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剣の尻と血と

 暗闇の中、地面に突き刺さった血塗れた剣がその背に血まみれの獣のような男を背負っている。その姿は呪われた邪神か悪鬼の存在を思わせた。

 実際は全裸のオッサンの尻に剣の柄が刺さっているだけなのだが、暗闇の中ではそれらを闇が包み込み、光を反射した刀身と血のりだけを浮かび上がらせて不気味な効果を出しいた。

 今まで一切見ようとしなかったものに、ようやく姉妹が向き合えたのもこの場所であったから、と言えなくもない。そもそも顔見知りのオッサンの全裸なんて年頃の女の子に見せるものじゃないのだ。まぁその原因を作ったのは紛れもなく本人たちなのだが。


「ねぇ、救世主さま。なんとかしてくれない?あれ」

「なんとかと言われましても……」

「ボクらにはここから見守るぐらいしか出来ないので……」


 見守られている全裸のオッサンはどんな気分なのだろう、まぁ気持ちよく気絶しているオッサンに何を感じろというのか。俺はその哀れな姿を静かに眺める。

 自らを神の剣だ!と言っていたオッサン。今や完全に一体化して、まさかこんな形で夢が叶うとは本人も思ってはいなかっただろう。そして気付いてもいないのだろう。

 そうだ、ここは願望が形になる場所なのだ。だからその願いが叶ったのだ!良かったなオッサン。しかし、なぜ最初から神の剣の姿に成れなかったのか……?それがここのルールのせいなのかそれともこのオッサンが本気で剣になれるとは思っていなかったからなのか、それは俺には分からない。……とりあえず成仏して下さい。

 俺はとりあえず思いついた事を二人にぶつけてみる。


「もう斬っちゃえばいいんじゃないの?あの尻。四つか八つに斬れば嫌でも外れると思うけど」

「……ごめんなさい、私には斬れないわ」

「そう、ですよね」


 やはり顔見知りを斬るのは難しいのだろうか。ジョーシさんはそんな姉の言葉にどこか安心したように見える。俺の時と違う、なぜか変態に優しい姉妹。少しムッとした俺は更に言葉を重ねる。


「でもあれって本人じゃないんでしょ?斬っても地上に居る本体には──」

「お願い救世主さまぁ。別の方法で、ね?」

「姉さん……」


 急に甘えてくるキョウシちゃん、そういうのはずるい。そんなに都合良く行ってたまるか、ただでさえこの子は長女とその下僕との関係で男という存在を勘違いしているのだ。ここは男の代表としてガツンと言っておかねばなるまい。今後の事を考えると尚更に。


「キョウシちゃん!そんなあからさまに甘えられてもね……仕方ないから頑張るよ俺!」

「鼻の下が伸びてますよ救世主さん」

「フフ、男なんてこんなものよね」


 ここは男らしく引き受けよう、誰が断れるかそんなもの。なぁに、また機会があればその時にガツンと言ってやればいい。それより問題はどうするかだ。

 力ずくで引き抜くか、恐らく俺も血まみれになるだろう。しかもかなり不名誉な返り血だ。姉妹との距離が物理的に広がりそうなほど(けが)れている。できればやりたくない。

 なら残りの二本の剣を使って引き抜いて貰う。だがそれも返り血という洗礼は避けられない、俺の剣とジョーシさんの剣まで使用不可能になってしまう可能性が高い。やりたくない。

 引き抜くという点だけで考えれば、俺たちがこれから通るであろう穴を使えばオッサンが引っかかって抜けそうな気はするが……。だがそこで引き抜けなければ二つ折りになったオッサンがどんな惨状を迎えるか……。それを考えると尻が八つになる方がまだマシな気もする。やってもいいがやめておこう。

 なら柄だけ切り捨てるか?それがベストに思われたが、信仰の対象である剣を分断するなんて事を二人の敬謙な信者が許すとは思えなかった。


「ふぅ……、ベストは尽くした」

「一歩も動いてませんよ、救世主さん」

「しっかりしてよ、もー!」


 正直な話、既にどうでも良くなり出していた。なぜ俺がこの変態を気遣わねばならないのか、俺より姉妹に優遇されているこのオッサンを。確かに多少の同情心はあったが、それに見合う労力は払った。何よりもう手段がないのだ、少なくとも今の俺にはもう考えられない。これ以上何をしろというのか。

 ここはもう問答無用で叩き切った方がこの状況を打開するにはいいのかもしれない。そんな結論に至った俺は行動を開始する。


「キョウシちゃん、ちょっと俺の剣貸してくれるかな」

「え、何に使うの?」

「そりゃあ……、あのオッサンを助けるんだよ」


 この生き地獄のような状況から解放してやるんだ!とはさすがに言わない。いや、目的はそこじゃない。

 不信な顔をして俺に剣を差し出すキョウシちゃん、これでいいんだ……きっと。誰も傷つかない綺麗な終わりなんて絵空事さ、俺はこの手を真っ赤に染めてでも君の剣を救い出してやる。それが俺のジャスティス!尻からの出血で赤く染められた、悲しみと痛みの騎士道(ナイトソウル)

 俺は静かに自分に酔いながらオッサンに歩み寄る、そして出来るだけその顔を見ないように剣を振り上げ力を込める。この距離ならさすがに二人でも止められまい。


「救世主さま?」

「何をするつも──」

「さっさとオッサンの尻から離れろやー!」


 叫びながら剣を振り下ろす、ようやく全てに決着が着く、これで俺たちは先へ進める。オッサンの事は忘れないよ、俺たちの美しい記憶の中に、汚い思い出として残り続けるんだ。

 俺の剣はオッサンの股間辺りに吸い込まれていく、集中しているからかその部分が大きく見える。俺の剣の腕が上がったのだろうか、人は犠牲の上に強くなるのだ。オッサンの屍を超えて俺は……って近いよ、寄るな!


「うわああああ!?」


 オッサンのボディプレスを顔面で受け止める。ボディじゃないからなんと言うのだろう、股間プレス?俺はそのおぞましい感触を振り払おうと顔を振るが、その度にペチペチと何かが鼻や頬に接触する……。全身が嫌悪感で震える、暗闇の化け物とはまた違った恐怖を体験する。悪夢だ……。


「いやあああああ!!」

「何やってるんですか、救世主さん……」

「まぁでも……、やるべき事はやってくれたみたいね。方法についてはもう問わないわ」


 俺がオッサンの体を跳ね除けると、その先に血まみれの剣があった。俺は周囲を見渡す、俺の足元に一本、キョウシちゃんの手にも一本。そして付属物のない血まみれの剣がもう一本……、やった、良く分からないが目的は達成したようだ。


「剣の方が離したって感じでしたね」

「邪魔な物を放り投げたって感じもしたわよね」

「……へ?」


 確かにこのオッサンは、俺が剣を振り下ろすより早い速度で俺にぶつかって来た。それは俺の剣の振りが遅いとかそういう事では決してなく、剣がこのオッサンから離れたかったという事だろうか。そして俺が剣を振り下ろす時に言った言葉──。

 どうやらこの剣は、律儀にもオッサンの尻を固定していたらしい。それがキョウシちゃんの命令だと思い、オッサンの尻を離さずに捕まえていたのだ。……その方法が具体的にどういうものであったかは、大きさや形が変幻自在であるこの剣の性質を考えれば想像がつくが。その結果、オッサンの尻の中がどういう事になっているかと考えると……、早く土に還してあげた方が本人も幸せなのかもしれない。

 とにかく、これで一件落着だ。剣は三本とも俺たちの手に戻った、さっさとここを出て元のルートに戻ろう。しかし二人はまた一歩も動き出さない、今度は何があるというのか。


「問題は……、あれよね」

「そうですね……」


 さっきも聞いたような台詞をまた口にしている。二人の視線の先にあるのは……真っ赤に染まった剣だった。

 うん、分かってた。そりゃ触りたくないよね、薄々勘付いてましたよ。オッサンの尻に深々と刺さっていた柄を簡単に握れる訳がない。だって俺でも嫌だもの。

 キョウシちゃんが俺を見て近づいて来る、が何かを警戒したのか俺の一歩手前で立ち止まる。


「んねぇ~、救世主さんまぁ~。うお願いぅぃ~」

「姉さん……?」


 一応甘えているつもりなのだろうか……?ジョーシさんが姉の頭の心配をしているようだ。慣れない事はするもんじゃない、つくづくそう感じたが、俺としてもこれはチャンスだ。さっき言えなかった事を言っておく必要がある。

 ガツンと!そうだ、ここで男たる者の姿をキョウシちゃんに見せ付けておく必要がある。


「キョウシちゃん!男っていうのはね……」

「うんうん?」


 上目遣いのキョウシちゃんの目、その口が何かを期待して半開きになっている。ちゅーしたい。


「頼られると嬉しい生き物なんだよ!」

「やっぱりぃ♪」

「救世主さん、姉を甘やかさないで下さい!」


 そりゃまぁ……、断れませんよ。分かってはいても無下には出来ない、悲しい男の(さが)がそこにはあった。

ちょっとした気まぐれでオッサンの尻に剣を差し込んだんですが、まさかこんな一大事業になるとは思いもしなかった……。

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