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剣の山道

 背後で子供の泣き声がしている。

 だがそれもワガママ娘がワガママ娘を泣かせただけの事、気にせずにおこう。


 チラと背後を見ると金や宝石で出来たグロテスクな神の剣が目に入る。そして集落に居た年長の男の笑顔を思い出す。人を治めるのはどちらが良いかと言われれば、俺はあえて分からないと答えよう。その良し悪しは俺では判断できない。

 ただどっちにつくかと問われれば、俺は迷わず年長の男を選ぶだろう。

 今までの集落は全て似たようなものだった、全員が飢えずに労働からも解放されて幸せに暮らす。そんなささやかな幸福感があったのに、ここではそれがまるで違う。各自の欲が突っ走っている、灰汁が強い。

 それも結局はこの場所や教団という存在の特殊性がそうさせているだけなのかもしれない……が、やはりそれが現在の街を形作っている全ての元凶なのだろう。

 俺は一体何と戦うべきなのか……、頭を抱えたが意味もないのでとりあえず先を急ぐ事にした。



「剣を交えながら楽しそうにやっているようでした」

「ああ……そう」


 少々理解に苦しむ言葉だが、結局は成るようになったという感じだろうか。まぁどちらかが怪我をしない事を願うが……、いや、キョウシちゃんだけ無事ならそれでいいのか。

 何食わぬ顔で俺に追いついたジョーシさん、しかしその手にはヤドカリならぬ箱入り娘が抱えられている。どうするのさ、その子。


「あ、これですか?大丈夫です、無害ですから。あそこに置いておくと誰かに斬られるか踏んで怪我でもされそうだったので」

「まぁ、そうかもね」


 俺の視線に答えるようにジョーシさんが言う。大丈夫だとは言われても、大きいジョーシさんが小さいジョーシさんを小脇に抱えている姿はなんともシュールで気になる光景だった。そして斬ったり踏んだりする誰かって、誰かちゃんしか居ないよね?大きい方か小さい方の。

 まぁ気にしない、キリがない。俺たちがここへ来たのには目的があるのだ、俺の神の剣を探しに来た、それを忘れてはいけない。恐らくは山を貫通したか、もしくはこの山の中に居る、と踏んでやって来た訳だが……。


「ありませんね」

「うん……、やっぱり反対側に戻ってあの穴から入ろうか?」

「……」


 無言で俺を睨み付ける二人のジョーシさん、なぜかまた二対一の構図になっている。あの穴を使うのがどうしてそんなに嫌なのか、俺は全く問題ないというのに。

 それにしても穴が見当たらないのには困った、その穴というのは俺が地下に掘った穴だ。入り口とも言える。

 もしかしたらあるのでは、と思ったが、良く考えたら誰があんなものを望むのか。中は化け物だらけで俺も何度となく死ぬ思いをしている。無いのも仕方ない、むしろ無い方がいい。ある方がおかしい。

 別の可能性として剣が貫通してその穴が見つかるのでは、と思ったのだが。それも正確な位置が分からなければ探しようがない。またどこかで方向を変えた可能性もあるし。


「手詰まりか……」

「何か他の手段を考えるしかないですね、あの穴以外の」


 それがあればとっくにやっている、という言葉を飲み込んで考える。

 ジョーシさんの剣を使って無理やりにでも掘れないだろうかとか、あの化け猫の爪は使えないだろうかとか、畑に居た牛からクワを奪って俺が掘ろうとか、いっその事この手で掘り返して……それは嫌だ。

 ため息がてら山を見上げる、そこにはあるべき剣の姿がない。見慣れた山だというのにあるべき物が無い、なんとも寂しい風景だ……。


「……あ」

「何か思いつきましたか?」


 案が浮かんだという訳ではなかった、ちょっとした好奇心がうずいたとでも言うべきか。まぁ魔が差した程度の事だった。

 神の剣が刺さっているべき場所、そこには何があるのか……?そんな疑問が俺を揺さぶった。


「登ろう」

「……はい?」

「山頂に何かあるかもしれない」

「それは……、無いかもしれないという意味にも取れますよ」


 俺は既に足を踏み出していた、こんなところでウダウダ考え事をしていてもらちが明かない。斜面に足を掛け登り出す、中々の傾斜だ。二本足では足りないと、手を使い爪を立てて登り出す。こんなに激しい道だったろうか?しかし、もう俺に躊躇している時間はないのだ。

 走馬灯にようにここでの思い出が蘇る、食っちゃ寝食っちゃ寝……食っちゃ寝食っちゃ寝……。とても幸せでした、ヨージョさま怒らないで!


「救世主さん」


 その声にハッとする。ジョーシさんはその手にヤドカリ娘を抱えている、その状態では登れないだろう。ここはもう俺一人で行くしかないのだろうか……?バラバラになれば二度と合流できないかもしれない、俺は運命の決断を迫られていた。

 でも、きっと大丈夫だ。帰る場所は分かっている、そう俺たちにはおうちがあるじゃないか!

 そして俺は手足を使い獣のように駆け上がる。さよならは言わないよ!


「この先に山道があるのでそちらから登りませんか?」

「あ……、はい」


 手足から力が抜け、ズルズルと斜面を転がり落ちる。そういえば前来た時もこんな斜面登らなかったよなぁ……。



 しっかりと並べられた石の階段を使い、俺たちは山頂へ向かっていた。それ程の高さはないとはいえ、周囲の山からは頭一つ抜けている。山頂に近づくほどに寒さや息苦しさが……今回は不思議と感じ無かった。

 それはここが願望で出来た場所だからか、そもそも地下の山頂という良く分からない状況がそうしているのか。良く分からないが都合がいいから良しとしておこう。そのせいもあってか俺たちはサクサクと道を進んだ。

 俺を先導するジョーシさん。さすがというか慣れているのか、軽い足取りで階段を登っていく。脇に荷物を抱えているとは思えない。一応、持とうか?とは声を掛けたのだが、ハッキリと嫌ですと言われてしまった。

 自分の分身のような存在を他人に預けるのが嫌なのだろう、べっ別に俺が相手だから嫌って訳じゃないんだからねっ!……ね?


「もうじき着きますよ」

「あ……、ほんとだ」


 気付けば足元ばかり見ていた、無駄な事を考えるのを止めるほどには距離があったのだ。

 顔を上げると斜面が途切れて空が広がっている。そうか、剣がないとこんなにも視界が開けているのか。

 きっとその理由は他にもあって、ここに始めてきた時はそれこそ押し寄せるように人が集まっていた。神の剣に助けを求めた人たちだ。

 この場所も埋め尽くすように人が居て、俺もそれに付き従って来ただけだった。だが、あの時に見た剣の感動は忘れはしない。


 ずっと遠くからしか見た事がなかったものが、視界一杯に広がっている姿。人形やオモチャのように見えていたものが、その存在を言葉通り目一杯に主張している。

 それは神という存在を感じずにはいられない、呼吸をするのも忘れるような圧倒的な存在感が目の前に広がっている。誰もがそれを仰ぎ見て、そして思わず祈りを捧げる、そんな物がここにはあったのだ。


「あ……」

「うん?」


 少しの寂しさを感じながら歩を進めると、先に石段を登り終えたジョーシさんが口をポカンと開く。一体何があったのだろう。

 首を伸ばして覗いてみると、偉大な神の剣が存在するべき場所に今……、一人のオッサンが両手を広げて地面に突き刺さっていた。

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