剣の炎上
「あったあったー!次はここね」
「そこの枝も切れてますね、やはりほぼ真っ直ぐ進んだと考えて良さそうです」
「う、うん」
神の剣はあちこちに痕跡を残していた。よほど塩水に浸かっているのが嫌だったのか、それとも何か別の理由があるのか。周りも見ずに木々や草を切裂きながら飛んで行ったようだ。
しかし……、それより気になるのはこの姉妹の落ち着きっぷりだ。最初の牛と馬車以外には何も表れない事を考えると、ここはそれほど危険な場所ではないのかもしれない。けど、もうちょっと警戒した方がいいんじゃないか?
恐らくここが神の山の麓で、刺さっているべき剣の姿こそ無いが二人にとっては馴染みのある場所だからだろう、見事にリラックスしている。
にしたって、これじゃまるでピクニックだ。
「またあったまたあった、遅いぞ早く来てー!」
「姉さん待って下さいよー」
「……俺たち何やってんだっけ」
緊張感がなさすぎる……、だが俺もこんな空気に呑まれて案外悪くないと感じ始めていた。
いつかこの騒動が終わったら、こうやって三人で本当のピクニックに来たり出来るのだろうか。こんなくつろいだ空気の中で。
しかしキョウシちゃんは次期教祖、ジョーシさんもまた旅立ってしまうかもしれない。なら、もうこんな事は……。いや、だからこそこの瞬間を必死で楽しんでおくべきではないのか!
……いやいや、一応俺だけでも警戒はしておこう。まずこの騒動を終わらせる事を考えないと、そして生きて戻る事も。
俺は雑用係として、そして保護者のような気持ちで二人を見守った。
「救世主さまー、何してるのー?」
「置いてきますよー」
「わーい、待って待ってー!」
山の斜面まで来て俺たちは足を止めた。神の剣の痕跡を追うのは難しい事ではなかったし、実際その道筋もハッキリと見えてはいたのだが。それでも俺たち(というか姉妹)は足を止めざるを得なかったようだ。
姉妹は俺の体をジッと見る、それに答えるように俺の腹が鳴る。
「どうする?順番変える?」
「誰が救世主さんの前を行くんですか、姉さんが行くというならボクは止めませんが」
「待て、俺が二人をそんな目で見ているとでも──」
俺の言葉を遮るように二人の視線が刺さる。もう既にバレている。
そう、俺たちの前には穴があった。ここへ来た時と同じような穴だ。神の剣が作ったものだろう、神の山の中へと続いている。
一応、覗き込んでみたが先は見えない。貫通しているのだろうか、それとも途中で止まっているのか。
それはともかく俺たちはもう一度、四つん這いになって進まなければいけない訳なのだが。二人は何かを警戒してそれを拒否しているようだ。
なぜだろう、俺にはその理由が全く分からない。分かりたくない!ちょっとした生理現象と下着を見られるかぐらいどうでもいいじゃないか、減るもんじゃなし!うわーん!
「とりあえず反対側まで歩いて行く?街がどうなってるのか気になるし」
「そうですね、ここでバラバラに行動するのは止めた方がいいでしょう」
「……すいません」
なぜ俺が謝っているのだろう、しかしその謝罪の言葉はとても素直な気持ちで発せられた。
ちなみにジョーシさんの言うバラバラに行動というのは。俺だけ穴の中へ行かせるつもりだったのかそれとも二人が行って俺だけ残るというのか。
どっちにしろひどい仕打ちだ、今の俺に戦闘力はないというのに。
「ほらほら遅いぞー」
「姉さんが早すぎるんです!」
「えぇ、待ってぇ~」
そうと決まると二人は駆け出していた、ピクニックだと思っていたら今度は駆けっこだ。まるで子供の頃に戻ったかのように姉妹が遊んでいる、それとも子供の時代に遊べなかった穴埋めだろうか。二人の過去に思いを馳せ、られるほど悠長なものではなかった。
とても迷惑だから早く止まって頂きたい!早いよ、バラバラに行動するのは止めるんじゃなかったっけ?
「ひぃ……ひぃ……、勘弁してよ……。俺は二人と違って、飯もろくに、食ってないん、だから……」
「ごめんごめん、なんだか楽しくなってきちゃって」
「不思議と落ち着きますね、ここ。心がほっこりするような」
ジョーシさんが珍しい表現をする、やはり相当ゆるんでいるようだ。ここは俺がしっかりしないと。
とりあえず俺はお腹がほっこりしたいです。
「あれ、なんだろう」
「煙ですね、何か燃えてるんでしょうか。しかもこの方角は、集落があった場所だと思います」
「……んん?この匂いは」
「どうする?行ってみる?」
「今度も何があるか分かりませんからね、少し様子を見つつ──あっ、救世主さん!?」
二人の話を聞き終わるより先に俺は走り出していた。
何かが燃えている、そしてそれは俺が知るものだ。放っておける訳がないだろう、少しでも早く駆けつけないと。
警戒?二人を見守る?誰だよそんな悠長な事をほざいた奴は!俺が一番乗りだ、誰も俺の前を走らせねぇ!
「どうしたの?救世主さま。急にやる気出しちゃって」
「救世主さんは丸腰なんですから、迂闊な行動はしないで下さいね」
「……」
余裕な表情で俺を追い抜くキョウシちゃんと、追いついてからわざと速度を落とすジョーシさん。
なんだこの二人、どれだけ足が速いんだ!それとも俺が遅いんだ!
煙の上がる方角へ走り、背の高い草木を抜けるとキョウシちゃんが立ち止まっていた。その向こうに民家が集合した集落があるのだが、その民家は全て火を吹いてモクモクと煙を上げていた。
大火事、それを見てかキョウシちゃんは凍りついたように動かなくなってしまう。その顔から血の気が失せている。剣の腕があってもこれはどうこう出来るものではないだろう。
ジョーシさんも息を呑む、その集落も恐らくは教団の襲撃リストに入っていそうな場所なのだが。それでも実際に火を放つ姿を見るとこんな反応をしてしまうのかもしれない。
しかし、俺の反応は少し違った。俺の腹は何かを確信していた、グゥゥと地鳴りのような音を響かせる。
「……あっ」
「救世主さん、落ち着いて下さい!何があるか分かりませんよ!」
二人を残して俺は走る。例えそれが罠だとしても、匂いは俺を裏切らない。
ずっと走ってきたというのに口の中を唾液が充満する。もう止められない、止まらない。俺まっしぐら!
火を見て喜ぶ人間はいくらか存在するが、俺のそれは確かに違った。近づくほどに確証に変わる、その色味、香り、音。……音?
歓声が聞こえる、それも一人のものではない。ならこの先に人が居るのか?それともさっきのような二本足の牛?
これが罠ではないかと疑ったが、それでも俺の足は止まらなかった。既に体は腹に支配されていたのだ。
「救世主さまぁー!」
「危険はないですかー?」
背後から姉妹の声が聞こえる。ショックのせいで足が遅くなったのだろうか。それとも俺が早くなったのか!
燃える民家の合間を縫って歓声は大きくなる。俺は好奇心を抑えられずに民家に囲まれた広場を覗き見る。
そこに居たのは、燃える民家を肴に酒を飲む村人たちの姿だった。




