研磨の剣
「な、なんだこいつは・・・!?」
突如、地面から現れた岩石の巨人。
神の剣は沈黙した。
「なぜだ・・・」
「救世主様!?」
「キョウシちゃんは下がっていろ!」
俺がやるしか・・・、ないのか。
どうしてこんな事に。
俺の脳内時計が巻き戻る。
ズルズルズル・・・。
巨大な犬に引っ張られ、どちらが主人か分からなくなった飼い主の女の子のように。
俺はこの勝手に空を飛び回る剣に引きずられる。
「最近、またこいつの力が強くなった気がするんだけど・・・」
「信仰心が高まっているのです、我らが犬の剣の。信者としてこれ以上嬉しい事はありません」
自分達の信仰対象を犬の剣と言い切るこの信者、
果たしてまだ信心は残っているのだろうか。
「そろそろ近づいてきましたよ」
俺は顔を上げる、
目の前になだらかな山肌が広がる。
火山といっても長く活動していない休火山だ。
向かってくれとは言われたものの、
俺たちは一体なにをしにここへ来たのか・・・。
「休憩でもしましょうか」
空気を読んだキョウシちゃんが狼煙の準備にかかる。
途方に暮れた俺は振り返り遥か後方の山を見る。
巨大な剣が刺さった山、
俺たちの出発点であり、ここへ来るよう指示を送った剣の教団のある場所。
テンションが上がり過ぎてうれションしそうなこの神の剣を崇める変な集団がいる場所・・・。
そして俺はそんな教団に救世主と言われ、
お世話役としてこの年齢・本名不詳のキョウシちゃんにお世話されながら。
バカ犬の剣の飼い主としてうれションの始末や狼藉の傍観をする・・・なんだか分からなくなってきた。
「俺は一体なんなんだ・・・?」
「救世主様、哲学は後にしてください」
「休憩するんじゃなかったっけ?」
「何か・・・起こってます」
キョウシちゃんの可愛い指がさした方向を見る。
地面からせり上がってくる白っぽい岩石。
俺を見下ろすほど巨大になったそれは錆人間のように手足を持ち、
まるで親分といった風体だ。
「な、なんだこいつは・・・!」
そうだ、思い出した。
思い出す必要性がどこまであったのか疑問だが。
「俺の存在理由は一体・・・!」
「いいから戦ってください!それ使って」
信仰対象をそれという信者に疑問を感じつつ、
俺は力を失くしたような神の剣を構える。
ジリジリと間合いを詰める岩石。
「来い、岩石マン!」
「・・・ネーミングは本当にそれでいいんですか?」
「えっ・・・」
「危ない!」
キョウシちゃんの悲鳴のような声がこだまする。
岩石マンの振り回した腕が俺の剣をかすめる。
速い、
ヒュンと風を切る音と共に繰り出された腕。
俺は素早く身を引いた1
・・・尻餅ついた。
「・・・救世主様?」
「バックステップだ。決して腰を抜かした訳じゃない」
「・・・助けます?」
「大丈夫だって、ほら立った!立ったよ!」
ヒュン、
キョウシちゃんと話してよそ見していた俺に岩石マンの次の一撃が。
かろうじて剣で受ける。
ん?なんだこの違和感。
次々と繰り出される岩石マンの攻撃。
ヒュンヒュンヒュンヒュン!
その全てを剣で受ける。
「あれ?」
キョウシちゃんが素っ頓狂な声を上げる。
どうしたんだと聞きたいが、
しつこい岩石マンの攻撃にそれすらままならない。
すると沈黙していたはずの神の剣から何か鼓動が・・・。
「一体何が起こってるんだ・・・?」
「救世主様!」
「なんだ!?」
「お茶が届きました!」
それどころじゃないよ!
と心の中で叫びながら岩石マンの攻撃を受ける。
手が・・・、手が熱い。
剣に何かが起こっている?
それとも岩石マンが何かしでかしたのか?
こんなのいつまでも握ってられ・・・。
「あっ!」
「あー」
剣が手から滑り落ちる、
キョウシちゃんの間の抜けた声が響く。
こんな子だったっけ!?
そして岩石マンが高く上げた腕をこちらに向けて振り下ろし、
救世主になんてなるんじゃなかった・・・と何度目かの後悔をする。
ヒュン、
ジャリッ。
「ん?」
ヒュン、
ジャリッ。
「はー、美味しい」
紅茶の匂いが鼻に届く。
俺も分も・・・あ、もう淹れてあるね。
さすがキョウシちゃん。
俺がキョウシちゃんの横でお茶を頂こうと一歩踏み出した時、
ピカピカになった神の剣が俺の足にまとわりつく、
だから熱いって。
岩石マンに磨かれて鋭さを増した剣。
そういう事だったのか・・・。
岩石マンは最初から俺を狙ってなどいなかった。
神の剣を研ぐ為に、もしかしたらこの剣に作られたのかもしれない。
「やっと気付きました?」
「うん・・・」
俺があれだけの攻撃を受け流せる訳ないか、
がっかりしたやら安心したやら。
「救世主様に研いで欲しいみたいですよ」
「え」
キョウシちゃんから渡された布で、
柄まで熱くなった剣を岩石マンの背中でこする。
俺は一体何をやっているんだ・・・。
「あ、救世主様。その岩の名前ですが決まりました」
「ふーん、何?」
「研ぎ石マンでどうでしょう」
「・・・俺のと似たようなもんじゃ?」
「違いますよ!」
なぜか怒るキョウシちゃん。
横たわった岩石マンの背中で剣をこする俺。
「わーい、お父さんの背中大きーい」
「・・・大丈夫ですか?救世主様」
嫌々声をかけてくれるキョウシちゃん。
男らしく答える俺。
「大丈夫じゃない」
「ですね」
俺は救世主。
世界よりもまず自分を一番に救わなければいけない男。