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剣の大人の義務

「別に変な事に使おうとした訳じゃないよ、綺麗だったから持っておきたいって思っただけなんだ」

「……ふーん」

「変な事に使おうとしたんですね」


 開き直ってさっぱりした表情で言ってのけたつもりだったが、本音が少し漏れてしまっていたようだ。しかも自分でも気付いていなかった部分が。それをジョーシさんにハッキリと指摘されてしまう。

 心の内を見透かされたようで、俺は真面目な顔をしたままで凍り付く。出来ればこのまま冬眠したい。

 ふーん、と言いながら俺の顔をジロジロと眺め回すキョウシちゃん。まるで蚊が顔の周り飛び回っているようだ。ぶーん……、もう殺して。


「まぁいいわ。そういうものなんでしょ、男って」

「救世主さんもやっぱり、男の人なんですよね」


 まぁいいんだ、思ったより軽い。そして二人の言う男とは……、ヨージョさまとその下僕という特殊な関係の男たちの事であり。恐らくその間で繰り広げられたであろう何か羨ましい、じゃなくてやましい物事を意味しているのだろう。具体的に何をしたかは知らないが、とても不名誉で誤解を含んでいそうだが。でもお陰で助かった、ありがとう下僕の人!

 思い出したようにキョウシちゃんが目を輝かせて話し出す。


「あっ、そうだ。全部見て来たのよね?私の像」

「へ……?まぁ、ある程度は見たかな」

「じゃあさ、どれが一番良かった?全部で35体あったと思うけど、何番目?」

「……はい?」


 何を聞かれているのだろう、質問の意味が分からない。確かに色んなポーズはあったが、どれも良く出来ていた。それほど違いがあったとは思えない、しいて言うなら……山の中にあった巨大なやつかな。番号で言うと、0番目。

 しかしそれを言うのは気が引けたので、適当なのを言っておこう。


「あ、ええっと……。10体目かな?」

「10体目ぇ?」

「あ、違った。15体目かな?あの髪を振り上げたやつ」

「ああ、17体目ね。悪くはないけどねー」


 俺は一体何を試されているのだろう。記憶力?審美眼?あらかじめ何か言っておいてくれればそうやって見ただろうに、まぁそうやって見ても大した違いは無かったと思うが。

 そんな俺たちのやり取りの背後で、ジョーシさんが俺に向けて何かしている。両手をハッキリとこちらに向けて、人差し指と中指を上げている。俗に言うダブルピースというやつだ。その表情からは分からないが、ジョーシさんがハッピーなのは伝わった。だからどうしたというのか。


「じゃあ……、20体目?」

「20……、は?何言ってんの救世主さま」


 頑張って答えたのに怒られてしまった、なんだこの理不尽。その背後ではジョーシさんが執拗(しつよう)に俺に向けてダブルピースをしている。なんだこの姉妹、二人して俺をからかっているのだろうか。

 俺はそんな陽気なジョーシさんにNOと言うかのように首を横に振った。


「何?救世主さま。私の石像はどれもいい物なんて無かったって言いたいの?」

「あ、いや、そういう訳じゃ……。ただジョーシさんが何かしてるから気になって」


 キョウシちゃんが振り返るとジョーシさんはその手をサッと下ろして何事も無かった顔をする、ズルイぞジョーシさん。


「良く分からないこと言ってないでちゃんと考えてよ!どれが良かったの?そんなの一つしか無いでしょ!」

「一つしか無いのか……」


 どうやらもうキョウシちゃんの中で答えは出ているらしい、後は俺がそれを言い当てれば終わりという訳か。なんだこの理不尽な答え合わせ、俺そんなの知らねぇし!

 なんだか少し頭に来た、そしてそんな俺の前で再びジョーシさんのダブルピースが始まる。一体なんだというのだ、何がそんなに楽しいのだ。不機嫌な顔のキョウシちゃんとその背後で両手を伸ばしてこれでもかと俺にダブルピースを見せ付けるジョーシさん。

 いいだろう、やってやろうじゃないか。ジョーシさんは俺で遊んでいるのか、この不機嫌な顔が気に入らないのだろう、やってやるさ!

 俺は両手をジョーシさんに向けるとこれでもかという程の笑顔とダブルのピースを突きつけた、そんな俺を見てキョウシちゃんの顔が一気に曇る。やってやったぜ、やってやったらやっちまったぜ!


「そうよねっ、当然よね!さっすが救世主さま」

「へ……?」


 曇った顔は一気に快晴に向かい、嬉しそうな顔で外へ走り出して行くキョウシちゃん。今日の気分は曇りのち晴天、所によりダブルピースだ。

 ジョーシさんがため息をついて俺を見ている、なぜか呆れたような顔に見える。何を呆れているのか知らないが、ここは年上として一応言っておかねばならない事があった。


「ジョーシさん、人が真面目に話している時にダブルピースはないんじゃないかな。そういう人を小馬鹿にした態度は良くないと思うぞ俺は、うん」

「……は?」


 そして俺は人としてのあり方をジョーシさんに懇々(こんこん)と言い聞かせるのだった。親しき仲にも礼儀あり、古きを訪ね新しきを知る、棚からぼた餅云々……。

 だが、俺の貧困なレパートリーでは直ぐに言葉が尽きてしまった。説教は得意ではない、大人も大変だ。


「えー、だからだね。人と言う字は……」

「そんな事より救世主さん、人魚の間にあったあの骨ですが」


 俺の大事な話をそんな事と言われてしまった。その事に引っかかりは感じたが、ジョーシさんのその言葉はなぜか俺には助け舟のように思われた。ほいほいと話に乗っかる。


「ああ、あの巨大な奴ね。何か分かった?」

「少しばかり街の人に聞いてみたんですが、くじらという巨大魚の化石だという話です」

「くじら……?かせき?」


 ポカンと口を開けて質問を返す俺に、ジョーシさんは少し目を泳がせて頭の中を整理しているようだ。そして子供を相手に話すように言葉を噛み砕いて話し出す。


「くじらと言うのは巨大な魚の事です。漁師の人がたまに見かけるそうですが、海の神様だと言っていました。そして化石というのは生き物が長い間、土の中に埋まって出来た物の事です。分かりましたか?」

「……うん、大体」


 ジョーシさんがため息をつく。だがそれは俺の理解力にというより自身の説明力に対してのものに感じる、その目が再び宙を泳ぐ。ジョーシさんの頭がカタカタと音を立てているようだ。

 しかし良く怒り出さないものだ、俺ならこんな出来の悪い生徒は窓から投げ出すか怒り出すかしてしまいそうなのに。ジョーシさんは一つずつ説明していこうとする、大人の態度だ。俺の説教よりよっぽどいい。


「つまり……、この場所、もしくはここの地下ですが、遥か昔は海だったのではないか。という事です」

「海!?」


 何を言い出すのかこの子は、だってここには山があるじゃないか。山が元々海だった、うーん……、そういう事ってあるの?山の下が海って、島?

 考え込む俺の前でジョーシさんがホッと息をつく。


「救世主さんは自分に関係のない話はとことん通じませんね」

「そうか?」

「そうですよ。……でも少し安心しました」


 何を安心されているのだろう、それより俺たちの足元が急に海になったりしないのだろうか。地下を掘っている間に溺れてしまう心配はないのだろうか。俺の頭の中はそんな心配で一杯だった。


「その話さぁ」

「あ、姉さん。居たんですか」


 気付けば扉の側にキョウシちゃんが立っていた。いつから居たのだろう、俺のつたない説教は聞かれてしまったのだろうか。なぜか耳が赤くなるのを感じる。

 珍しく腕を組み、不服そうな顔を天井に上げながらキョウシちゃんが続ける。


「色んな人があれこれ言ってるわよね。昔ここは氷山だったーとか、溶岩だらけだったーとか。いまいちどれも信じられないんだけど」

「まぁ、確かにそれは……」


 氷山だったらどうなるのだ、掘っている最中に雪に埋もれてしまうのか?確かにそういう経験はしたが、まさかまた?溶岩はまだ経験していないが、これからあるのだろうか、正直勘弁して欲しい。俺たちはそんな場所を掘り返しているのか……、今更ながら不安しかない。

 そんな俺を見てか、キョウシちゃんが口を開く。


「あんまり真に受けなくていいんじゃないの?そんな事よりさ」

「そんな事……」


 またしても俺の一大事はそんな事扱いされてしまう。そして途端にキョウシちゃんの顔がパッと明るくなる、そういえばどこに行っていたのだろう。


「いい大理石が余ってるっていうから作ってみたの。皆で見に行かない?せっかく救世主さまが選んでくれたんだし」

「……行きましょうか、救世主さん」

「へ?うん……」


 ノリノリのキョウシちゃんとは対照的に、ジョーシさんの言葉にはなぜか諦めたような響きがあった。俺としても出来ればもう少しここでゆっくりして居たかったのだが、キョウシちゃんに背中を押されて歩き出す。どうやら拒否権はないらしい。



 街の中を歩いていくと、いつも通り次期教祖におべっかを言いに来る人たちで溢れる。今日は石像の件もあってか何割か増しで騒がしい。いつもと違うお付の者(俺)の存在に多少怪訝(けげん)な顔を浮かべる人も居たが、ノリノリのキョウシちゃんはそんなものにお構いなく、仮面の笑顔を振りまきながらグイグイ先へ進んでいく。

 その背後では懐に手を突っ込んで無表情のまま堪えるジョーシさんの姿があった……。


 いくつものキョウシちゃんの像を通り過ぎた後だった。今までよりも多い観衆が何かを取り囲んでいる、なぜだか今までよりそこに居る人たちの表情は明るく見えた。

 キョウシちゃんを見かけると観衆は割ったように俺たちを中へ通す、そこにあったのはやはりと言うべきかキョウシちゃんの像。それは俺の想像していた凛々しい顔の像ではなく、その顔にイタズラっぽい笑顔を浮かべ、ダブルピースをしたキョウシちゃんの像だった。


「ねっ、やっぱりこれが最高だと思うわ。どうどう?」

「……あ、うん。いいんじゃないかな」

「でしょー!」


 石像の横に並んで俺にダブルピースを突きつけるキョウシちゃん。その表情にゾクゾクするものと、そしてなぜかゾッとするものを感じた。

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