなったのだろうか。そんな訳はないとは思うが、しかし誰がどう見ても危ない光景だ。剣は街中で楽しそうに振り回す物じゃないんだよ?
誰かが止めないと!そしてそれが出来る誰かって……俺しか居ないよね?俺は慌ててハイになった狂戦士の後を追う、いざとなったら背中に隠した剣で……!といっても何が出来るというのだろう。俺にこの子は止められない、しかしこの子に人殺しをさせてはいけない。この子はきっとクセになる、二度と人の道に戻れないだろう。恐ろしい想像だがその確証はあった。
街の人間の命?教団の信者を守る?俺を追い回した連中だ、そんなの知ったことか!でもキョウシちゃんは止めるぞ!
「ふっふ~、ふふ~ん♪」
「キョウシちゃん、それは人として越えちゃいけないラインなんだー!」
俺の声は届かない、そんなキョウシちゃんに気付いた観衆が思わず狂戦士に道を譲る。が、やはりその顔は恐怖に歪んでいる。笑顔の処刑人がスキップで迫って来るのだ、どう考えても異様な風景だろう。
処刑人を前に誰もが道を譲っていくが、一人その存在に気付かない存在が居た。男の子だ、キョウシちゃんの像の前で何かを祈っている。ターゲットを定めたのか処刑人はその男の子の背中に向かって不気味な鼻歌を歌いながら近づいて行く。誰か……誰かその子どけて!
「ふんふんふふ~ん♪」
「少年、後ろー!」
キョウシちゃんが剣を振り上げる、何らためらいのない動きで。地下とは違って地上はまだ平和だと思っていたのに、こんな穏やかに晴れた日に、今日という日はなんて惨劇。観衆から女の悲鳴が上がる。
俺がようやく観衆の背後にまで辿り着いた時、男の子の背後に辿り着いたキョウシちゃんの剣がうなりを上げる。その水平に払われた剣が祈りを捧げる子供の頭を真っ二つに──せずにその頭上を通過して石像を綺麗に叩き切った。
「うぎゃー!?」
叫んでいたのは俺だった、いつかのトラウマが蘇る。再び俺の心がハートブレイク、斬ったのは本人で斬られたのは石像で壊されたのは俺の恋心で──。
観衆がざわめく、石像に向かって祈っていた男の子の動きが止まる。そんな姿は俺の壊れた心と重なって見えた、この子を守らないと……!俺はいつまでもショックを受けてはいられず、抵抗するように慌てて口を開いていた。
「キョウシちゃん!?何やってるの!?」
思わず声が上ずる、そしてなぜか俺は男の子の背中を抱きしめていた。これ以上この破壊神にやらせるものか、やらせはせん!やらせは──。
「だってもう要らないじゃない、壊しちゃった方がいいよね?」
「……はい?」
キョトンとした顔でキョウシちゃんが答える。必死になっている俺に「どうかしたの?」とでも言いたげだ。いやいや、どうかしてるのはそっちですよ。
これだけの人を集めて見世物になっている石像を、いとも容易く破壊するなんて。しかも破壊したのは自分とそっくりの像、それもいきなり剣でぶった斬るなんて嬉しくないサプライズ展開……。さすがにこれには俺だけでなく周囲の人もドン引きのようだった。
「……あれ?どうしたんですか、皆さん」
「姉さん……」
キョウシちゃんは周りを見回しようやく異変を察したようだが、何が悪かったかは分かっていないらしい。ジョーシさんの気苦労が思いやられる。
やはりこの子はどこか欠けている、これで大丈夫か次期教祖。この街を恐怖と殺りくで支配するというのならこれ以上のない適任だとは思うが……。
「あの、次期教祖さま……。よろしければですが」
その声に振り返ると、俺たちの背後に気弱そうな男が立っていた。気弱そうに見えたのは単純に怖がっているからかもしれないが、丸腰でキョウシちゃんの前に立てるだけでも大した度胸に思われた。
「いくつかこの像を、守り神として残しては頂けないでしょうか」
「え……?まぁ、悪くはないけど」
どうやら俺と同じ性癖の人間が居たようだ。いや、敬謙な信者が居たようだ。俺もその案には賛同だ、残しておいた方がいいだろう、壊すにしてもせめて人が居ない所でやろう。それがダメなら俺が引き取るよ。
キョウシちゃんの言葉に観衆の表情がやわらいで行く。男も安心したようだ、僅かに笑顔を見せて俺の方へ歩いて来る。キョウシちゃんもようやく剣を下ろして、今更のように自分の行為を思い返しているらしい。
「ねぇ、離してよオジサン」
「オジ……!?」
俺の手元から聞こえた声は、俺の心を別の方法で破壊して俺の手の拘束から抜け出した。俺が守ろうとした男の子、このガキめ……今なんて言った?
憎々しいそのガキは気弱そうな顔の男に手を引かれる、兄弟なのだろうか。互いにいい度胸をしている、キョウシちゃんに斬られれば良かったのに。
あの男の子は石像に何を祈っていたのだろう、その石像が破壊されてショックはなかったのだろうか。兄弟の後姿を見送ると、弟は尊敬するような眼差しで兄を見上げていた。
度胸……か、あの男の子を守ったのは俺ではなく、あの気弱そうな男だったのかもしれない。少なくとも受けたショックはその後の兄の毅然とした態度で帳消しになったようだ。
「嫌よそんなの、私はいつでも振りたい時に剣を振るの」
「でも姉さん……、それでは信者の方々に怖がられてしまいます」
姉妹がコソコソと話し合っていた、その周囲に既に人の影は一つも無かった。破壊神……、とりあえずこの子に抜き身の剣を持たせるのは危なすぎると思う、だが俺の言う事など聞かないだろうなぁ。妹の言葉にさえ猛反発のご様子だ。
この子は何を守れるのだろう、俺は何を守れるのだろう。兄弟の後姿を探したが、既に道を曲がってしまったのか、どこにも見つかりはしなかった。
「うーん……」
キョウシちゃんがうなっている、別にトイレという訳ではない。
残す石像と残さない石像の選別に苦しんでいるようだが、正直今の俺のにはどうでも良かった。
「うーん……」
ジョーシさんもうなっていた、トイレという訳ではない。
姉の教育について悩んでいるのだろう、その心労は俺も同じだった。キョウシちゃんは自分の剣に絶対の自信を持っている、だからこそ離したくないのだろうし、だからこそ気軽に振り回せるのだ。
本人は何の不安もないのだろうが、それがどう見えるかについては考えが至らないらしい。
「うーん……」
俺もうなっていた、トイレだ。
いや、まだ行ってはいないのだが、それ故に恐ろしかった。自分の尻の状態が分からない、出さないと分からないが出すのが怖い。そして我慢すればするほどブツが大きくなり不安も大きくなる、なんという苦悩……!堪え切れずに思わず口から漏れ出てしまう。
「うーん……、こ」
「……え?」
「はい?」
二人の冷たい視線をスルーする。人間、自分が切羽詰っていると他人に優しく出来ないものらしい。大人のジョークも通じないのか、さらっと流して下さいよお願いします。
あ、もう一つうなるべき事があった。キョウシちゃんが新しい剣を使うと言い出したのだ。どうやらあのオッサンの尻だけでなく、俺の尻もくわえた剣の柄を二度と握りたくないらしい。救世主さまにあげるわ、その剣。と気軽に言われてしまったが、この剣の事を思うと何か心が痛んだ……。
俺の手元で真っ直ぐに伸びた剣、その姿は剣としてのあるべき姿を示していた。だが、その身に降りかかったいくつもの悲劇はこの剣の持ち主に嫌われ、所有者を選ぶ剣となってしまったのだ……!なんと言う悲劇。
その理由は単に、汚いという訳なのだが。
キョウシちゃんの手元を離れて、この剣はどう育っていくのだろうか。俺の剣のように伸びたり縮んだり情けない感じになってしまうのだろうか?
だがキョウシちゃんの足に絡みついた俺の剣はキョウシちゃんの影響を受けているとは思えないほど曲がっている。それがキョウシちゃんの本性だからなのか、それとも最初の主人の影響を一番色濃く受けるのか。この剣の事もまだ良く分かっていない。
「……ん」
俺は胸の内に湧き上がった衝動をこらえ、立ち上がる。大自然が俺を呼んでいる。するとジョーシさんも同じように立ち上がり、それが当然の事のように一緒に部屋を出る。するとジョーシさんは俺に向かって口を開いた。
「地下へ降りましょう、大分時間を浪費しました」
「え……、でもキョウシちゃんは?」
「姉さんはしばらく像の事で頭が一杯でしょう。それにボクらにはいくつかやらなければいけない事があります」
その顔はいつもより真剣さを増しており、いくらか焦りの色も見て取れた。いや、表情からは全く分からないのだが、そんな気がしたのは俺がそう思っているだけかもしれなかった。




