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剣の山

「……ここって、ここよね?」

「はい、そうです。姉さん、間違いなさそうです」


 分かったような分からないような会話が姉妹で交わされる。しかしまぁ、ここはここなのだ。

 ここ、つまりは神の剣のお膝元。俺たちが穴を掘り始めた場所。周囲に街があるはずだがどこだろう……?

 いや、そもそもあるはずと考えるのはおかしいのかもしれない。いくら空が高いとは言え、ここが地下なのは間違いない。飛んで行った神の剣が作った穴はほぼ水平だった、多少斜めに上がっていたとしても地上に出るほどではない。

 という事は……。その時、俺が結論を下すより先に腹がうなり声を上げた。


「……腹減った」


 緊張が途切れると急速に空腹が襲ってきたらしい。

 その音を聞き、姉妹が顔を見合わせて笑う。


「まるで楽器ですね、プップにグゥ~」

「匂いも凄いけどね」

「わざとじゃないんだって……」


 生理現象は止めようがない。二人に言われ居心地は悪かったが、俺たちに和やかな空気が戻ったようだ。ひとまず良かった事にしておこう。

 そして状況の整理に入る。


「ここはやはり神の山のようです。剣が無い理由は分かりませんが、街のちょうど反対側のようです」

「どうせこの空や太陽も偽者なんてしょ?今までみたいに。今度はなんの邪神なのか知らないけど、さっさと倒して進みましょうよ」

「別に倒す必要はないんだけどね……」


 うん、どうやら二人ともあらかたの状況はつかめているらしい。見慣れた風景に驚いたのも束の間、既に目的を取り戻していた。これも俺の腹の虫のお陰なのだろう、腹を撫でると悲しい鳴き声を上げる。オヤジ、戻って来ないかなぁ……。


「気が抜けるからちょっと静かにさせといてくれる?」

「そう言われましても……」


 神の剣を構えたキョウシちゃんが牛の方へとすり足で近づいて行く。こんなのどかな空の下で物騒極まりないが、相手が相手だ。

 恐らく今度の敵であろう牛。そいつは二本足で立ち、どうやって握っているのか二本の腕で鉄製のクワを振り下ろしている。

 鉄製のクワは穂先から柄まで全て鉄で出来ており、贅沢ではあったが無駄に重そうな代物で。それを軽々と扱っている牛の腕力が相当なものである事を示していた。

 更に言うなら一定のリズムで振り下ろされるクワには無駄な力みがなく、体の動きにもそつが無い。

 この牛、かなりの使い手のようだ……クワの。


「大丈夫でしょうか、あの邪神がどういう信仰なのかボクにも分かりません。不用意に攻撃するより放置した方がいいのでは」

「斬りたいみたいだから斬らせてあげればいいんじゃない?どの道、俺じゃ止められないし。まぁキョウシちゃんなら大丈夫だよ」

「そうは思いますが……」


 なぜか歯切れの悪いジョーシさん、思わずキョウシちゃんを見守る視線に力が入る。主に尻に。

 って、おい俺の眼球。

 その時、牛はキョウシちゃんの姿に気付いたように一瞬視線を投げかけるが、やはり何事もなかったかのように作業に没頭する。この余裕はなんなのだろう……?

 その事に腹が立ったのか、キョウシちゃんの剣が上がる。中段から上段へ。


「姉さん!落ち着いて下さい!」

「キョウシちゃん!」


 とりあえず名前を呼んでみたが、言うべき事は特になかった。

 牛との距離が詰まる、既に斬りかかってもいい距離だろう。それでもキョウシちゃんは挑発でもするかのように牛の背後へと近づいて行く。今までの敵とは毛色が違うようだ。

 強風が吹く、吹き付けられた風にキョウシちゃんのローブのすそが僅かに(ひるがえ)る。その白い足が見えたのは風の力だけではなく、キョウシちゃんが地面を蹴り、牛目掛けて斬りかかったのだ。

 次の瞬間、キョウシちゃんを大きな影が包み込んだ。


「えっ!?」

「は?」

「馬!?」


 振り上げられた剣は牛の背後から飛んできたらしい馬車の下っ腹に当たる。跳ね飛ばされて尻餅をついたキョウシちゃんは馬車と牛とそれぞれに切っ先を向けようとして戸惑っている。

 二頭の馬に引っ張られたその馬車は、牛とキョウシちゃんの頭上を走るように飛び越え、ついでにアホ面を並べた俺とジョーシさんの頭上をも飛び越えて飛んで行った……。


「……ねぇ、何!?今の何よ!」

「分かりま……せん」

「とりあえず戻って来て?何かおかしいよここ」


 俺の言葉にキョウシちゃんは渋々剣先を牛に向けたまま、行った時と同じようにすり足で戻って来る。牛はそんな事になんら関心を示さないように、淡々とクワを振り下ろしている。その姿になぜか感動を覚えた。

 牛師匠、牛匠(うししょう)。そんな言葉が俺の頭に浮かぶ。


「ねぇ、敵が二匹も居たんだけど、どういう事?」

「この空洞の主が一体ではないという事ですかね」

「この空洞って言ってもさぁ……」


 俺たちは改めて周りを見回す。巨大な神の山とその麓に広がる森林、そして開けた草原。俺たちの横にある道は一体どこまで続いているのだろう。鳥の声に視線を上げると青空が広がっている。

 明らかに今までとは違う、よっぽど巨大な主でも居るのだろうか?その想像に思わず背筋が寒くなる。


「何が何体居ようが、無害なら問題ありません。さっさと通過して神の剣を見つけ出しましょう」

「そう、そうだよな」

「……えー」


 戦闘狂は一人不満のご様子だが、肝心なのはそこだ。

 牛も馬車も俺たちには全く感心がない。なら気にせず堂々と通過すればいいだけだ。しかし……、そこにも大きな問題があった。


「あいつ、どこに飛んで行ったんだろ……」

「それですね……、とりあえず出て来た穴から真っ直ぐ飛んで行ったと考えて行動してみましょう」

「ああ、なるほど」


 さすがジョーシさん!とは言わずにおこう。下手に自信をつけられても困るし、考えて見れば当然の話だ。俺たちはここへ出て来た草むらに目をやる。


「呼んでみればいいんじゃない?飛んで来るかもよ。ほら、こうやって……神のけーん!!」


 けーん、けーん……。それはやまびことなって周囲へこだました。

 ……しかし何も起こらなかった。

 名案だとは思うが近くに神の剣が居ないのならば意味はない。照れ隠しに、てへっと言って舌を出すキョウシちゃん。可愛い。

 そんな事は放置して、俺たちが目指すべきは草むらの穴から真っ直ぐの方向、それは無意識に神の山に向かって叫んでいたキョウシちゃんと同じ方角だった。

 確認するように俺たちは顔を見合す。


「行きましょうか」

「そうだな」

「てへっ」


 誰にも相手して貰えなかったからか、キョウシちゃんがまた舌を出す。可愛い。

 しかし俺たちは山に向かう。神の山……、きっとここには何かが隠されている。この空洞の謎が少しでも解けるかもしれない。そんな淡い期待と共に俺たちは歩き出した。


「……何よ!ちょっとは反応してくれたっていいじゃない!」

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