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例の件

「ちょわわわわー!」


キョウシちゃんが月明かりの中、神の剣を振り回している。

鋭い振り 無駄の無い動き。

次々と錆人間を倒していく、

さすがだ。


「ちょわわー!」


掛け声は置いといて。

一体どうしてこんな事になったのか。


それは数分前、もしかしたら数時間前のようにも感じる。

俺が襲われたあの時から……。




「たす……けて……」


髪の長い女が一直線に俺に向かって来る。

俺の手を離れた剣がゆるやかな軌道で地面に突き刺さる。


さようなら、俺の首。

俺の意識。

元気でいてね、機会があればまた会いましょう。

ああ、俺は一体何の為に生まれて……。


「きゅう……せい……しゅ」


そう、俺は救世主。

神の剣が手からすっぽ抜けた間抜けな男。


「救世主様……!」


そしてこの声は教団の使者の……え?

俺の意識は何とか崖っぷちで留まった。


「キョウシちゃん!?」

「そうですよ……、一体誰だっていうんですか」

「髪の長い……」


素早く周りを見回すキョウシちゃん。


「そそそそなの居る訳なじゃないですかー!」

「……うん」


おかしな言葉だったが理解した、一瞬で理解した。

……色々と。


「どうしたの?……馬車は?その髪は?」

「髪はそのままです、ローブで隠れてただけで」

「あ、そうだったんだ」


キョウシちゃんが語るこれまでの経緯。


「救世主様と別れてから、頭を冷やす為に少し歩いたんです。大人げ無かったかなと……。そしたら道に迷った事に気付いて、慌てて馬車を呼ぼうとしたんですが火打石がなくて……。来た道を戻ったんですが、どんどん知らない場所になるし茨でローブは破くし。新品なんですよ、これ!お気に入りなんですよ、これ!!そんな事してる内にどんどん暗くなるし、心もどんどん落ち込むし。どんどんどんどん暗くなるし、私もうどんどんどんどん!ドンドンドンドン!」

「うん……、大丈夫だから落ち着いて」


太鼓と化したキョウシちゃんをなだめる。

こんな構図は珍しい。


「どうして落ち着いてられるんですか!さっきの髪の長いって何ですか!?」

「髪の長い女なんて言ってないよ」

「今言ったじゃないですかー!」


なだめ損ねる。

そうだ、論理的にいこう。


「信じる者は呪われる。大丈夫、信じなければそんな居ないと一緒だよ」

「私が信じなくても、他の人たちが信じてたら存在するんです!あのバカの剣と同じです!」


論破される。

やっぱり気付いてたんじゃないか。

それはさておき自分達の信仰の対象をバカと言い切るのはいかがなものか。


「しかも呪われるってなんですか!怖いこと言わないでくださいよ!そんなこと言うから怖さがどんどんどんどん、ドンドンドンドン!」


再び太鼓と化したキョウシちゃんに多少のうざさを感じ出した頃。

太鼓の音が急に止まる。


「……どうしたの?キョウシちゃん」

「あ、あ……、あれ」


俺の背後を指差すキョウシちゃん。

恐る恐る振り返る俺、

墓場があるその方向に見慣れぬ人影が……。


「ちょ、ちょっと落ち着こう。大丈夫、俺は信じない。神はいないる、お化けもいないる」

「どっちですか……」

「ちょ、ちょっとは居るかもしれない」

「ちょっとってなんですか……?」


人影が近づいて来る。

あれ?一つじゃない。二つ、三つ、四つ……。

どんどん増える。


「ちょっとじゃない。増える、どんどん……」

「どんどんどんどんどん、ドンドンドンドンドン!」


太鼓と化すキョウシちゃん。

怖いと単語を連呼してしまうのだろうか。


何かが近づいて来る。

あれ?そもそも俺たちが怖がってたのってこんなのだっけ?


「ちょっとって言ったじゃないですか!凄く居ますよ。どうするんですか!?」


恐怖から来る怒りをとりあえず俺にぶつけるキョウシちゃん。


「あんなのちょっとだよ。……逃げよう」

「……はい」


救世主なのに、という突っ込みを期待していた俺は少し寂しく、

それでいてどこか安心していた。


後ずさりする俺、がキョウシちゃんにぶつかる。

どうしたの?早く逃げようよ。

怖いよ?俺、救世主。

怖い!


「キョウシちゃん……?」

「ちょ、ちょ、ちょ……」


背後にも影、いくつもの影。

囲まれた……!?


「ちょっとって言ったじゃないですかー!」

「俺は知らないよー!」

「これのどこがちょっちょっちょっちょっちょ」


落ち着け俺。

大丈夫、日の出まではまだ時間がある。

火打石はないし救援もない。

腹も減ったしベットもない。

神の剣はどこだ!?

なんか地面に刺さって丸まって拗ねてるー!?


「もうダメだー!首よさらばー!」

「ちょっちょっちょっちょっちょっ……、ちょわわわわー!」

「ちょわ!?」


引きつった顔のまま走り出すキョウシちゃん。

恐怖で女として大事な物と、人として大事な物も吹き飛んだらしい。

俺を置いていかないで、と叫ぶ間もなく神の剣を地面から引き抜き。

人影の群に飛び込む。


「ちょわわわー!」


奇怪な掛け声と共に人影をばったばったと切り倒していく。

お見事。

俺が手本としたい、理想の姿。

思わず小さく拍手をする。


そして切られた人影は二つに分裂してまた人の形を……。

あれ?これっていつもの風景じゃ。


「ちょわわー!」


月明かりの中、混乱して反り返った神の剣を振り回すキョウシちゃん。

いつもの勝手に飛び回る剣の軌道より鋭く、手馴れた体さばきで。


これが剣士というものか、

感嘆と共に自信を失う。


「ちょわわわー!」


一通りのカタがついたと思ったら、俺の方へ走って来くるキョウシちゃん。

いや、俺の背後の錆人間に襲い掛かり鋭い軌道でばったばったと。

その貌は引きつっていて、乱れた髪は長く……、いや考えない。

怖い!

ただ、見事な剣さばきを眺めていた……。



俺?

そう、俺は救世主。

神の剣に選ばれた……。


「ちょわわわー!」


あれ?

俺、救世主だっけ?

キョウシちゃんかっこいい。


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