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剣の闇と血と

 肩に青白い光が乗っかっていた、そして足元には生暖かい感触があった。

 俺は闇に食われようとしている、闇の中の巨大な獣に。その口元で遊ばれているのだ。キバであるらしい青白い光は堅く冷たく、その感触に俺の体は全身の毛が逆立てて拒否反応を示している。

 それに反して足元は濡れていて暖かい。これは舌なのだろうか?俺のふくらはぎ辺りを静かに舐めている。その奇妙な対比に俺はもう一歩も動けず、後は咀嚼されるのを待つばかりだった。


「ウウ”……!」


 うめくような声が足元から地鳴りのように這い上がって来る。今、俺は何をされているのだろう……?久々の獲物だからいたぶられているのだろうか。どうにもならない恐怖で細くなっている呼吸、そのせいかひどく息苦しい。じらすならもうさっさとやってくれとも思う。

 そしてまた足元の舌がうねる。それは下あごのキバなのだろうか、冷たい感触がスネの辺りに触れる。そろそろひと飲みにされてしまうのだろうか。痛くなければいいなと思う……、きっと無理だけど。

 その時、ふくらはぎに触れた新しい感触に再度全身の毛が逆立つ。なんだ今の感触は……毛?どうやらこの化け物は舌から毛のようなフサフサしたものが生えているらしい。一体どんな化け物なのか……。

 恐怖心よりもほんの少しだけ好奇心が(まさ)った。俺は緊張で強張った首を動かし、なんとか足元に視線を運ぶ。そこにあったのは……苦悶するようなオッサンの顔だった。


「うわー!?ってなんで!!」


 青白い光に照らされたオッサンの顔が足元にあった、軽いパニックと共に這い出るようにキバの拘束から逃れる。振り向いた先に居たのは……、青白い光を放つ剣とその光に照らされたオッサン、そしてその尻から生えた神の剣だった。

 オッサンの体は血で濡れており、どうやらこれが俺のふくらはぎを責めていたらしい。血の出所については目を背けるしかないが……かなりの量が飛び散っている。ああ……オッサン、フォーエバー。

 青白いこの剣は……、恐らくジョーシさんの剣なのだろう。この光はどこかで見た、そうだ、いつかの空洞にあったカタナ。あれの光を真似ているようだ。

 しかし、あの時にこの剣は無かったはずでは……。ジョーシさんが教え込んだのだろうか。何にしろ便利で助かる。


「お前たちだったのかー!」


 俺は親愛の情をたっぷり表して二本の剣に抱きつこうとする、がそもそも剣なので抱きつくと俺が危ない。

 なので俺は安全で汚れていないジョーシさんの剣の柄だけを選び、思い切り抱きしめキスをする。……何の反応もない。もっと嫌がられるかと思ったのだが、なぜか少々ガッカリする。

 光を手にした俺にもう怖いものは何もなかった。いや、大して状況は変わってはいないのだが、見えるというだけでもう勝利を確信していた。しかも二本の剣もある、俺の言う事もどうやらある程度は聞いてくれるらしい。まぁ一本は余計なお荷物のせいで動きづらそうだが……、そして目に入るとちょっと怖い。血まみれだし全裸だし引きずられておぞましいポーズになっている。視界に入れておきたくないが、たまに見ると更におぞましい事になっていそうで怖い。なんてやっかいな存在だ……。

 耳を澄ますとまだ音はする、金属を擦り合わすような音。どうやらこの二本の剣が鳴らしていたのでは無かったらしい。


「……よし、行こう」


 俺は足を踏み出した、音のする方……とは逆の方へ。だって怖いんだもん、恐怖と緊張のせいで体が妙に重かった。とりあえず出口を探して、再度三人で来ても全く問題はないだろう。問題どころかそっちが正解だろう。

 そして俺は剣で足元を確認しながら暗闇の中を探索した──。

 案外、直ぐに壁にぶつかった。さほどの広さはないらしい。そしてそこからグルリと一周するのも大して時間は掛からなかった。暗闇で方向感覚が鈍ってはいるが、足元に出来たオッサンの血のりでそれと分かった。あ、ついでに丸めた布と火打石もあったがもう用済みだ。出来る事と言えばオッサンを火葬してやるぐらいだろうが、余り見たくない部分を布でグルグル巻きにするに留めた。


「……よし、行きたくない」


 俺は暗闇で頭を抱えていた。一本道じゃないか……、行くしかないじゃないか。なんてひどい。

 音は途切れる事なく続いている

、それどころか大きくなっている気さえする。脳裏に浮かぶキバを持った化け物のイメージもさっきより鮮明になっていた。もうやだ、動きたくない。

 助けを乞うように上を見上げるが、芥子粒(けしつぶ)ほどの光があるだけだ。二人の声も届きはしない。

 今の俺にあるのは二本の剣と火打石とオッサン……。光があれば何も怖くないと思えたさっきとは違い、なぜだかひどく心許ない。音を耳にする度に鮮明になる化け物のイメージ、それが闇の中でどんどん大きくなっていた。


「ちくしょう……、腹減った、喉が渇いた。オヤジはどうした、しばらく見てないぞ。……別に見たくないけど」


 独り言をつぶやいてみる、なぜだか徐々に頭に来ていた。この穴に落ちてからロクな事がない、死ぬような思いばかりだ。今もあの集落ではきっと、村人たちが乱痴気(らんちき)騒ぎの真っ最中だというのに……、俺は一体何をしているのか。

 そして目の前のオッサンにいたっては尻から剣と血を出して倒れている。一体なんなのだ、どういう生き物なのだ、どうしてこんな目に会っているのだ。

 俺の静かな怒りはそのまま火打石と直結した。オッサンに巻きつけた布を再度剥ぎ取ると、丸めて火を付けて音のする方へ思い切り投げつける。

 開き直りとは怖いもので、ほぼ考えもなしにやったこれらの行為は、俺をこのこう着状態から解き放っただけではなく、思った以上の効果をもたらした。


「これでも食らえ!」


 俺の投げた火の塊は真っ直ぐと飛んで行って、急に何かに当たると地面に落ちた。その時、見覚えのある輪郭を俺の前に見せ付けた。そして火の塊はそのまま地面で燃える。音を発して前後運動をする、見覚えのある剣の目の前で……。

 俺は思わず剣の数を数える。一本・二本・三本……!そう、三本目。そして俺の神の剣がそこにはあった。見覚えのある輪郭の石に刀身を擦り付けて……、この巨大な石像は女体なのだろう。見あげる程の大きさがある立像。その顔や服装を見ると、やっぱりと言うかなんと言うか……キョウシちゃん?

純文学並に闇についての描写を嫌ほど書いてやろうと思っていたのに、

書きあがったら全然書けていなかった、どんまい俺。

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