剣の饗宴
「……何?何が起こってるの?」
「いい匂いはしていたんです。……でも、まさかこんな事になっているとは」
俺は楽園に居た。見知らぬ村人たちと肉をむさぼり食っていた。
これだけの肉があれば一体何日働かずにいられるのだろう。大半はこのまま腐るか燻製にでもなりそうだが、それを考えるだけでまた口の中に唾液が広がった。
近くの民家に手を伸ばし、その扉をひっぺがす。背後で起こる歓声に思わず俺は獲物を見せ付けるようにそれを頭上に掲げた。
「取ったぞー!」
「……あれって救世主さまよね、何やってのよ」
「事情は良く分かりませんが。……ボクも混ざって来ていいですか?」
何をやっているのか、どうしてこうなったのか、それは俺にも分かってはいなかった。とりあえず肉は山ほどあったのだ、そして住人らしき人たちも俺を拒んではいなかった。
俺がこの場所に来て最初に目が合った年長の男は、俺の姿に驚きもせず手招きをし、近くの民家の壁を引きちぎるとそれを俺に差し出した。肉だ。
そう、燃えていたのは民家ではなかった、肉だったのだ。正確に言うと肉の形をした民家……、いや違う、民家の形をした肉だった。ややこしい。
やはり俺の直感と腹は間違っていなかった、あの匂い、近づくほどに見えた色艶、そしてジュウジュウと響く音。ああ、たまらん!
俺が柱にむしゃぶりつくとまたも歓声が上がった。なんて場所だここは……天国だ!
視線を感じて横を見ると、そこには俺と同じように壁にかじりついたジョーシさんが居た。どうやらさっきの歓声はこの子に向けたもののようだった。
睨みあう俺とジョーシさん、食べ物に関しては俺たちは仲間ではなかった。むしろ敵、宿敵。
「グルルルル……」
「シャーッ!」
そんな俺たちの間に新たな肉が置かれる。そうだ、俺たちは争わなくていい。だって肉はいくらでもあるのだもの。なんて場所だここは……楽園だ!
「……なんなのこの状況。救世主さまは仕方ないとして、なんであんたも一緒に食べてるのよ!さっき食べたばかりでしょ?……姉さまみたいになってもいいの!?」
その言葉はジョーシさんに突き刺さったらしい、その手と口がピタリと止まる。二人にとってやはり長女の存在は大きく、そしてそこには越えてはいけない何かがあるようだ。体型的な意味で。
ヨージョさまぐらいふくよかでも俺は全然構わないよ?とは思ったが、口にしたら殺されると思ったので止めた。
ジョーシさんは動かない、その一線を越えると二人の共同戦線が崩れてしまう。これは食欲との戦いではなく、姉妹の絆という犯してはならない貴重な一線。思わず俺は口を止めてその姿を見守る。
ジョーシさんは口の中にあったものを飲み込むと、姉に向かって晴れやかな顔を向けてこう言った。
「ボクは動いてるから大丈夫です」
そう言い放つと再び肉を頬張り出した。
うん……、きっと言ってる事は間違っていない。ジョーシさんの運動量なら多少の事で太る事はないだろう(ヨージョさまが太っているかどうかは除く)。
しかしそれ以上に俺を唖然とさせたのは、ジョーシさんの自分に対する甘さ、というか。食欲に対する自堕落さだ。
ボクは(動いてるから)大丈夫です→ボクは大丈夫です
こう聞こえたのだ。
その甘さを感じたのは俺だけではなかったのだろう、静かな怒りを表してキョウシちゃんの握り拳が揺れる。
「あんたねぇ……!」
凄い剣幕でジョーシさんににじり寄るキョウシちゃん。ここに来て初めて姉妹の関係が崩れるのだろうか、姉妹喧嘩が始まるのか。ドキドキしつつもなぜかワクワクしていた俺の前に割って入ったのはまたも肉を手にした年長の男だった。
「私はいらないです。……結構ですってば。しつこいですって!……あれ?アーレー!?」
彼はキョウシちゃんにも肉を勧めると、それが拒否されたのにもお構いなく。更に酒や肉を持って来た村人たちと共にキョウシちゃんを集落の中央に連れ去ってしまった。
「……嵐は去った」
「救世主さん……、ボク今とっても幸せです」
両頬をパンパンに膨らませて、もはや顔の輪郭が別人のジョーシさんが恍惚とした声でそう言う。その口元は珍しく、ハッキリと上がって笑っているように見える。
なぜだか俺も満足感を感じていた。ここに来て良かった、ピクニック最高!……キョウシちゃんがどうなったのかは良く分からない。でも近くで声はしてるから大丈夫なんだろう。
そんな事より……肉だ。何なのだろうこの肉は、食えども食えども飽きる事がない。味が少しずつ変化して行きいくらでも食えそうだ。
ああ、これはもしかして罠なのでは!とは思ったが、こんな罠なら歓迎だ、いくらでも掛かって来い!
「あぁ……、満腹だ」
「もう食べられません……、いや、もう一切れなら」
「あはっ、あははは!アハハハハハハ!」
なおも肉片を口へ運ぼうとするジョーシさん、膨らんだその腹や頬袋はもはや別人だ。餓鬼という言葉が浮かぶが口にはしないでおこう。
楽しげな笑い声が響く集落の中央では、キョウシちゃんが村人に囲まれて踊っているのだろうか。剣を振り回して暴れまくっている。危険極まりないがその表情は楽しげで何やらハイになっているご様子、頬も赤く血色がいい。強い酒でも飲まされたのだろうか?
ああ、このまま俺たちはどうなってしまうのだろう。次に調理されるのはお前たちだ!とここの村人たちに美味しく頂かれてしまうのだろうか。
既に俺だけでなく姉妹にも戦闘力はない、後は野となれ山となれ。満腹感とその後に押し寄せる眠気にまどろんで、俺は今までにない満足感と共に眠りに落ちていっ──。
「目が覚めましたか、救世主さん。長い昼寝でしたよ」
「……ああ、いい夢を。まだ見てる途中みたいだ」
「アハハハッハハッハッ!はぁ……はぁ……アッハハハハ!」
俺たちは集落の中に居た。目の前では民家がモクモクと煙を上げ燃えていた、辺り一面にいい匂いが漂っている。その民家は確か俺たちが眠りに落ちる前にあらかた食べつくしたはずの物、どういう事だ?。
背後では手拍子に乗って楽しげな笑い声がしている、もちろんキョウシちゃんのものだ。いくらか息が切れているのは、俺と違って一睡もせずに踊り続けているからだろう。
どれぐらい眠ったのかは分からない、空を見上げても太陽は頭上にあり傾く様子を見せない。
「どういう事なんでしょう」
「俺にだって分からないよ。……それより、どうしたいかだ」
俺の言葉にジョーシさんが静かにうなずく。とりあえず取って食われる訳ではなかったようだが、それもまだキョウシちゃんが落ちていないという理由だけかもしれない。ここで起こっている現象についてはまだ何も分かってはいないのだ。
今の内に笑い転げるキョウシちゃんをなんとか誘導し、この場所から逃げ出すか。それとも他の手段を取るか。果たしてそれをここの住人たちは許すだろうか。
民家、いや肉を焼く火の手が自然と収まる、村人たちから歓声が上がる。またも饗宴が始まるのだ。
「ジョーシさん……!」
無言でジョーシさんがうなずく。村人たちが肉に群がるその時、緊張感が緩むその一瞬を狙って俺たちは動き出した。そこに一切の迷いはなかった。
競うように駆け出して両手を伸ばす、ぐっすり眠ったせいか体力は十分だ。そして手にした獲物を引きちぎり村人たちに向かって高々と掲げ、叫んだ。
「取ったぞー!」
「いただきまーす!」
湧き上がる拍手喝采。俺たちはそれぞれの獲物を口に運び、満面の笑みをかわす。それは疲れてもなお踊るキョウシちゃんも同じだ。
なんて場所だここは……極楽浄土だ!
よゐこ濱口さん、ご結婚おめでとうございます(何)




