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剣の胃のフチ

「あ……」


 頭上から二人の声がした、だがその声を耳にするのもこれが最後か……。

 共に落下するベッドは既に真横を向いてしまっている、これでは例え柔らかくてもクッションにすらなりはしない。ヘッポコさんの作戦ミスに既に懐かしさを感じながら、横目で落ちて来た穴を見る。

 光が射している、丸い太陽が見える。ああ、綺麗だな……。そう思った時、その太陽に影が差した。


「神の剣!」


 その声は二人の声だった。ベッドが剣の形に戻り俺の背中をその側面で支える、だが減速している様子はない。そして大きな影と共に飛んで来たもう一本の剣、きっとキョウシちゃんの物だろう。それも俺の背中に回る。それを機に俺の体はどんどん減速していく、ああ、助かったのか……。

 俺が虚脱感と共に神の剣に頭を預けると、視界の隅に何かが見える。ブルブルと震えているようだ、風で揺れているのだろうか?一緒に落ちているのは間違いないが、これは一体なんだ。心なしか背中の剣もこの物体に合わせて振動しているように感じる。

 二つの長い物体、それは減速すると共に視界から消えていっ──。


「うわああああ!?」


 視界から消えたと思った次の瞬間、その物体は俺の目の前に現れ無用な接吻を強要する。顔に触れたものは生暖かい、そして俺は気付く。気付いてしまう。これは……尻だ、尻オヤジであり今やただの全裸のオッサンと化したあの変態の足だ。

 尻にキョウシちゃんの神の剣が刺さってはいたが、どうして抜けていないのか、どれだけ深く突き刺さっているのか。それはそれで気の毒だが、俺の目の前を行ったり来たりする両足は邪魔でしかなかった。そしてたまに両足が開いた時に見える三本目の足は……。

 俺はなんとか両腕でオッサンの足さばきを防御しながら、早く地面に着く事を願っていた。


「救世主さまー!」

「大丈夫ですかー!?」


 光の方向から声がする。もう点のようになってしまったが二つの影が太陽を遮断しているのが見える。それはもちろん姉妹の声だ、もう一度聞けて良かった。どうやら心配してくれているらしい。まぁ大声で叫んでしまったからなぁ……。


「生きてるぞー!」


 俺は今の感情そのままの、生存の喜びを込めてそう叫んだ。そもそも二人が俺の話をちゃんと聞いていればこんな自殺まがいの事はせずに済んだのだが。

 ああ……生きてるって素晴らしい。そう思えただけでも二人に感謝するべきなのだろうか。いや、すべきでない。


「うう……」

「うん?」


 どこかで声がした、耳障りな声だ。断続的にうめくような声が聞こえる。

 そろそろ地面に着くのだろうか、そこには何かが居るのだろうか。しかし声との距離は変わらない、ずっと一定のままだ。


「ううーん……、し、尻が……」


 声の主に気付きハッとする。待て、目覚めるな。眠ったままの方がきっと幸せだ。俺にとっても、そしてオッサンにとっても。

 こんな訳の分からない状態で意識が戻られても説明のしようが無い。あなたは尻に剣が刺さってそのまま落下する俺を助ける為に剣と共にこの暗闇の中へ落ちているんですよ、とでも言えば納得して貰えるのだろうか?俺なら無理だ。

 意識が戻ると全裸になっていて尻に猛烈な痛みと共に剣が生えていて、ついでに暗闇の中を頭から落ちている。そんな理不尽な状況を理解するのがまず不可能なのに、その上誰かを助ける為と言われてもなぜそんな事をせねばならないのかと思うだろう。不可抗力だが。

 ここは暴れられても危ないし、剣を引き抜いて落下されても目覚めが悪い。だからどうか目覚めないでいて頂きたい。

 しかしなんて不運なオッサンなのだろう、願望が叶い誰もが幸せであれる場所に居るのにこんな目に合っているなんて……。きっと地上に居る本体には影響がないと思うのだが、それにしたってあんまりだ。きっともう出血どころでは済まない。

 目覚めるな……!心の中でそう願いながら早く地面に着く事をひたすら願った。神の剣よ、早く降りてくれ。でも危ないからそっとね?


「……ッハ!し、尻が、な、何だこれは!?……ッハ!グアッ!?」

「うおっ!?」


 オッサンの断末魔を聞いていた俺は、急に崩れたバランスに対応が出来なかった。

 ゴチンという音と共に斜めに投げ出された俺は肩を強打しつつ地面の上を転がる。そして二本の剣と肉同士がぶつかるパチン!という音を耳にする。


「いててて……。あれ、地面?地面だー!」


 思わず勝利の叫びを上げる。俺、大地に立つ!

 足が地面についているだけでこんなにも安心感があるとは、俺は今まで気付きもしなかった。そのまま無駄に地面を踏みつけるが、暗さの余りよろめいてしまう。いかん、光が要る。そうだ、火だ。

 俺はジョーシさんから預かった略奪品の布束を手探りで探す、探すが……無い。どこだ?

 そういえばいつまで手にしていたのだろう、落ちた瞬間には手放していた気がする。じゃあどこかに転がっているだろう、放り投げでもしていなければ……。残念ながらそれすら覚えていない。

 大した広さがないなら手探りで見つけられるだろうが、それも危険が無いとは言い切れない。

 この場所はなんなのだろう、山の中にある空洞。偉大な神の剣が突き刺さっていた場所、それと今その辺に転がっているであろう変態が刺さっていた足元の穴の下。なんなのだろう……?

 俺は闇の中、他に手段もなく聞き耳を立てる──。


「……スー。スー」


 オッサンの吐息が聞こえる、穏やかなものだ。地面で頭でも打ったのだろう、気絶している方がきっと本人にとっても幸せなはず。まぁ、無駄に暴れて叫んでくれても良かったのだが、この場所の事が少しは分かったかもしれないし。だがそれを頼むのも酷だ。

 俺は再度、太陽を見上げるが、そこにはもう点のような光しかない。それ以外は全て闇だ。

 何かに飲まれてしまっている、暗闇の中で見えない何かの化け物に飲み込まれ、その腹のふちに収まっている。そんな嫌な想像が頭を巡る。

 危険だ、闇はその存在で人を狂わせる。何も存在しやしないのに。……しないよね?

 その時、微かな音を耳にした。何の音だろう……?オッサンではないと思う。人ではない、もっと何か無機質な音。


「だっ……誰か居ますか?」


 思わず声を出す、がその口を急いで塞ぐ。本当に何か居たらどうするんだ、不用意に口を開くな。それでも俺は見えない不安からか、既に大声で歌でも歌い出したい気分になっていた。

 さっき叫んだもんな、大地の喜びをかみ締めた時に叫んだ。なら、もう大丈夫じゃないか?

 再び音を耳にする、キリキリとギリギリと。この音はなんだ……?化け物の歯ぎしりのようなその音が、静かに静かに響いている。

 ここは危険だ、いや、闇が危険だ。とりあえず光を、火を。周囲を手で探るが、湿った土しか感じられない。いや、今何か手に触れた。ぬるりとした感触、少し温かい?これは……血だろうか。

 俺は自分の体をまさぐる、肩や腕、ぶつけた部分を全て。しかしどこも出血していない。ならこの血は……?

 声にならない声を噛み殺す、恐怖で頭がパニクりそうだ。既に闇に飲まれている、俺は化け物の腹の中に居る。助けて……、助けてキョウシちゃん、ジョーシさん。ここは危険だ、何も見えない。だが血はあって化け物の歯ぎしりが聞こえる。ここはきっとあの世だ、俺はそんな場所に来てしまったんだ。

 助けて、助けて……神様。信じてないけど助けて……。神様?神の……そうだ、神の剣だ!


「かみのけーん……」


 消え入りそうな声で剣を呼ぶ、化け物が目覚めませんように……。

 飛んで来られても受け止めようがないが、それでも一人で居るよりよっぽどいい。俺は四つん這いのままで周囲を見渡す、何の変化も起こらない。神の剣はどこへ行った?なぜ動いてもくれない。

 視界の端で何かを捕らえる。光だ、青白い光。それが俺の背後にあった。

 なぜ?なんの光?金属が発するようなその光に、俺の脳は化け物の姿をハッキリと作り出す。青白いキバを持つ黒い獣の姿を……。

 そのキバはゆっくりと俺に近づいて来る、俺は恐怖で呼吸が止まる。来るな……、来るな!

1話を3000文字程度に抑えたらストック問題は解決しました。

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