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剣のあるべきもの

「ここは何か調子が狂いますね」

「……そうね」


 仕方なし、とでも言うかのようにキョウシちゃんが口を開く。

 あの夜の出来事からその口を怒るか説教にしか使っていなかったが、そろそろ熱が冷めたのだろうか。それにはやはりこの場所が関係しているのようだ。


「気付いてました?あの集落に居た人たちって、全員が──」

「あそこに住んでた人たちなんでしょ?今は街に居るのにね、やっぱり帰りたいのかしら」

「ああ……、そうなのかもしれません」


 キョウシちゃんがつまらなさそうに呟く、ジョーシさんはそこまで考えが回っていなかったようだ。確かにここが無意識の願望によって出来た場所ならそういう事になる。今の街より前に住んでいた場所の方がいい、という事に。

 まぁあんな場所にずっと閉じ込められているのだ、帰りたくなっても仕方がない。それにはキョウシちゃんも薄々気付いていた、とでも言いたげだ。


「でも、教会も無かったですよ。神の剣がないのも同じ理由だと考えられませんか?」

「うーん……、どうなんだろ。でも神父はいたよね?」

「え、どの人?」


 俺が口を挟むと二人はまるで俺の存在に今気付いたかのような目で見て来る。え、何か変なこと言いました?謝った方がいい?

 そんな俺の腕の中でブクブクに太った子猫が寝返りをうつ。


「あの人よ、あの一番テキパキ動いてた人」

「お肉を振舞ったりお酒を回したりしていた人です、救世主さんも仲良くしてたじゃないですか」

「ああ、あの年長の」


 あの集落で最初に目が合った男だ。老人というほどではないが髪に白いものが混ざっており、この場所では誰もがそうだが常ににこやかな顔をしていた。背筋も伸びていて動きも若者と変わりない、シワのような目は知的に光っていた。ああ、あの人が……。

 キョウシちゃんが俺を粘りつくような目で睨んでいる。仲良くしていたのが気に食わないのだろうか。知らなかったんだってば、キョウシちゃんも散々一緒に踊ってたじゃないか!

 そんな俺の訴えるような視線に気付いたのか、キョウシちゃんは俺から目をそらせる。その顔に寛容さと諦めの色が浮かぶ。お互い様というのが分かっているのだろう、なんともやり切れない。

 そしてこの二人の調子が狂う理由も分かった気がする、ここは以前の場所なのだ。皆が戻りたいと思っている時代の、それこそこの騒動が起こる前のこの場所──。

 その懐かしさと現在との微妙なズレが二人の何かを狂わせているのだろう。


「働かなくても食べていけるなら宗教なんて要らないのかもね、それこそ毎日が祝宴みたいな場所だしここは」

「それは……、少し寂しい話ですね」


 そんなものなのだろうか。少なくともここは無意識の願望が反映された場所なのであって、必要・不必要の話ではない気がしないでもないが。

 例によって無神論者の俺は口を挟むのをやめておく、キョウシちゃんにはしばらくしんみりしておいて貰いたい。危機管理的な意味で。



 それきり口数の少なくなった俺たちは黙々と道を進んだ。時折、二人が空にため息を打ち上げているのが目に付いたが、歩く速度が落ちる事はなかった。

 俺たちが向かっていた先、それは塩水を浴びて狂ったように飛んで行った神の剣の飛んで行った方向、そして地上であれば街がある場所。

 今や俺たちの拠点である場所へ向かっていた、その遥か地下であるこの空間で。


「そろそろ、見える頃ですね」

「……うん、そうね」

「……ゴクリ」


 なぜだか妙な緊張感があった。そもそもここには飛んで行った神の剣を探しに来ているはずなのだが、今は街が存在しているかどうか、街を望んでいる人が居るかどうかに焦点が定まっていた。

 少しでもそこに人が居れば・街があれば、望まれて存在していると思う事が出来る。剣の教団のした事が多少なりとも肯定される。そんな願うような気持ちが二人の鼻息を荒くしているのだろう。

 野原を抜け茂みを抜け、森の中へ入る。僅かながら俺が懐かしさを感じたのは、この騒動の始めにサビ人間から逃げて来た時に一度だけこの辺りを通ったからだろう。

 今はこの一帯の木が木材として街の壁や建物に使われていて、この森自体存在していないはずだが、ここは確かに街のある場所。街のあるべき場所だった。


「……なんでよ、いつも私にニコニコおべっか言って来てるじゃない。幸せそうな顔してるじゃない。……でも、なんでよ」

「姉さん……」


 森の中で急に立ち止まったキョウシちゃんは、敗北宣言のように地面に向かってそう告げた。あの街を作ったのはもちろんキョウシちゃんではない、しかし教団のやった事を否定された気がして傷ついてしまったのだろう。

 誰にも望まれず、しかし存在し続ける街。それが教団の作ったものであり、二人が守ろうとしているもの……。

 だが俺にはここに来る前からこうなるのが分かっていた。今まで散々出くわして来た邪神たち、その存在が全ての答えだろう。不満がなかったらあんなもの山ほど生まれたりしないよ。

 分かっていた事とはいえ、キョウシちゃんの痛々しい姿にかける言葉がなかった。俺たちは何の為にここまで来たのか……。自分たちの間違いに気付く為?愚かさに気付く為?無意味さを確認する為?違うだろう、……いや、ほんとに違うんじゃなかったか?

 俺たちがここに来たのは飛んで行った神の──。


「アハハハハ!」


 その時、どこからか甲高い笑い声が聞こえて来た。誰か居る……?子供の声のようだ。

 驚いて顔を上げたキョウシちゃんの顔が僅かに活気で満ちる、ジョーシさんの顔にも……分かりにくいが多分そうだ。


「……そうよ、大人はともかく子供たちは喜んでたわ。あの子たちだけの街がきっとこの先にあるのよ!」

「姉さん!」


 姉妹が顔を見合わせる、小さいながらに救いはあったようだ。そのまま二人が抱き合いそうな空気になったので、その間に入れないかと俺が様々な算段を企てる。が、ジョーシさんの言葉には続きがあった。


「危ないです!!」

「……え?」

「うーん……うん?」


 森の木々が一直線に倒されていく、それはこちらに向かっているようだった。それに先んじて小さな子がキョウシちゃんの前を通過する、その手に木刀らしき物が握られている。

 キョトンとした顔で見送る俺とキョウシちゃん。その子供の顔には何か見覚えがある気がした。そしてその子に続いて木々を倒しながら迫ってきたのは……巨大な猫だった。


 猫袋のようなその巨大な姿に俺は慌てて手元を確認する。居る、間違いない。だらしない腹で俺の腕を地道に痛みつける子猫がそこに眠っている。じゃあ、こいつはなんだ!?

 その巨大な猫はその巨体以上に長い爪で、恐らく切り倒してきた木々にもそうしたであろう鋭い振りをキョウシちゃん目掛けて振り下ろした。

 さすが、と言うべきなのだろう。訳の分からない相手でも刃物が来ると分かるや即座に剣を構え、その爪の一撃をそつなく捌くキョウシちゃん。次の一撃が来るかと思われたが、そんな事を意に介さないように通り過ぎる巨大な猫。


「アハハッハハハ!」


 後には倒された木々と子供の笑い声だけが残った。あれが子供たちの無意識の願望……?

 訳が分からずにキョウシちゃんを見るが、剣を構えたままで戸惑った表情をしている。無理もない、いきなりあんな化け物を目にしてしまったのだ、地下での経験は俺の方がまだ多い。

 しかし、一体誰があんなものを望むというのか。この空洞にはまだ別のルールが存在するのだろうか、それにはやはり神の山が関係している……?


「姉さん、今のは……」

「……嫌な予感がするわ、戻らない?」

「戻るって、ここまで来て今更どこに行くってイテッ!」


 俺のスネを何かが強襲した、染み渡る痛みに思わず膝をつく。片手で痛みの残るスネを押さえると、目の前の木で出来た小さな箱に視線が留まる。どうやらこれが俺のスネを襲ったらしい。

 なんだろうこれは……?長方形の箱、こんな物が一人で歩いて来たとは考えづらい。という事は転がって来たのだろうか。

 そう思って箱の向こう側を見ると、箱が独りでに傾き出す。二度もやられてたまるかと子猫の腹で受け止める、その反動でゲップをかます子猫。


「救世主さん……、戻りましょう」

「え、ジョーシさんまで何言ってるの?っていうかこの箱、何?」

「かえるの」

「うん?」


 妙な声が聞こえた、またしても子供の声だ、しかもかなり近い距離で。声を主を探すが、迷うものは他になかった、箱だ。

 箱の側面を覗き込むと顔があった、子供の顔。一体どうやって入っているのだろう、丸く切り抜かれた穴から顔だけが出ている。ヤドカリ?しかもその顔には何か見覚えがあるような……。


「ねぇ君、何やってるの?」

「……おうち」

「うん、……うん?」

「おうち、かえるの」

「……うん」


 意味は分からないが謎の圧に負けて子猫を箱からのける、すると箱はそうやって来たのだろう、コロン……コロン……とぎこちないリズムで転がりながら倒れた木々の間を抜けて進んで行く。

 何かがおかしい。それは今の二人の子供もそうだが、姉妹の落ち着かない様子もそうだ。その答えはきっと直ぐそこにある。

 キョウシちゃんの視線は宙を泳いでいる、ジョーシさんはさっきの箱を追いかけているようだ。そうか、そうだ。


「あっ、救世主さま!」

「救世主さん、後生です!」


 気付くと俺は走り出していた。足で二人に勝てるとは思わなかったが、きっと大した距離ではない。方向は、そう、木々の倒れている方向。あの巨大な猫が走って来たであろう道を脂肪の塊のような子猫を担いで一直線に走る。……この子猫、邪魔じゃない?

 案の定、直ぐに俺の横につけたキョウシちゃんが何やら言ってくる。その困ったような表情には何やらそそられるものがあった、おっと。

 キョウシちゃんが実力行使も辞さないように剣を振り上げる、もうここまでか……。そう思った時、手元の脂肪が弾けた。

 いや、きっと揺らされ過ぎて嫌になったのだろう。俺の手から飛び退いた子猫はキョウシちゃんの頭上を飛び越える。キョウシちゃんがその偶然のエサに食いつく。

 良くやった脂肪の塊!心の中でそうつぶやきながら森を抜ける、するとそこには神の剣が刺さった民家があった。

必要のない文章が多くなってます、ストーリーが進行しないのでさすがにちょっと絞っていく予定。

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