霊の件
「で、次の目的地は」
「墓地だそうです」
墓地、余り嬉しくない響きだ。
決して俺がお化けだとか幽霊だとか、
そういうのが怖いからではない。
「もしかして・・・、苦手ですか?」
「そなことある訳ないじゃなかー!」
「・・・」
キョウシちゃん沈黙。
俺のおかしな言葉でも理解して貰えたようだ、
・・・色々と。
「いいですか救世主様。前にも話しましたが、魔法と同じです。信じるからあるんです」
「うん・・・」
「剣の教団に人が集まり、信者が増えたからその神の剣は力を発揮されているのです。それと同じです」
俺は神の剣を見る。
持ち主の手を離れ勝手に飛び回る剣。
野原の蝶々が珍しいのか追い回した挙句、触れてしまい半分になって落ちた蝶の周りでガッカリしている剣。
その形は、遠くの山に突き刺さり雲をも貫く巨大で威厳あるあの剣と同じ。
しかしその威厳のカケラも無いこの剣・・・。
「お化けがあんな感じなら俺は一切怖くないぞ」
「あれは特例です」
なら例えに使わないでよ、という俺の視線を放置してキョウシちゃんは語る。
「信じる者は救われる、信じるから存在する。例え存在していても信じなければ無いと同じ。分かりますか?怖いと思うから怖いんです、それを信じるから存在してしまうんです。怖いのは存在を信じるからです。昔、お婆ちゃんが悪いことをすると髪の長い女の人が来て泣きながらお前の首を引っこ抜くぞ、なんて言われて。でもそれはシツケの為に親が良くやる手口の一つで。分かってます、私はもう大人です、そんな嘘っぽい話やだ怖い!墓地なんて行きたくない、お部屋に帰って素振りする!」
「あの・・・キョウシちゃん?」
「なんですか!?こんなところでぶつくさ言ってないでさっさと墓地に行ってお化けを退治してきてください、救世主でしょあなた!」
「はい・・・、一応」
そしてキョウシちゃんはなぜか怒って来た道を戻って行く。
俺が一体何をしたと・・・。
そうだった、俺は救世主。
出発したくて俺の背中をツンツンする神の剣に選ばれた男。
痛いってば・・・。
野原を抜けると墓地に着く、
だからその手前で一夜を過ごす。
昼間にそこに到着するように、時間配分はきっちりとね!
沈みかけた日を見つめ、道を急ぐ神の剣を紐で縛って野宿の準備を・・・。
馬車がない。
そりゃそうだ、教団の使者はキョウシちゃんがいつも火打石を使って呼んでるんだ、なら俺も・・・。
火打石がない。
まぁ年中暖かく穏やかなこの地域、寝床がなくてもなんとか・・・。
食べ物がない。
一晩ぐらい何も食べなくても・・・。
明りがない、暗い。
この先には墓地がある。
信じる者は呪われる。
幽霊はいないる、お化けはいないる。
恐怖心はある、俺は認める!
だからあそこには怖いものが一杯いて俺は肝っ玉を抜かれてあの世で磔獄門三昧!
もうヤダ!墓地なんて行きたくない。お部屋で鍬の素振りする!
パニックに陥った俺は力の入らない足で駆け出し誰かが木に結びつけた縄に首を釣られて卒倒する。
ガサガサと木の揺すれる音がする。
夜空が・・・綺麗だ。
俺の目の前で細長い影が行きつ戻りつしているのは、きっと木につながれた犬の剣がもがいているんだろう。
時折、揺すれる音の中にミシミシと木の悲鳴が混じっているのは。
神の剣の力が増幅し、そろそろこの手段では神の剣をつないでおけない事を意味している。
星が明るい、雲がなくて良かった。
俺は一体何を興奮していたのか。
もし何か出たとしても、この神の剣で切裂いてくれる。
フフ、俺カッコいい。
しかし火山へ行けだの次は墓地だの、
この指示を出しているのは一体誰なんだか。
やはり教団のお偉いさんか。
昼間の様子からキョウシちゃんではなさそうだ。
朝になったら戻ってきてくれるだろうか・・・。
俺の腹がすっとんきょうな音を立てる。
腹減った・・・。
信じる者は救われる、ならここに食べ物があると信じればあるのか?
キョウシちゃんに神の剣への信仰心はない、
しかし神の剣の力は強まっている。
これはキョウシちゃんが信仰しなくても、
他の人々が信仰するから強まっている訳で。
ん?ならお化けを信じない人でも、
お化けを信じる人が多ければお化けは存在するって事じゃ?
待て、無い頭で考えるな。
こんな事で年に一度のひらめきを浪費するな。
起き上がった俺の横で犬の剣の脱出活動は続く。
ミシミシ・・・ミシミシ・・・。
そろそろ木が可哀相だ、ほどいてやろうか。
ミシミシ・・・ミシミシ・・・グスグス・・・。
しかしこの気だるさの中にしばらく居たい。
頭がスッキリしたこの気だるさ。
ミシミシ・・・ミシミシ・・・グスグス・・・メソメソ・・・。
うるさいよ!木の癖に泣くんじゃないよ!
昔、お婆ちゃんが悪いことをすると髪の長い女の人が来て泣きながらお前の首を引っこ抜くぞ・・・。
あれ?なんの話だっけこれ。
ミシミシ・・・メソメソ・・・グスグス・・・ううう・・・。
俺は必死で首を押さえる、引っこ抜かれないように。
いや違う、
神の剣を手に取り構える。
これがあればどんな相手でも切裂いて・・・。
メソメソ・・・グスグス・・・助けて・・・ううう・・・。
「あ」
居た、周りを見回すと髪の長い女が泣きながら。
だだだ大丈夫!
かかか髪の剣があればどんな相手も切裂いて!
「メソメソ・・・グスグス・・・」
俺に気付いたのか女が向きを変えこちらへ近づいて来る。
来るな!俺は信じない、信じないぞ!
でも俺が信じなくても・・・。
女が速度を上げ一直線に俺の元へ迫って来る、早い!
「たす・・・けて・・・」
そうだ、今こそ俺がこの神の剣の力を信じる時だ・・・!
食らえお化け!
震える指で剣を振り上げる、
すると剣は俺の手をすり抜けて明るい夜空へ飛び上がる。
「あ」
さよなら人生、さよなら首。
女の飢えた瞳がキラリと光るのを見ながら、
自分の意識が急速に失われていくのを感じていた。