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剣の惜別

「あはっあははは!」

「おうち……」


 俺たちはこの空間の入り口である横穴へ向かっていた。俺の剣は手元に戻ったし、もはやここに居る必要はなくなったのだ。

 ジョーシさんはその剣を懐に仕舞い、俺の剣はキョウシちゃんの手にあり。そして問題の剣、オッサンの尻によって血塗られた剣はなぜか俺の手元にあった。一度握れば後は同じという事なのだろう、今や二人にとって俺の存在はオッサンの尻の穴と同等のようだ。


 だがいつまでも剣を取り替えておくのもどうなのだろう。俺の剣は幸せそうで良かったが、キョウシちゃんの剣は……、まぁいつも通りに見えるけどさぁ。

 一番納得がいかないのは、俺に汚い物を預けておこうというキョウシちゃんの魂胆だ。雑務係の自覚はあるが、俺はゴミ箱ではないんだぞ!

 俺の怒りに応えるように腹が鳴る。またあの集落へ行って飲み食いしたい欲求に駆られたが、これ以上時間を無駄には出来ないだろう。俺たちには目的があるのだ。

 いや、案外ここがゴールなんじゃないの?という疑問も浮かぶ。街の人らをここに引き連れて全員で生活すれば万事解決なのでは、とは思ったが、それならヨージョさまも俺たちを放って置いただろう。わざわざキョウシちゃんをたきつける為に姿を見せたりはしなかったはず。それはともかく……。


「もういっかい!たたかおっ、たたかおっ!」

「しょうがないわねぇ」

「おうち……」

「はい、そうですね」


 なぜか巨大猫や小キョウシちゃん小ジョーシさんも一緒に来ていた。これじゃあ来た時と同じでピクニックだ、騒がしい事この上ない。

 巨大猫が暴れないか不安ではあったが、なぜか太った子猫を手に穏やかな顔で歩いている……、二本足で。もう色々分からないよ、何がどうなっているんだか。


「……なんで連れて来たの?この子ら」

「だってついて来るんだもん、いいじゃない。それに可愛いでしょ?嬉しいでしょ!」

「見境がないんですね、救世主さん……」


 いやいや、嬉しくもないし見境もない……事はない!可愛ければ嬉しいと思うのはキョウシちゃんであって、むしろ俺はワガママ丸出しのお子様が苦手だ。それは駄々をこねた時のキョウシちゃんに対応できないのを見れば分かるだろう。

 ちなみに、その可愛いの中にこの巨大猫も入っているのだろうか?どう見ても可愛いと言えるサイズではないし不気味なのだが。いつかの猫袋の件も考えると、恐らくこいつもキョウシちゃんの守備範囲なのだろう。ずっと巨大な猫が好きだったのか猫袋の影響でこいつが作られたのかは分からないが、いい迷惑であるのは間違いない。

 しかし、キョウシちゃんもジョーシさんもそれぞれ上手くやっているようだ。攻撃もせずに小キョウシちゃんの木刀を受けているキョウシちゃん、ジョーシさんもヤドカリ娘を抱えて何やら満足そうに見える。ジョーシさんはともかく、キョウシちゃんは二人居たらケンカして破綻すると思っていたけれど、そんなに単純でもないらしい。人ってよく分からない。

 そういえばここにヨージョさまは居ないのだろうか。ヨージョさまの欲望の姿、小ヨージョさまと言うべきか……。きっとどこかに居られるのだろう、家族と一緒ではないようだが。そもそもヨージョさまの願いとはなんだろうか……。


「あっはははっ……あは?」

「……何かしら」

「またお姉さまが何かしたんでしょうか」

「おうち……。おつき、さん……」


 それは急な変化だった、空があっと言う間に暗くなっていく、太陽があった場所に今は月が居座っている。ジョーシさんの発したお姉さまという言葉に、ダブルキョウシちゃんの顔が険しくなる。

 なんて不自然な変化だろう、明らかに地上とは違う。またピクニック気分に浸りかけていた俺は、改めてここが異常な場所なのだと気付く。そしてこんな事が出来るのはきっと、ヨージョさま……!

 斬る相手を探すようにキョウシちゃん×2の四つの目が鋭く周囲を探る、ジョーシさんに特に変化は見られないが、なぜかヤドカリ娘を抱いた手が僅かに強張っているように見える。

 ヨージョさまは敵ではないと思うのだが……、長女のせいで碌な目に合って来なかった二人にとっては似たようなものなのかもしれない。

 俺はといえばそのお姿にすがり付きたい欲求で既に頭の中はヘブンへ飛んでいた。


「……今度は油断しないわ」

「たたかう……」

「どこでしょう、来ませんね」

「ひかり……」


 ヤドカリさんの言葉に全員がその視線を追う。その先、森の向こう側に僅かな光があった。それが正面になければ気付かなかったような小さな光。それぞれの死角をカバーして背中を合わせていたダブルキョウシちゃんが敵の位置を確認して構えを正す。一体何が始まってしまうのだろう……?俺はこの姉妹の最終戦争を見届けようとしているのだろうか、よりによってこんな場所で。


「あ」


 そう思った次の瞬間、ほぼ全員が口にしたその言葉を言う間に月は太陽へと変化していた。

 それぞれにバカ面を見合わせて苦笑する俺たち、なんだったんだ今のは……?ヨージョさまの気紛れ?それとも単に夜が来ただけだったのだろうか。ここの仕組みは未だに良く分からない。

 疑問を抱えながらも再びピクニック気分に戻った俺たちは、残りの道のりを賑やかに踏破(とうは)した。



「じゃあ……、また来るね。絶対来るからね!」

「……」


 キョウシちゃんが名残惜しそうに別れを告げている、しかしその相手は小キョウシちゃんでは無く巨大猫の方だった……。その手からデブ猫を受け取ると、その巨体に抱きついて思う存分顔を擦り付けていた。何をやってるんだろう、あれは。

 小キョウシちゃんはそれが不服らしく、必死でキョウシちゃんの足を引っ張っている。木刀で斬りかからないだけ懐いたと考えていいのだろうか。


「踏まれないように気をつけて下さい」

「……おうち」


 ジョーシさんたちも別れを告げていた。互いに表情からは全く読み取れないが、ヤドカリさんのおうちという言葉の中にジョーシさんも含まれたように感じたのは俺の考えすぎだろうか。そもそも本人たちの無意識の願望なのだ、その願望が本人に会って何か影響が出たりするものなのだろうか。

 うーん、と(うな)ってみたが、分からないので止めにする。それより俺も何か一言、別れの言葉を口にすべきなのだろうか。なんとなく盛り上がっている感動的なシーンに俺も混ざりたいという欲がムクムクと湧き上がる。


「じゃあもうお別れだけど、二人と遊べてお兄さんはとても楽し──」

「あはははっはは!」

「おうち……」


 けたたましい笑い声を残して二人と一匹は行ってしまった──。

 うん……、俺あの子らと大して遊んでなかったし、俺の方もそんなに思い入れがなかったから分かってた。分かってはいたが、少し寂しい……。

 振り返ると藪の中に横穴がある、俺たちがここへ来る時に使った穴だ。ようやく元のルートに戻れる。

 その前に二人が居た、願望ではない本物の二人だ。一時的にはぐれてしまったがまた一緒に冒険が出来るのだ。こんなに嬉しい事はない!


「救世主さま、分かってるわよね?十分に時間を空けてから来てね。覗き込んでもダメよ、目玉くり貫くわよ」

「一度に両目ですからね」

「……はい」


 そんな二人の温かいお言葉が降り注ぐ、嬉しくって涙が出そうだ。後ろを向く事を強要され、更にはキョウシちゃんの剣に首元を狙われながら、二人が穴に入って行くのを待つ。どれだけ信用されていないのだろう俺は、ちょっとでも首を動かせば即座に首を落とされそうだ。

 悲しい気分で空を見上げる、これならまだあの変態の方がマシではないか。



「もういいわよー」

「早く来て下さーい」


 ふてくされて、いたずらに空腹感と格闘していた俺はその声にハッとする。ようやくこの場所ともお別れか、碌な事が無かったが少しはいい思いも出来た。別れは言わないよ、きっとまたやって来る事もあるだろう。……あれ?この言葉、前にも言ったような気がする。

 俺が穴に入ろうと草をかき分けると、また空が急に暗くなる。


「……はい?」


 今頃また何が起こるというのだろう、ここでまだやるべき事があるのだろうか?もしかして、やっぱりこの空間がゴールだから残れって?それならなぜ二人が行く前に止めてくれなかったのだろう。あ、もしかして俺だけにヨージョさまから何か特別なメッセージやお礼があるのでは……。

 ときめく気持ちを押さえながら、光が近づいて来るのを待つ。すると間もなく一団の影を引き連れた輝かしい光が近づいて来る。ああ、ありがたや……、俺に一体何の用だろう。俺だけに!

 その姿が確認できる程度の場所まで来ると、ヨージョさまはその動きを止めてしまった。影の一団、恐らくは下僕の男たちだろうが、そいつらが抱えていたのであろう何かを足元に投げる。

 プレゼント?しかし暗いせいでそれが何なのかは分からない。仕方なくこちらから近づいて行こうと足を向けると、その物体が動いた気がした。生きているのか……?

 そしてその物体は両目を光らせ、俺に向かって猛然と走り寄って来る。こいつはなんだ!?というか嫌な予感しかしない。

 俺は慌てて回れ右すると穴の中へ潜り込む。あ、そうだ。


「神の剣!」


 今度は剣を先導させるという過ちは犯さない、背後に回しておけばいざという時に剣が助けてくれるだろう。そんないざという時は来ないに限るのだが……。

 そんな僅かの間にも光る両目は迫って来ていた。俺の中に再びの恐怖が沸き起こる、……こいつはやっぱり、奴か!やはり決着をつけねばならないのか!そう思いながらも俺の体は穴の中へ潜り込み、必死で手足を動かしていた。

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