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剣のオッサン

「……」

「どうしたの?ジョーシさん」

「……おうち」


 無言で立ち止まったままのジョーシさんに代わり、その脇に抱えられた小ジョーシさんことヤドカリさんが返事をする。良く分からないが呆然として会話が出来ないようだ。

 仕方なく俺はジョーシさんの横を抜け、その神聖な場所に両足が突き刺さった奇妙なオッサンに近づく。こちらに背中を向けていて顔は見えないが、修験者(しゅげんじゃ)のように擦り切れた衣服を着ていて髪もいくらか薄くなっている。両手を広げてピクリとも動かない姿には何か強い意志を感じたが、よりにもよって神の剣と同じ場所に居る事には救世主としても黙ってはいられないものを感じた。

 ここはガツンとひとこと言ってやろう。


「あの……、何をされてるんですか?」

「……」


 俺のガツンとした敬語はこのオッサンに届かなかったようだ。にしても無視はないだろう……、もしかしたら耳が聞こえないのかもしれない。それとも修行の邪魔をしているのだろうか。

 そんな事が頭をよぎったが、オッサンは堂々とした口調で話す。


「私は剣だ、剣は喋らん」


 返って来たのはそんな言葉だった。

 何を言っているんだろうこのオッサンは……?とりあえず耳が聞こえているのは分かったし、喋ったところをみると剣でもなさそうだ。そりゃそうだ。

 もしかしたら俺の神の剣が脱皮したか変形してこうなった、とか?あいつなら有り得なくもない。少々可愛げに欠けるが。


「あの、救世主さん……。その人は、その……」


 妙に歯切れの悪いジョーシさん。どうやら知っているようだ、やはりやばい人なのだろう。この辺りでも有名な変人なのかもしれない。神の剣があれば今すぐ斬ってやったというのに。


「救世主……?お前が救世主か、ならば抜くが良い。我こそが剣だ」

「……は?」


 あっけに取られる俺、背後でジョーシさんのため息が聞こえる。どうやら両手を広げて両足を地面に埋めているこの姿は神の剣のマネをしているらしい。なんて失礼な奴だろう、きっとこの辺りでは神の剣おじさんとでも呼ばれている良くない意味での有名人なのだろう。

 救世主としてさすがにこれは我慢がならない、お望み通り引き抜いてやろう、というかさっさとどかせよう。この変態に目に物見せてやろうじゃないか。


「どうした救世主よ、我を使い教団を邪悪な神々から救うのだ!」

「言われなくてもやってやる!」


 俺はオッサンの両腕をそれぞれ自分の両腕でロックするようにつかみ、そのまま背後へ引っこ抜くように体をのけ反らせた。……が、動かない。オヤジの両腕はどうやって鍛えたのか鋼のような筋肉で、見た目よりずっと強靭(きょうじん)で重量があった。それこそ剣というに相応しい。

 さすが変態神の剣おじさん。しかし感心してもいられない、俺は背後へ倒れる勢いで自分の体重ごと背後へのけ反る。これには動かなかった剣おじさんも揺らいだ。


「いたたたた!待った、ちょっと待った!」

「往生際が悪いぞ、神の剣おじさん!」

「あの、救世主さん。この人はちょっと腰を悪くしていて……」


 なぜだかジョーシさんが止めに入る、神の剣おじさんを庇うのか?なんという寛大さ、それで俺の屁の件も許してくれれば良かったのに。

 ジョーシさんに頼まれては仕方がない、俺は持ち方を変える。オッサンの足をつかみ股間を担ぐようにしてそのまま上に持ち上げ──。


「股間に触るな!気持ち悪い」

「くぅ~……!」


 オッサンから振り下ろすようなゲンコツを食らう、内部が破壊されるような重い一撃だ。どうして俺がこんな目に……。引き抜けと言われたからやっているだけだというのに、もはや勘弁ならん。ついでに言うと剣に股間なんてないぞ!……ないよね?

 俺はオッサンの腰に両手を回すと、そのまま背後にひねるように力を込める。もはや容赦などしていられるか、救世主をなめるなよ!変態神の剣おじさん!


「いたたた!痛いと言っとるだろ!」

「剣は痛がらん!大人しく引き抜かれるか腰が砕けろ、この変態!」

「救世主さん!頭に血が上ってます、落ち着いて下さい!それと変態なんて言わないで下さい」


 俺の言葉に反省したのかオッサンは口を塞いだ。自分で言うだけあって剣としてのプライドは持っているらしい。痛む度に嗚咽の様なものを漏らしているが、ゲンコツの仕返しにはまだ足りん。

 ジョーシさんはやはり何か知っているようだ、変態ではないのか、では一体何だと言うのだろう。ちなみにそのジョーシさんが俺を止めようと腕を引っ張っているのだが、結果としてそれが更にオッサンの腰を攻め立てているのに気付いているのだろうか……。結果オーライ!

 オッサンの耳が赤くなり、そして妙な汗でその擦り切れた服が湿る。


「……ぐぐっ!……ぐ!」

「おかしいなぁ、剣なのに声がするし汗が出てるぞー」

「救世主さん、いい加減に──」

「何やってるの?救世主さま、と……。おとうさ、教祖さま」


 背後からキョウシちゃんの声が響いた。次の瞬間、何かが裂ける音と共に俺の両手はその何かを引っこ抜いた。

 急につなぎ止める物から解放された俺は背後へ倒れこむ、そして背中を強打する。一瞬、呼吸が止まるがすぐさまブハッと吸い込む。大丈夫、生きてる。背後に居たジョーシさんはどうやら無事に逃げたようだ……、まぁ良かったとしておこう。

 そして手の中にある思った以上に軽いその獲物を確認する。……布だ、いやこれは、衣服だ。擦り切れたこの布には見覚えがある。そう、これはキョウシちゃんが教祖さまと言ったこのオッサンの……教祖さま?

 姉妹の息を呑む音に振り返る、二人とも嫌悪感丸出しの顔を真横に向けている。一体何があったのか……、そしてなぜキョウシちゃんは小キョウシちゃんと巨大猫も連れて来たのか。脂肪の塊である子猫も抱いている。

 色々疑問はあったが、とりあえず体を起こし砂を払う。と、目の前に何かがあった。尻だ、引き締まった男の尻だ。何も嬉しくない。

 当然それが誰の物かというと……、キョウシちゃんの言う通りこの教祖さ──。


「変態オヤジ」

「変態ですね」

「うん、俺は間違っていなかった」

「……うっくちゅんっ」


 やはりただの変態オヤジだった、今は尻を丸出しにした半裸のオッサンだ。そいつがその見た目に似合わない可愛いクシャミをする。

 もう斬っちゃおうよ、この尻。二つと言わず八つぐらいに。

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