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剣の子供たち

 神の剣はあった。

 それは俺のでは無かったが、山に刺さっていた剣の代わりとでも言うかのように、小さな民家の上に煙突のように突き刺さっていた。

 その光景に特に驚きを感じなかったのは街で散々似た姿を見ているからだろう。しかし良く見るとそれは見慣れた剣とは少々(おもむき)が異なっていた。派手というかゴテゴテしているというか……、グロい。

 金色に輝くその剣は更に宝石や真珠が散りばめられていて、神というよりゲテモノの剣と呼んだ方が正しい気がする。一体誰がこんな物を望むというのか……。


「……余り見たい物じゃなかったわ」

「まぁ、予想通りというところですが……」


 俺がそのゲテモノ趣味に呆れているといつの間にか背後に居た姉妹が言う、そして互いにそのひどい剣から目を背ける。

 二人には既に分かっているようだ、この家が誰の望みなのか、この剣を無意識に望んでいる人物が誰なのか。

 なぜ分かったのだろう……?俺は思考を巡らせる。この場所を望んだのは子供たちだとキョウシちゃんは言った、ならこれはさっきの子供たちの願いなのだろうか?それには何か違和感を感じる。

 確かに宝石やキラキラしたものを望む子供も居るだろう、だがこの剣にはそれを越えた何かがあった。欲望や執着、そんな怨念に似た何かを感じてしまうのだ。子供っぽい無邪気な願望とは質が違う。

 では、子供以外でここに居たいと望む人物。そして金や欲にまみれた人物……。それは誰なのか。

 そして俺は余り気付きたくない事実に辿り着く。俺は何か忘れていないか?この場所は少し前の、この騒動が起こる前の場所だという事を。そしてその場所に特に望まなくても居た人たちの存在を。

 つまりは──。


「何を考え込んでいるの、救世主さま。ここは危険よ、邪悪な気で満ちているわ!」

「そうですね、このままではボクらの剣もあんな禍々しい姿になってしまうかもしれません」

「ああ、……そうですね」


 したり顔で良く分からない設定を押し付けてくる姉妹、そういう事だったのか……。

 街が出来る前からここに住んでいた人たち、それは剣の教団の一味。というか一家?ここにあるのは教団の本部というには余りに小ざっぱりした建物だけだ。それに良く見ると剣が刺さった家の隣にあるのは、どこか見覚えのある馬屋だった。そうだ、あれは俺の家じゃないか!違うけど。

 あの馬の居ない馬屋は教団の本部の名残で、使い道もないから俺にあてがわれた。そう推測してみる、合ってるかどうかは分からない。

 しかし隣の民家は改装されたようで、姉妹はおろか関係者も住んではいないようだ。そういえば教団の今の本部はどこなのだろう……?それすら教えて貰っていないなんて、俺の扱いが余りに雑すぎやしませんか?教団の方。


「アッハハハハ!」

「ハッ!?危険よ救世主さま、離れて!」

「なんでっ!?」


 危険と言われて突き飛ばされる、一体誰が危険だと言うんですか。しかもこの笑い声の主は恐らく……、笑い方にも覚えがあった。

 木々がこちらに向かって切り倒されていく、刃物らしき光が木漏れ日を反射してチカチカと光る。これは森の中でも見た光景で、その先頭を走って来る木刀を手にした子供はきっと──。


「アハッアハハハッ!」


 子供が森から抜けて来る、しかし子供よりその背後に目が行く。巨大な猫はその両手に爪のような長い剣が生えていてそれをためらい無く振り回している。これは確かに危険だ、俺よりも子供の方が。

 しかしその子供はまるで遊んでいるかのようにその爪をかわし、時にはその手の木刀で受け流しながら走っている。とても子供の技とは思えない、がこれはあくまで願望なのだ。木刀にも傷一つついてはいない様子。

 金属音が鳴り響く、行きがけ駄賃のように斬り付けた巨大猫の爪をキョウシちゃんが受けた。そのまま再度、何事もなく通過するかと思われたが今度は様子が違った。


「ねぇ、おねえちゃん。つよい?」

「……えっ、そ、そんなに強くない……かな?」


 巨大な猫と子供はピタリと立ち止まり、キョウシちゃんに話しかけた。それはキョウシちゃんにとっても意外な展開だったらしく、しきりに目を泳がせている。

 この二人、似ている。子供の髪は男の子のように短いが、その利発そうでいたずらっ子な目はたまにキョウシちゃんが見せる目だ。大人の武装をしていない時の目、なぜだかゾクゾクする。

 恐らく間違いないのだろう、ここが教団の本部でこの子が小さい頃のキョウシちゃん。しかしこんなに幼いとは……、何年前の姿なのだろう。キョウシちゃんの幸せだった時期はこれだけ前だという事なのだろうか。それはそれで切ない。


「あ、救世主さん、どいて下さい」

「え……?イテッ!?」


 再度スネを強襲する何か。いや、それが何かは分かっている。俺はそのヤドカリのような箱入り娘を持ち上げる、眼鏡こそしていないがその座った目は……。


「余り触れない方がいいと思いますよ、呪われます」

「呪われるって何だ……。いや、きっとこれでいいんだ」


 呪われるというのは初耳だ、とにかく触れて欲しくないのだろう。俺から顔を背けたジョーシさんをスルーして箱から覗いている顔をジックリ観察する。訴えるような目で見て来る子供、きっとこの子が小ジョーシさん。

 その箱の向きを変えて地面に置くと、自分の間違いに気付いたかのように箱は一度立ち上がり、器用に方向転換してキョウシちゃんたちの方へ転がって行く。

 きっとこの子はキョウシちゃんを追っているのだ。小キョウシちゃんと言うべきか、自分の姉を。この子の言うおうちにはそれも含まれているのだろう。だが前も見ずに進んでいれば方向も何も分からない、まぁ姉の方がほぼ真っ直ぐに進んでいるから確認する必要もないのだろうが……。


「ねぇ、たたかおうよ。はやく」

「だ、だからダメだって。お姉ちゃん忙しいから、ね?そんなもの振り回さずに大人しく──」

「ヤダヤダヤダ!たたかうの、たーたーかーうーのー!」

「ちょ、ちょっと、やめなさいよみっともない……」


 駄々っ子を前にたじろぐキョウシちゃん。それを見て俺の心は洗われるようだった、スッキリ爽快!いいぞ子キョウシちゃん、もっとやれ!さすが願望の姿だけあって誰が相手でも節操がない。

 そのみっともない姿を何度も俺に晒しているのはあなたですよ。駄々をこねられるとどうしていいか分からなくなるよね?その気持ちを少しは味わって頂きたい。少しと言わず沢山。

 しかしさっきから二人が妙に俺をチラチラ見ているのが気になる。やはり恥ずかしいのだろうか、自分の願望が他人に見られるというのは。

 俺はそんな恥ずかしそうにする珍しい二人を不思議な高揚感と共に眺めながら、考えない訳にはいかなかった。俺はどこに居るのだろうか、そしてどんなものに囲まれているのか、と。

 それは恐らくこの二人に見られたら拒絶では済まない何かであろうという予感がして、既に気が気ではなかった。 やはり居るのは俺の家だろうか、しかし俺はあそこに戻りたいとも思ってはいない。……じゃあ俺はどこに?


「救世主さま、早く行きましょ?ここはもう危険よ、きっと火事や地割れが起こるわ!」

「そうです救世主さん、落雷注意です!」


 よく分からない事をわめきながら必死で背後の子供を隠す二人。それほど恥ずかしいものには見えないが、本人たちにとってはそうなのだろう。俺も自分の願望を想像して頭が冷えた、さっさとこの場所をトンズラしよう。

 俺が山の方へ一歩踏み出すと同時に、ワガママ娘の堪忍袋の緒が切れた。


「たーたーかーうーの!」

「だからさぁ……、ってちょっと!?」


 相手の意志も関係ないと踏んだのか、小キョウシちゃんが木刀を構えキョウシちゃんに襲い掛かる。その木刀を神の剣で受けるキョウシちゃん。

 コーンと木材の気持ちのいい音が響く、ついに始まったキョウシちゃんVS小キョウシちゃんの戦い。その結末に興味はあった、がもう立ち止まっている場合ではない。

 二人の横で丸くなっている巨大な猫が思ったより可愛い顔をしているだとか。小ジョーシさんが駄々をこねる小キョウシちゃんの声に反応して動かなくなっただとか。そんな事は気にせずに歩き出す。

 そして剣の刺さった民家の横を通り掛かる、すると中から女性の笑い声が聞こえて来る。この声の主とは……?


「ささっ、早く行きましょう救世主さん」

「そうよ、急がないと筋肉痛よ!ってしつこいなこの子は……、いい加減にしなさい!」


 俺をうながす姉妹、そんなにも俺に知られたくない事がまだあるというのだろうか。この家の中に居るのは誰だろう、後残っているのはヨージョさま?しかしそれなら二人が(かば)う必要もないだろう。むしろ長女の醜い姿をご覧あれとでも言って見せ付けて来るのではないか。

 三姉妹でないとするなら……、そこで俺はやっとその可能性に気付く。親だ、姉妹を産んだ親。どうして今まで気付かなかったのか。いや、もちろんまだ見ぬ兄弟姉妹の可能性がない訳ではないが、それより産みの親が居る確率の方がずっと高いだろう。

 街の経済を掌握してこの世の春を満喫している人物、それがこの中に──。


「……おねえちゃんがおこった。おこった、ひぃ、うわーん!おねえちゃんなのにおこったー!」

「え?……え?ごっごめんなさい……?ちょっと、どうしたらいいのこれ!?」

「ボクはこの子を隔離します」

「早く行かないとな」


 ついに自分の願望を泣かせてしまったキョウシちゃん。もし自分がもう一人居たら、という仮定の話があるが、キョウシちゃんは間違いなくケンカになるのだろう。一人で良かった。

 ジョーシさんは案外上手くやっていけるかもしれない。俺は──、俺はとりあえず先を急ごう。子供の泣き声は苦手だ。


「うわぁあん!おねえちゃズルズル、うわあぁあ!」

「ごめんなさいってば!もう、お願いだから泣き止んでよぉ……」

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