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剣の闇

「……」

「……うっくちっ」


 良く分からない沈黙が続いた後、変態オヤジは再び可愛いクシャミをする、とその両手を下ろす。

 ようやく剣の真似事を止めたようだ。そしてその手を背後に差し出し、手招きするように軽く開いては閉じる。一体何をしているのだろう……?

 背後から駆け寄る小さな足音があった、俺の横へ来たのは小キョウシちゃんだ。このオッサンはこの子を呼んだのか。

 小キョウシちゃんは開いた手の平を頭上に掲げると、勢い良くオッサンの尻にビンタを食らわせた。

 パーン!と目の覚めるような音が響く、その音に驚いて姉妹がオッサンの尻を見る。が直ぐに顔をそらす。近くに居たらしい数羽の鳥が羽ばたいて空へ逃げる。


「アハッアハハハ!」

「おうち……」


 そして小キョウシちゃんは甲高い笑い声と共に、ジョーシさんからヤドカリ娘を奪って走って行ってく。なんだあれ……?俺たちは鳥と子供の後姿を見送っていた。

 巨大猫もついて行ったので、この場に残されたのはいつもの面子だけになった。あ、尻も居るか。


「……服を」

「はい?」


 尻がその手をニギニギさせて何か言っている。その頬っぺたに小さな赤い手形がハッキリと浮かんでいる。もしかしてこの尻……、照れてるんだろうか。恥じらいを浮かべた尻にはホクロがあった、良く見るとこいつ、可愛いかも──。


「さっさと服をよこさんか……!」

「……ああ!はいはい」


 俺はようやくその手の意味を理解する、すっかり忘れていたが俺がこのオッサンの服を持っているのだ。

 その布から溢れるオッサン臭に思わず投げ捨てたい欲求に駆られるが、仕方なくそれを手渡す。尻についた赤い手形に、じゃなくてオッサンの手に。

 布がオッサンの手に触れると、ひったくるように強い力で布が引っ張られる、その勢いでまたも何かが裂ける音がする。


「あ……」


 布を見て落胆するオッサン。そんなに力一杯引いたらそりゃ破れるよ。しかしそれも僅かな時間で、諦めたのか潔くその布を腰に巻きつけている。力強く結ばれた布だったが、尻の半分は見えたままだった……。


「それでいいんですか……?」

「ああ、もう大丈夫だ」


 オッサンのその言葉に安心したのか、姉妹がため息と共に真横に向けていた首を正面に戻す。そして首がそのまま反対側の真横へスライドする。

 姉妹の顔つきがどんどん暗く、険悪になっていく。


「……隠れてません」

「なぬ?」

「いい加減にしろ、この変態オヤジ!」

「ぬあ”っ!?」


 綺麗なフォームと共にキョウシちゃんの手から何かが投げられる、それは俺の頬をかすめて背後で鈍い音をさせ突き刺さる。

 俺は頬に手を伸ばす、今度は乾いているようだ。ヒリヒリする……痛い。何かが倒れる音がして尻の方を見ると、そこには剣が立っていた。キョウシちゃんの神の剣だ。

 柄の部分がオッサンの尻に突き刺さっている、どうやら俺の頬をかすめたのはこれらしい。ツバの向きが違っていたらかすめる程度では済まなかっただろう……。

 背中に冷たいものが走るが、理由はそれだけではなかった。気付けば俺はこのオッサンに心からの冥福を祈っていた。変態と言えどもさすがにこれはむごい……、古傷が痛んで思わず肛門を押さえる。


 横たわったオッサンの引き締まった尻から神の剣が真っ直ぐに伸びている。その剣は真上から照りつける光によって刃先を光らせ、その場所の主人である事を主張していた。本来の神の剣とは向きは逆だったが、それを見ただけで何かをやり遂げた気になった。犠牲は不可避だったのだ……うん。

 ああ、変態オヤジ。フォーエバー……。


「救世主さま、ちょっとその汚いの移動してくれない?」

「あ、はい……」


 自らの獲物に容赦がないキョウシちゃん、やはり一番危ないのはこの子でした。俺は心の中で黙祷を捧げながらオッサンの足を引く、せめてどこかに埋めてやろうか。そう考えて引きずっているとオッサンの足元に穴が見える。オッサンの両足が刺さっていた穴だろう、これ幸いとその穴を覗くと、底が見えなかった。


「全く、何してるのよ二人とも。たまたま登って行くのを見てたから良かったものの、はぐれちゃうところだったじゃない」

「すいません……。突然、救世主さんが山に登ると言い出して」

「まぁ、それはもういいわ、それより何か見つかった?」

「穴だ……」


 俺はその暗闇を見下ろしていた、下はどうなっているのだろう。本来あるべき剣の突き刺さった場所、その下に広がる暗闇。心を惹かれるものはあったが、とてもじゃないが行きたいと思える場所ではなかった。


「そうよね、穴を探してたのよ。救世主さまの剣が作った穴を……あ」

「ありましたね、穴」


 俺たちばしばし黙り込む。それぞれに頭を働かせているのは分かったが、きっと考えている事は同じだろう。光はほぼ真上から射しているというのに、その底が全く見えない真の暗闇。こんな場所に誰が下りろなんて言う奴は居ないだろう、居たらそれは鬼か悪魔だ。


「降りてみない?救世主さま」

「……はいぃ?」

「やってみる価値はありますね」


 居た、鬼と悪魔が居た。目の前に居た。

 いやいやいや、無いって、無い無い。しかもなんで俺を名指し?なぜご指名?自分が行くという発想はないのだろうか。理解が出来ない。


「だって救世主さまの剣を探しに来てるんだから、仕方ないよね。そんな嫌な顔しないのー」

「ボクの剣を使えばまだ安全な手段は取れるかもしれません」

「……」


 なおも首を振って拒絶の意志を示す俺を、そんなものをお構いなしに姉妹の作戦会議が始まる。

 穴の中は案外広そうね、入り口だけ壊せば入れそうよ。とキョウシちゃん、こと鬼。

 明りがありませんね、姉さんのランプは置いて来てしまったので。でも火打石程度なら持って来てあるので、その辺に転がってる布を燃やして使いましょう。とジョーシさん、こと悪魔。

 その転がってる布とは恐らく半ケツで倒れているオッサンの衣服なのだろう……、本当に悪魔じゃないか。もしくは追いはぎだ。


「そっそそそう言えばさ!この尻の変態って何者なの?キョウシちゃん、教祖とか言ってなかった?」

「……ただの変態オヤジよ」

「神の剣になりたいなんて思ってる頭のおかしいオッサンです。で、作戦ですが──」


 無理にでも話題を変えたかったが無理でした。しかしオッサンに対する俺の推測はほぼ的中していたようだ。近所で有名な変態神の剣オヤジ、尻に刺さった剣と共にうつ伏せになった横顔をチラと見る。

 なぜだろう、その顔を見るのは始めてのはずだが、どこか見覚えがあった。


「おお、神の剣を手にした者。そなたこそは救世主!さぁ教団の為に邪悪な者達を倒すのだ!」

「……急にどうしたの?救世主さま」

「恐怖で頭がおかしくなったんでしょうか」


 恐怖を感じていたのは確かだが、決しておかしくなった訳ではない。俺は思い出していた、救世主と初めて呼ばれたその瞬間を。そしてその場所にこのオッサンは間違いなく居た。そして今俺が言った台詞を口にしていた。


「やっぱりこのオッサン、教祖様なんじゃないの?俺一回会ってるし」

「……他人のそら似よ」

「ただの全裸のオッサンです」


 全裸?俺が半ケツの方を見るといつの間にかオッサンの服が全て剥ぎ取られていた。見るのも嫌そうだったのにどうやって……?そう思いジョーシさんの手を見ると、ボロ布の切れ端と共にハサミのような姿になった神の剣が握られていた。なんとも便利な事で……、しかしそんな雑務を神の剣に任せるって信者としてどうなの。


「じゃあ救世主さま、準備はいい?」

「え、なんの?」

「火打石は布に包んでおきました。そしてボクの剣をベッドに変えますので、なんとかそれをクッションにして着地して下さい」

「……は?」


 丸めた布とジョーシさんの神の剣を渡される。で、これで何をしろと?

 神の剣!というキョウシちゃんの一声で、オッサンの尻から生えた剣が肉体ごと持ち上がる。そして穴の横に突き刺さりガラガラと音を立てて暗闇を広げる。

 俺はその剣を見て、飛べるんだ、と思っていた。俺の剣だけが飛べると勘違いしていた事に少しの恥ずかしさと、前にも飛んでたっけ?と記憶の中を捜索する。

 その間に飛び上がった全裸のオッサンがどんな事になっているかは……筆舌に尽くしがたい。姉妹も想定外だったのか頭を抱えている。


「……じゃあ、行ってらっしゃい!」

「ま、待って待って!その剣も飛べるんなら俺を支えて降りればいいだけじゃない、落とす必要ないんじゃない!?」

「往生際が悪いです」


 二人の姉妹にそれぞれ背中を押され、いや蹴られ。俺は暗闇の中へ落ちる。すると直ぐにジョーシさんの神の剣!という声が聞こえ、その声によって手にしていた剣がベッドの形になる。俺は必死でそれに抱きつくが、堅さまでは再現できていないのだろう、その鉄板のようなベッドに絶望感を覚える。


「鬼!悪魔!人殺しー!」


 俺は底の見えない暗闇の中へ一人落ちていった……。

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